便乗
コータロー商店の闇を見物した後で、雑貨店に顔を出した。どの店も順調に売上を維持している。一向に伸びないことに苦言を呈されるが、「今は地盤を固める時」と説得して納得してもらった。
俺が指示した内容は、新規の客を獲得するための手法ではなく、常連客を逃さないための手法だ。現状維持できているなら成功と言っていい。
これは新しく来た客を定着させるための手法でもあるため、新規客を呼ぶ前に済まさなければ集客の効果が薄れる。これを分かってもらうのに時間を要したが、全ての準備は完了した。そろそろ本格的に集客を狙う時期かもしれない。
朝イチから事務所に籠もり、集客方法について思案していると、店舗の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
急いで店舗に出る。すると、ロレッタが1人で店に来ていた。
「ツカサくん! 助けてっ!」
ロレッタがカウンターから身を乗り出して叫ぶ。
「おはようございます。どうされました?」
「うちの店が大変なの!」
ロレッタがそう言うと、ルーシアが困ったような表情を浮かべて呟いた。
「またキレイな女の人……どなたですか?」
「ブライアンさんの奥様です。店を手伝っているんですよ」
「なるほど……。お茶をお持ちしましょうか?」
ルーシアは爽やかな笑顔をロレッタに向けた。
「ありがとう。お気持ちだけいただくわ。今は急いでいるの。店に来てもらえない?」
「それは構いませんけど、今日は何が起きたんですか?」
「開店前だって言うのに、コータロー食堂の前に長蛇の列が……」
うげぇ……、マジか。今日は雑貨店に行くつもりだったのに……。また嫌がらせかよ。
ブライアンの店の前に移動すると、まずはコータロー食堂の様子を確認した。聞いていた通り、まだ開店前だと言うのに長蛇の列ができている。ざっと見る限り30人以上居ると思う。
行列に並ぶ人たちの多くは、女性ではなく男性。この客層は普段からこの辺りに居る人ではない。俺が集客圏外と見做している地域から集客したらしい。
店の前は投げ捨てられた広告で酷く散らかっている。行列に並ぶ人がポイ捨てしているらしく、コータロー食堂の周りはまるでゴミ集積場のようだ。
あまりの混雑具合に手が回らないのか、店外の掃除は手付かず。そんな様子を見たロレッタが、蔑んだような目で呟いた。
「汚いわね……。掃除してくるわ」
「ちょっと待ってください。それはやめておきましょう。そんなことをしたら、向こうの店主が怒るかもしれません。道路とこちら側だけ念入りに掃除してください」
「そう……? まあ、あっちの店主は変な人みたいだものねえ。分かったわ」
ロレッタは、そう言って店の中に入っていった。掃除道具を取りに行ったのだろう。
向こう側を掃除しない本当の理由は、コータロー食堂の印象を悪くするためだ。『店が汚い』というイメージは、飲食店にとって致命的。常連が付いている老舗ならいざしらず、新規店で汚いのは論外だ。
さらに、こちら側を徹底的にきれいにしておけば、その対比でこちらの印象が良くなる。
道路を掃除するのはオマケだ。進んで奉仕活動をすると、働き者の善人という印象を与えることができる。
人は誰でも自分が最初に感じた印象に引き摺られる傾向がある。自分が「良い人」と思っている人の行動は善行に見えるし、「悪い人」と思っている人の行動には裏があるように感じてしまう。偏見のようなものだ。
そのため、できるだけ早く「勤勉で良い人」という印象を与えておけば、多少失敗しても笑って済まされるくらい好意的に接してもらえる。
これは詐欺師の基本テクニックでもあり、プライベートの時から身なりを整えて品行方正な人間に見せかけている理由だ。奉仕活動にも積極的に参加するし、言葉遣いにも気を配っている。
この手法は一般人でも十分使える。使わないと損だ。
ロレッタを追ってブライアンの店に入ろうとしたのだが、行列の中にうちの店の常連を見つけた。いつもカフェスペースで暇そうにしているおっさんだ。とりあえず声を掛ける。
「おはようございます。今日はこちらの店を選んだんですね」
「ん……? あ、ウォルター商店の若じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね。君もこの店に?」
おっさんは一瞬だけ怪訝な表情を見せたが、俺の顔を思い出したようで、すぐに表情を崩した。どうやら俺は、知らないところで『若』と呼ばれているらしい。若と言うならフランツの方が相応しい気がするが、まあいいか。
「いえ。大行列ができていると聞いたので、様子を見に来たんです」
「へぇ。じゃあ、知らないんだな」
「何をです?」
「そのへんに落ちている広告を見てみろ」
おっさんにそう言われて落ちていた広告を拾い上げると、内容を確認した。『本日のみ100クラン引き! 50クランで食べられます!』って……。おいおい。それはいくらなんでもやりすぎだろう。
「これはどういうことでしょう……」
「街中に配られたみたいだよ。こんなに安く食べられることなんて無いから、ちょっと遠いけど来てみたんだ。今並んでいる連中は、みんなそうだと思うぞ」
おっさんは街中と言っているが、おそらく違う。行列には他にも見たことのあるおっさんが居る。それを考えると、今回の広告はうちの店の周辺に配られたものだ。嫌がらせのレベルが酷い……。
ターゲットはうちの店。カフェスペースの売上を落とす目的でやっているのだろう。手の混んだ嫌がらせだが、策に溺れたな。
この広告は全く効果がないだろう。今日来ているおっさんたちは、あまりの安さに釣られただけの一見客だ。コータロー食堂の常連にはなり得ない。それにブライアンの店へのダメージもゼロだ。むしろ宣伝してもらっているようなもの。逆に有り難い。
狙いの客層ではないとは言え、これだけの客を逃す手はない。とりあえずこの行列は利用させてもらおう。上手くこちらに引き込めば、ノーコストで集客したことになるぞ。
店の中に入り、ブライアンに声を掛ける。
「ブライアンさん、おはようございます」
「やあ、おはよう。今日も来てもらって悪いね。今日の分の報酬は支払うから、請求を回してくれ」
どういう心変わりがあったのか、ブライアンはコンサル料を支払ってくれるみたいだ。タダ働きを覚悟していたが、払ってくれるのなら貰いたい。少しは利益が出始めているのかもしれないな。
「それは助かります。お店は調子がいいみたいですね」
「そうだね。有り難いことに、ドミニクさんの紹介という方がちらほらと来店している」
マジで? 確かに数日経っているけど……。女性ファンが多いというのは本当だった? いや、まだ分からないぞ。プライベートの知り合いに声を掛けただけかもしれない。
「なるほど。繁盛しているみたいで何よりです」
「うぅん……。でも、まだ十分とは言えないかな。ドミニクさんの紹介だとさ、300クランのコースしか売れないんだよね。ロレッタが客引きに行かなくなったから、ドミニクさんが紹介してくれたお客さんしか来なくて……」
800クランだろうが300クランだろうが、ドミニクへの報酬は一律の10クラン。であれば、集客しやすい300クランで声を掛けるのは当然だ。これは俺のミスだな。価格差を付けるべきだった。そうすれば800クランのコースばかりを薦めていただろう。
まあ、頑張ってくれているのだから文句は言えない。ムスタフにお願いした集客は全然効果が無いらしいから、ドミニクの働きには感謝しかない。
「まあ、それは仕方がないですね。売れないよりはよっぽど良いです。このまま頑張りましょう」
俺がそう言うと、ブライアンは困惑したような、呆れたような、何とも言えない表情を浮かべた。
「それはそうと、向かいの店はどうしよう。うちの店には影響ないと思うんだけど、やる気は削がれるよね……」
全く無駄と思われたコータロー食堂の嫌がらせだが、ブライアンには少しだけ効いているらしい。
「いえ。願ってもいないチャンスですよ。せっかくですから、表で軽食を売ってみませんか?」
「え? どういうこと?」
「表で並んでいる方々は、お腹をすかしています。ちょっとした一品料理で良いんです。50クランくらいで無理なく提供できるものはありませんか?」
「まあ……できなくはないけど……。50クランだと、保存食くらいしか出せないよ?」
「それだと効果が薄いですね。メインの肉料理なんですけど、量を調整して50クランにできないですかね」
「無理かなあ。三切れくらいになっちゃうよ。少なすぎるよね」
ブライアンの店のメイン料理は、ローストビーフのような薄切りの肉だ。確かに、たった三切れでは試食程度にしかならない。だが、ものは考えようだ。工夫次第でどうにでもなる。
「薄く切ったパンに挟みましょう。レシピは僕がアドバイスします」
薄くスライスされた肉とレタスにソースをかけ、ピクルスのような漬物と共に薄く切ったバゲットで挟む。見た目はサンドイッチで味はハンバーガー、それらの中間のような料理だ。
「いやあ、これ美味いなあ。サンドイッチだろ? 以前、どこかの街で見たことがある。さすが、博識だね」
あ……サンドイッチ、あるんだ。まあ、単純な料理だからなあ。
でも、野菜の量が少ないし、味付けは肉用のソースだし、バターを使っていないし……。俺が知っているサンドイッチとは全くの別物になった。
「いえいえ、たまたま知っていただけですよ。それに、本家とはレシピが違うと思います」
大きさは2口くらいで1つ50クラン。割高と見るか割安と見るかは人それぞれだな。味はかなりいい。レギュラーメニューに加えても問題ないくらいだと思う。まあ、手間が掛かるから今日限りだけどね。
「ありあわせの材料で作ったんだ。仕方がないよ。じゃあ、さっそく売ろうか」
さあ、宣戦布告だ。コータロー食堂は嫌がらせをしたつもりだろうが、存分に利用させてもらうぜ。





