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八月の紫陽花  作者: 鷹羽慶
第三章 : 桃翼のニケ
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11:叶えた願い

 靄が晴れた三途の川。三人を乗せた臙脂の船は、下流に広がる街の船着場に停泊していた。臙脂色の桟橋の向こうにはこぢんまりとした平屋の家々が立ち並んでいる。

「馴染むまで、しばらくここで暮らしたほうがいいだろう」

 桟橋に降り立つ桃葉(ももは)の背中に向かって竹織(たけおり)が言った。桃葉の下船を手伝っていた朱鷺色の髪を束ねた女が腕時計を確認して、手にした帳簿に記録を付けた。

佐伯(さえき)桃葉様の入界を確認しました。竹織様、この後はどちらかお出でになりますか?」

「いや、真っ直ぐ城に戻る。ここはもういいから、他の受け入れに回ってくれ」

 船着場に途切れなく到着する船を指して竹織が言った。女は一礼すると濃紺のマントを翻し、次の到着船の元へ飛んで行った。

「ここには死神以外の奴らが暮らしている。友達を作るなり遊ぶなり好きに過ごせばいい」

 桃葉は振り返って、船の二人へ頷いた。

「竹ちゃん、ショウカお姉ちゃん、色々ありがとう。ワガママにも付き合ってくれて」

「気にするな。お前のほうが一枚上手だっただけだ」

 桃葉はクスクスと笑った。

「だって、竹ちゃんが言ったのよ? 『俺たちは死者の神だ』って。じゃあ、死んだんだし、あたしの願い叶えてくれるはずだもんね!」

「その通りだな。頭の切れる奴は嫌いじゃない」

 竹織は桃葉に麦わら帽子を被せてやった。その横で紫陽花(しょうか)が白い日傘を手渡した。

「死神になりたくなったら、俺のところに来るといい。推薦状くらい書いてやる」

「わあ! それって竹ちゃんのスカウト?」

「不満か?」

「ぜーんぜん」桃葉はにっこり笑って帽子と傘を装備した。

 穏やかな水面を滑るように、臙脂の船は上流への舵を切った。桟橋から、めいっぱいに広げた手を振り続ける少女を背に、一隻の船はゆっくりと川を遡っていった。

 少女の姿がすっかり見えなくなると、紫陽花は乗り出していた身をひっこめた。いつもと変わらぬ無表情で進行方向を見据え黙々と櫂を操る竹織を、紫陽花はニヤニヤと眺めた。

「……なんだ?」竹織は目線を落として呟いた。

「いーやー? チコってば案外いい奴なんだなーと思ってさ」

 妙に温かい笑みを浮かべる紫陽花に、竹織はフンと鼻を鳴らした。

「でも、意外だったなあ。日付変わるまでは自由に生きられるなんて……」

 片膝に頬杖をついて思い返す紫陽花が呟いた。

「そんなわけあるか。人間皆死ぬ時刻が同じでは不自然だろう」

 紫陽花のぼんやりとした目がみるみる大きくなった。

「は? だってあの子に……」

「あんなものハッタリだ。小娘の時間は、ベンチに腰掛けた時点で終わっていた」

 当然のように語る竹織を、紫陽花は唖然として見つめていた。

「え……、え? じゃあチコ、あの子の寿命を……?」

「最初に言っただろう。願いを叶えられるのは自分自身だと。小娘は姉のために執念で寿命を延ばしたに過ぎん」

 二股に分かれていた川が一本に纏まった。流れの渦に少しばかり船が傾いだ。

「……それって奇跡が起こったってこと?」

「人間とは中々に面白い生き物だな」

 船がミシリと鳴いた。目前に迫っていた岩礁を紙一重にかわしたところだった。

 船が軌道に乗りなおすと、紫陽花は頬杖をつき直した。

「ははあ。それでチコはあの子のこと気に入ったんだ? お願いまで聞いてあげちゃって、優しいなあ」

 ニヤニヤがぶり返した紫陽花に竹織は顔をしかめた。

「勘違いするな。あれは成り行きだ。他人の霊体を連れていくなんて体力仕事、そう何度もやれるか」

「またまたあ。そんなこと言って、今度私も連れてってくれるんでしょ?」

「あー。腹が減って力が出ない」

「あ、こら! 話逸らすな!」

 晴れ渡った川の水面は、波打つ度に七色に輝いていた。

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