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八月の紫陽花  作者: 鷹羽慶
第六章 : 銀髪の死神(真)
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7:竹織の本心

 少年は全てを突き破る勢いで走った。脇目も振らず、ただ走った。途中、何人もの死神が振り返ったり声をかけてきたりしたが、全部無視した。

 目当ての部屋の前に到着するとノックもせず、いつも鍵のかかっていない扉を蹴破って叫んだ。

「椿! 居ないのか? 椿ッ!!」

 ほどなくして部屋の奥から背の高い女がのっそりと現れた。寝起きだったようで目をしばたかせている。はだけた服の上を、下ろした長い髪が流れていた。

「その声……竹坊? なあに? 珍しいじゃない。いくら誘っても遊びに来てくれないから寂しかっ――」

 その足がはたと止まった。

 部屋の入口に佇む竹織(たけおり)とその手に抱えたものを確認するや、その目はたちまち覚醒した。

「…………何があったの…………?」

 恐怖と怒りに震えながら椿は大股で竹織に歩み寄って屈み込むと、勢いよくその両肩を掴んで揺さぶった。

「一体これはっ……どういうことなの!? あなた……その手で……何をしてきたの!?」

漆黒(しっこく)〟の異名に相応しい艶やかな黒髪はすっかり色が落ち、愛らしい顔は急激に痩せこけたように骨張り蒼白だった。腕に自分より大きい少女の霊体を抱え、竹織は耳をすませてやっと聞こえる程のか細い声で呟いた。

「……王の……命令、だ…………」

 椿の揺さぶる手が止まった。苦虫を噛み潰すように表情を歪めて竹織から顔を背けた。

 姿を確認した時からおおよその事態は読めていたが、今の一言で得たくなかった確信を得てしまった。


 この子は【生き狩り】をしてしまったのだ――!!


 椿は立ち上がるとソファーを指差して「おかけなさい」と強い口調で言った。そのまま開け放たれた扉へ闊歩すると、廊下に人気(ひとけ)がないか確かめてからゆっくりと閉め、鍵をかけた。

 竹織は母親からの説教を控えた子供のように、重々しい足取りでソファーへ向かった。綺麗に整えられたソファーに、抱えていた少女を寝かせてブランケットをかけてやると、自分は傍らに立ち、眠る少女へ目を落とした。

「……この子、死ぬ予定なかったのね?」

 寝ている少女を挟んで竹織と対峙すると椿が訊ねた。竹織はゆっくり頷いた。

「それでここに来たってワケね……」

 椿はソファーの背もたれに軽く腰掛け、タバコの代わりに棒付飴を口に入れた。

「こんな事を頼めるのは貴女しかいない……」

 竹織が呻くように言った。まだ震える声をなんとか絞りだそうと拳に力が入る。次の言葉を口にするよりも先に、椿がピシャリと言った。

「断るわよ」

 竹織がぴくりと肩を震わせた。

「当たり前じゃない。霊体に対してだってまだ研究途中なのよ? 生体になんてとても無理。成功する確率は限りなくゼロだわ」

「……あるんだな? 霊殖を生体に生かす術は出来ているんだな? 頼む……教えてくれ!」

「馬鹿言わないでよ! 失敗したらどうなるか分かったもんじゃないわ。この子だって、もしかしたら輪廻から外れる……いや、それ以上の酷な運命に投げられるかもしれないのよ?」

「失敗はしない。全て俺がやる。全ての責任を俺が負う!」

「簡単に言ってくれるじゃないの。いくら竹坊の頼みでも許すわけにはいかないわ。その体にだって何が起こるか分からないのよ? アタシ達は……そんなこと望んでない!」

「今更この身がどうなろうと構うものかッ!!」

 今度は椿が身をすくめた。近くに飾ってあった綺麗な銀装飾の皿に亀裂が走った。

「俺は……永級の犯罪者だ。本来なら、再び塔に戻ることすら……叶わぬというのに……!」

 竹織は時折詰まらせながら、全身を小動物のように震わせていた。

「何故、罪無き娘一人の命を手に掛けねばならない? 何が神だ! 何が規律だ! 命令に背くべきだった……。解っていながら俺は従ったのだ……。罰を受けるべきは娘であっていいはずがない。この俺だ……ッ!」

「竹坊……」

「あいつは……王は、この娘を全て俺に委ねた。後はどう扱っても構わぬと……。ならば俺は、娘を下界へ帰そう。この身が忠誠に縛られ続けるのならそれでいい。言われた通り好きにさせてもらうまでだ……!」

「それじゃ、事態をもみ消すってことになるわよ」

「違う!」竹織は声を荒げた。「娘の身を守り、生還を約束しなければならんのだ! たとえこの命と引き替えても必ず……!」

 竹織は椿の前に進み出ると片膝を付いて頭を下げた。

「身勝手なことは重々承知。だが、どうか頼む。娘をこのままあいつの用意した運命に従わせる訳にはいかない。娘にはまだ生きる資格があるのだ! 我々が摘み取ってはならんのだ――!」

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