嫌な顔
縫い物の依頼を出し終えたところで、日が暮れてしまった。昨日の仕事はそこで終わりだ。
今日の予定は特に決めていない。それなりに時間が空いたので、ブライアンの店に顔を出そうかと思う。そこは俺がアドバイスをしている飲食店。大きな売上が期待できるが、まだ食器セットしか売れていない。そろそろ具体的な話がしたい。
女性ばかりの商店街を抜け、ブライアンの店に到着した。中に人の気配がする。アポなしの訪問だが、少しくらいは話ができるだろう。
「こんにちは」
扉を開けて中を覗く。相変わらず何も進んでいないように見える。前回設置してあったテーブルは撤去され、何も無いフロアが広がっていた。
「やあ、いらっしゃい。ちょうどよかった。今からあんたの店に行こうと思っていたんだ」
ブライアンは笑顔で答える。ブライアンは、店の方針について嫁と相談していたはずだ。結論が出たのだろうか。
「そうだったんですか。お話はまとまりました?」
「うん。何とかね。ターゲットを女性に絞る案、なんとか納得してくれたよ。すっごい嫌そうな顔をしてたけどね……」
ブライアンは苦笑いを浮かべ、頬を掻いた。消極的賛成ということだろうか。嫁としても悪い案じゃないと思ったんだけどなあ。まあいい。これで具体的な話ができる。
「それでは店作りを始めましょうか」
「何から始めればいい?」
「この辺りの店の客層を見る限り、2人から4人くらいで行動している人が多いみたいでした。ですので、それを軸に考えましょう」
たぶん独身女性だと思う。男女のペアも少し見かけたが、ほとんどが女性2人組で、3人組と4人組が少し。5人以上のグループは見かけていない。
「どういうこと?」
「テーブルは四角型の2人用で統一します」
この国でよく使われているテーブルは、4人から6人がけの丸テーブルだ。2人組が多いということは、ほぼ全テーブルが相席になる。無駄の極み。他の店も早く気付けよ、と思わなくもないが、それ以外のテーブルが市場に出回らないのだから仕方がない。
「2人用って、そんなテーブルは見たことが無いよ? オーダーメイド?」
「まあ、オーダーメイドですね。でも、知り合いの職人に頼めば大丈夫です」
この仕事はレベッカに投げる。嫌な顔をしながら引き受けてくれるだろう。
「そっか。じゃあ、それは任せるよ。でも、2人用じゃ足りないだろ。3人とか4人で来たらどうするの?」
「テーブルをくっつければいいでしょう。8人くらいまでなら違和感なく対応できますから」
丸型ではなく角型に拘るのはそのためだ。オシャレ感を出すなら丸テーブルの方がいいのだが、今回は効率を重視する。
「なるほどね……。できるだけ急げる? 改装を依頼した職人が、もうすぐ手が空くそうなんだよ」
なぜ開店の作業が進んでいないのか不思議だったが、謎が解けた。内装職人待ちだったんだな。コータロー商店絡みであちこちの店が改装をしているため、職人たちは大忙しらしい。
ただ、改装するにしてもテーブルセットが無いとやりにくい。カウンターは椅子に合わせて作らざるを得ないし、店内のイメージとテーブルのイメージが食い違っていたら、違和感がエグい。
「納期は家具職人さんに聞かないと分かりませんね……。僕ならテーブルと椅子の形状を把握しているので、改装の指示はこちらでやりますよ」
「そっか、悪いね。任せるよ」
これでブライアンは暇になったはずだ。この期間を使って、料理の研究をさせていきたい。
「では、ブライアンさんはメニューを考えておいてください。女性が喜ぶメニューです。奥さんに相談すればいいと思いますよ」
「それならもう決まっているよ。俺の得意料理、鹿のガッツリローストだ! 肉の塊を豪快に焼いて豪快にかぶりつく。美味いぜ!」
ブライアンはそう言いながら、両手でキャベツくらいの大きさを作った。相当大きな肉塊を使うみたいだ。
これは美味そうだな。でも、女性ウケは最悪じゃないだろうか。皿の上に豪快に乗せられた肉塊……どう考えても男の料理だ。
「料理は味も大事ですが、見た目にも十分気を使ってください。豪快に肉塊にかぶりつく女性、見たいですか?」
「え? 俺は悪くないと思うけど……」
俺もある意味かっこいいと思うよ。でも、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「例えば薄くスライスして野菜と一緒に盛り付けるとか、方法はいくらでもあります。見た目でも楽しませてください」
「難しい注文だな……。いいよ。やってみる」
ブライアンは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。まあ、時間はまだある。頑張って研究してくれ。
最後に予算を確認して、今日は終わりにしよう。
「今日のところはここまでですかね。予算はどうです?」
先日書かせた事業計画書にも記載されているが、それはあくまでも予定額だ。土壇場で変更されることはよくある。
「できれば、150万クラン以内に抑えられないかな。少なくて悪いんだけど」
「……まあ、いいでしょう。できるだけ抑えますが、多少オーバーしても許して下さいね」
「うん。少しくらいなら我慢するよ」
150万クランは売値だ。仕入れ値で考えるなら、110万クランほどで考えなければならない。
盛り付けだけではなく、食器にもこだわりが必要だ。スプーンやナイフはもうあるが、その他の食器はまだ何も揃っていない。値段を無視して良い物を選びたい。まずは候補を挙げようかな。決めるのは料理を見た後にした方がいい。
改装費と調度品、すべてを合わせて110万クラン。まあ、十分か。多分足りると思う。
「では、また会いましょう」
「うん。よろしくね」
ブライアンに別れを告げ、店を出た。この足でレベッカの工房に向かう。
レベッカの工房は職人街にある。頻繁に出入りする工房なのに、かなり遠い。うちの店の近くに移転させたいところなんだけど、家具工房はうるさいからなあ。周囲の住民から苦情が来るので、職人街から移動することはできない。
今日もレベッカは工房の中で作業中のようだ。工房の中に入り、汗を拭いながら手元に集中するレベッカに声を掛ける。
「レベッカさん。お久しぶりです」
「ああ、お疲れさん。なんか用?」
手元の木材を見たまま、視線を動かそうとしない。単純な作業に見えるが、集中が必要なんだろう。
「また追加の注文なんですけど……。忙しいです?」
「またか……。今度は何?」
レベッカは嫌そうに言う。
「飲食店の準備を任されまして。テーブルセットを作ってもらいたいんです」
「……え? 本当に?」
レベッカの反応が変わった。作業の手を止めて、俺の方に顔を向ける。その顔は少し嬉しそうだ。
「はい。以前僕が買ったような、小さなテーブルです」
「それって、アレじゃダメなのか?」
レベッカが指をさす方向には、在庫として積み上げられた2人用の丸テーブルがある。俺以外、誰にも買われていないらしい。小さな丸テーブルと椅子が、壁一面を覆っている。
「今回は丸テーブルではなく、四角いテーブルを考えているんです。申し訳ありませんが、新しく作ってください」
「嬉しい注文だけどさ。ちょっと時間をもらうよ。かなり時間が掛かるんだ。あれを見ろよ。あそこの細工がとんでもなく手間が掛かる」
テーブルの足の部分 太めの円柱に、花のような細工が施されている。見るからに面倒そう。
このテーブルは、大きな土台と太めの足、そして丸い天板の3つの部品で作られている。これ、簡単にリメイクできるよな……。
「天板だけを取り替えることはできません?」
「は……? できなくは無いと思うけど、この部分は接着剤でガッチリ止めてあるんだよ? あまりやりたくないなあ」
レベッカが物凄く嫌な顔をした。まあ、この対応は予想していた。オーダー通りに仕上げてくれるなら、それくらいどうということはない。
「申し訳ありませんけど、このテーブルは売れていないんですよね? 在庫を一気に減らすチャンスですよ?」
「……それを言われると耳が痛いなあ。分かったよ。改造してやる。そのかわり、手間賃は貰うよ」
「もちろんですよ。お支払いします」
「おっと、そうだった。この間の箱。あれは成功したの?」
エッセンシャルオイルを混ぜた仕上げ油の話だ。上手くいったらレベッカにも売るという話をしていた。
「今のところは問題ありませんね。匂いも付きました。でも、匂いがどれだけ持続するかは分かりません」
こればっかりは時間が経たないと分からないからなあ。最初の試作が10日くらい前だから、少なくとも10日は持つということは分かった。まあ、この程度で匂いが消えたら、失敗という他ないわけだけど。
「十分! 売り物になったら持ってきてよ。別に急がないからさあ」
「そのお約束でしたもんね。売出しはまだ先になると思いますが、商品になったらすぐにお持ちしますよ」
レベッカは、思いの外楽しみにしているらしい。ちょっと急ごうかな。
とは言うものの、油関係はまだ完全に未定だ。美容液は現在テスト中だし、仕上げ油の仕入先も決まっていない。それどころか、工房すら決まっていない。石鹸工房が一段落したら本気で考えよう。
レベッカが作業に戻ったので、俺も工房を出る。少し早いが、今日の仕事はこれで終わりかな。
テーブル本体の値段は椅子2脚とセットで2万クラン。これに追加の天板が付いて、加工費用が上乗せされる。結果、1セットあたり3万クランになった。1.5倍になったわけだが、これは納得できる価格だ。むしろ安い。
席数は30席の予定だが、うち6席はカウンター。必要なテーブルの数は12セットだ。合計で36万クラン、残りの予算は74万クランで食器と改装費だな。予定通り進めば、予算内で収まりそうだ。





