四話 エルフの少女とスケベ顔
「うへぇ、何だこれ!」
泥濘む地を、足をとられないようにゆっくり進む。
巨大な草や、植物がこれでもかと生えている。
「世界様、何か気配を感じます」
「そうね、何か居るわ」
エクシス、カレンの敵感知スキルが発動した。
ああ、俺も欲しかった。
羨みの視線を浴びせながら辺りを窺う。
草や木も大きく、隠れるにはもってこいの場所であった。
びゅっ、音ともに頬に傷がつく。
それが敵意の表れだと理解するのにそう時間はかからない。
……少しずれてたら顔にぶっ刺さってんじゃ……。
「矢よ! エクシス伏せて! 魔王は盾に!」
「ざっけんな、ゴラッ! パンチとかなら良いけど! 矢なら腹とか顔に穴あくだろうが!」
「左です、世界様!」
場所を完全に把握したのか、エクシスがそう叫んだ。
つまり俺に行けと、そういう事なのか。
「おい、誰だ!! クソ卑怯な事しやがって! あ、痛っ!」
足に掠めた矢を見つめ、たらりと汗を流す。
成る程、あくまで隠れながらやるつもりか。
額に怒りの筋が、浮きたつ。
「この森は神聖な森。今すぐ引き返して下さい」
ようやく、矢で貫かんとしている相手の声を聞く。
その声は震えているようで、侵入された怒りなのか。
それとも矢を人に向けて放つのが初めてなのか判断がつかない。
「何を言ってやがる、こんな薄気味悪い森に神聖なんて言葉は一番似合わねーよ!」
「くっ……! 忠告はしましたから! ケルベロス!!」
……ケルベロスって、地獄の番犬の呼ばれているあの?
俺は耳を疑う。
「世界様、ケルベロスです。ケルベロス! 初めて見ますよ!」
「死んでたはずの俺でも見た事ないわ! ちょ、どうすんの!」
「獣型でしょ? 鎮魂歌、ぶちかますわよ! すぅーーーーっ……!」
「そんな全力でやられたら、俺もエクシスも耳が取れるからやめろおおおお!」
グルルルルル……!
獰猛な唸り声が鳴り響く。
「行きますっ!」
黒い三頭の獣に乗って、矢を番える少女が姿を見せた。
少女は長い白銀の髪を、疾走する獣の上で風に揺らす。
獣はそれぞれの口から汚い涎を垂らしており、その手脚は、力強く大地削り取っていた。
少女は、俺の三倍はある巨大な身体の獣を丁寧に扱う。
「すごいです、力強い躍動感! 感動しました! 頭が三つ……丁度三人乗れますね」
「ええ、あれに乗れたらこの森なんてすぐ抜けれるでしょうね!」
エクシス、レイカは初めて見るケルベロスに大興奮……!
違う、そうじゃない。
こいつら、どうやらあの獣を掠め取る気らしい。
流石に盗みは、宜しくない。
というか、今は先にこの森を出る方法を聞かなければならないのに何故気付かないのか。
森が精神をおかしくしているのか、それとも元々こういう性格なのかは人が分からない。
「銀髪少女おお! 聞きたい事があるから今すぐ逃げろおお!」
「姿を見せたのが、あなたの失態です」
「その獣、頂くわ!」
俺の後ろに居たはずの、奴らはもう走り出そうとしていた。
このままだと、あの少女ごと毟られるかもしれない。
どっちが獣か、分かったもんじゃない。
俺は急いで足元に生えていた、身体に悪そうな草をちぎって食べる。
頼む……頼む!!
「あばばばばば!! よぉ、し……し、痺れ草!!」
状態異常になった身体をタフネスを使い引きずり動かす。
身体が重く、目が霞む。
けれど目論見通りなら、必ず……。
俺は……強く意識して、右手で黒い獣に触れたーー!
「ぎゃおおおおお!」
「きゃあああッ!」
叫び声と共に転ぶケルベロス。
俺の状態異常はそれと同時に消える。
このスキル、もしかしたら思ったより便利かもしれない。
そうじゃなくて、さっきの子は⁉︎
「なんで倒すのよ! アホ魔王!!」
「愚策です。世界様!」
後方で俺を揶揄する声が聞こえるが今は無視。
下敷きなどになっていないか、急いで確認する。
「う、うーん……」
良かった、一応無事だ。
また弓を使って狙われるのは御免なので、弓と矢を取り上げておいた。
「おい、起きろ! なんで俺たちを狙うんだ?」
「なんでって、それは……。ま、魔王様の為に……!」
はい、私が魔王です。
どうせ他の魔王の事だろうが一応知っているか話を聞く。
「魔王の為? 訳が分からん。エクシス知ってるか?」
「いえ、知りません」
こいつ……俺の話も聞かないで痺れて動けないケルベロスを撫でていた。
……本気でペットにでもしたかったのか。
「その昔、ここに暮らしていたエルフ達は見つからずの魔王に保護されていましたので恩があります。……あなた方は、勇者とか冒険者でしょう? このエルフの最後の一人、リザが絶対に行かせません」
やるではないか、見つからずの魔王。
自分ではないが、嬉しくなる。
リズと名乗る十七くらいの少女は膝に手をつき立ち上がろうとした。
ケルベロスが転けた時に、着地に失敗したのか足を庇いながらゆっくりと立ち上がる。
「魔王なら通れるのか? なら通してくれ。……俺が魔王だ」
「嘘つき! そんな、すけべな眼をしている魔王が居るはずありません!」
「ぷぷーっ! キメ顔がすけべ顏だってええ!!ギャハハ!!」
カレンは後で羽交い締めにして、状態異常にしてやろう。
俺はキメ顔をやめて、開き直って魔王になった経緯を話した。