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余計なお世話

 食事の準備は大方終わり、食卓の席に着いてウォルターの帰宅を待つ。


 ウォルターが帰ってきたら、店舗の棚を触らせないように説得しなければならない。

 対策を考えながらしばらく待っていると、店舗の方から何やら物音が聞こえてきた。事務所と倉庫と店舗を行き来しているようだ、


「誰ですかね……」


 ルーシアがそわそわしながら呟くと、サニアが続けて言う。


「こんな夜更けに……泥棒?」


 ウォルターが帰ってきたなら、真っ直ぐに食堂に来るはずだ。


「僕が見てきましょう」


 今ここにいる男は俺だけなので、俺が代表して確認する。



 恐る恐る事務所の扉を開くと、大量の食器を抱えたウォルターが居た。


――もしかして、今日は仕入れに行っていたのか?


 そう思ったのだが、そうだとしたら動きが逆だ。倉庫の荷物を、せっせと店に運び出している。


――さっそく触ってるし!


「何しているんですか!」


 急いで店舗を確認すると、せっかく減らした商品が、グッチャグチャに積み直されている。しかもご丁寧に追加のテーブルまで持ち出して……。


「それは私のセリフだ! あんな置き方で売れるか!」


 ウォルターは、血相を変えて叫んだ。

 拙い。せっかくの2日間の苦労を無駄にされる。怒鳴りつけてでも止めたいが、強い言い方をしたら口論になってしまう……。出来れば穏便に済ませたい。


「僕に任せていただけると言いましたよね?」


「私は修正しているだけだ。あんな置き方では、売れる物も売れんよ」


 それは修()じゃない。ただの改悪だ。もうハッキリと言った方がいいな。


「お言葉ですが、今まで売上が悪かったのは、陳列が原因だったのではありませんか?」


「そんな事は無い。ちゃんと売れていた」


 聞く耳持たず……か。もっと強くハッキリと言いたいのだが、今の俺には説得力が無い。成果を出していないからだ。今は手を出されないようにする事が先決だな。


「そもそも、店舗はウォルターさんの仕事じゃありませんよ。普段は店に出ていないんですから。

 店主としての仕事に専念して下さい」


 一見正しいように思えるこの意見、実は間違いである。この店は少人数体制の家族経営なので、店主は全ての事に手を出さなければならない。人手が足りないからだ。

 だがウォルターの場合、陳列や店舗運営の才能が全く無い。ゼロ。皆無だ。手出しされたくない。


「店主としての仕事だと?

 店の運営は店主の仕事だろう」


「それは違います。売り場の事は売り場のスタッフに任せて下さい。

 ウォルターさんの仕事は、金策と大口の取引をまとめる事です。ウォルターさんなら得意でしょう?」


 おそらく、ウォルターは目利きと仕入れ交渉だけでやって来たのだろう。品揃えのセンスはカスだが、商品の品質と仕入れ値は悪くない。

 例の剣のようなチョンボもたまにやらかすようだが、仕入れ交渉は任せてもいいと思う。


 俺とは真逆の才能だな。俺には品質と適正価格を見抜く能力が無い。必要無かったので、センスを磨く努力を殆どしてこなかった。

 品質はゴミでもいいし、俺が適当に付けた価格で売っていた。まあ、詐欺師なので当然だ。


「まあ、そうだな。私の得意分野だ。だが、私は店舗も得意だぞ。何年修業したと思っている」


 うわ……根が深い。本気で正しいと思い込んで、疑う事すらしない。別の方向から攻めようかな。

 身振り手振りを交え、真剣なトーンで訴えかける。


「なるほど。確かにそうですね。

 しかし、店主には従業員を育てるという重要な仕事もあります」


「うむ。それは感じておる。

 ルーシアがもっと使えるなら、売上は伸びていただろう」


 ルーシアのせいではない。ルーシアは精一杯やっていると思う。この現状は、100%ウォルターの責任だ。だが、話が拗れるので口には出さない。


「ウォルターさんがそう思うなら、ルーシアさんへの教育が足りないのでしょう。

 上の者の言う事に従うだけでは従業員が育ちません。時には下の者に任せ、失敗を経験させてもいいと思うんです」


 棚替えは俺の問題だが、ルーシアを上手く絡めた。ウォルターの中で、従業員(イコール)ルーシア(イコール)俺という図式が出来上がったはずだ。


「ウォルターさんくらい器の大きな人であれば、一度くらいの失敗は受け止めていただけますよね?」


「まあ……そうだな」


 ウォルターは、難しい顔で静かに頷く。

 俺の失敗が許容される状況が完成した。これにより、ウォルターは俺がやる事に口を出しにくくなったはず。最後に条件を付けて、クロージング(トドメ)だ。


「数カ月様子を見てから決めませんか?

 売上が増えなければ、ウォルターさんにお任せします」


 キリが無いと、近い内にまた手出しされる。明確な期限があれば同意しやすいし、「その間だけなら」と我慢できる。

 だが、これは罠だ。俺が成果を挙げる事が出来れば、ウォルターのやり方が間違っていたという証明になる。ウォルターは二度と店の陳列に手を出せない。


「……いいだろう。1カ月だ。来月の末までは様子を見よう。

 但し。それまでに売上が大きく落ち込んだら、すぐに元に戻してもらうぞ」


 今よりも売上が下がったら、売上(ゼロ)だろうが。もう既に、下がりようが無いくらいまで下がっているんだよ。


「許可をいただき、ありがとうございます。出来る限り努力します」


 とは言え、1カ月は短い。今月もまだいくらか残っているので、実際には45日くらいだろうか。これだけの期間で成果を挙げるのはなかなか厳しい。

 初動の売上と言うなら、剣の売り込みが更に重要になるな。



 しかし、ウォルターを説得する度に詐欺の手法が飛び出すのは如何なものか。

 今回は訪問販売の手法だ。相手を気遣うフリをして、自分の主張を通す。問題のすり替えも使ったし、さり気なく相手を持ち上げる事も忘れない。


 ちょっと強引だったが、ウォルターの警戒心が薄いおかげで上手くいった。



 食事が終わった後、ウォルターに壊されたレイアウトを元に戻す。ルーシアも手伝ってくれた。今日は食事の後片付けをしなくてもいいようだ。


「ありがとうございました。これで終わりです」


「いえ……父がご迷惑をお掛けしました。母からも、こちらを手伝うように言われたんです」


 サニアが気を遣ったらしい。サニアも、ウォルターが店を荒らす事を快く思っていないのだ。まともな感性を持っていてくれて助かる。


「ははは。そうでしたか。

 さっき、来月末まで自由にできる権利を貰いましたよ。ルーシアさんの意見も取り入れますので、気付いた事があれば、すぐに言って下さい」


「ありがとうございます……でも、私の意見なんて参考になるでしょうか……?」


「この店で一番お客さんを見ているのは、ルーシアさんですからね。頼りにしています」


 今後も俺1人でやるなんて、絶対にゴメンだ。棚替えはかなり面倒な作業なんだよ。ウォルターは使い物にならないので、その分はルーシアに頑張ってもらう。


「はいっ! 頑張ります!」


 ルーシアは、力強い目で言う。自信が無いような口ぶりだったが、内心はそうでは無いようだ。適当に任せて様子を見よう。


「ところで、体を洗いたいのですが……お風呂はありませんか?」


 この国に来てから3日が経ち、今日で体の汚れが限界に達した。風呂に入りたい。この家には風呂が無い様子だったので、今日までは我慢した。でも、もう我慢出来ない。


「あ……そうでしたね。ごめんなさい。忘れていました。

 浴場は高いので、お部屋にお湯とタオルを持っていきますね」


「浴場?」


「はい。この国では、小さな街でも浴場が建設されています。うちの近所の浴場は、1回1000クランです。他所よりもかなり高いんですよ……」


 一般的な浴場は、600~800クラン、安い浴場は200クランで入れるという。200クランならまだいいが、風呂は毎日入るような物ではないようだ。金が手に入ったら行ってみよう。



 寝る前に、明日の準備を整える。明日は訓練場に行って営業だ。

 まずは、いちばん重要な広告。何枚か書き損じをして、20枚。書き損じを合わせれば26枚ある。言わなければバレない程度のミスなので、書き損じの広告も使う。


 次に、商材である例の剣。サンプルとして1本借りた。鏡が無いので分からないが、絶対に似合っていないだろう。そもそも使うために持つわけでは無い。嫌味でもいいから、誰かが食い付けば儲け物だ。



 最後に、ちょっとした茶菓子とティーセット。これも営業用の重要なアイテムだ。


 陶器の器は割れると厄介なので、金属製の食器を借りた。薄い鉄板を叩いて作られているようだ。意外と軽く、持ち運びに適している。

 ランプの燃料を使ってお湯を沸かす道具もある。直径10cmくらいの円筒で、2人分のお茶を淹れる程度のお湯が湧かせる。オイルストーブというらしい。アウトドア用品の一種だと思うが、なかなか便利だ。


 水は訓練場で貰えるので、玄関ホールでお湯を沸かそうと思う。これは今後も使えそうなアイテムなので、このまま買い取るつもりだ。



 アイテムをカバンに仕舞い、準備は完了した。明日は朝早くから訓練場に行こう。

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