怪しい会談
ブルーノの店を出た後、他の4件にも顔を出して在庫移動の説明をした。
余剰金の全てを方針変更の費用にあてたらしく、どの店も基本的に現金が足りていなかった。しばらく仕入れもままならないほどのカツカツぶり。在庫の移動を始める前に、借金の手配をする必要がある。
ギンに頼んで大口の金貸しを紹介してもらわなければならない。朝から街に出てギンを探すのだが……例によってギンが捕まらない。ギンは決まった拠点を持っていないので、街をふらついてエンカウントを狙うほか無い。
どうでもいい時は簡単に見つかるのに、いざ探そうとすると全く見つからない……。次会った時に自宅の住所を聞いておこうかな。
闇雲に探しても仕方がない。とりあえず情報収集のためにカラスのところに行こう。
カラスはいつもの公園のベンチで横になっていた。ギンもこれくらい分かりやすく居てくれたら助かるのになあ。
「カラスさん、こんにちは」
「うわっ! こんちわっす!」
カラスは俺の顔を確認すると、驚いてベンチから転げ落ちた。
「……大丈夫ですか?」
「うっす……。今日は何の用すか?」
カラスはだるそうにゆっくりと立ち上がると、ベンチに座り直した。
「ギンを探しているんです。心当たりはありませんか?」
「……ああ、ギンならたぶんスイレンさんのところっすね」
「スイレン?」
「この街の金貸しのボスみたいな人っすよ。用があるって言ってたっす」
スイレンというのは隣のババアに金を貸していた大口の金貸しだな。
ギンには予め俺の動きを説明してある。おそらく先回りで話をつけに行ったのだろう。
コータロー商店は大口の金貸しから限界まで金を借りている。ギンは大口の金貸しと話をつけるために行動している。以上の情報から、おそらくコータロー商店に金を貸しているのはスイレンだと推測できる。確定ではないが、間違いないだろう。
間に入ってくれるのは有り難いんだけど、俺も直接会った方がいい。ギンを挟むと二度手間になるし、金貸し本人の人となりを知っておきたい。
「良かったら、その方を紹介していただけませんか?」
「え……? 兄さんも金を借りるんすか?」
「僕じゃありませんよ。僕のお客さんに貸していただきたいんです」
「……いいっすよ。スイレンさんも兄さんのことが気になっているみたいっすから」
カラスは少し考えて答えた。俺のことを気にしているというのが引っ掛かるが……俺が居ない間に噂でもしていたのかな。
カラスの案内でスイレンの家に向かう。そこは銀行の近く、国の施設が多く建っている区域だった。大豪邸とは言わないまでも、なかなか豪華な作りだ。かなり儲けているらしい。
「ここっす。行きましょう」
カラスが扉をノックすると、メイド服を着た年配の女性が出迎えた。この人がスイレン? 違うよな……。どう見てもメイドだ。
「あ、カラスくん。いらっしゃい。何か用?」
「ウォルター商店のツカサさんを連れてきたっす。スイレンさんが会いたがっていたんで……」
「今は来客中なの。少し待っていただける?」
「来客って、ギンだけっすよね。だったら大丈夫っすよ。同席させてください」
カラスとメイドは割と親しいようで、勝手に話が進んでいく。俺は棒立ちしているだけだ。いいのかな……? もし別件だったら、同席するのは拙い気がするぞ……。
「分かったわ。主人に聞いてきます。どうぞ、中へ……」
メイドは納得したようなので、流れに身を任せることにした。別件だったとしても、まあ大丈夫だろ。
玄関の内側に入って少し待つ。すると、すぐにメイドが戻ってきてすぐ隣の部屋に案内された。
大きなソファとテーブルが置いてある、応接室のような部屋だ。ソファの背もたれからギンの後頭部が飛び出しているのが見えた。
ギンの目の前には、とんでもなく悪人面したゴツい中年男性が穏やかな表情で座っている。風貌と表情のバランスが取れていないせいで、少し気持ちが悪い。
部屋に一歩踏み入れると、ギンがこちらに振り返って怪訝な表情を浮かべた。
「兄さん、こんなところに何の用っすか?」
話し掛けてくるギンを無視して、悪人面のおっさんに声を掛ける。
「突然の訪問で申し訳ありません。ウォルター商店の店主、ツカサです」
「ほう。君が……」
悪人面のおっさんがニヤリと笑うと、続けてカラスが喋り始める。
「こちらがスイレンさんっす。この街で一番大きな金貸しっすよ」
スイレンという名前から、勝手に女性をイメージしていた。イメージ違いが甚だしい……。よりによってこの悪人面かよ。名称詐欺だな。
「あなたがスイレンさんでしたか。女性のようなお名前でしたので、勘違いしていました」
「ははは。『スイレン』はただの呼び名ですからね」
偽名らしい。ツカサ(偽名)、ギン(偽名)、カラス(偽名)……。凄いな。ここに居る4人全員が偽名かよ。物凄く怪しい会合じゃないか。
「では、スイレンさんとお呼びしても?」
「構いませんよ。こちらもツカサくんとお呼びしても?」
「もちろん構いません」
笑顔で挨拶を交わしているが、どちらも偽名だ。我ながら胡散臭いな……。
「まあ、掛けてください。うちの塩漬け物件を次々に買ってくれる奇特な商人。以前から気になっていたんですよ。お近付きになれて光栄です」
スイレンは穏やかな笑みを浮かべて言った。うちの隣の店の持ち主だったのだが、俺が買った他のいくつかの物件の持ち主でもあったようだ。
「恐縮です……」
苦笑いを浮かべて部屋の中に進む。『奇特な人』という表現はどうかと思うが、俺の第一印象は悪くない。このまま俺の有利で交渉を進めたいな。
挨拶を終えて、ギンの隣に腰を掛ける。すると、ギンは空気を読まずにまた話し掛けてきた。
「……兄さん、どうしたんすか。いきなり……」
こっちで勝手に話をしたらスイレンに失礼だろうが……。まあ、このまま無視し続けたら永遠に話し掛けてくるだろう。小声で答える。
「前に相談した借金の話です。直接お願いに来ました」
「そうなんすか? オレも今その話をしてたんすけど……」
やはり先に話をつけに来ていたらしい。ギンはまだ何か言いたげだが、無視して本題に入る。
「ギンからも話があったと思いますが、今日お邪魔した理由をお話します。僕のお客さんで、まとまった金が必要な店が5件あります。それぞれに融資していただけませんか?」
「はい、軽く聞いていますよ。詳しく話してくれませんか?」
「まずは金が必要な理由から。僕のお客さんは最近方針を変更しまして、品揃えを主力商品だけに絞りました。しかし、そのせいで店の方針に合わない在庫が大量に余っています。そこで、各店が協力して在庫を融通し合うことにしたんです」
簡単に言うと、不良在庫の押し付け合いだ。物々交換だけで成立するなら良かったのだが、実際はそんなに単純なものではない。
「なるほど……。面白いことを考えますね。それで、いくら必要なんですか?」
「それぞれの店に200万クラン、合わせて1000万クランを用立てしていただければ助かります」
「少ない額じゃないですね……。保証人は君が?」
「僕ではありません。5件の店主さんがお互いを保証し合う形にしていただければ、と思っています」
全員が同じ額の借金を負って、お互いに保証人になる。これが借入額を一律にした理由だ。負担額に不公平があると成立させるのが難しくなる。必要な額はそれぞれ違うのだが、面倒なので一律200万クランに設定した。
ちなみに、俺は誰が相手だろうと絶対に保証人にはならない。保証人になるということは、自分が借金を背負うことと同じだ。本人が金を返さない場合、保証人が全て被ることになる。
そのくせ金の使い道に口を出す権利がない。借りた本人が明らかにおかしな金の使い方をしても、保証人には止めることができないのだ。
俺だったら、保証人になるくらいなら自分が金を出して株主になる。株主であれば経営に口を出す権利があるし、場合によっては社長を解任することもできるからな。まあ、この国には株式会社という制度が無いから不可能なんだけど。
「へぇ、面白いことを考えるねぇ……。余裕がある店がまとめて保証人になるというのが、普通の対応ですよ」
スイレンは感心したように言う。
「そうらしいですね。僕にはそれが信じられませんよ」
「ふふふ。聞いていた通り、君はずいぶんと変わり者みたいですね」
変わり者という評価は不本意だが、俺がやろうとしていることはこの国では一般的ではないらしい。
今回のケースだと、メインで動いている俺か、5件の中で最も余裕がある店のどちらかがまとめて全員の保証人になるのが普通だ。俺にはその方が危険に思えるのだが……。
まあ、少数を潰して多数を生かすための手法なんだろう。万が一回収不能になった時、一番余裕がある店が大ダメージを受けるだけで他の店にはダメージが入らない。金貸し的にも回収の手間が減って一石二鳥だ。
だが、俺はそんなことはしない。俺が保証人になるのは論外、誰か1人に押し付けるのも諍いのもとになる。今回は連帯責任で協力しあった方が上手くいくと思う。
「例外的な手法みたいですが、対応していただけます?」
「いいですよ……。ただし、1つ条件があります」
スイレンはそう言うと、途端に険しい表情を浮かべた。悪人面がさらに凶悪になる。
俺が居ない間にギンが余計なことを口走ったのだろうか。嫌だな。変な条件を付けられなければいいんだけど……。





