留守番
工房の視察を終えたところで、昨日の業務は終了にした。店に帰ってからウォルターに求人を見送った旨を報告したのだが、案の定小言が返ってきた。面倒なので無視。右から左に聞き流した。もう何を言っていたか覚えていない。
エマが作った石鹸は、出来上がり次第うちの店の倉庫に収める。許可が下りたらすぐに販売開始だ。
そしてパオラに任せていたおしぼりだが、昨日帰った時には注文した100枚が完納されていた。品質は悪くない。十分だ。これなら追加で注文してもいいかな。
「では、次にイヴァンさんかパオラさんが来たら、追加を注文しておいてください。とりあえず200枚ですかね」
「そんなにですか? 何に使うんです?」
「汚れたら交換しますから、結構要るんですよ。それに、少し売ってみようと思います」
おしぼりは、ある程度汚れたら雑巾にクラスチェンジする。ボロボロになるまで使い倒したら廃棄処分だ。おしぼりがおしぼりとして活躍できる期間は短い。漂白剤があれば延命できるんだけど、この国では塩素なんて見たこと無いからなあ。
「あ……なるほど。分かりました、注文しておきます」
「よろしくお願いします。では、そろそろ行きますね」
「はい。いってらっしゃいませ」
ルーシアに別れを告げて、店を出た。
今日はブライアンの店に行く予定だ。ブライアンの店は、しばらく改装中だった。今日は改装が終わり、テーブルが搬入されるはず。内装の確認とテーブルの設置のため、ブライアンの店に急ぐ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ずいぶんイメージが変わったね」
店の内装は、100%俺のプロデュースだ。女性向けになるように工夫した。店内の照明は明るめに、装飾は柔らかいイメージに。
壁は真っ白な漆喰を塗って、柱の部分は濃い茶色の塗料を塗ってある。ランプは壁から掛けるものと天井から吊るものを準備した。ランプを掛ける金具には、百合をモチーフにした装飾が施されている。
割と無駄の多いデザインだが、豪華でかわいい印象の店内になった。概ね注文通りだ。細部は多少注文と違うが、何か考えがあってのことだろう。手抜きや改悪ではないので、特に問題ない。
「僕のイメージ通りですよ。どうでしょう。お気に召しました?」
「うぅん……気に入っていないわけじゃないんだけど、正直よく分からないなあ。やたら豪華だし……ここまでやる必要、ある?」
「店内の清潔感は重要ですよ。相手が女性ならなおさらです」
「そっかぁ……。まあ、俺としては、予算内に収まってくれるなら、何をしても構わないけどさ……。立ち話ではなんだから、とりあえず座ってよ」
テーブルは、サンプルの1セットだけが置かれている。ブライアンに言われるまま、席についた。
残りのテーブルセットは今日納品。それまで商談をして時間を潰す。ちょうどいい時間なので、今のうちに皿を選んでもらおう。
「失礼します。テーブルが到着するまで、お皿を見ていただけますか?」
今日は数種類の皿を持ち込んでいる。普段店で扱っている食器類だ。他所の店で扱っていない商品も多いので、選び甲斐はあるはず。
「……どれも良さそうだね。どれがいいかな……」
「自分の料理と組み合わせて考えてくださいね」
「それはもちろんだけど……もうどれでもいいや。あんたが決めてくれ」
ブライアンは面倒臭そうに天を仰いだ。
俺が勝手に決めてもいいのだが、俺はブライアンの料理を見たことがない。全体のバランスが分からないので、選びようがない。
「いえ、そうはいきません。料理は味と同じくらい見た目が大事だと言いましたよね?」
「でもさあ、どれだけ見栄えを良くしたって、味は変わらないだろ?」
ブライアンは食器へのこだわりが薄いみたいだ。珍しさや面白さで判断しているように見える。それも大事だけど、もっと重要なことがあるだろう。
「はい。味は変わりませんね。でも、味の感じ方が変わるんですよ。美味しそうに見えた方が、お客さんの満足度が上がります」
「満足度……? 味だけでは満足しないの?」
「そうですね。お客さんは、味だけでは絶対に満足しません。見た目、雰囲気、環境、あらゆる条件から総合的に判断します。マイナスになる要因は、とにかく排除するべきでしょう」
「うぅん……そう言われてもなあ。やっぱり選んでくれよ。全部任せるから」
信用してくれるのは有り難いが、情報が少なすぎる。せめて料理の方向性が分かれば、選びようがあるんだけど。
「そうですか……わかりました。では、料理を作っていただけませんか? それを見て判断します」
「え……? 材料が無いよ?」
ブライアンは怪訝な表情で言うが、本格的に作ってもらう必要は無い。盛り付けの技術を見たいだけだ。
「軽くでもいいです。イメージさえ掴めれば大丈夫ですから」
「そうはいかないよ。俺が納得できない。ちょっと待ってて。買い出しに行ってくる」
ブライアンはガタッと椅子を揺らしながら立ち上がり、近くに置いていた鞄に手を掛ける。
「そこまでしなくても……」
「ダメだ。待っててくれ」
俺の言葉を遮って言うと、店から飛び出していった。意外とせっかちだな。
店に1人で取り残された。困った。やることがない。
とりあえず改装済みの店内を見回すが……何もない。ガランとした殺風景な部屋だ。せめてテーブルが届いてくれれば暇潰しができるのだが。
しばらく待っていると、店の扉が開いた。
「こんにちは。店主さんはいらっしゃいますか?」
ブライアンかと思ったら、知らないおっさんだった。配達員にしてはヒョロっとしているし、歳が行き過ぎだ。テーブルの納品でもない。誰だろう……。
「今は外出していますよ。どちら様ですか?」
「おや? 従業員さんでしたか。コータロー商店の者です。待たせていただいても?」
コータロー商店の営業らしい。ブライアンは付き合いを断ったと言っていたはずなのだが……。でも俺が勝手に追い返す事はできない。
勘違いしているみたいだから、調子を合わせて探りを入れてみよう。
「すぐに帰ってくると思いますから、どうぞ」
俺が招き入れると、ズカズカと入ってきて目の前の椅子に腰を下ろした。着席の許可を出した覚えは無いんだけど。まあ、椅子はここにしか無い。それくらいは許そう。
「悪いね。……しかし、こんなテーブル、どこで見つけてきたんでしょうねえ。君、何か知ってる?」
おっさんは腰を掛けるなり、俺に話し掛けてきた。当たり障りのない情報なら喋ってもいいかな。
「オーダーメイドですよ。この手のテーブルなんて、どこにも売っていませんから」
「だよねえ。こんな変なテーブルを使って、何がしたいのやら。うちの店ならもっと良いテーブルを準備できるのに」
おっさんがブツブツと呟いている。その『もっと良いテーブル』とやらが気に入らないからオーダーメイドしたと言うのに。客目線に立つという意識が無いのか?
まあいい。次はこちらから仕掛ける。
「ところで、今日はどういったご用件で?」
「ああ、ちょうど良かった。君からも進言してくれ。お小遣いをあげるからさあ」
俺は小遣いを貰うような歳じゃないぞ。と言うか、俺を買収しようとしている? 乗っかるフリをしてみよう。
「どういうお話ですか?」
「コータロー商店の傘下に入る、というお話だよ。コータロー商店の商品が優先的に買えて、専門家のアドバイスを受けられる。君にとっても悪い話ではないだろ? だから、君からも薦めなさい」
何を言っているんだ? 傘下? おかしい。コータロー商店は雑貨屋だろ? なんで飲食店を取り込もうとしているんだ? よく分からない……。
「僕には勝手なことはできませんからねえ……」
「大丈夫。店主に何か言われても、私が助ける。それに、上手くいったら君には1万クランをあげるよ」
1万クラン? 俺を? 俺をたったの1万クランで買収しようとしているの? 舐めすぎだろ。俺のことを見習いとでも思っているのか? 困ったやつだなあ。
そもそも、俺はここの従業員じゃないんだって。まだ何も気付いていないみたいだから、もう少し泳がせてみようか。
「すみませんが、詳しく教えていただけます?」
「コータロー商店には食堂の専門家が居るんだよ。これから新規でオープンさせるなら、専門家のアドバイスを貰った方が有利だと思わないかい?」
言っていることは納得できる。俺も似たようなことをやっているしなあ。でも、この国の常識は古いと思うんだよ。本当にあてになるのかな。
「そうですかねえ……。そのアドバイスはどこまで正しいんですか?」
「全てだよ。我々の指示に従っておけば間違いないんだ」
うわぁ……面倒くせぇ。
全てが正しいなんてことは絶対にありえない。どんな人にも間違いはある。俺だって偉そうに断定的な言い方をすることがあるが、全てが正しいとは思っていない。
全てが正しいと思っているようなやつは相手にしない方がいい。余計なストレスが溜まる。いちいち命令口調だし、反論すれば屁理屈で返すし、自分の考えは絶対に曲げないし……。関わらないのが一番だ。
「なるほど。僕からは何も言えませんから、店主さんの判断を待ちましょう」
強制的に会話を打ち切った。無言のままブライアンを待ち続ける。おっさんはニヤニヤと嫌らしい笑みを貼り付けている。胡散臭い。
かなり気まずいが、まあ気にしない。話を続けた方が気まずくなることは分かりきっている。
しかし、なんだかとんでもない情報を拾った気がする。これ、コータロー商店が内々に進めている計画だよな……。
ブライアンはどう始末するのだろうか。素直にこのおっさんの言うことを聞くとは思えないしなあ。とりあえずブライアンの帰りを待とう。





