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#1 Greasy People Concerto  <Ⅱ>

「中を検めさせてもらう、降りろ」

 フロイトとルルは言われるがまま、小さなコンテナを積んだトラックから降車した。あたりは一面砂漠である。

 助手席から降りたフロイトに、P90を携えたサウジアラビア兵士が近づく。

「物騒なもん持ってるな」

 にやにやと茶化すように話かけるフロイトを無視し、兵士は「両手を上げろ」、と低い声で言った。

 ルルについても例外なく、兵士が対応にあたっていた。自動車の運転が苦手なフロイトに代わって彼女がトラックを運行していたのもあり、彼女についてはコンテナの開閉も求められていた。ちなみにコンテナの中には、おいそれと人に見せられないようなものも入っている。そんな中で銃を背に突き付けられながら歩を進めるルルだったが、その表情はいつも通りの穏やかな様相を称えている。というのも、この検問に接触する以前にこれまで見られなかった突然の警戒網についての情報をマクフィーより得ていた三人にとって、この事態は既に打破工作が済んでいる対象だったである。

 新車を手に入れたばかりの検問所兵士の一人メホバ・ユルフ青年は、コンテナを開いて中で待ち受けていた冷ややかなMG3機関銃―――漆黒の銃口と対面したとき初めて、そのことに気付いた。

 はっ、と驚嘆の表情が彼の濃い茶色の肌に刻まれた直後、項にベレッタ90-TWOのバレル先端部が口づけをした。

「声をあげず、おとなしくしていてくださいね」

 黒色のベレー帽を被ったコルトが幼い顔立ちに鋭い目つきを宿らせ、MG3の真黒な銃身をもたげて小さく言い放つ。コンテナ内の陰に溶け込む彼には、その小さな体とは反する異様な気迫が湧き出ている。同時に背後から、古巣カラビニエリで培われたルルの体術が青年を強く拘束した。終いには背後へと自身の両手をまわされ身動きが取れなくなっている状態で手錠をかけられ、猿轡まで噛まされる次第になっていた。呻く青年の目前で黙々とP90の弾倉を外し、兵器の無力化を図るルル。彼女がコッキングレバーを引いて装弾が無いこと確かめたのを見留めたコルトは一つ息を吐くと、のびて動かなくなったもう一人の兵士を引きずってやって来たフロイトに手を振った。それに気付いたフロイトも、返答代わりに片手を挙げる。

「やけに静かでしたね」

「金寄越せば通してくれるって言うからな。財布出そうとしたら手が滑って顎に直撃って話だ。一発でこの有様なんだから、たかが知れてる」

 重たそうに担ぎ上げた兵士をすぐさまコンテナに放り込みつつ、フロイトがつまらなさそうに言った。

「この国の正規兵でしょう?たまたまなんじゃないですか?」

「アメリカの駐留兵に頼りっぱなしの国だ。鍛えてなけりゃこうなるのも当然だろうさ」

「僕は兄貴(エルマノス)が腕立て伏せしてるところすら見たこと無いですけどね」

「生憎、疲れることは嫌いなもんでね」

 隣でルルが、くすくすと笑う。

「お二人って、ずっとそんな感じなんですか?私が入ってからもう二年は経ちますけど、初めからそんなでしたよね」

「前から頼りないんですよこの人!仕事中なのにふらふらどっかに行っちゃうし、帰ってきたと思ったらどっかで面倒起こしてるし!」

 眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにがなり立てるコルト。当のフロイトは、コンテナの奥で気絶したままの兵士を鼻歌混じりに縛りあげていた。陽気で間抜けな旋律に耳を傾けつつ、鼻の低い男に、ルルが訊ねる。

「それ、なんていう曲です?」

「Your mind is on vacation―――Mose Allisonの名曲だ。興味があるなら、マックのパソコンに入ってっから聞くといい」

 コンテナから飛び降りたフロイトは、あたりを見回す。検問から先は白い壁に囲まれた、いかにも中東らしい豪邸が並んでいる。一見高級住宅街だとかそんな風に見えなくもないが、ここに居を構えるのはたった三人だ。

「王族となりゃ、こんな無駄な土地の使い方するんだな」

「うちの本拠地なんか採石場の小屋二棟ですもんね」

「あれはいい加減どうにかした方がいいと思うけどねー」

 コンテナを閉めつつ苦笑するルル。彼女が顔を上げるのと同時に、フロイトが歩みを始める。目で追う二人は、彼が検問所の兵士が休憩のために使用していたであろう施設の裏側に消えるのを視認したのち、首を傾げて顔を見合わせた。

 直後、響き渡るエンジン音。

 目を剥く二人の目の前に現れたのは、のろのろとおっかなびっくりに徐行してくる白色の乗用車の姿だった。

 ぎこちない停止―――というよりはエンストで強制的な停止をした自動車の窓がゆっくりと開き、得意げな顔のフロイトが顔を出した。

「トラックじゃ目立つだろ。これでやっこさんのお宅に訪問するってのは?」

「この距離でエンストって、もしかしてクラッチの存在知らないんですか?フロイトさん」

「知ってるけどよ・・・これ、止まる時も踏まなきゃ駄目だったっけか」

「…ぶっ!あははははは!」

 堪えられなかったコルトは腹を抱えつつ、後部座席に乗り込む。

 不機嫌を満面に著したフロイトは半笑いのルルと代わると、大仰に後部座席に乗り込んだ。

 二人とも子どものまんまだなあとルルは心中呟き、ブレーキとクラッチを踏みこみ、エンジンキーを回した。

「……って、あれ?フロイトさん、この車の鍵どうしたんです?」

「トラックに乗ってる奴には必要の無いもんさ」


 白い壁に囲われ、重厚な扉で護られた彼女が外の空気を肌に感じることができるのは、たった一つ―――七十センチ四方の小窓から入る風だけだった。今閉じられたその窓から外気が流れ込むことは無く、品の悪い派手をぎらつかせる絨毯から沸き立つ埃は、行き場を失ってもとの場所に帰って行く。彼女の酷く年の離れた夫が外交上の付き合いで諸外国から買って与えたいくつかの玩具は、遊び飽きられ、床に横たわっている。

母親と、先月七歳になったらしい年子の弟のことを、アシュラフは考えていた。

ことのはじまりは四年前、父親のエヴィが交通事故により自己の意志で体を動かすことができなくなってしまったこと。夫の生命維持に必要な出費、治療費、養育費、諸々の生活に必須な諸費用―――母親の稼ぎだけでは到底、子二人を養っていくことはできなかった。

この状況に転機が訪れようとしていたのが二年前。父親の容態も安定し、母親の勤め先の小さな商店へ手伝いに付いて廻っていた彼女は一人の男性に声をかけられた。それがメフメト・グーズイン・サウーズだった。

「やあ、貴女のお母さんはどこにいるかな?」

 得意先を匂わせる彼の口調に彼女は特別な警戒心を抱かずに、店の奥で棚卸を進める母の元へとその男と取り巻きを案内した。

 取り巻きの一人に少し離れた所まで引っ張られていったアシュラフが目にしたのは、男と顔を合わせた途端に慌てふためいて平身低頭し、二つ三つ言葉を交わし、困惑の表情を浮かべてから、無念そうに頷く母親だった。

 それから一年経って、彼女の籍は王家へと移った。

 何も知らぬまま、黒塗りの車に載せられて、着いた先がこのだだっ広い真っ白な屋敷だった。

 彼女の国では年老いた男性と少女が結婚するということが往々にしてある。彼女はそれを知っていたから、見送られる玄関先で目を伏せ立っていた母が一言も発さなくとも、全てを理解した。

 ただ、理解したからといって――――受け入れられるかどうかはまた別な話だった。

「・・・・・」

 一人、部屋の中央に座り込む彼女は、いつものように窓を見上げる。

 そこには閉じ込められる以前と変わらない、真っ青な空が―――

「……誰…ですか?」

 小さな窓に、鼻の低い見知らぬ男がへばりついていた。


「こちらフロイト。玄関以外の入り口発見。ついでにガキを一人発見。口封じを終えてから、対象に接触を図るぜー。どうぞ」

 返答を促したにもかかわらず、フロイトは無線機の電源を落としてポケットにしまった。はなから返答を聞く気すらなかったのだった。

 彼が顔を上げると、ガラス越しに対面した少女が、目の前に立っていた。

 先程の話を聞いていたのであろう、瞳に少し怯えがある。

 フロイトが彼女の鼻先まで右手を動かすと、初動の段階で少女はひどく、体を緊張で揺らした。

 悪いことをしたな―――そう思った彼は、その手を少女の頭頂まで運んだ。

「内緒にできるか…?」

 問いかけに、目線を上げる少女。

「―――できなかったら、どうなるんですか?」

「俺たちが……少し困っちまう」

 曖昧で思いつきのようなその返答に、アシュラフはこの男が自分に危害を加える存在でないことを察した。表情の曇りが晴れたことに気付いたフロイトは、ポケットに手を突っ込み、部屋を見回す。おおむね何もないようなこの部屋が、例の隠し撮り動画の舞台であることはすぐにわかった。

 散らばった玩具が、一層この部屋に漂う無機質な何かを助長している。家具と呼べるのは数冊の絵本が横倒しになっている小さな本棚くらいのものだった。

「あなたは、なにをしにいらしたんですか…?」

 遠慮気味に尋ねてくるアシュラフに、フロイトは何も答えない。

(この扉のドアノブ…妙な位置にあると思ったら)

 それは偶然視界に入った違和感ではあったが、その意味さえ理解してしまえば、その違和感は不快感へと変わった。負の感情が顔に出やすいフロイトは、苦虫を噛みつぶしたような表情のままドアノブに近寄り、右手で触れる。何の変哲もない物であったが、身長が百六十の後半にさしかかる彼の胸部にあたる位置で冷たく動かないそれは、背の方で佇む少女にとってはあまりにも高すぎる気がした。

 とりあえずこの部屋から出るか、とフロイトがドアノブを回そうとしたのと同時に

―――同じ方向へ、先回りした力が加わった。


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