魂胆
スイレンの悪人面に睨まれる中、静かに時間だけが流れている。条件を言いたいなら早く言ってほしいのだが……。
このままでは時間だけが過ぎていくので、恐る恐る聞いてみる。
「……何でしょう?」
「ははは。君の企みを教えてほしいんですよ。何か魂胆があるんでしょう?」
口角を上げて乾いた笑い声を出したが、確実に目が笑っていない。
拙いな……。俺の目的はコータロー商店の加盟店を潰すこと。コータロー商店に金を貸しているであろうスイレンにとって、歓迎すべきことではない。むしろ困るはずだ。
こちらは5件の店で金を借りるのだが、それでもコータロー商店が借りている額の方が圧倒的に多い。金貸しの収入は、これらの店に貸した金から得られる利息だ。コータロー商店の加盟店が潰れたら、金貸しの収入が大きく落ち込む。
全てを話したら止められるかもしれない。まずは少し様子を見たい。
……と、その前に。スイレンがコータロー商店に金を貸しているというのは、俺の推測でしかない。先に確認しておこう。
「魂胆……と言うほどのことはありませんよ。その前にお伺いしたいことがあるんですが……」
「はい。何でしょうか」
「コータロー商店とは付き合いがあるんですか?」
俺のこの質問に、スイレンは顔を少し曇らせた。ストレートに聞きすぎだったと反省するが、話を誘導する余裕がない。これを聞かなければならない理由も考えたのだが、すぐには思い付かなかった。
「……それは今答えるべきことですか?」
試されているな……。下手な小細工をせずキッパリと答えろという意味だと思う。もうこれは確定したと考えていいな。スイレンがコータロー商店と無関係なら、試すようなことはしてこないはずだ。
――正直に言うべきだろうか……。
ギリギリまで迷った結果、素直に喋ることを選択した。
「金貸しの方には歓迎されないかもしれませんが……、実はコータロー商店の加盟店を潰すつもりです」
「……やはりそうでしたか。潰した後のことは考えていますか?」
スイレンは作り笑顔を崩して険しい表情に戻った。まだ試されている……。
コータロー商店を潰した後で、この街がどう変わるか。それを聞きたいんだと思う。スイレンの金貸しとしての利益を守ることはもちろん、街全体がどうなるかまでを答えるべきだろう。
もうすでにコータロー商店ができる前の状態に復元することはできない。よって、『以前の状態に戻る』という答えではアウトだ。となれば……。
「異常な値下げ競争が緩和され、新規店の増加が見込めます。そうなれば、開業資金を借りたい人が増えるかと思います。店の数はかなり減少しましたので、新規店の成功率は上がるでしょう」
金を借りたい人が増えて金貸しが潤う。さらに店が足りないので失敗するリスクも低く、回収不能になる可能性も低い。金貸しにとっては有り難い状態になる……という都合の良い解釈だ。多少誇張しているが、嘘ではない。
「君の言い分だと、『コータロー商店は潰れた方がいい』というように聞こえますが、その点はどうお考えですか?」
「あそこの値下げは異常です。このままコータロー商店ばかりになってしまうと、多くの職人が廃業に追い込まれるでしょう。そうなると、街全体が貧乏になります」
「君はそう考えるわけですね。安く買えるというのは、庶民にとって有り難いことですよね? 貧乏になっても、安く買えるならいいじゃないですか」
スイレンは依然として厳しい表情を続けている。俺にとって都合のいい話だけでは満足しないようだ。警戒心が強いというか、経験が豊富な印象を受ける。まあ、金貸しのボスなんだからこれくらいで当たり前か。
「最初は歓迎されるでしょうね。今がその段階です。この状態が1年も続けば、失業率は確実に増加します。現にいくつもの店が潰れていますから」
「まるで見てきたように言いますね……。失業者が増えるなんて、なぜ言い切れるのですか?」
原因は違うけど実際に日本で見ているんだよ。日本では『安くしないと物が売れない状態』になってデフレが起きた。消費税増税やバブルの崩壊も一因になっているので日本と同じとは言えないのだが、過度な値下げ競争はデフレスパイラルに陥る原因に十分なり得る。
ただ、真面目に説明すると話が長くなるんだよなあ。できるだけ簡潔に……。
「簡単に言うと、店が儲からないからです。そのしわ寄せは仕入先である生産者に行きますから、最初に潰れるのは職人さんですね」
安く売るためには仕入れ値を下げなければならず、職人の売上が減る。職人は材料費をケチる必要が出てくるので、材料の生産者も収入が減る。数をこなすために丁寧な仕事ができなくなって、技術力も下がる。良いことは何もない。
「それは分かります。しかし、もとより安く売っている店はありましたよね? それと何が違うんですか?」
「安く売れる物を安く売ることと、強引に値下げして売ることは同じではありません。今の値下げ競争は、技術に払う対価を減らしているに過ぎませんから」
現状を見る限り、コータロー商店は自身の利益を減らして値引きしている。それでも店が成立しているのは、国から補助金を貰っているからだろう。
他の店はそうはいかない。加盟店は人件費を減らしてどうにか回しているみたいだし、値下げ競争に巻き込まれた一般店は仕入れ値を下げることに躍起になっているという話。とても正常とは言えない。
スイレンはしばらく押し黙って眉間にシワを寄せると、突然噴き出して大きな声で笑った。
「ぷふぅ……くふふふふ……はははははは!」
「……どうされました?」
「……ふぅ。君の口から聞けて安心しました。いいでしょう。貸しますよ」
「え……? 潰してもいいんですか?」
スイレンの突然の豹変に酷く戸惑う。俺は試されていたはずなのだが、何を試していたんだろう……。
「確かにコータロー商店とも取り引きがありますが、コータローくんはイマイチ信用できません。どうも金貸しを敵視しているような気がするんですよ」
「敵視、ですか……」
心当たりは何となくある。日本では金貸しのイメージがすこぶる悪い。銀行以外から金を借りることは恥ずかしい、忌避されることだという認識だ。日本では正しいと思うが、ここは日本じゃない。銀行が金を貸さない以上、街の金貸しから借りるしかないんだ。
「私にも敵意むき出しの様子でしたよ。喜んで関わりたい相手ではありません」
「それは……お気の毒に……」
さぞ不快な目にあったのだろう。その光景が目に浮かぶ。どうせ上から目線で高圧的に迫ったんだと思う。
とは言え、大口の顧客であることは間違いない。
「潰してしまうと大幅に減収するんじゃありませんか?」
「そうですね。いっちゃあ何ですが、激減すると思います」
「ですよね……。いいんですか?」
貸すというのだから借りたいのだが、俺が試されていた理由が分からない。スイレンの魂胆が分からない以上、慎重にならざるを得ない。
「長い目で見たら君に貸した方が得だと思ったんですよ。私としても、このままコータロー商店が影響力を大きくしていくのは危険と考えています」
「危険というと?」
「私たち金貸しの問題ですよ。1つの顧客に依存すると、そこがコケた時に共倒れになりますからね。保証人が集中しすぎるのも危ないですよ。そうやって潰れていった金貸しを、私は何人も見ています」
コータロー商店がこのまま拡大を続けると、スイレンの貸出先はコータロー商店一色になってしまう。
コータローが拡大する、現金が足りなくなる、スイレンが貸す、さらに拡大するという無限ループに入り、スイレンはコータロー商店に依存することになるだろう。
そこでコータローが突然手を離したら、スイレンは収入源を失ってしまう。さらに言うと、金貸しを良く思っていないコータローは、いつ梯子を外すか分からない。こんな危険な相手に金を貸したくないというのが本音だろうな。
「だったら貸さなきゃ良かったんじゃないっすか?」
突然ギンが口を挟んだ。さすがは空気を読まないことに定評があるギンだ。言いにくいことをズバッと言ってくれる。
「それができたら苦労しませんって……。あれだけの大口を1人で貸せるのは私しか居ませんし、役人からの命令もありましたから」
「……なおさら拙いじゃないですか。潰れそうになっても回収できないんじゃ……」
「心配ありませんよ。『金を貸せ』とは言われましたが、『取り立てするな』とは言われていません。契約書には『取り立ては厳しい』と明記しましたから、読まなかった向こうの責任です」
おお……最初から取り立てるつもりで貸したのか……。スイレンとしては、潰れてくれた方が助かるということなのだろう。
コータローや役人の態度が余程気に食わなかったんだな。コータローはナチュラルに失礼な奴だし。悪気は無いだろうが、その分たちが悪い。
スイレンが試していたのは、俺がスイレンの協力者になり得るか、ということだったようだ。考え方が自分に近いなら利用して、コータローに近いなら突っぱねるつもりだったと思われる。
これさえ分かれば心配ない。話を進めよう。
「なるほど……。では、お借りしてもいいですか?」
「もちろんです。喜んで貸しましょう。後のことは全て私に任せてください。悪いようにはしませんよ」
「ありがとうございます。店主さんには話を通してありますので、お店に行っていただければすぐに契約できるかと思います」
「話が早くて助かりますよ。お金のことで何かお困りでしたら、いつでもお越しくださいね」
スイレンのことを完全に信用することはできないが、ひとまずはこれでいい。契約の前に利率と返済期限と借入額を再確認して、あとはスイレンに任せる。
スイレンを味方に引き入れることができたのは大きい。金貸しのボスなので、この街の金貸し全員を味方にしたのと変わらない。今後はもっと動きやすくなりそうだ。





