打ち合わせ
ドミニクを連れてブライアンの店に戻ると、すでにジジイは居なくなっていた。女性客も居ない。そのかわり、雑貨屋の店主たちが勢揃いしていた。ブルーノを筆頭に、その他の店の4人も居る。
「あ、皆さん。お揃いで。来ていただいたんですね」
「ああ。ツカサくんが関わった店と聞いて、来ないわけにはいかないよ」
「でも、思ったより客が少ないね……。俺たち以外に居ないじゃないか」
揃いも揃って全員おっさん。店の雰囲気に似つかわしくないが、今日は贅沢を言えないな。来てくれただけで有り難い。
「まあ、初日ですからね。うちの店のカフェスペースも、初日はこんな調子でしたよ」
強がってみせたが、想定外なほどに客が少ない。十中八九向かいの店のせいだ。しかし、ここでそれを言っても言い訳にしかならない。
「なかなか辛いね……。これからどうやって客を呼ぶんだ?」
「しばらくの辛抱ですよ。お客さんの流れができれば、自然に増えていきます」
実際はそんな甘いものではない。何もしないで客が増えるなら、世の中の飲食店はそんなに潰れない。
「そんなもんかね……?」
ブルーノは暗い表情で呟いた。ここから挽回することは難しいということを理解しているようだ。
「もちろん難しいことは承知していますよ。心配には及びません。どうにかしますから」
「ほう。では、君の手腕を見せてもらうよ」
ブルーノはニヤリと笑った。余計なプレッシャーを掛けやがる……。しかし、自信のない態度を見せるのは悪手だからなあ。今回は仕方がない。
それに、この店を成功させれば俺が言うことの説得力が増す。酷い状態を知っているこのおっさんたちは、俺の指示に従いやすくなるだろう。そういう意味で言えば、今日のガラガラ具合も悪くなかった……なんてことはない。酷いものは酷いよ、やっぱり。
おっさんたちの相手をしていたのだが、今一緒に来たのはドミニクだ。ドミニクを放置して話し込んでいたら、大声で呼ばれた。
「おいっ! ツカサ! オレはどこに座ればいいんだ?」
「すみません、連れがいるので失礼します」
おっさんたちに別れを告げ、ドミニクの方向に向き直った。
ドミニクは俺の返事を待たずカウンター席に座っている。急いでドミニクのもとに駆け寄り、声を掛けた。
「すみません。僕のお客さんが来ていたので、挨拶をしていました」
「それはいいけどさ。カウンターに勝手に座ったけど、良かったのか?」
「もちろん構いませんよ。では、さっそくご注文を。朝食は食べました?」
「いや、まだだ。昼にまとめて食う主義なんだよ。適当に持ってきてくれ……っと。ちょっと待て。種類があるのか?」
ドミニクは、適当にと言いかけたところでテーブルの上に置かれたメニュー表に気付いた。
「はい、そうなんですよ。質と量に応じて、3種類の中から選べます」
「へぇ……。面白いことをするな。まるで高級店じゃないか」
「え? 高級店は同じことをやっているんですか?」
高級店が存在することは聞いている。しかし、たぶんこの街には無い。もっと大きな街の話だ。行けるなら行ってみたいが、簡単に行ける距離ではない。大きな街に行くチャンスがあればいいのだが、もっと先の話だろうなあ。
「なんだ、行ったことが無いのか。お前ほど儲けているなら、一度は行った方がいいぞ」
「そうですね……。儲けてはいませんが、勉強のために行ってみます」
「まあ、オレも自分の金で行ったことは無いんだけどな! ははは!」
ドミニクは豪快に笑った。ドミニクこそかなり稼いでいるはずなのだが……ずいぶんケチな性格をしているようだ。
ドミニクが料理を食べている間に、おっさんたちは帰っていった。そしてまた店内は静寂に包まれる。ドミニクの咀嚼音と食器の音だけが店内に響く。
結局、ドミニクが選んだのは300クランのコース。「高い」と文句を言いながらメニュー表を眺めていたが、出てきた料理を見て静かになった。
「よくわかったぜ。この料理で300クランなら安い。毎日食えるようなものではないが、客は喜ぶだろう。あとは任せろ。じゃんじゃん送り込んでやる」
料理を食べ終えたドミニクは、カチャリと音を立てて食器をテーブルの上に置いた。高級店の料理を知った上で「安い」と言うのだから、ブライアンの料理はかなり割安に思えるのだろう。
「助かります。よろしくお願いしますね」
「ああ。お前こそ、報酬を忘れるなよ!」
「もちろんですよ。店主さんを呼んできます。軽く打ち合わせをしましょう」
「オレはあまり時間が無いから、手短に頼むよ」
ドミニクは訓練の途中で抜け出して来たらしく、話が終わったらすぐに帰らなければならないと言う。席を立ち、厨房の奥で洗い物をしているブライアンに声を掛けた。
「ブライアンさん、お時間いいですか?」
「うん……? 今忙しいんだけど……」
「すみません。急ぎなんで、お願いします」
ブライアンをカウンターに呼び寄せたら、打ち合わせを開始する。
「広告を出すって話だったよな? その話か?」
「予定変更です。この方が客引きを代行してくれることになりました」
「へぇ……ん? ドミニク?」
ブライアンは、ドミニクの顔を見て怪訝な表情を浮かべた。
「あれ? お知り合いですか?」
「剣闘士のドミニクと言えば、若手の出世頭だろう。剣闘士ファンなら誰でも知っている」
実は有名人だったらしい。一応上位の剣闘士みたいだから、顔を知られていても不思議じゃないか……。
「本当にファンが居たんですね……」
「だから言っただろうが! なあ、店主。サインしようか?」
「あ、結構です」
ブライアンは真顔で即答した。
「ファンでは無いみたいですけど……?」
「どういうことだよ!」
ドミニクは苦笑いを浮かべて怒鳴った。本気で怒っているようには見えない。この手のシチュエーションには慣れているようだ。
本当に任せても大丈夫なのかな……。少し不安になってきたぞ。ドミニクの言葉を信じるなら、男よりも女のファンが多いということだった。信じるしか無いか……。
「いやあ、ははは。俺はドミニクさんの戦い方はどうも苦手で。いや、失礼しました。サインをいただいてもいいですか?」
ブライアンは笑って誤魔化したが、さっきの即答が本音だろう。欲しくもないサインを貰ってどうするつもりだよ。
「もう書かねえよ……。ま、オレとしては金さえ払ってもらえればどうでもいいんだ。報酬は約束してもらえるか?」
「いくらでしょう……?」
ブライアンは不安げな表情を浮かべて呟いた。
「それについては僕から。期間限定で割引サービスをしてもらおうと思います」
2人に俺のプランを説明した。『ドミニクからの紹介』ということを明確にしなければならないため、ドミニク経由で来店した人は20クラン値引きする。
これは日本のメディアでよくある『〇〇の番組を見たと言えば○円引き』というやつだ。黙って正規の値段を支払う人は物凄く少ないので、宣伝効果が明確に計れる。
効果を証明するためにはクーポン券を発行した方が確実だが、そんな物を準備する手間を掛けたくない。報酬の金額については、俺を信用してもらうしか無いな。
「なるほどね。それなら本当に声を掛けるだけじゃないか。楽でいいな」
「値引きをずっと続けるわけにはいきませんから、今月末まで、ということにさせてください」
実質30クランの値引き。今月は約3週間残っている。利益が少なくなるのは厳しいが、最初だけだ。何割かが常連になってくれたら、それだけで元が取れる。
「了解。それだと期間が短いから、次の商材をよろしく頼むよ」
「……そうですね。探しておきます」
結局商材は探す必要があるか……。本腰を入れて探さないとなあ。
打ち合わせを終えると、ドミニクはいそいそと帰っていった。ブライアンの店はもうすぐ営業時間が終わるということで、俺は閉店まで居座った。
その後も客足は鈍く、新規の客は2人だけだった。ブライアンの嫁が客引きをしているらしいが、成果は芳しくない。初日の営業は成功とは言えないだろうな。
何事もなく閉店作業を終え、ブライアンと2人でカウンターに並んで今日の売上を確認した。
初日の客数は俺を含めて11人。目標達成ならずだ。目標は平均客単価500クランで客数が20人、1万クランの売上なのだが、今日の売上高はたったの4000クランだった。仕入れロスを計算に入れると、利益は1000クランにも満たない。
しかも、今日の客の半分以上は俺の関係者だった。純粋なこの店の客は4人だけだ。正直、かなり苦しい。
「少なかったね……」
「まあ、初日ですから」
「広告も客引きも、こんなに効果が出ないものなの?」
広告はブライアンが準備した100枚を配った。各家の玄関先に投げ込む、所謂ポスティングだ。結構頑張ったと思う。客引きだって、ブライアンの嫁が1日中頑張っていたはずだ。それでも客は4人。かなりキツイ。
「もう少しは効果があると思ったんですが、そうですね……。コータロー食堂の影響が無いとは言えません。広告は諦めて、ドミニクさんの声かけに期待しましょう」
おそらくコータロー食堂のインパクトに負けた。あいつらは考えられないほど大量の広告を準備したはずだ。あいつらは金に物を言わせていくらでも書けるんだ。ブライアンが準備した100枚なんて、コータロー食堂の広告に紛れて目立たなくなっただろう。
そして客引き。今気付いたのだが、これもコータロー食堂から妨害が入っていると思う。店先に客引き係が居なかったということは、どこか別の場所に行っていたはずだ。ブライアンの嫁を探し、その真横で客引きしていた可能性もある。
まあ、これは確認したわけじゃないから憶測に過ぎないわけだけど。
反省することは多いな。客引きの件は気付くのが遅すぎた。今朝気付いていれば対処のしようが……無いか。行儀は悪いけど、犯罪じゃないからなあ。つくづく厄介な存在だよ……。





