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求人

 隣の店を買い取るということは決定事項。これを覆すことはできない。反省するべき点はあるが、今は活用方法を考えるべきだろう。

 使い道は全く考えていない。ルーシアや他の人たちからもアイディアを募ったが、成果は芳しくない。今も食後のちょっとした時間を利用して、ウォルター一家と会議している。


「店舗を拡大しよう」


「賛成です。店を広げましょう」


 ウォルターとフランツは、声を揃えて売り場面積の拡大を提案した。もちろん却下だ。人手が足りなすぎる。


「誰が管理するんですか。ルーシアさんが過労死しますよ」


「誰かを雇えばいいだろう?」


「簡単に言わないでください。信用できる人材なんて、そんなに次々と現れないですよ」


「いや、お前は勝手にどんどん人を増やしているではないか」


 確かに、俺は工房を増やした。しかし、全員を従業員にしたわけではない。カレルとイヴァン一家は独立採算の子会社という扱いだ。


「あの方々は雇ったわけじゃないんですよ。僕が正式に雇ったのは、フランツさんとエマさんだけです」


「んん? 何が違うのだ?」


「僕が給料を支払っているわけではないんです。従業員ではなく、ビジネスパートナーと言った方がいいですね。あくまでも別会社なんです」


「うぅん……よくわからんが、お前が言うならそういうことなんだろうなあ」


 俺が従業員を増やすことに消極的なのは、リスクが一気に跳ね上がるからだ。信用できない従業員を監視する作業が面倒とも言える。

 与えられた仕事をサボるくらいなら可愛いものだが、いい加減な従業員の身勝手な不正行為は、時として店を潰す。


 例えば、ちょっとした悪ふざけのつもりでやったことが大問題になったり、軽い出来心で備品や商品、または現金を盗んだり、客の信用を損なうような言動をとったり。従業員の失態は、就業時間外のことであっても会社の失態だ。俺が極端に信用を重視しているのは、こういった理由がある。


「でも、人を雇いたいのは事実ですよ。フランツさんも頑張っていますが、ルーシアさんとサニアさんはオーバーワーク気味になっています。店舗のスタッフが、あと1人は欲しいですね」


「ふむ……。雇うなら、どんな人間がいいだろうか」


「従業員を選ぶ基準は、仕事ができるかどうか、そして信用できるかどうかの組み合わせになりますよね。今のこの店は少し特殊ですから、仕事ができるかどうかは関係ありません。とにかく信用できる人がいいです」


 仕事ができて信用できる奴が最良だが、高い給料を支払う必要がある。それに絶対数が少ないから、滅多に見つからない。イヴァンは拾い物だったな。

 仕事ができて信用できない奴は危険だ。こっそりと横領される可能性がある。なまじ能力があるため、横領されても気付きにくい。嫌いなタイプではないのだが、雇うのは避けたい。

 一番欲しい人材は、仕事ができないけど信用できる奴。給料が安い上に、教育次第では化ける。カレルやエマがそうだ。未経験者なのに工房を任せている理由はここにある。

 最後に、仕事ができない上に信用もできないやつ。これを雇ってしまうのが最も危ない。特大の地雷だ。俺が危惧しているような不正行為を働くのが、大抵このタイプだからだ。


 こういう奴を雇うということは、時限爆弾を抱えるのと同じ。突然おかしな問題を起こして、会社と心中しようとする。信用できる奴との見分けがつきにくいため、選別に時間を掛けている。

 いつかのカラスの客が、まさしくこのタイプだった。商売人の娘だったらしいが、借金を返す気もなくて働く意欲も低い。挙げ句、借金を人のせいにする始末。どこを信用すればいいのやら……。


 そう言えばコータロー商店を紹介するように促したけど、あの後どうなったのかな。気になるから、今度カラスに聞いてみよう。……もし本当にコータロー商店で雇われていたら、笑いをこらえる自信が無いぞ。


 選別基準を伝えると、ウォルターは納得したように頷いた。


「分かった。私からも当たってみよう」


 正直、ウォルターはあてにしていない。こいつは人を信用しすぎるから、問題のある人物でも簡単に雇ってしまいそうだ。そもそも、初対面の俺を簡単に雇っている時点で、ウォルターの見る目は曇りきっているとしか言えない。

 足を洗ったとは言え、俺は元詐欺師だぞ。自分で言うのもどうかと思うが、明らかに信用したらダメだろ。



 一応、ルーシアやサニアも人材探しを手伝ってくれるという。正直、期待はしていない。エマはルーシアの友人だったが、そんな都合のいい友人が何人も居てたまるか。

 サニアの友人だって、ほとんどが主婦だ。この国にも共働きという文化が無いわけではないが、商人や職人の妻は旦那の仕事を手伝うのが主流。主婦を従業員に迎えるのは難しい。


 今回、フランツは完全に戦力外だ。フランツの友人は絶賛見習い中なので、まだ雇うという段階に無い。



 ちょっとした会議はこれで終わり。解散してそれぞれの自由な時間となった。

 新しい物件の活用について話し合いをしていたはずが、いつの間にか従業員を増やすという話になっていた。物件の使い道は棚上げだ。やはり自社での活用は諦めて、素直に借り主を探した方がいいだろう。



 次の日。開店の準備を手伝っていると、ウォルターが近付いてきた。何か名案を閃いたような顔をしている。


「おい、ツカサ。求人を出してみてはどうだ?」


 この国にも、求人案内所と呼ばれる職業安定所のような施設がある。これも一応国営の施設だ。銀行の近くに建っている。

 職員に希望職種と職歴を伝えれば案内してくれる。日本ほど親切ではないが、それなりに機能しているらしい。求人を出す側がやることは、採用条件を書いた書類を提出するだけだ。


「求人案内所に、ですか?」


「当然だ。それ以外にどこがある。闇雲に探すより、そこに求人を出した方が早いだろう」


「そうですね……一度行ってみます」


 正直、全く気が進まない。案内所で仕事を探す人たちは、本当に玉石混交なんだ。中には俺が絶対避けたい人間も混じっている。これはスマホゲームで超激レアとウィルスが混じったガチャを引くようなもの。ひと目で見分けがつかないというのも怖い。


 一度足を運んで、どんな人が居るかを確認するべきだな。



 店を出て、求人案内所に移動した。中は銀行と同じ作りだ。広い部屋の真ん中をカウンターが横断していて、部屋が区切られている。壁際の棚には書類が差し込まれている。おそらくそれが求人情報だろう。

 書類を提出する前に、辺りを注意深く確認する。


 人数こそ少ないが、老若男女さまざまな人が居る。ここに居る人が少ないということは、この国の失業率はさほど高くないのだろう。



 しばらくあたりを眺めていると、突然若い男に声を掛けられた。割とキレイな身なりをした、25歳くらいの細身の男だ。


「よお。見ない顔だな。どうした? クビにでもなったか?」


 どうやらここの常連らしい。……ここの常連って、ヤバくない? いつまでも職が決まらないということだよなあ。

 まあ、話を合わせてみるか。


「いえ、そういうわけではありません。ここがどんなところなのか、一度見ておきたかったんです」


「なるほどねぇ。言っておくが、今はロクな求人が無いぞ。見習いばっかだ」


 いや、普通は見習いからスタートするんじゃなかったっけ……。たとえ経験者でも、最初の数カ月は見習いになると聞いている。


「そうなんですか。でも、あなたも職を探しているんですよね?」


「ああ。ここ1年、ずっと通っている。でもなあ、全然ダメだ。オレの能力が活きるような職場はどこにもない」


「失礼ですが、今は何を?」


「ああ、この先の食堂で働いている。絶対に辞めてやろうと思っているんだが、次の職場が見つからねえんだよ」


 次の職場を探してから辞める。その考えは立派だが、1年探して見つからないなら、自分が提示した条件が悪いんじゃないのかな……。


「どんな条件で探しているんです?」


「オレを料理人として雇ってくれる店だ。今の店がなあ、もう一人前以上に働けるっていうのに、見習いから昇格させてくれねえんだ。だからこうして、オレを認めてくれる店を探し続けている」


 あ……無駄な努力を……。

 誰かに認めて欲しいなら、行動しないとダメだ。実際に実力を見せないと、人はなかなか納得しない。

 それが簡単なことではないというのは重々承知している。だが、地道にやるつもりが無いんだったら相応の苦労と運を掴む努力が必要だ。


「こんなところで探すより、自分を売り込んだ方が早いと思いますよ。どこかの金持ちのパーティで料理を振る舞うとか、方法はいくらでもありますから」


「……ん? そんなことをして何になる? 職を探すならここしか無いだろ。よく分かんねえ奴だな……」


 若い男は首を傾げながら去っていった。何も伝わらなかったらしい。


 俺がこの手の施設を使いたくない理由の1つは、相手の能力を測るすべが無いことだ。相手がどれだけ仕事ができる人だったとしても、紙切れ1枚と短時間の面接ではそれを知ることができない。


 今の会話だけでは、あの男がどれくらいの技術を持っているのか分からなかった。得られた情報は、見習いの料理人だということだけ。それでは採用することはできない。

 思い込みが激しい人みたいだから、俺なら雇わないかな。自分の技術を過大評価している可能性がある。



 うーん……来てみたは良いものの、やっぱり帰ろうかな。なんだかげんなりした。ここに求人を出したら、大量の面接依頼が来るかもしれない。めちゃくちゃ疲れる。


 俺だって、人を見る目に自信があるわけではない。だからこそ慎重になりたいんだ。手間は掛かるが、自分の目で探そう。

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