棚替え
棚替えの作業2日目。やっている事は、棚替えと言うよりも改装に近い。商品を全て撤去し、棚も動かして掃除する。
あまりにも大規模な作業だったため、サニアが様子を見に来た。
「ずいぶんとスッキリしましたね。完成が楽しみです」
サニアがにこやかに言う。
暇そうにしているので、手伝いを頼もう。
「拭き掃除をお願いできませんか?」
長年置きっぱなしだった棚の下が、酷く汚れている。床掃除用のポリッシャーが欲しいが、この国には無いだろう。デッキブラシすら無いかもしれない。
「お1人では大変ですもんね。お手伝いしますよ。ルーシアも手伝いなさい」
「あ……ルーシアさんには別の用事をお願いしていますので。2人でやりましょう」
ルーシアには、引き続き広告の複写を任せた。上手くいけば、今日中に終わるだろう。俺の作業も今日中に終わらせたい。しばらく2人で作業を進めた。
今日は妙に作業が捗ると思ったのだが、ウォルターが居ないんだ。何の仕事か知らないが、朝から出掛けている。
余計な口出しが無いので、速やかに進んでいる。作業は順調に進み、商品の撤去が完了した。ついでに、商品を確認する事もできた。全ての商品を把握したはずだ。
この店の主力商品は、食器類と調理器具類らしい。点数が最も多かった。次に、日持ちする調味料も多かった。これはとにかく種類が多い。何の葉っぱなのかは分からなかったが、ハーブである事は理解できた。
細々とした日用品も多く、ランプやロウソクのような照明器具、虫除けのお香みたいな物もある。石鹸や掃除道具も揃っている。
次に、大工道具も多い。ハンマーやノコギリ、ナタ、バールのようなもの。それらを手入れするための道具もある。
意外と多かったのが、剣や弓などの武器類だ。絶対数が少なくて目立たないが、それなりの数が発見された。
確認し終えて思ったのだが、商品に一貫性が無い。ここが何屋かと聞かれたら、返答に困る。
次は棚の移動だ。と思ったのだが、どうも上手くいかない。壁際の棚は壁に直接打ち付けてあり、移動させることが出来ないようだ。意外と厄介だな。カウンターの位置を移動させる事が出来ない。
壁の棚は諦め、中央の陳列棚に取り掛かる。コの字で並べられた、おかしな棚だ。
棚を少し動かすと、コの字になっている理由が判明した。棚の1つがL字になっている。設計した奴もどうかしているが、この棚を導入した奴は馬鹿なんじゃないかな。
しかし、棚がこんな状態では作業を進めることができない。
――せっかく順調に進んでいたのに……。
途方に暮れる俺に、ルーシアが話しかけてきた。
「どうされました?」
「いえ、棚がですね。こんな棚は使えません。陳列棚は真っ直ぐじゃないと……」
「古い棚で良ければ、倉庫にありますよ?」
あるんかい! どうして使わないんだよ。もしかして、新しいという理由だけでこの棚を使っていたのか?
「すぐに交換しましょう」
雑多かつ複雑な陳列方法は、場合によっては有効に働く事も無くはない。若い頃に好きだった、日本の本屋を思い出した。
その店は、大量の雑貨を所狭しと並べていた。陳列棚も複雑な構造になっていて、一見すると販売のセオリーを全部無視しているようだった。
だが、あの店の場合はそれが演出になっている。並んでいる商品は遊び心に溢れていて、店内には独特の空気が漂っていた。ついでにいうと、雑多に見えても押さえるべきポイントは押さえてある。
――あの店の再現は、ウォルターのセンスでは不可能だろうな……。
そう思いながらL字の棚を運んでいると。見知らぬおばさんが店に入ってきた。常連客のようだ。ルーシアとのやり取りを、横目で観察する。
「あれ? 店じまい?」
そう思うよね。今、店内には何も無い状態になっている。棚すら無い。
「いらっしゃいませ。
違いますよ。お掃除と棚替えです。きれいになると思いますよ」
「そうなのね……頑張ってちょうだい。
いつもの、持ってきてくれる?」
おばさんは、ルーシアからロウソクと油を受け取り、帰っていった。
ここの常連にとって、店内がどうなろうと特に関係ない。ルーシアに商品を持って来させるだけだからだ。このやり方が間違いとは言えないが、店員の手間が増えるだけだ。今後は自分で探させるように仕向けたい。
床の拭き掃除を終えたので、商品の搬入を始める。陳列の手本とするのは、日本の一般的なコンビニだ。
商品の陳列棚は、カウンターに対して垂直に設置する。これには、客の動きをコントロールしつつ、万引きを防止する効果がある。
さすがに量が多いので、3人で手分けをして運び込んだ。一通りの搬入が終わった頃、サニアが夕食の準備のため席を外した。
ひとまず1人で作業をしていると、ルーシアがおずおずと近付いてきた。
「複写が終わりました。こちらをお手伝いしてもいいですか?」
ルーシアの方が早く終わったようだ。遠慮深く俺を見て、手を出すべきか迷っているようだ。
「ありがとうございます。助かりました。
こちらの作業も、手伝っていただけるとありがたいです」
こっちも1人では大変なので、手伝いを頼む。
迷っていたのはウォルターのせいだろう。おそらく、ウォルターが手出しされる事を拒否していたんだ。
2人の手伝いのおかげで、日が暮れる頃にどうにか陳列を終える事が出来た。差し込む光が減り、薄暗くなった店内を眺める。
本当はカウンターの位置も変えたかったのだが、棚と店の構造の都合上それはできない。入り口の正面に鎮座したままだ。いずれ変更したいが、扉の位置を変えたりとか、かなり大規模な工事が必要になる。今は諦めよう。
壁際の棚はそのままだが、可動式の棚はゴッソリ入れ替えた。棚の数は2つで、通路が3本ある状態になっている。
真ん中の通路には、日常消費の品を固めた。左側には調味料などの口に入る物、右側には燃料などの口に入れない物。気になる点は大いにあるが、今はこれ以外の置き方が思い付かなかった。
カウンターに向かって左側には、食器類や台所用品を陳列した。対する右側は、工具類とその他日用品だ。
「やっと……終わりましたね」
ルーシアは、店舗をぼんやりと見つめながら感慨深く呟いた。
「そうですね。予想以上に大変な作業でした。でも、これで終わりじゃありませんよ。いずれ大規模に改装します」
壁に打ち付けられた棚が邪魔。撤去したい。
まあ、さすがにそんな予算は出ないだろうから、ウォルターを説得して積み立てをさせよう。
「今の作業を……もう一回やるんですか?」
「今すぐじゃないですよ。在庫を半分くらい減らしてからです。
それと、この棚は毎月変更するつもりです」
カウンターに向かって左側の棚を指さした。
これは季節商品用の棚だ。今は夏に使いそうな物を並べている。
右側通路の正面には、武器類を並べた。真面目に武器を売っているという印象を付けるためだ。明日から剣の売り込みに行くが、その時にいい加減な陳列をしていたら店が信用されない。
「これにも意味があるんですよね? 解説していただけます?」
季節商品の棚。これはレヴァント商会にも無かった。食品が多いあの店は、旬の食べ物を並べただけで季節感を演出できるので、必要無いのだろう。
「人は左に曲がりやすいので、食器などの売れやすい日用品は左側に固めました。その正面に季節商品があれば、ついでに買われる事を見込めます」
「左に……曲がる?」
ルーシアは怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。この国ではあまり知られていないらしい。
逃走中の人間は、無意識のうちに左に曲がる。日本では、これを知っているかどうかで逃走と追跡の成功率が変わる。俺は逃げ回っていたので、これを強く意識している。
店舗作りでもこの法則は同じだ。
「理由は諸説ありますが、80%の人が左に行ってしまうそうですよ。この店は構造が悪いので、あまり良い効果を期待できませんが……」
入り口の真正面奥にカウンターがあるこの店では、おそらく効果が薄い。苦肉の策として、真ん中の通路に売れ筋商品を固めたのだ。早く直したい。
「なるほど! 勉強になります! これで売上が増えますね!」
ルーシアはそう言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
だが、そんなに甘いものではない。店として、商品をキレイに陳列するのは当然だ。今まではそれが出来ていなかったに過ぎない。ようやくスタートラインに立っただけ。
「いえ、殆ど変わらないと思いますよ」
「え……こんなに苦労したのに……」
ルーシアの顔が曇る。
「今は当たり前の事をしただけです。ようやく店としての体裁が整った、それだけの話。売れるかどうかは今後の働き次第ですよ」
「私が頑張らないと、今の作業が無駄になるのですね……。
頑張りますっ!」
ルーシアは、力強く拳を握った。
店舗で店番をするのはルーシアの仕事だ。と言っても、品出しや陳列はウォルターがやっていた。今後は手出しされないように注意しなければならない。ウォルターが帰ってきたら、何か対策が必要だな。





