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ただ手を取り合うために  作者: 暁春覚
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名もない孤児

「貴様らが!貴様らさえ居なければ!」

ある蛮族の城の一室。

数々の調度品がならび、豪奢なベッドや、輝く宝石に彩られた、まさに【王のための部屋】と形容するにふさわしいその一室で、まるで闇そのものを飲み込んだかのような漆黒の双剣を振り回す人族の少女がいた。

少女が狙うのは、【蛮王】と呼ばれるドレイクだった。力の頂点である竜と、知恵の頂点である人を足したような出で立ち。あらゆる蛮族の頂点に君臨し、人族を殲滅せんと蛮族を率いて侵攻している存在だ。

彼は数百の年月を生き抜き、力だけですべてを手にしてきた。

まさに覇者と呼ぶに相応しいその立ち姿は、恐怖を通り越して神聖なものとまでおもえるほどだ。

一方の少女は15歳程度だろうか。まだ幼さの残る顔立ち、ただ憎悪にのみとらわれた瞳、武器を持ったことなどないとわかるおぼつかぬ足さばき。

そのすべてが、少女が戦士ではないことを告げていた。

そのうえ痩せ細った体躯は、まともな生活すら送れてこなかったことを、言葉よりも強く訴えかけてくる。

当たり前だが、力こそ正義、強者こそ絶対である蛮族の王に、まともに戦えるはずもない。

下手をすれば、小石をぶつけられただけで命すら手放すだろう。

しかし、その手に握られた漆黒の大剣が、少女を蛮王と戦える存在へと押し上げていた。

「ふんっ!」

力まかせに振り回すだけの少女の一振りが、ついに蛮王の体を捉えた。

固い鱗で覆われているはずの体が、まるでバターでも割くかのようにあっさりと切り裂かれる。

傷口からは血が止めどなく溢れだし、床一面を赤に染め上げて行った。



……時は400年ほど遡る。

世界は、後に【大破局】と呼ばれる大戦乱の真っ只中にあった。

人族と蛮族が、この地上の支配権を巡り争い合う。

いつ蛮族が村を焼き払うかもわからない。

いつ人族が住み家を奇襲してくるかわからない。

2つの種族は互いに心休まるときなく、大地を血で濡らし続けている時代だった。


ある時、人族の城に様々な子供たちが集められた。

名前もない、身元もわからぬ。年齢にも統一性がない。

しかし共通していたのは、この戦乱で孤児となったものたちや、口へらしのために捨てられた子供たちだったということだ。

子供たちは王の御前に通された。

周囲を武装した騎士たちに取り囲まれ、多くの子供たちは酷くおびえきっていた。

だが、その気持ちは想像するに難くない。

騎士の鎧が、煌めく刃が、多くの子供らにとって恐怖の対象であるのだから。

王は子供たちを玉座より見下ろし、その一人一人を品定めするように、じっくりと眺めていく。

「ほう…お主、名前は何という。」

王は一人の少女に目を付け、口元を歪ませながら少女へと問いかけた。

「ふんっ、生きるのに必死で名前なぞ忘れたわ。」

「貴様!王に対しなんと無礼な!」

騎士の一人が少女の発言に激昂し、その顔を渾身の力で殴りつける。

一介の孤児の少女が、大人の、ましてや軍人の力で殴られて無事でいられはしない。

少女は数人の子供たちを巻き込んで倒れこみ、口の端から血を流しながら騎士をにらみつける。

「勝手に人を誘拐してこんなところまで引きずって来たうえ、質問に正直に答えたら全力で殴ってくるやつ方がよほど無礼じゃろうが。アホ。」

「貴様!まだ生意気な口を…!」

「よい、やめよ」

再び殴りかかろうとする騎士を制し、王は再び少女に問いかけた。

「お主、蛮族が憎いか?憎て憎て殺してやりたいか?」

「聞くまでもないじゃろ。」

口にたまっている血をペッと吐き出した後、口元の拭いながら少女は立ち上がった。

「王だかなんだか私は知らんが、お主はそんなこともわからんのか?騎士たちに守られつつ、偉そうにふんぞり返ってたせいで考える力も失のうたか?」

少女は強く拳を握りしめる。

「やつらのせいで居場所が焼き払われた。両親が殺された。友人は喰われた。生きる糧を奪われた。この先の夢を失った。信じることが不可能になった。そんな者の気持ちがお主にはわからんのか?……いや、悪かった。わかるわけがなかったの。」

「何をそのようなことを!蛮族に家族を奪われ、憎む気持ちはよく分かる!私も」

「わかる?戯言はいい加減にせよ。お主に人が畜生の道に落ちぶれる気持ちがわかるまい。」

少女の発言に対し、ひとりの騎士が同情を口にしようとしたが、少女の一言で両断される。

騎士は恐らく、蛮族により家族を失ったのだろう。たしかに苦しんだのだろう。だが、少女の言う【気持ち】とはそんな人としての感情から生まれるものではなかったのだ。

「いつ蛮族が襲ってくるかわからない。いつ私と同じ者が食料を奪いに来るかもわからない。寝ている間に身ぐるみを剥がれるかもしれない。いや、そもそも安心して寝ることすらできない。周囲に蛮族は居ないのか?安心させるような素振りで近寄る輩は強盗ではないか?恵んでもらった水やパンは毒でもあるのではないか?常に回りの音に耳を済ませ、疑い、一時も安らぐときなどない。恐怖と苦しみだけが付き纏う。そんな獣のような生活に落ちぶれた気持ちがわかるのか?」

「それは……しかし」

「私は生きるためになんでもしたぞ。人も殺した、同じような境遇のものからも食い物を奪った、寝込みだって襲った。親切心で近寄ってきた貴族の身ぐるみだって剥いだ。自分しか信じることなどできない、自分が生き延びることで精一杯だからだ。程度の差こそあれ、大半はそのような生き様を強要されている。寝る場所も、食い物も、仲間だっていると思い込んでるやつにこんな気持ちがわかるわけなかろう!!」

少女の咆哮は王城中に響き渡った。

先程同情し、宥めようとしていた騎士も、その気迫に言葉を失う。

そして、その言葉を受けて改めて孤児たちを見回すと、自分の考えの浅はかさを目の当たりにした。

たしかに怯えていた。この騎士の出で立ちが恐怖を与えていることは感じていた。だが、彼らの瞳の奥に宿る殺意、憎しみといった感情までは理解していなかったのだ。

そして同時に、彼は王の真意を理解してしまった。

まさか、と喉まででかかった言葉を彼は飲み込み、視線を王へと移した。

「なるほど、お主の言い分はわかった。我らにはかり知れぬ強い怒りを宿していることもわかった。戦が起きなければ、ひいては蛮族共さえ居なければこのように落ちぶれることがなかったという、烈火の如くたぎる怒りを。」

王は笑い、脇に控える騎士に指示を与え、鞘に入った二振の剣と、それを掛けるためのホルダーを少女に差し出した。

まるで闇を具現化したようなその漆黒の双剣は、少女と同調するかのように、怨差の声をあげ続けていた。

「我らが貴様らをここに呼び集めたのはたった一つ。この剣を……蛮族を殺す力を貴様らのうちの誰かに授けようと思っていたからだ。そして、我は貴様が気に入ったぞ、名も分からぬ少女よ。故にこれを貴様にくれてやる。これで本懐を果たすがいい。」

少女は躊躇うことなくその剣を手に取り、腰に巻いたホルダーへと差し込んだ。

力を手に入れた少女は、ただ憎悪の導くままに戦場へと歩いて行く。

王はその姿をみてほくそえんだ。

また一つ面白い駒が手に入ったと。



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