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八月の紫陽花  作者: 鷹羽慶
第三章 : 桃翼のニケ
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4:占い結果(裏)

 大広間は兎に角騒がしかった。竹織(たけおり)曰く、生者界とコンタクトを取る仕事中の死神達が集まっているそうだが、手に手に携帯を持ち話している様は、どう見ても待ち合わせに集うナナ公前の風景とそっくりだった。

 中央には巨大な噴水が据えられ、キリストやマリアが描かれたステンドグラスのドーム屋根や、白くて太い石柱から、西洋のモチーフかと思いきや、東に龍、西に虎、南に亀、北に鳥の彫刻が石柱に鎮座している。屋根と壁の境目からは石柱を区切りにしてサラサラと静かに水が流れ落ち、幾つもの小さな滝が出来ていた。それぞれの水面にはどうやら下界が映っているらしい。その中に本家ナナ公前の映像も見えた。

「……なんて言うか、これだけごったに集まると有り難みも薄れるわね」

 入り口すぐ横に鎮座していた亀の彫刻をしげしげと見ながら紫陽花(しょうか)は呆れ顔で言った。

「神々の集う部屋にしたかったそうだ。実際は死神が集まるだけだがな」

 そう言うなり、竹織は踵を返して広間を離れていった。不意を突かれた紫陽花は慌ててその後を追う。

「え、ちょっと! 仕事があるからここに来たんじゃないの?」

「あんなところでお前が仕事しようものなら、互いに気が散る。見物に寄っただけだ」

「先に言いなさいよ、そういうことは!」

 紫陽花が喚き散らすのを完全に無視して、竹織は玄関ホールを滑るように横切り鉄製の扉を開けた。

 外は柔らかな日差しが燦々と降り注いでいた。日は沈みかけているのに色鉛筆のように淡い空が広がっている。今まで居た鉛色の塔が、何とも不釣り合いに紫陽花達の背後にそびえ立っていた。塔を囲むように立つ蔦の這う白い壁が先の景色を遮り、塔の入口から続く白レンガの道が、見えぬ景色の元へ誘っている。

「こっちだ」

 壁の向こう、三本に分かれたレンガ道を、竹織は迷わず左へと進路を取った。身長差があるのに圧倒的に竹織の速度が勝っている。紫陽花は息も荒々しく、小走りでついて行く事を余儀なくされた。

 整列していたレンガ道が不揃いになり始めた。と同じくして、周囲も木々が増えてきた。木漏れ日が差し込み、小鳥のさえずりも聞こえる。紫陽花は興味津々に見渡しながら歩いていた。

「へー。こっちの世界もこんな洒落たところがあるんだねえ」

「あまり目を走らせるな。転ぶぞ」振り返ることなく竹織は言った。

「大丈――ぶっ!」

 ずしゃあっ、と派手に転び、落ち葉が反動で舞った。

 地面に僅かに顔を出していた根っこにひっかけたようだ。制服はすっかり土色に染まり、擦りむいた膝小僧からは血が流れ出していた。

「うわ……。これ母さんに怒られるレベルじゃん」

 制服を摘んで紫陽花は呟いた。数メートル先で竹織が呆れた顔でこちらを見ている。

「……お前ガキか」

「うるっさいわね! あんたに言われたくはないわよ!」

 紫陽花は勢いよく立ち上がると、地を踏み鳴らすように大股で歩き始めた。だが、擦りむいた膝から伝わる痺れと、流れる生暖かい液体の感覚が気持ち悪い。紫陽花の顔が微かに歪んだ。

 竹織は短くため息をつくと、紫陽花が横を追い抜いた瞬間、後ろから足をすくい上げた。

「ひゃっ……!」

 空がよく見える。紫陽花は成す術無く仰向けに倒れ込んだ。

 その衝撃は、ふんわりとしたものだった。紫陽花は思わず閉じた目を恐る恐る開けた。肩と膝に添えられた手に支えられ、すっぽりと抱きかかえられている。

 頭一つ程も大きい紫陽花を抱えたまま、竹織は何事もなかったかのように歩き始めた。

「ちょ、ちょっと! 何する気よ、おろしなさい!」

 事態がようやく飲み込めた紫陽花が騒ぎ出した。竹織は特に意に介さず呟く。

「別に。この方がはやいと思っただけだ」

 実際のところ、振動を極力与えないように歩いているらしく、一緒に歩いている時と比べて格段に遅かった。紫陽花は言い返そうと口を開きかけたが、思い直してとどまった。

 優しく添えられた手は思わず寝てしまいそうな程に落ち着いた力加減だった。コートでほとんど体格が解らなかったとはいえ、もっと華奢な奴だと思っていた。自分の顔のすぐ横では、整った顔の少年が無表情に前を見据えている。その髪が微かに揺れる度、柔らかな日の香りが感じられた。

 途端に紫陽花は頬を真っ赤に染めた。よく考えてみれば、これはお姫様抱っこというやつではないか。死神とはいえ、相手も年頃の少年。この状況で、平静を保っていられるなんてよっぽど変人だ。

「……変な奴だな。顔が真っ赤だぞ。熱でもあるのか」

 実に平静を保った竹織がさらりと言った。その言葉に紫陽花の顔がますます赤くなった。

「はっ、恥ずかしいからに決まってるでしょ! あんたこそ何とも思わないの? 年頃の女の子腕に抱えて!」

「そうだな……」

 竹織は紫陽花を僅かに持ち上げ、ぼんやりとした口調で言った。

「あれだけ食った分がどこに行ったのかは気になるな」



 夕闇に浮かぶ月が、煌々と辺りを照らし始めた。二人を誘っていた小道も徐々に広がり、やがて小さな滝へ突き当たった。

 滝からは滔々と水が落ちている。丸く拓けた木々が小さな泉を取り囲んでいた。霧のように漂う水しぶきが月光を浴び、砂金のように舞い散っている。

「わ……綺麗な場所……。ここは一体――?」

「この世界の水源は皆、下界を映し出せる」紫陽花を下ろしながら、竹織は淡々と言った。「水さえあれば何処だっていい」

 竹織は真っ直ぐ泉のほとりへ歩み寄り、紫陽花もそれに続いた。

 泉は底が見える程に澄みきっていた。竹織はおもむろに、瞬く小粒の光が泳ぐ水の中へ手を伸ばした。波紋がゆっくりと走っていく。

「コード三○○七。アケツカ」

 アケツカ? 紫陽花は驚いて竹織を見た。砂子市の一つ隣にある明塚町のことだろうか?

 疑問は直様晴れた。泉の底はぼやけ、広がる波紋が過ぎた水面にゆらゆらと街並みが浮かび上がった。上空映像よろしく見下ろした街並みは、さながらジオラマのようだった。紫陽花の行きつけのショッピングビルが見慣れた位置付けで建っている。間違いなく、何処と知れぬ泉の中には明塚の町が広がっていた。連なる高層ビルも消しゴムのように小さく、その間を人々がアリの子同然に忙しなく行き交っていた。

「これって……」

「お前の方がよく知っているだろう。明塚町だ」

 竹織は目線だけを動かして何かを探し始めた。程なくして目的は果たされた。

「居たぞ」

 竹織は駅から少し外れた所を指差した。そこは今時珍しい、煙突のある小洒落た家だった。室内にはひとりの少女がいる。

「佐伯桃葉。四日以内の死亡予定者だ」


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