八話 討伐と新スキル
「で、世界が能力適正者ってわけ」
「……噂らしいけどな」
風呂から最初にあがってきたのはレイカだった。
風呂屋の外で、柱にもたれていた俺に小走りで駆け寄ってきた。
エクシスとリザは存外に長風呂らしく、レイカは先にあがったらしい。
ふとレイカを見ると栗色の髪が月の光で照らされていて、美しいと感じた。
茶の瞳が、じっと俺を捉える。
「適正者……ねぇ。もしそれが本当なら凄いけど」
「なぁ、適正者っていったい何なんだ?」
「適正者ってのはね、持っている能力を最大限に発揮する事が出来る人の事。つまりね、その能力においては最強と言っていいわ。世界が本当に適正者なら、その能力は唯一無二になる。能力が成長したら、自分のスキルが勝手に強化されたりするの。凄いでしょう?」
だから七位ならって事か。
強い能力の適正者であればあるほどその能力に関して右に出る者はいなくなる。
俺が適正者なら、このダメージ移動か。
ちょっと待て、これ以上にダメージを食らったりするのか?
確かに凄いが、是非お断りしたい。
「……でもね、適正者ってそう簡単に出もんじゃないわよ? 私は今まで見た事がないし。……いや待って、スキルが強化? ……そう、スキルね!」
手のひらを拳で打ちつけ、そう俺に言った。
世紀の大発明でもしたかのように、嬉しそうに笑う。
「……スキル? 俺のか?」
「そう、世界のありとあらゆる罪を背負ったような、あなたのスキルよ! 気絶無効とか即死回避とか、そういうのも合わせて適正者って言うなら、間違いないわ」
早口で捲したてる、レイカ。
けれど……全然、嬉しくない。
今でさえ、わりと持て余している能力が強化させるなんて考えたくもなかった。
「その能力、強くなるわよ。きっと」
「……そりゃどうも。出来れば、俺に対してのダメージがなくなる方で頼みたいもんだな」
「それは無理」
即答かよ。
俺だってそんな甘い考えはしていないが、希望くらいは許して欲しい。
沈黙と共に視線をレイカから外す。
さすがに、もう時間が遅いのか昼ほど人の通りは多くない。
次に空を見た。
この世界の夜は思ったよりも綺麗で、何より空気が澄んでいる。
二人して黙りながら、エクシスとリザが来るのを待つ。
こういうなんとも言えない時間は、何も考えないようにしていた蓋を開けようとする。
「(……何してるんだろうな)」
そうこうしているうちに、リザもエクシスも風呂からあがってきた。
言うなれば今俺は、指名手配されているので、ここからは一層気を付けなければならない。
「……なるほど。世界様が適正者、そして魔物組合からの報奨金がかけられている……ですか。なら今は近隣の魔物を狩りながら、スキル成長を促す。で、町から報酬を貰う形でいきましょう。現状ではそれがベストだと思いますので」
「一石二鳥ですね! 世界さん、頑張りましょう!」
こうして俺たちは、今後の方針を固めた。
いつになれば、これは終わるのだろうか。
俺は生きていくのにとにかく、必死になるしかなかった。
「あああああ!!! あれはやばい! 死ぬから、絶対俺死ぬから!!」
「大丈夫、痛くない! 痛くないから!」
「先っちょだけですから。我慢して下さい、世界様!」
「世界さん、頑張りましょう!!」
魔物退治は思ったより苦労した。
側の森から現れる魔物達。
その森から抜け出す魔物たちはみな森の中にいた魔物よりも強かった。
「待て! あんな姿のライオンもどき見たことねーぞ!!」
この世界にはレベルという概念はない。
基本的に、魔物を討伐して経験値が蓄積されればスキルを強化できたり、スキル得たりというシンプルなシステムだった。
それは音で教えてくれて、なおかつ視覚に緑の文字がしっかり映る。
何で、スキル強化した時とスキルを得た時だけ表示されるのだろうか。
自認で出来るようにして欲しい。
俺も何度かたまったスキルポイントで新しいスキルを手に入れようとしたが、選択は不可だった。
なぁにが適正者だ、ふざけろ!!
「ネオウルフと変わりませんから!」
「変わるわ!! 見てみろ、あのライオンもどき口から火を噴くし、なおかつネオウルフよりでかいんだぞ! 溶ける。俺、絶対溶ける!!」
ティロリリリーン。
は? ここで意図せず俺のスキル強化の音が鳴った。
ニヤリとエクシスは笑い、リザは眼を逸らす。
カレンに至っては最近めっきり同情してくれるようになった。
でも。その手を肩に置くのは何だか腹立つからやめろ。
「ちくしょう! えーと、スキルはん? ダメージ乗算? あっ…………何だこれは、許さない。ぶちのめす! このシステム作ったやつ絶対ぶちのめす!!」
闇野世界、新スキル。
ダメージ乗算
ねぇ、本当に馬鹿なの?
いや少しでも、本当に少しだけ新スキルを期待した俺が馬鹿だった。
ダメージ乗算って事は……例えばこの場合、ダメージ三倍と状態異常三倍を受けたなら全部掛け算になるって事か?
三倍と三倍で九倍のダメージを負うのだろうか。
ダメだ、これはダメだ。
「この世界を俺は許さねえええ!!! あああああ!!」
やけになり、俺はライオンもどきに走っていく。
人間振り切れれば何でも出来る。
俺は新しい力と共に、その黄金のタテガミのライオンを倒すことに決めた。
完全な魔物に対しての八つ当たりである。
「グラあああああッ!!!」
あああああ、あ、熱い。
その炎のブレス本当に熱いし、何より痛い。
俺はぷすぷすと火傷して真っ黒になった体を、ライオン見たいな魔物に近付けていく。
ずるり、ずるり。
ライオンは心なしか、倒れない俺を見て怯え始めたように見えた。
良いぞ、そのまま怯えておけ!
「はぁ、はぁッ……や、闇のダメージを、舐めるなよ」
右手に意識を集中させ、怯むライオンに触れる。
ライオンもどきは唸り声をあげて、その身体をひっくり返して気絶した。
焼けた身体も綺麗になったが、これを使うと精神の大事な部分が欠落していくように感じる。
「ぷっ……さ、流石ですね。あのヤマライオウを倒すなんて!」
「え、ええ……。乗算スキルもおめでとう」
「あれヤマライオウって言うのか。初めて見た。後……何もしなかったお前たちは、今日の飯抜きな」
「世界さん、これを!」
そんな中でリザは、俺に小瓶を渡してくれた。
こ、これは、ポーション!
ダメージはすべてあのライオンに押し付けたが、この心遣いは素直に嬉しい。
「リザだけが、俺のオアシスだ。そのままの君で居て欲しい!」
「私はいつでも世界さんの望むままに!」
「贔屓よ! これはパーティの問題になりうるわ!」
「じゃあ、たまにはお前も俺を気遣ってくれよ!」
こうして俺たちはワイワイと魔物退治を進めている。
人が側にいるのは、本当に助かる事だと最近では改めて思った。
「(けど、ヤマライオウなんてこの町で見たことも聞いた事も無かったぞ)」
ここ数日の間で明らかに魔物の質も、量も変化した気がしていたのは俺だけだった。