十五話 憧れの黒竜はデブで汚い
ケルベロスとグレッチェンのご飯も買ったのでそろそろ出発しようか。
そう、俺たちは歩き始めた時だった。
ゴンゴンゴンゴン、けたたましく鐘が町に鳴り響く。
只事ではない、そう予感させるほどの轟音で俺たちは顔を見合わせた。
「おい、この鐘の音なんだ? 前の町に居たときは聞いた事もないぐらいすげー音なんだが」
静かだった町から悲鳴があがった。
人が家やお店から四方八方に飛び出して行くのを見て、ビリビリと肌が痺れる。
「魔物襲来ー!! ブラックドラゴン、襲来ー!!」
町の人だろうか、ここからすぐ側の丘にある高台から拡声器らしき物でそう叫ぶ。
ブラックドラゴンとか、えらくシンプルな名前だな。
「ブラックドラゴン、こんな所まで飛んできたのか。大人しく巣に篭っていれば良いものを」
レイオンは、まだ姿をとらえる事の出来ない魔物を、嫌々しくそう吐き捨てた。
きっと高台からは見えているのだろう。
伝達役はそうみんなに伝えると高台から慌てて下に降りて、逃亡を開始する。
「こんな所に黒竜とは珍しいですね。あれは、ここから遠く離れた竜の楽園に居るはずです」
「本来ならそうですね。ええ、厄災を象徴する悪竜。町のみんなが慌てるのも良くわかります。けれど、そんなに町全体が避難するほど、危険な魔物でしょうか」
リザやエクシス、レイオンが全く慌てていないのを見るとそこまで強そうな魔物には思えない。
何なら、ここに居る奴らの方がずっと凶悪でタチが悪いし。
「ねぇ、あれ一匹じゃないわよ!」
カレンの指差す方向を見る。
え、ずるくない?
さすがドラゴンさん、三匹もいるとか超卑劣!
かーっ、俺ドラゴンなら一匹でカッコよく登場すると思ってたわー。
モンスター○ンターなら、ここでムービー流れるような感じだと思ってたわー。
「それになんだあいつら! 思ってたより二倍ぐらいデカイんだけど!」
ちょっと太り過ぎじゃないか?
これ以上俺のドラゴンさんの、イメージを崩壊させないで!
黒竜とか、ブラックドラゴンとか世界の男子がわくわくするようなイメージの結果がこれなんて、とんだ詐欺だぞ!
デブ竜、絶対に許すまじ。
姿を俺たちに見せたブラックドラゴンはその漆黒の翼をはためかせ、大気を震わせる。
町上空を旋回し、三頭の巨大な竜はまるで狩りでも楽しむかのように緩く速度を落とした。
高らかに叫び声を発する。
え? 口から涎落ちてきたんですけど、臭いし地面溶けてるし最低!!
デブ竜さん、二重の意味で本当に汚い!!
「ギャオオオオオオオッーー!!」
獲物を見つけたと、確かに俺たちを見てそう言ったように思える。
滑降してくるのは、リーダー格だろうか。
他の二匹よりも更に大きな一匹が急降下し始めた。
……え、思ってたより全然速い。
おい、なんだよ!
さっきからイメージ詐欺多すぎだろ!!
「あれは、私がやろう。陽が落ちても戦える事を教えてやる」
「分かった。俺たちも次の竜に対して用意はしておく」
俺がそう言うと、返事代わりにレイオンがそっとアークライトを構えた。
夕暮れになっているが、いまだ太陽の恩恵は絶大である。
鎧は神々しく輝き、身体から溢れる出るほどの力を感じた。
「……ゲリャアアア!!」
構えたレイオンから敵意を感じたのか、リーダーデブ竜は一点に狙いを決め。
その汚い唾液を口からぶちまける。
……え? 唾液??
ーー着弾。
俺だって見れると思っていた。
古からの憧れ、伝説の勝負。
それが、竜と騎士の真剣勝負のはず、だったんだが。
ほら、にしても炎のブレスとか、さ……。
もう少し、何とかならないかな。
……というか何食ったらこうなるんだ。
俺はその汁に当たってないはずなのに、何かこう目を酸にやられてるように痛い!!
後臭い、超絶スーパー臭い!!
例えるなら、一年間足洗ってない臭い!
「おえええええ、なんか酸っぱいし凄い臭いだぞ!! 溶けはしないが超臭いぞ、これ!! 私の鎧が臭くなるじゃないか! 卑怯な、ぶった切ってやる!!」
被弾したレイオンは、吐き気を堪えつつ悶え苦しむ。
あの清廉潔白な騎士に地べたを這わせるとは……。
ブラックドラゴン、何て恐ろしい子!
「すみません、あまりに臭いので私倒れますね。無理です。吸血族は鼻が利くので、これ以上意識を保ってたら鼻がブッ潰れます。……あっ」
「……飛んだ汁が目に、私ダメ、目がおかしくなるううう!」
ノックダウンするレイカとエクシス。
エクシスは涙を流しながらふらりと倒れ、レイカは目を押さえながら地を転がる。
レイカの目は、もうダメかも分からんね……。
「えーーい!!」
そんな状態で、可愛らしい掛け声と共に弓から矢が放たれた音がした。
……そして突如鳴り響く、パーンと風船が割れた時のような破裂音。
俺はレイカの目を懸命に拭いていたがその音で振り返り、竜の方向を見た。
爆発四散、ぴちゃりと肉片が辺りに散る。
何なら一部は黒竜のステーキになっていて、もう見てられない。
……容赦ないとかそんなレベルじゃないんですけど、大丈夫ですか?
小さい子供が見たら、その場で失神するだろうなあ。
ああ、飛んできた肉を思い出したら、昼間のご飯が俺の口からリバースしそうになった。
お願いだから俺の口から飛び出さないで、ここでゲロったらまた不本意なあだ名つけられるから……!
「わーい! ……一匹を爆砕した。……じゃなかった、倒しました!」
やはり、弓を放ち唾を吐いたドラゴンを叩き落として、笑って喜んでいるのはリザだった。
何となく、他の誰かであって欲しいと願うのは間違ってないよね。
俺、正しいよね?
「ドラゴンさん。今なら私も慈悲はありますが……どうしますか」
「「グゲエエエエエエエエ!!」」
リーダー格が無残にも倒されたからか。
それとも言葉の分からないはずのリザの言葉に怯えたのか。
俺は後者だと思うが、とにかく悠長に旋回していた二匹はありえないスピードで消え去った。
そら目の前でリーダーがあんな姿になれば選択肢なんてないよな。
「……た、助かった。ありがとう、リザ」
鎧のベトベトを手拭いのような物で拭きながら、レイオンは引きつった顔でリザに礼を言う。
目がー! 目がー!とのたうち回るカレンと、ぶっ倒れたエクシスを俺は介抱しながらリザの恐ろしさを再認した。
慈悲がどうとか言ってたけど、無かったよね。
完全に無慈悲だったよね。
……今日は肉は良いや、あと臭いを取るために風呂に入りたい。