大間違い
ブライアンの後について、例の店に到着した。本当にブライアンの店の真正面だ。完全に意図しているとしか思えない。喧嘩を売る気満々な様子だ。
外装はあまりきれいとは言えない。元は民家であったであろう建物を、無理やり改装したようだ。無駄に金が掛かっているな……。
人がまばらな早朝からオープンさせているあたりも嫌味を感じる。
まだ街を歩く人が少ないというのに、2人のイケメン店員が店の前をウロウロしている。人件費の無駄遣いだろうに……。いや、ブライアンに対するあてつけだというのなら、十分な効果を発揮しているか。
「こんな状態だよ……。どうしよう」
「なかなか酷いですね。まさかこんなことをしてくるとは、思いもしませんでした」
嫌がらせ出店はよくあることだ。1つの交差点に4店のコンビニが建つとか、どこかのコンビニが土地を買ったから隣の土地を確保するとか、日本に居た時からよく耳にした。
とは言え、ブライアンのような無名の新人がピンポイントで狙われるとは思わなかった。
俺の見通しが甘かった……? いや、これは不可抗力だよな。でも。オープンを急がせるくらいのことはやるべきだったかもしれない。
「とりあえず行ってみませんか? どんな店なのか、知っておいた方がいいと思います」
「そうだね……」
ブライアンは自信なさげに返事をした。
客引きのイケメンを無視して店の中に足を踏み入れた。
店内は他の店と同じように、大きな丸テーブルがギチギチに詰められている。ただし、店内はかなり狭い。6人掛けの丸テーブルが4台で、フロアがいっぱいになっている。カウンター席は4席。合わせて28席の店だ。
席数だけ見ると、ブライアンの店よりも2席多い。だが、俺だったら16席くらいにするだろうな。狭すぎて動線が確保できないぞ。満席になったら、椅子の背もたれ同士が衝突しそうなくらい詰め込まれている。
「ずいぶん狭いですね……」
「そうだね。改めて俺の店と比べると、めちゃくちゃ狭い。コータロー商店に任せたら、こんなことになっていたんだよね……」
「いえ、これは一般的な店よりもキツイですよ。テーブルのサイズが合っていないんです」
民家の一階を強引に改装してフロアとキッチンを作ったため、妙なところに柱が立っている。そのせいで余計に狭く感じるんだ。
テーブルを小さくして十分な間隔を空ければ、そんなに違和感がないと思う。一般的な飲食店用のテーブルを使ったのが間違いだ。「飲食店ならこれ」という決めつけが原因だと思う。
店内のスタッフは、フロアに1人と厨房に2人。普通の配置だが、外のイケメンは中を手伝わないのだろうか……。人件費の無駄な気がする。
観察はここまでにして、適当に席について注文をする。
しばらく待っていると、目の前に料理が運ばれてきた。料理の内容は、一般的な家庭料理だ。味は悪くないが、見た目が良くない。
大皿にポーンと置かれただけの肉、小皿にドサッと乗せられただけの野菜、適当な大皿に積まれただけのバゲット。目で楽しませようという気が感じられない。
日本で言うところのジャンルは……思い当たるものが無いな。強いて言うなら、田舎風家庭料理だろうか……。ただ、日本では間違いなく淘汰されるレベルだ。
良くも悪くも、この街の一般的な飲食店のレベルだと思う。家で食べるならこれで十分なのだが、金を出してまで食べたいものではない。外食というのはある種の非日常を味わうためのものだ。家と同じ料理が出てきても楽しめない。
まあ、味は悪くないけどね。味以外に褒められたところがない。
ふとブライアンの方に目を向けると、悔しそうな表情を浮かべて料理を口に運んでいた。
「……美味い。でも、これなら俺の方が上だ!」
ブライアンは一通りの料理を味見すると、机を叩きながら大きな声を出した。目立つからやめて……。
と思った瞬間、店員の1人がツカツカと歩いてきた。ほら、言わんこっちゃない。
近付いてきたのは、ブライアンの店に来ていたコータロー商店の使者だ。
「それは聞き捨てなりませんねえ。何か問題でも?」
冷静な態度で言う。こいつが店主なのか?
「テメェッ! どの面下げて来やがったァ!」
ブライアンは勢いよく立ち上がると、使者の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
俺も慌てて立ち上がり、ブライアンと使者の間に割り込んだ。
「まあまあ、ブライアンさん。ここは食堂です。穏便に行きましょう」
「くっ……。そうだね。ここはメシを食べるところだ……。料理に罪は無い」
ブライアンはそう言うと、額に青筋を立てながら不承不承に椅子に座りなおした。
使者は冷静な態度で肩の埃を払うと、襟を正して得意げに鼻を鳴らした。
「ふん。さっそく来てくれたんだね。どうだい? いい店だろう」
ブライアンの怒りを気にもとめていない様子だ。その余裕すぎる態度にイラッとする。
穏便に、とは言ったが、文句を言いたくないわけではない。むしろ文句だけは言っておきたい。
「しかし、どうしてこんなところに店を出したんですか」
「君たちが首を縦に振らないものだから、こちらで店を出すことにしたんだよ。場所がブライアンくんの向かいになったのは偶々だ。ここしか空いていなかった」
使者はいやらしい笑みを浮かべて言う。
絶対嘘だろ……。向かいに拘らなければ、居抜きで安く開業できる店舗がいくらでもある。とりあえず軽い嫌味でジャブを打ってみる。
「そうでしたか。ずいぶんとお金を掛けたみたいですが、採算は取れるんですかね。他人事ながら、些か心配になりますよ」
ストレートに言うと、「たかが嫌がらせのために金を使いすぎだろ。馬鹿じゃねぇの?」という意味。伝わるかな……。
「ぬふふふ。たいした額は掛かっておらんよ。我々にしたら小遣い程度だ。それよりも、君たちの方が心配だよ。この店の真正面で、まともな商売ができると思っているのか?」
伝わった上で嫌味が返ってきた。「コータロー商店の財力と実力を舐めんな」という意味だな。
「ブライアンさんの店に心配はありませんよ。あなたの方こそ、行儀の悪いことをしてお客さんの反感を買わないでくださいね」
もう一度嫌味をお返しする。今回は嫌がらせ出店に対する非難だ。深読みすると、「お前のことなんか微塵も信用してねぇから」という意味になる。
言葉の意味が正しく伝わったようで、使者のおっさんから奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「それはこっちの台詞だ。ヤケになって石でも投げ込まれたらたまらんからな」
裏のないストレートな言葉が返ってきた。嫌味を考える余裕もないくらい苛ついたらしい。せっかくだからもう少し口撃してみようかな。俺もそれなりに苛ついているんだよ。
「そちらこそ、妙な嫌がらせは勘弁して下さいね。穏便に済ますのは今日だけですから」
「するわけなかろう! なぜ天下のコータロー商店が、一介の弱小食堂に嫌がらせをしなければならん!」
使者のおっさんが充血した目で俺を睨みつけている。
したじゃん。今、思いっきり嫌がらせしてるじゃん。これだから信用できないんだよ。
「なるほど。コータロー商店の常識では、真正面に店を出すことは嫌がらせにならないんですね」
「なっ……! それは偶々だと言っているだろ!」
もっと問い詰めたいけど、証拠が無いからなあ……。
次なる嫌味の弾丸を準備していると、ブライアンに腕をつつかれた。おっさんとの言い合いに集中しすぎて、ブライアンのことを忘れていた。
「どうしました?」
そう言ってブライアンの方に振り返る。すると、苛立ちの表情は消えて、ただただ不安そうにオロオロしていた。さっきは殴り飛ばす寸前だったのに……。
「なあ、ツカサくん。とりあえず帰ろう? この店は十分見たよ。勉強になった。あんたも、邪魔したな」
ブライアンは焦るようにそう言うと、俺の腕を掴んで引っ張った。
言い合いが激化することを危惧していたようだ。俺は手を出すつもりはなかったけど、相手はどうか分からないからなあ。
「そうですね。帰りましょうか。では、また来ます」
「お待ちしているよ」
使者のおっさんは顔を引き攣らせながら答えた。まるで二度と来てほしくないみたいだ。……次はプライベートで来てみようかな。嫌がらせのために。
金を払って店を出た。金額は一人前300クラン。……めっちゃ安くね? 俺はブライアンの料理に1000クランの値を付けたんだけど……。
不安を感じる俺をよそに、ブライアンは平然とした様子で話を始めた。
「で……どうだった? 俺の料理で対抗できるかな?」
「異様に安かった気がしますが……」
「そんなことはないと思うよ。これでも少し高いくらいだ」
ブライアンは当然かのように言う。まさか……。
「もしかして……1000クランって物凄く高いですかね……?」
恐る恐る口に出す。嫌な予感とともに、全身を悪寒が突き抜けた。背中と脇から冷や汗が噴き出したのが分かる。
「そうだね。でも、俺の料理にはそれだけの価値があると思っているんでしょ?」
やっべぇ……! 思い切り勘違いしていた。日本円の感覚になっていたぞ。最近、大きな金額ばかりを扱っていたからだな……。日本で1000円のランチなら、普通より少し高いくらい。でも単位は『円』じゃなくて『クラン』だ。
得意げな顔をしているブライアンには悪いが、値段を下げてもらおう。
「そうなんですけど、材料費を抑えて少し値下げしましょう。500クランにできませんか?」
「そんなに下げるの? かなり難しいよ……」
「すみませんが、どうにか頑張ってみてください」
オープン前に気付くことができて良かった。表情には出ていないと思うが、血の気が引いたぞ。たぶん500クランでもまだ高い。事業計画の練り直しが要るぞ……。
この忙しい時に、余計な仕事が追加された。間違いに気付けたのは良かったけど、どうせならもう少し前に……。まあ、過ぎたことは仕方がない。やるしかないか。





