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八月の紫陽花  作者: 鷹羽慶
第七章 : 門と鍵
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12:死んだら殺す

 杜若(もりわか)は鋭利な刃先をものともせず、死神王(ししんのう)相手に拳を振るった。リリーが上から援護射撃を続け、時折乱入してくる紫陽花(しょうか)のがむしゃらな攻撃も、あまりの不規則さに死神王に隙を作らせるには充分だった。

「こんな老いぼれと娘っ子に後退するとは鍛錬が足りんのう!」

「フン。あまり図に乗らんことだな!」

 二人の力はほぼ互角に見えたが、武器の有無と機動力ではわずかに死神王が勝っていた。

 死神王の双鎌(そうがま)は片手で扱える程度の大きさだが、それぞれ形が異なっていた。()(がま)と呼ばれる金刃の鎌は二股、(うん)(がま)と呼ばれる銀刃の鎌はレイピアのように先が細く鋭い形状で、柄の付け根から伸びる長い鎖が鰐口を中心にして互いを繋げていた。基本は阿鎌で相手を抑え込み、吽鎌で一突きする型を取るが、死神王は器用に持ち替えては攻撃をまるごと薙ぎ払い、上から落ちてくる狙い澄まされた光弾(こうだん)を真っ二つに裂いていた。

「――あわよくば流れ弾で仕留める気ですね」

 杜若と紫陽花が戦っている反対側で、死神王が裂いた光弾をかわしながら緑都(ろくと)が言った。

 光弾は半分になったというよりも、分裂したと言うべきだった。そのままの威力で緑都に向かい、着弾したところに次々と小さく深いクレーターを作り上げていく。

「弾道は反射と同じだ。角度を見ればなんてことはない――次を左だ。これ以上好きにさせるな」

 緑都の肩で姿勢を低くしていた竹織(たけおり)が素早く視線を走らせて囁いた。光弾に行き場を削られているのは自分たちだけではない。

 緑都は小さく頷いて、背を見せている死神王目がけて走り出した。だが幾分も進まない後、まるで見えているかのように死神王はくるりと身を返すと、杜若との戦闘を投げ出して一瞬で間合いを詰めてきた。

「――ッ!!」意表を突かれた緑都の足がすくむ。

「止まるな! 走れッ!!」

 先割れの阿鎌が二人に迫る。緑都は間一髪それをかわすが、態勢を崩して地面に転がった。投げ出された竹織は受け身も取れぬままバウンドを繰り返し、近くのクレーターに転がり落ちた。

 すぐさま起き上がった緑都に、死神王の吽鎌が襲いかかる。

「もはや貴様も生かしてはおれん!!」

 またもギリギリで飛び退き、鋭い一突きがかすめていった。だが、続けざまに振るわれた阿鎌に、咄嗟に胸の前で組んだ腕など意味はなく、緑都の無防備な体は軽々と宙を舞った。直後、吹き抜けた風に裂かれた皮膚が一斉に口を開け、鮮血を散らした。

「チコッ!! 内原ッ!!」

 紫陽花の叫びも束の間、緑都が地に叩きつけられた時にはもう、死神王はうずくまる竹織の目の前で刃を返していた。

 上空のリリーが死神王へ照準を合わせるが、竹織が近すぎて引き金をひけない。

 唇を噛むリリーを嘲笑うように、死神王は勝ち誇った表情で双鎌を振り下ろした。

「終わりだ〝狩人〟!! 孤独な無の世界を永遠に彷徨うがいい――!!」








 ギィンッ!!








 手ごたえは、予想を逸して硬いものだった。


 笑みが一瞬のうちに消える。

「なに……!?」

 獲物を捕らえる柔らかな感触とは程遠い、痺れる感覚が腕を登った。小刻みに震えた神々しい切っ先は、死神王の胸中をそっくりそのまま示しだしているかのようでもあった。

「――遅かったな」

 防ぎ止められた双鎌の向こうで、竹織が静かに呟いた。ほとんど横になった態勢にもかかわらず、突き出した右腕だけで死神王の鎌を徐々に押し返す。その体が薄黄金の光に包まれていると分かると、死神王は怒りにわなないた。

「おのれ……〝若獅子(わかじし)〟か……ッ!」

「――ヒーローは…………遅れて登場するもんだぜ……?」

 風音混じりのおどけた口調が答えた。

 客席の三階層に意識を失っていたはずのカイが立っていた。二人羽織のようにアニスにその身を預け、肩越しに伸ばした逞しい褐色の手が薙刀を握りしめている。〝魔動(まどう)〟で譲り受けた魔力が、炎のように揺らめきながらその腕に色濃く集まっていく。

 二人の足元から空気が渦を巻き始め、キュッと唇を引き締めたアニスが鋭く言い放った。

「あんた達、死んだら(・・・・)叩き殺す(・・・・)からね!」

「……そりゃあ、冗談じゃねえや」

 カイは小さく笑うと、拳を握りしめて深く息を吸い込んだ。

「行くぜ、竹織!!」

「ああ!」

 力を込めた一撃は竹織の拳から炸裂し、死神王の横っつらを殴り飛ばした。吹っ飛ぶ死神王にたたみかけるように、空を蹴りこんだ竹織がそのあとを追う。

「ちィッ……! この死に損ない共がッ!!」

 ぎょろり眼球を回して周囲を計ると、激突の間際、死神王はバック転の容量で客席の壁を足場に身を返した。そのまま軽く屈伸するだけで、弾丸の速さを生み出し、真っ向から竹織と激突した。

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