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ダメ出し

 荒れ果てた店内をくまなく観察していると、食事の片付けを終えたルーシアが店舗に来た。まずは挨拶をしておく。


「お疲れ様です。片付けは終わったんですね」


「はい。終わりました。

 ところで、父が事務所で項垂れていましたが……何かあったんですか?」


「先程、少し議論をしていまして。言い負けたのが悔しいのかと思います」


 軽く心を折ったつもりだ。良い気分ではないだろう。


「へぇ……どんな議論だったんですか?」


「この店の陳列についてです。

 議論の結果、棚替えの許可をいただきました」


「あ……その許可が貰えたんですか……?」


 ルーシアは意外そうに言う。


「苦労しましたけどね」


「私や母がどれだけ言っても聞かなかったのに……」


 ルーシアとサニアは危機感を抱いていたらしい。


「ウォルターさんには強いこだわりがあるようですし、仕方がないでしょう」


「それだけでは無いと思います。

 その……言いにくいんですが、父は美的感覚が……あの、センスがゼロというか……」


 必死で言葉を選んだ結果、ストレートに言うしか無かったらしい。

 まあ、まともな感覚で言うなら、そうだな。今の陳列棚には美的センスの欠片も感じられない。ただ乱雑に置かれているだけだ。


「ははは。困っていたんですね」


「はい。本当に困っていました。私が手を加えると怒るんですよ。

 どうしてこんな並べ方に自信が持てるのでしょうか……」


 ルーシアは顎に手を当てて困った表情を浮かべた。


「考え方は人それぞれですから。少なくとも、常連さんは理解しているのでしょう」


 酷い陳列だが、多少の常連が居る。()少じゃなかった。()の常連が居る。その人達は、納得して通っているはずだ。


「そうでも無いですよ。常連さんは私に欲しい物を伝えます」


 ルーシアはうんざりしたように言う。

 ルーシアに依頼をしないと商品が見つからないようだ。店としては終わっているな。陳列棚がただの倉庫になっている。


 新規客は見込めない状況で、常連も徐々に減ってきているらしい。末期状態だ。

 立地と品揃えは悪くないのに客足が遠のいている原因は、店舗の状態で間違いないだろう。


「なるほど……本当に急いだ方が良いみたいですね」


「そうですね。私も手伝います」


 ルーシアは手伝いを申し出たが、少し困る。ルーシアには、広告の複写を急いで欲しい。この棚替えは、ルーシアの作業の待ち時間を潰すためにやる予定だったのだ。


「いえ、棚替えは僕が担当しますから、広告の複写を続けて下さい。

 わからない事があったら聞きますので」


 ルーシアの申し出を断って棚に向かったのだが、どこに何があるのかさっぱり分からない。用途が不明な物もある。解説がほしいな。


 どうしようもないので、最初だけは手伝ってもらおう。


「すみません……。やっぱりお手伝いをお願いしてもいいですか?」


「いいですよ。何から始めます?」


 ルーシアは、そう言いながら俺の横に駆け寄ってきた。


「まず、商品の説明をお願いします。初めて見る物も多いんですよ……」



 見た事が無い物は、(かまど)に空気を送り込むための『火吹き棒』や、原始的な着火具『火打鉄(ひうちがね)』という物だった。他にも、原始的なアイテムが多数。この国の技術レベルが窺える。


 ルーシアの説明を聞きながら店舗をぐるりと回る。

 店舗の広さは30畳ほど。よくあるコンビニの半分くらいだ。壁際に大きな棚が置かれており、商品が詰まっている。


 通路は広いのだが、場所によって棚の前にテーブルが置かれ、通行を妨げている。一部が出っ張ったようになっているので、足元を注意しないと躓いて転ぶ。

 それだけではない。この店は棚の配置も悪い。どういうつもりなのか、棚がコの字に配置されているのだ。店に入ると、正面の棚が行き止まり。カウンターに行くには、棚を回り込まなければならない。店内の見通しは悪いし、客の動きも一切考えられていない。



 理解し難い店舗を観察しながら、完成形のイメージを固めた。下準備はこれでいいだろう。


 ついでなので、棚1つ分の撤去も手伝ってもらおうと思う。棚の1区画のサイズは、縦2メートル弱、幅1メートル弱くらい。

 手伝ってほしいのは、一番大変そうな棚だ。この棚は、小さなスペースにこれでもかと同じ商品が詰め込まれている。商品は皿や茶碗のような食器類だ。

 様々な種類の食器が幾重にも重ねられ、パズルゲームのように押し込まれていた。


「この棚、何故こんなにギッチギチに詰まっているんです? 隣の棚はスカスカなのに……」


「たぶん、作者さんの意向だと思います。自分の作品がたくさん並んでいる店を好んでいるみたいです」


 もしかして、作者の言いなりで陳列しているのか?

 作者は商人ではない。商人の領域に土足で踏み込んでいるだけだ。そんな意見は一切聞く必要が無い。


「すぐに撤去しましょう」


 少し触ったら崩れそうな積み方なので、見ていてとても不安になる。不特定多数の人間が触るはずの場所なのに、割れ物の置き方ではない。客だって恐くて触れないだろう。


「あの……どうして真っ先にここなのでしょうか。

 参考までに、何が悪いか教えていただけませんか?」


 他にも気になる箇所はいくらでもあるが、特に散らかっているように見えた場所だ。とにかく物が多いので、早く退けてスッキリしたい。

 だが、ルーシアが聞きたいのはこんな事ではないだろう。積み上げがダメな理由だと思う。


「見た目が汚い。これが一番の理由ですが、そうですね。

 同じ商品を多く並べるという行為は、売れているというアピールになります。でも、それは正しく並べた時の話。

 このような詰め方をした場合、売れ残っているような印象を与えます。その結果、大量に売れ残るほど不人気な商品だと感じられ、売れなくなります。

 大量の商品を並べる時は、縦ではなく横に並べます。高く積み上がるようなら、潔く倉庫に押し込みましょう」


 箱商品であれば目線の高さまで積み上げても良いが、簡単に手に取れないような陳列は絶対にアウトだ。


 この効果は誰でも経験があるはずだ。似たような商品が同じ幅で並んでいる時、手に取られやすいのは少ない方。なんとなく売れている気がするという理由だ。

 まあ、売れ残っている商品の幅を広げても、結局売れないのだが。


「なるほど……やっぱり、そんな事は習っていません」


 ルーシアは顎に手を当て、目を閉じて首を傾げた。何かを思い出そうとしているようだ。「習っていない」という言葉は昨日も聞いた。この国には、商業科の学校でもあるのだろうか。


「基本的には経験則ですからね。

 習っていないというのは……どこかに学校があるんですか?」


「いえ、そうではありません。自分の家ではない店で、一度修業をするのです。私も2年間修業してきました」


 他所の店に修業に出されるのは、日本でもよくある。ルーシアは若く見えるが、意外と経験を積んでいるようだ。


「へぇ。じゃあ、ルーシアさんがこの店を継ぐんですか?」


「いえ、そうはなりません。弟がいますので、継ぐのはそちらです。今は修業に行っていますよ」


「後を継がないのに勉強しているんですか?」


 俺の質問に対し、ルーシアは、顔を曇らせながら答を返す。


「弟が帰ってきたら、私は商人の所に嫁ぐ事になりますので。今はそのための修業です……」


 無駄な勉強をしているのかと思ったが、そうではなかった。ルーシアにとっては花嫁修業らしい。

 しかし、ルーシアの表情は暗い。嫌々勉強をしているのだろうか。


「商人に嫁ぐのが嫌なんですか?」


「そんな事はありませんっ! お店は楽しいですよ。でも、相手を選ぶのは難しいですから……」


 ルーシアは、表情に暗い影を落とす。

 どうやらこの国は、結婚相手を選ぶ権利が無いらしい。その割には、チェスターからの求婚を堂々と断っていたようだが。


「そういえば、チェスターさんからも求婚されていましたね。何故そこまで嫌がるんですか?」


「その話はやめて下さい……。

 尊敬できない人とは結婚したくありません」


 結局、チェスターの何が問題なのかは分からずじまいだ。嫌いな所はたくさんあるようだが、それが結婚したくない理由ではないと思うんだよなあ。まあ、俺には関係無いか。



 うっかり長話をしてしまった。ルーシアが居ると、つい喋ってしまうな。先の長い作業なので、集中してやりたい。


「手伝っていただき、ありがとうございました。後は僕1人でも十分ですよ」


「こちらこそ、貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。

 何か分からない事があったら、すぐに言ってくださいね」



 ルーシアに広告の複製を任せ、俺は棚替えの作業を進める。商品を一時的に保管する場所が必要なので、事務所と食堂の一角を借りた。


 今日1日を掛けて、3分の2の棚を空にする事ができた。まともな状態からの棚替えであれば、商品を入れ始めている時期だ。しかし、この店の状態からではそれは難しい。

 明日は全ての棚を空にする。棚の位置も変えなければならない。ついでに拭き掃除もしたい。気合を入れてがんばろう。

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