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八月の紫陽花  作者: 鷹羽慶
第七章 : 門と鍵
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8:誘い

「……退屈だなあ」

 玉座に座りなおして頬杖をついた死神王(ししんのう)がぼやいた。

 矢が降り注ぐように絶え間なく襲ってくる地獄手(じごくしゅ)を、竹織(たけおり)紫陽花(しょうか)は逃げ回って反撃の機をうかがっている。

「だらだらと時間をかけるのは嫌いだよ――ああ、紫苑(しおん)。あまりぐちゃぐちゃにしないでおくれ。それは最高級の材料なんだから」

「……はい」

 紫苑は掴みあげていた頭を離した。金のメッシュが入った頭がどちゃっと血だまりの中へ埋まり、飛び散った飛沫が赤い斑点をそこら中に付けた。投げ出された細い腕を無理矢理引っ張って組ませると手錠をかけた。

「威勢が良いのは歓迎するが……とんだ期待外れだったよ。随分非力になったものだねえ、君も」

 そう呟いて、死神王は背後に転がる肉塊を蔑んだ。微かな呻きと共に軋むような音が絶えず耳を突いてくる。

「……相変わらず、甘っちょろい、ぼーや……ねえ……」

 椿(つばき)が鼻先で小さく笑う。死神王は顔をしかめて立ち上がると、小さく震える椿の右腕を力任せに踏みつけた。

 ボキンと乾いた音に、右腕は空気が抜けた風船のようにだれた。軋んだ音はきれいさっぱりなくなった。

「家臣は主君に忠誠を誓うことが最大の役目だ。何千何万もの家臣とこの世界そのものを掌握する力を持ちながら、何故そうまで個々に肩入れるのか……私には到底理解できそうもないよ。確かに貴様らは優秀だった。霊殖(れいしょく)というまったく新しい術を生み出し、そして完成形まで近付けたのだからね。おかげで後を受けた私の研究はとてもはかどった。そこに関しては礼を言うべきだろう。だが、霊殖を補強や治癒などというちまっこいことにしか使わなかったのがすべての間違いだったな。力とは世界をまとめていくには必要不可欠だ。下々を率い、理想郷を作り上げていくためにね」

「……馬鹿な使い方しているのは……アンタのほうよ……!」

 痛みと怒りに顔を歪めながら椿が頭をもたげて牙をむく。

「好きにしたまえ。どう言おうが貴様の勝手だが、喋りすぎて死ぬんじゃないぞ。鮮度はあったほうがいいからね――まあ折角だ。どちらが馬鹿かハッキリさせようじゃないか」

 死神王は踵を返して紫苑を手招いた。紫苑は刹那哀れみの眼差しを投げてそれに続く。

「――っ!! だめ……、待ちなさ……!」

 意を解した椿は身を捩りなんとか這いずろうとする。が、血を流し過ぎたようだ。視界が揺らぎ数センチも進むことなく力尽きた。

「安心したまえ。私は彼女を帰す手助けをするだけだよ。帰るためには死神一人の命が必要なのだろう?」

 死神王は逃げ惑う竹織を見つめて低く笑った。

「反逆を起こした者の末路をそこで見届けるがいい」

 玉座の傍らに立った紫苑が杖を掲げる。先端から生まれた青白い炎が龍のように彼女の周りを巻き包んでいく。

「……逃げ……、竹……ぼ…………」

 沈んでいく椿の意識が、紫苑の言葉を最後まで聞くことはなかった。

「目標捕捉。これより〝()(そう)〟を開始します!」



「――ねえっ! これ、なんとかならないの!?」

 台風の実況中継さながらに紫陽花が叫んだ。引力の影響を受けない代わりに暴風をもろにくらい続けている。その気になれば飛べそうだ。

「俺達では無理だ! 白蓮が一度閉じることが出来ただけでも奇跡に近い!」

「椿さんは!?」

 竹織は無言で首を横に振っただけだった。

「そんな……! それじゃ、このまま戦えってこと!?」

 言い終わらないうちに地獄手が二人に襲いかかってきた。白く鋭い指先が次々と矢のように振りそそぎそこら中に穴をあけていく。竹織は紫陽花を担いで飛び上がると、上へ下へ右へ左へ不規則に動き回ってかわしていった。

「どっ、どうすんのよ! なんか方法ないわけぇ!?」

 すぐ脇を次々に掠めていく地獄手に青ざめながら紫陽花が甲高い声をあげた。

「――ひとつだけ、あるにはあるが…………」

 獄門(ごくもん)も扉のひとつに変わりはない。当然〝親鍵〟だって存在する。早い話、それを使えばいいのだが――竹織は唇を噛みしめた。

 持ち主がここに来れるなら、最初から連れてきている。

 それが出来ぬと分かっているから死神王も早々に獄門を開けたのだ。「反逆を犯した者の末路にふさわしい」とでも言ってふんぞりかえっているに違いない。死神王にとってこの世界に居るすべての死神達は、単なる手駒のひとつでしかないのだから。

 腹の奥が煮えたぎり竹織はバルコニーに視線を向けた。僅かに鈍った動きを待ってましたとばかりに、地獄手のひとつが足元の床を粉砕した。

「くそっ……!」

「チコッ! 後ろッ!!」

 叫びと同時に、竹織は背後から伸びていた地獄手に足首を掴まれた。弾みで紫陽花は鎌ごと投げ出され、強引に引っ張られて大きく煽らた竹織は、フィールド中心に出来た白い巨木に叩きつけられた。

「チコッ!!」

 紫陽花は跳ね起き、そばに転がっていた杜若(もりわか)の鎌を拾い上げると辺りを見回した。だがここは三階層。逃げ回ったせいでほとんどの足場が崩れ落ち、数メートル進むことさえ紫陽花には困難になっていた。

 客席の縁から身を乗り出してみると、ここまでの戦いで崩れた瓦礫が積もったおかげで高さが和らいでいた。それでも一番近くの大岩まで二メートル弱。見るからに保障出来ない不安定さで揺れている。

 紫陽花はギリギリまで下がって大きく息を吸うと、一気に駆け出した。

「女は度胸――よっ!!」

 全力で踏み込み、宙に飛び出す。幅跳びのように体をくの字に曲げて着地に備えようとした瞬間、体は予想以上に早く何かに触れた。

「あっ……!?」

 思わぬ光景に紫陽花は目を丸くした。

 数本が束になった地獄手が(かご)のように編んだ手を広げて紫陽花を受け止めたのだ。紫陽花は一瞬凍りついたが、地獄手は締め上げるでも握り潰すでもなくその場に止まり、しめ縄のように頑丈そうな腕はまっすぐに竹織のいる大樹へと繋がっていた。まるで紫陽花をそこへ誘うように――。

 紫陽花はしばし目を閉じて考えてから、ゆっくりと呟いた。

「……私をあそこに連れて行って」

 白い籠は少女を乗せて滑るように動き出した。

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