一話 勇者になりたかった魔王
あれ、ここどこだ。
世界が暗転したあの時、あの場所を思い出せない。
そんな中で分かる事は一つ。
……俺は、きっと死んだみたいだ。
真っ暗な場所、そんな所の眼前にはどこか見覚えのある、そんなドアがあった。
ドアからは光が漏れ、どこか薄ら寒さを感じる。
「次の方どうぞ」
淡々とした声で、俺をドアの内側へと誘導する。
迷いながらも、その分厚い扉をゆっくりとノックした。
「失礼します」
「はい、着席して下さい」
待て、これはどこかで見た事がある。
そうだ、面接だ。
生きていた時の就職戦争。
その一場面を思い出して、唐突に吐き気がした。
「まーた、勇者志望か」
蔑む様な目で、禿げたおじさんが圧迫する。
やばいって、とにかくお腹痛くて超やばい。
トラウマが蘇ってバーストしそう。
というか、俺はそんなに強く勇者志望してない。
……うん。いや、正直に言うと憧れてました。
勇者になってハーレム築いて、チート使って暴れまくりたい。
誰だって男の子なら、願い、そして思うはずだ。
「え、あ、の」
「あー悪いんだけどさ。今勇者の倍率って凄いんだよ。君の生前の希望だった勇者にはもしかしたら、なれないかもしれない」
はぁ、と大きなため息を一つ。
面接官らしきスーツ姿の人は俺を射抜くように見つめ、そう言い放った。
その後は、書面らしき物を見て呟く。
「えーと、何々? 就職活動に失敗、そしてふむふむ。なるほど、っと……。了解しました、結果は後日お送り致しますので」
あっ、これ落ちる。
期限を定めず通知、通称さようなら。
酷い話で、現世ではこんな事がざらにあった。
そもそもの話で、こんな死んだ後でも面接して、落とす気まんまんみたいらしい。
いやまず、何で転生に面接があるの?
ここでもそんな倍率とか、面接対応を心配しないといけないのか。
……全くもってクソすぎる。
ガチャリ、分厚い扉は俺が出るとゆっくりと閉まった。
少しすると何だか眠くなって、欠伸を一つ。
ゆっくりと俺の意思に反して、勝手に目が閉じていく。
世界が再び真っ暗に、暗転した。
「で、彼どうだった?」
「いやー、前世の強い志望で勇者みたいでしたけど。明らかに違う職向きですね、彼。その筋なら上手くいきますよ」
「そうか、ならさっさと送ってやれ」
「承知しました!」
真っ暗な世界に、甲高い音色が鳴り響く。
ピンポンパンポーン。
不協和音の嫌な音で俺は目を覚ます。
「闇野 世界様、至急転移用意をお願いします。繰り返します、闇野世界様。至急転移用意をお願い致します」
俺は再び目覚めたが、気分は最悪だった。
何故、なりたくもない職に就かなければならないのか。
現世での面接などにおける具体的な記憶はないが、嫌な気持ちにさせるのには充分威力あるな。
その甲高い女の声のアナウンスと共に、真っ白な光が身体を包む。
あっ、でもこれはすごい。
昇天しそうなくらいに、とんでもなく気持ち良いのだ。
あっ、逝く……!
「ま、魔王様!」
「よせ、来るな! エクシス!!」
「魔王! これで、終わりよーーーッ!! ……きゃっ! な、何? この爆風は⁉︎」
古びた城内で、悲痛な叫びが響き渡る。
俺は埃舞う地に打ち付けられてから、ゆっくりと目を覚まし、むくりと身体を起こした。
それより……今のは悲鳴?
この感じ、最初からクライマックスじゃないか。
というか、普通転生とかするんだったらもっと説明とかないの?
ゴミ捨てるみたいに、適当に放っぽり出してんじゃねえよ。
俺は可燃だぞ!
「む、これは! 転生の器が来たのか。なるほど、良いタイミングだ。おい貴様! 私は幸いもう消える。お前が俺の力を受け継ぎ、闇の王となれ! 時間がない、行くぞ!!」
幸い……?
骸骨とか、骸とかそんな言葉が似合いそうな者にふと声をかけられる。
身体はボロボロでもう動けそうにもない。
そんな奴から、聞き捨てならない台詞も聞こえた。
ーー何となく嫌な予感がする。
一拍置いて、その疑問を確信へ変わった。
俺は勇者じゃない、魔王に転生した、いやそうじゃなくて。
これからするみたいです。
あああああ!
これもしかして、俺の希望と真逆じゃないか。
埃っぽい大部屋のような所で、騒がしくざわついた。
「いや、なりたくない転生とか嫌なんで。俺、能力とか要らないです。田畑とか耕して生きていきますから」
「そんなん知らんし。とにかく……宜しく!」
反論とか異論とか正論とか、そんなもん無視して魔王は心臓部から光を放つ。
こんなの押し売りと何ら変わりないじゃないか。
「ごらぁあああ! 誰がさせるかああ!!」
骸骨に対峙していた女性が俺に向かって走ってきた。
頭の兜を脱ぎ捨て、カランとそれが地に落ちた音が響く。
その方向を見ると、顔がもはや悪鬼と化した勇者らしき人がこちらに向かって来ていた。
顔自体は端正で、整っている。
栗色の髪に、鋭く大きな瞳。
すらっと伸びた手足は、しなやかさを感じる。
いや、でも何というか表情が怖すぎて。
この人がもしかして魔王だったのかな……。
「あー! このッ!! 退きなさい、三流吸血鬼!!」
「魔王様! 今の内に!」
胸から放たられた光は、俺の胸へとゆっくりと飛び込んできた。
その光は優しく俺を……。
あれ、おかしいな。
あのさ、これ、い、痛いいいいいい!!!
凄い、意識が吹き飛ぶくらいに痛い!!
おいおい、もしかして転生した瞬間に死ぬのか。
いやそれ凄い無駄なんですけど。
痛みは俺の身を切り刻むように、暴れ狂う。
転生した瞬間に、なんでこんな地獄を味わっているのだろうか。
俺は生について、考え始めた。
「ふ、良い名だ。後は頼んだぞ、闇野 せか……い」
……良い顔してやがるなぁ。
そら、こんな罪深い職業ならそうなる。
けれど、俺は決して諦めない。
必死に助けを求めた。
「おああぉあああ!! ま、待って、おっさん! 助けて! これ、失敗してるから。絶対失敗してるからああ! ねぇ、消える前に助けてえええ!!」
苦しみながら俺は、砂になった前魔王に右手を伸ばす。
無論その手は届かず。
あっという間に、消え、た……!!!
散り際は美しくかつての魔王は砂に変わる。
砂は風に舞って無くなった。
そして、ピンチはまだ続いていた。
エクシスと呼ばれていた少女の妨害を必死に潜り抜けて来た勇者。
俺はもう必死に、そして屍の様に、その柔らかい手に触れようと足掻く。
溺れる者は藁をも掴む。
まさに、そんな状態だった。
パシッ、ようやく右手で相手の手に触れれたので、ギュッと力を込める。
「これで、本当にさよな、ら……! ん? ぶひいいいいいい!! 痛いいいいい!! な、何してくれたの、この野郎!!!」
「あれ、もう痛くないな。なら……!」
なるほど、これは痛みを勇者が引き継いだようだ。
冷静に状況を考える。
あれ程の痛み、そう易々と綺麗にひくはずがない。
俺は更なる確信を得る必要がある。
今、ラッキーな事に勇者は地べたを転げ回っていた。
ならばこのタイミングに試してみるかと、転移の際に打った腰の痛みを、地面に受け渡せるか右手を地面に当てて、確かめてみる。
パキリと城の石床に少しヒビが入った。
そして、切れた額の痛みを取るために左手を地面にかざす。
痛みは引かない。
この一連の動作で、右手から触れた対象に痛みを引き継げる事を確認した。
左手や、一度に全ては出来ない事も確認する。
にっこりと満面の笑みで、ずっと転げ回っている女勇者に俺は這い寄る。
「なぁ、ここでゲームオーバーになるのと、その痛みを取り除くのどっちが良い? ……なぁ。死ねばもろともって、知ってる?」
「魔王様!!」
前魔王の側近らしきエクシスが俺を魔王と認めたのか、走り寄る。
にっこりと笑顔を浮かべ、浮かべた涙を拭き、全力で抱擁を……ぶバッ……!
じゃなくて、何で、今殴られて……。
あがッ、いた、痛い!
この子躊躇いを知らないのか? 容赦なさすぎる!
「今です、その痛みも勇者に!」
……さては、鬼畜だな。
この金髪ヴァンピ。
ミディアムに切られた金色の髪に、幼ない印象を受ける容貌。
例えるなら、そう小悪魔的な魅力を感じる。
そんな印象を浮かべている間に計三回、フルパワーで顔を殴打されていた。
こんな意味の分からない暴力を受けたのは、生まれてこの方初めてだ。
俺は指示されるままに、それを一回ずつ勇者に与えていく。
痛みに顔を歪ませる勇者。
けれど、俺の良心は痛まない。
だって俺、今さっき殺されそうになったし!
今の俺は己の痛みを取り除いて、むしろ仏のような顔をしているだろう。
「ちょ、どんなパワーで殴って、止めろ魔王! いたあああ!! ちょ、今、お前どさくさに紛れて石投げたでしょ! このクソコウモリ! やめっ、ひっ! うっ、……分かった、何でもするから、臣下にでも何でもなるから、許して、お願いじまず……許じで下ざいっ!」
勇者はそれはもう大層、大粒の涙を流して泣いたのだった。
分かる、その表情多分俺がさっきしてたから。
前魔王の能力は簡単。
痛みを引き受け、それを縛りなく受け渡せる事。
いやいや、自虐前提の能力じゃないかな。
多分だけど、そんなの倫理的に許される能力じゃないからね。
「なぁ、本当に、それだけか?」
「はい。前魔王様はそれで引きこもられましたので」
当たり前すぎる。
何だって、わざわざ一度痛みを受けなければいけないのか。
俺がMだったら、喜ばしい能力だっただろう。
そう思わずにはいられない。
「ちなみに数いる魔王の中でも、前魔王はほぼ最弱よ。だから、私一人でも倒せそうだったって訳」
「うるせえ、さっき惨めにお前泣いてただろうが!! 俺だってなりたくて魔王になった訳じゃねーぞ!」
女勇者の名はレイカと言うらしく、今は前魔王の部屋の端で三角座りをしていた。
俺は椅子に腰掛け、エクシスの話を促す。
「魔王様は全部で七人。うち序列最下位の魔王が前魔王でした。あっ、それでも魔物の中では強いです。引きこもりでしたけど。ちなみに冒険者、勇者からつけられたあだ名は見つからずの魔王(笑)でした」
「おい、思いっきり煽られてるじゃねーか! じゃあなに、俺がこれから見つからずの魔王(笑)を引き継ぐのかよ。ああ……分かった、もう良いわ。魔王全部俺がぶっ倒して、俺が魔王の序列一位になるわ」
「で、でたー! 最弱の癖に口だけは達者な奴ー!」
「その俺に負けたへっぽこ勇者は黙れ!!」
……言ってみたかったんです。
それくらいのおふざけは、許して欲しい。
その後はエクシスから出るわ出るわ、前魔王の悪い所。
色々溜まってたようで全てを俺にぶつけてくる。
怖いので、あまり睨まないで下さい。
「そもそもこの世界じゃ転生者は珍しくないわ。まぁ、魔王を選ぶなんてありえないけどね。この世界じゃ」
「そうですね、絶対に勇者に負けますし。うーん。では、世界様は何故魔王に?」
「ち……た……」
「え? 何言ってるのか聞こえないわ」
「落ちたんだよ、転生の際にする、勇者希望面接! 冷めた目をしたハゲのおじさんに経歴見られて、即お祈りだったんだ! なぁ、俺前世何かしたのか? 記憶もないから、全然意味分かんねーよ! そもそも、この転生システム不親切すぎるだろ! 何で即座に勇者に消されかけて死にかけてんの、俺!」
「あ、はい。何か笑ってごめんなさいでした」
レイカはあまりに不憫だったのか、真剣に謝ってきた。
その同情の目をやめて欲しい。
今の俺には効く、いや効きすぎるのだ。
チートでハーレム、そんな夢を見てた……。
けれどそれは本当に、夢のまた夢。
せめてカッコ良い能力とかがあれば良かったな。
例えば、炎を完璧に操るとか、闇の魔法を使えるとか。
……それが、こんなドMモロ出しの能力なんて、ちょっと信じられない。
揺らめく蝋燭の火を眺めながら、本気で自分の行く末を考える。
やはり本気で、他のシステムをぶち壊す必要があるな。
何故魔王は負けなければいけないのか。
何故魔王の中でも序列があるのか。
諸々に怒りが湧いて仕方がない。
「えーと……。エクシスは、俺について来てくれんのか?」
「はい。それが闇の吸血族の掟ですので」
いや、その答えは悪くないけど。
掟を守るのって大事であるのは、俺でも分かる。
けど、俺だって男だし妄想くらいする。
どれくらいの頻度かって、毎晩寝る前に考えてた転生の物語が遂に二千話に到達したぐらいだ。
嘘でも良いから、世界様の為とか言って欲しい。
今日だけでも良いから……。
「じゃあ、何か先の展開を考えてるみたいだし? 今日は私帰るわね!」
「こら、待て! お……い……てめぇ、逃げんな……」
こいつだけは、絶対に逃さないと決めている。
怨念にも近い、闇の形相だったであろう俺は強くレイカの腕を掴んだ。
レイカはその艶やかな栗色の毛を振り乱し必死に抵抗する。
「明日来る、絶対にここに来るから!」
「それ、絶対来ない奴が言う台詞だからな。俺は騙されないぞ。お前言ったよな、何でもするって。臣下にでもなるって……! おいエクシス、縄くれ」
「やめて! 分かってる、分かってるってば! 私も勇者よ。一度言った事は守ります!」
こうして俺たち、魔王、吸血族、勇者は共に生きて行く事になった。
最弱魔王の下剋上は始まりを告げる。
初めまして。読んで頂き誠にありがとうございます。
稚拙な内容かもしれませんが、一生懸命更新していきたいと思っておりますのでどうぞお付き合い宜しくお願い致します。




