不器用
ギンに足止めをされたせいで、少し遅くなってしまった。日が暮れる前に用事を済ませたい。イヴァンの工房に急いだ。
工房は物静かな様子。中では今も蒸留水の精製が行われているはずだ。これはイヴァンの嫁パオラと娘のライラの仕事だが、まあ、言ってみれば、ただぼーっと蒸留器を眺めるだけ。さぞ退屈をしていることだろう。
工房の扉を開く。扉を開けたすぐの部屋は、イヴァンが事務所にしている。誰も居ないようなので、イヴァンは外出中なんだろう。工房に向かって声を掛ける。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
すると、工房の扉が開いてエプロン姿のパオラが顔を覗かせた。
「あれ? 珍しいですね。主人なら外出していますよ?」
「いえ、今日はパオラさんに用があるんです。なんでも、以前針子をやっていたとか……」
「そうなんですよぉ。今でも腕に自信があるんです」
パオラは、自慢げに言いながら近付いてきた。
「ちょっと頼みたいことがありまして。作品を見せていただけませんか?」
注文を出すにあたり、現在の技術を確認しておきたい。現役を退いてから、数年以上が経過しているはずだ。腕がなまっていないとも限らない。
「え? いいですけど……このエプロンは私が作ったんです。自分でも、よくできていると思います」
パオラは、そう言ってエプロンを摘んだ。遠目にはよくできているように見えるが、着ている状態ではよく分からない。
「すみません。手にとって見たいんですけど……。他に何か無いですか?」
「分かりました。少し待っていてください」
パオラは、重々しく頷いて工房の奥に消えていった。
事務所の椅子に勝手に座り、パオラが戻ってくるのを待つ。
小狭い事務所には、引き出し付きの机が1つ。家具らしきものはそれだけだ。
部屋の隅には荷物が積み上げられている。これは在庫と資料だな。倉庫がないので、全て事務所に置きっぱなしになっている。まあ、イヴァンはうちの店の商品を売るだけだから、多くの在庫を持つ必要が無い。これで十分だろう。
他人の店の商品を売り歩くというイヴァンのような働き方は、この国では少数派だ。というか、他に聞いたことがない。
この方式だと、在庫リスクがほとんど無くて、初期投資が最低限で済む。メリットは多いと思うのだが、この国の商人には受け入れ難いものらしい。
イヴァンの事務所を眺めているうちに、パオラが戻ってきた。
「おまたせしました。これです」
パオラは、自信にあふれた様子で一着の服を広げた。青いシンプルなワンピースだ。腰の部分がキュッと締められて、スカートにはプリーツが入っている。意外と手が込んでいるな。
スカートを摘み、次は縫製を確認する。縫い目は手縫いらしく粗め。縫い方の良し悪しは分からないが、丁寧で丈夫な縫い目だと思う。
技術的には十分かな。あとは作業時間次第だが……。
俺がワンピースの確認をしていると、パオラは不安そうに口を開いた。
「どうです……?」
「上手いですね。売り物になりそうです」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
パオラは、嬉しそうに目を輝かせて笑顔をこぼした。
「これ、作業時間はどれくらいです?」
「2、3日くらいですかね。集中すれば、もっと早く作れると思いますよ」
それが早いのか遅いのか、俺には分からない。だが、おしぼり程度の簡単な縫製ならすぐに終わりそうだ。任せても問題ないだろう。
「作って欲しいものがあるんですが、注文をしてもいいですか?」
「はいっ! 喜んで!」
喜ぶパオラに、おしぼりの見本と袋の図案を見せる。
おしぼりは日本のハンカチとほぼ同じだ。裁断面を保護するために、縁を少し折って縫い付けてもらう。袋は普通の巾着袋。オイルストーブと食器がちょうど収まるように設計した。
どちらも簡単な作業だ。ミシンさえあれば、自分でやってもいい。
「この図の通り、簡単な袋とハンカチのような布です」
俺がそう告げると、パオラの表情が少し曇った。
「あ……そうなんですね。簡単そうですね」
「何か問題でも?」
「あっ! いえ! なんでもないです! ちょっと、簡単すぎるというか……」
もしかして、服が作りたかったのか? いやいや、今は服を売る予定なんか無い。そもそも、腕前や仕事の速さも知らないのに、そんな注文を出すのは無理だろう。
「嫌なら他の工房に注文しますけど……」
「ごめんなさい! やりますっ! やらせてください!」
「そう言っていただけると助かります。では、お願いしますね」
とりあえずおしぼりを100枚、袋を10枚注文した。袋は急いでほしいが、おしぼりは多少時間が掛かっても問題ない。
「ありがとうございます。では、完成したら主人に届けてもらいますね」
こういう時に外回りの旦那が居ると便利だな。言葉の通り、イヴァンが来るのを待とう。
話が終わった頃に、娘のライラがお茶を運んできた。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
ちょっと遅いぞ……あれ? 前にも同じことがあったような……。
「ありがとうございます」
軽くお礼をして、お茶に口をつける。不味い。相変わらず安い葉を使っているなあ。
「あ……不味いですか?」
しまった。顔に出ていたらしい。誤魔化さないと……。
「いえ、すみません。うちの茶葉じゃないな、と思いまして」
「やっぱり分かりますよね。特価品でごめんなさい!」
「謝ることじゃないですよ。十分です」
不味いです。どうしても自分の店のお茶と比べてしまう。でも、出されたものにダメ出しをすることはできないからなあ。
うちの店のカフェスペース、当初は不安に思っていたが、今は絶えず客が入り続けている。調子が良い日は雑貨の売上と同等レベルの売上を叩き出すほどだ。
回転が早いので、常に新鮮な茶葉を使っている。使っている茶葉は商品と同じ。毎週のように大量購入しているため、問屋が少し値引きしてくれるようにもなった。
「では、ごゆっくり」
ライラはそう言って立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってください。今度から、エッセンシャルオイル用の葉を使ってください。茶葉にもなりますから」
エッセンシャルオイルの材料にするため、ハーブティーの茶葉はここにも卸している。中身は同じ物だ。エッセンシャルオイルに使う茶葉はかなり量が多いので、少しくらいお茶のために消費したところで、誤差の範囲だろう。
「え……? 飲めるんですか?」
ライラは別物だと思っていたらしい。まあ、そう思うのも無理はないか。完成品のエッセンシャルオイルは飲めないからなあ。
「大丈夫ですよ。葉の質はいいですから」
「分かりました。今度からそれを使います」
ライラはそう言って工房に戻った。
ちょうど帰るところだったのになあ。出された物を残す訳にはいかない。
不味いお茶をぐいっと……喉を通らない。もう少し冷めたら飲めるかな。しばらく雑談をして待とう。
「ライラさんは、何か特技は無いんですか?」
本人は不在だが、パオラに問いかける。
今日はパオラに副業を持ちかけたのだが、余裕があるようならライラにも副業を任せたい。できればルーシアかサニアの負担が減るような仕事。人には向き不向きがあるので、できそうな仕事を探る。
「そうですねぇ……料理は全くできないし、縫い物も……。やらせたんですけど、なんだか不器用みたいで……」
パオラは言葉を濁したが、簡単に言うと『全くできない』ということらしい。
「趣味でもいいです。何か無いですか?」
「歌は好きみたいですよ。1人でよく歌っています」
ダメだ。金になる趣味じゃない。CDもインターネットも無いこの国で、音楽を金にするのは難しすぎる。
何か1つでも特技があれば、仕事を任せたいと思うんだけどなあ。今は雑用以外にできる仕事は無いみたいだ。
「なるほど。参考になりました。でも、料理はできた方がいいかもしれませんね」
別に花嫁修業をしろと言っているわけじゃない。お菓子作りができるようになれば、サニアの手伝いができる。お菓子をここで作り、うちの店に運んでくれてもいいんだ。
「残念ですけど、無理だと思います。その……不器用って、度を越すと凄いんですよ」
「そうですか……」
親が匙を投げるレベルってどういうこと? 逆に興味があるぞ。今度作らせてみよう。
話をしているうちに、お茶が少しだけ冷めた。一気に喉に流し込み、帰る支度をする。
「あ、お帰りですか?」
「はい。日が暮れてしまいますから、そろそろ帰ります。お仕事の邪魔してすみませんでした」
「いえ。いつでも来てください」
パオラに挨拶をして工房を後にした。
袋の納品は明後日を予定している。完成次第店に届けてくれるそうだが、どうせ俺が居ない時間に来るだろう。セットを作って陳列する作業はルーシアに任せる。
現在、店の売上は緩やかな上昇傾向にある。軌道に乗ったと考えていい。売上が増えた分、ルーシアとサニアの負担が増えた。フランツが見習いになったとは言え、依然忙しいままだ。
ウォルターは戦力外として、そろそろ新しい従業員を考えた方がいいかもしれない。それか、いっそカフェスペースを分離するか……。2人が忙しいのは、ほぼカフェスペースのせいだ。専門のスタッフが居れば、2人の負担が激減する。
雇うならカフェのスタッフだな。仕事ができる真面目な人なら誰でもいい。焦っても碌なことにならないから、のんびりと探そう。





