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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第二話 珪素生物との邂逅
5/19

2-1 珪素生物との邂逅(1)

 事件現場からビルに戻る際、ユージたちはカオリたちと共に車で移動していた。五人乗りの後部座席にユージとハヤトは並んで座っている。ハヤトはむすっとした表情で、窓枠に腕をつきながら外を眺めていた。

 健介が運転席に座っているが、自動運転対応の車のため、目的地を登録した以外は特に何もしていない。

 助手席に座っているカオリはちらりとユージを見た。

「あそこで待っていてね、と言ったよね?」

「ごめんなさい、ハヤトが勝手に行っちゃうものだから、つい……」

「ハヤト君が?」

 カオリが背もたれの逆側からハヤトを見る。視線に気づいた彼は目線を移動させた。

「何でしょうか」

「どうして現場に来たの。危険だっていうのは、身をもって体験しているでしょう?」

「ええ、わかっていますよ。ですが、珪素生物にはとても興味があるので、どうしても行きたかったんです」

「……珪素生物と昔何かあったの?」

 ハヤトは視線を再び外に向けて、淡々と言い切った。

「妹が殺されたんですよ、そいつに」



 ほどなくしてユージたちを乗せた車は、先ほどのビルの前に到着した。

 車内の空気は重く、誰もが視線を合わさず、到着を待ち望んでいた。外に降りると、ひんやりとした風がユージたちに吹き付けてくる。昼間はむしむしした空気だったが、夜になれば気温はだいぶ下がっていた。

 車から降り、カオリたちに促されてエレベーターホールに移動する。最初に乗ったものではなく、上層階に直通している専用のエレベーターに乗るよう促された。

 ドアが閉まると、静かに上昇していく。その中でも一同は黙ったままだ。

最上階である十階に到着してドアが開くと、目の前に一の扉が枚立ちはだかった。

 健介が両手で扉を開ける。中には多数のパソコンの前に女性が一人仁王立ちしていた。

「ようこそ、少年たち」

 ウェーブがかかった黒髪の女性は両腕を大きく広げて、歓迎の意を表する。

 入り口で突っ立っていると、健介に軽く肩を叩かれた。ユージとハヤトを先頭にして、一同は前進していく。

 部屋の中は広く、一人で扱うには多すぎるパソコンの量だった。壁には至る所に地図が張られており、そこには多数の付箋が張られ、赤字が書き巡らされている。

「さて、少年たち、まずは名前を聞こうか」

「相沢隼人です」

「高倉勇二……です」

 ハヤトに続いてユージは名乗る。女性は嬉しそうな顔をしていた。

「ハヤトとユージか。いい名前だ。――私の名は青柳玲あおやぎれい。玲でいいから気軽に呼んでくれ。堅苦しいのは嫌いだからな」

 レイは靴の音を鳴らしながら、腕を組んでユージたちに近づく。

「さて、薄々察していると思うが、私はここのおさだ。何をするにも私の一声でひっくり返られる。よって私が君たちの記憶を消さない、という結論を出したことに関して、他の人から不平不満を言われる心配はしなくてもいい」

「記憶を消すなんて、できるんですか?」

 ハヤトが訝しげな表情をしている。レイはポケットからカオリが持っていた手鏡を取り出した。じっと見つめていると、頭が痛くなってくる。

「記憶を消すというのは、少々おこがましい発言だったな。正確にはつなぎ合わせていた消したい記憶をすべてバラバラにし、意識の奥底に封じ込めるというものだ。そのため確率は非常に低いが、記憶が戻ってしまうこともあり得る。――ほら、この手鏡を見ていると、どうしようもなく引きつけられ、頭の中がかき乱されるような感覚に陥らないか? それをきっかけとして、適度な電気を発して崩しているんだよ」

 ユージの意識がそこに吸い込まれる前に、レイは手鏡を引っ込めた。

「脳に負荷がかかるから、あまり何度も使えない。まあ普通の人間が珪素生物と出会うのは、機会としては非常に少ないから、三度以上使うことはまずないがな」

 レイはくっくっくと軽く笑う。彼女の言葉の裏を読みとると、ユージのように三回|珪素生物と出会った人はいないということだ。

 ユージは拳を握りしめて、レイに視線を向ける。

「レイさん、珪素生物って何ですか?」

「私たち炭素生物カボンとは相容れない生物だよ。珪素という物質は何か知っているかい?」

 ユージは即座に眉をひそませ、ハヤトに視線を向けた。ユージの化学の成績は下から数えた方が遙かに早い。

 ハヤトは深々とため息を吐く。眼鏡の中心部に触れて、軽く直した。

「原子番号十四番で、炭素と同じ族に位置している物質。天然には単体としては存在していないが、様々な化合物として存在しているものだ。身近な化合物としては、水分を吸いとる働きを持っているシリカゲルがある。ほら、お菓子の中に入っている、あれだ」

「へえ、あれか……」

 ユージは『食べるな』と注意書きをされている小さな袋を思い出す。興味半分で中を覗いたことはあり、小さな粒々だったのは記憶に残っていた。

「地核の構成成分にも大きな割合を占めているな。他にも俺たちの生活の中で最も使われているのは、半導体部品だろう。電気を通しやすいのと、通さない物質の中間を言っているものだ。自動車や様々な機械の中に使われていて、それがなければ今まで続いている科学の発展はなかった」

「つまり地球にもオレたちにも、すごくて、有り難い物質なんだな!」

「この説明で、そう結論づけるか……。小学生レベルの感想だぞ」

「素直に言ったまでだけど」

「あ、そう……」

 ハヤトは肩をすくめながら、頭を抱えている。

話を聞いていたレイは軽く手を二、三度叩いた。

「ハヤト君、具体例を交えたわかりやすい説明をありがとう。――さて、少し話を変えよう。なぜ私たちが炭素生物と呼ばれているのか、ハヤト君はわかるかな?」

「人体の構成要素が、炭素の化合物で成り立っているからです。炭素を共有結合することで、アミノ酸や脂肪酸、糖が生成される。さらにそれらを組み合わせることで、生物が生きていく上で必要なタンパク質や脂質が生まれる。つまり炭素がなければ、俺たちは生きていくことはできないから炭素生物と呼ばれているんです」

「まさにその通りだ。模範解答通りの内容をありがとう。――珪素と炭素、一見何の関連もないように見えるが、実は元素周期において同じ族にいることから、おおざっぱな性質も似ているんだ。例えば同じような本数の共有結合ができるという点だな。その理論を持ち合わせることで、炭素生物と同様に珪素を主体とした生物がいるのではないか、と言われるようになったんだ」

「さっきのあの化け物みたいな生物が、珪素生物ってことなのか?」

 レイは口元に笑みを浮かべて、首を縦に振る。

「あれが同じ生物なのか? オレには、そうは見えなかったぞ」

「当然だ。成分が違うのだから、私たちとまったく同じはずがない。――炭素と珪素は同じ族だが、詳細な性質は違う。炭素よりも珪素の方が結びつきの強度が高いから、燃えにくく、反応もおきにくい。もし珪素をベースとした炭素生物のような生き物がいるとすれば、岩石のように硬く、皮膚も光沢のあるものではないかと言われているんだよ」

 幾度もなく遭遇した、ダークグレーの生き物たちを思い出す。石を投げつけてもびくともしなかった。まるで鉄に当たったように、小気味のよい音がしていた。

「皮膚も歯も爪も、全身すべてが硬いものが襲ってきたら、私たちのような柔らかい皮膚を持つ炭素生物はひとたまりもないだろう」

 ユージの背中には冷や汗が流れていた。

もし、あの拳などの攻撃を少しでも受けていたら、ここに五体満足で立っていられなかったかもしれない。

 顔が青くなっているユージはぽつりと呟く。

「そんな恐ろしい化け物が、どうしてオレの前に現れたんですか?」

「二度目以降はわからないが、最初はただの偶然だろう。それに付け加えて、こちらの落ち度のせいでもある。一人殺されたにも関わらず、すぐに仕留めきれなかったからな。それが君にまで影響を与え、結果的に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」

「殺された?」

 ユージが怖々と顔を上げる。物騒な言葉にいち早く反応した。

隣にいたハヤトは恐れなど顔に見せず、目を細めて、顎に手を添えているレイを見た。

「昨日の夜、この近辺で自動車が粉々に粉砕された事件と関係しているものですか?」

 レイは驚いたような顔でハヤトを見る。傍観していたカオリたちは息を呑んでいた。

「君には心底驚かされるね」

「衝撃的なニュースだったので、記憶に残っていただけです」

「そうだな、車の形がわからないほど、ぐちゃぐちゃになっていたから、無理もないか。……車の正面と後ろを圧縮され、さらには天井部まで潰された。スクラップ手前の車みたいな状態だったな。その異常な圧縮ぷりに、炭素生物が機械を使わずにできる程度を超えていた。そこから、我々は珪素生物の仕業によるものだと判断した。その後、必死に私たちは追いかけたが、一度逃げられてしまい、その途中でユージ君と出会ってしまった」

 ユージが昨晩出会った珪素生物は血の臭いがかすかにしていたのを覚えている。やはりあれは人を殺した後だった。

「運良く事が為される前にカオリによって倒されたが、臭いを付けられてしまったのが事の顛末だろう」

「あ、あの、どうしてその人はそんなに酷い状態で殺されたんですか? オレもそんな風に潰されてしまうんですか!?」

「……その人は運が悪かっただけだ。君はきちんと対策していれば大丈夫だ」

 レイは一瞬間を置いてから、ユージの問いに答える。彼女は自分の席に戻って、引き出しから箱を一つ取り出した。

 黒く塗られた箱を持って、ユージの傍で中身を開く。そこには懐中時計が入っていた。それをユージの手のひらに置く。見た目以上に重かった。

「ぱっと見は時計だが、中身は一定の周期で珪素生物が嫌う音を出しているものだ。それがあればそうそう珪素生物は近づいてこない。……だが、これを持っているにも関わらず、襲ってくるようなことがあれば、これを投げつけろ」

 レイは胸ポケットから小瓶を取り、それをユージに向かって投げる。ユージは慌てて両手で包み込むようにして受け取った。

 中身は透明な液体で、小さな黒いボールのようなものが入っていた。

「珪素生物を一時的に行動不能にする薬品だ。珪素生物の皮膚は硬いから、これを思いっきりぶつければ、瓶が砕けて中身が出てくる。中身に触れて、怯んだ隙に早く逃げろ」

「もしかして、これってカオリ先輩たちが投げていたものですか?」

 カオリは軽く頷いた。ユージは改めて中身をじっと見る。

 つまりこれを使えば、珪素生物の皮膚を溶かすことができるということだ。

これが何本かあれば、撃退するのも夢ではない気がするが――。

「それは一体に対して、基本的には一瓶しか投げるな。中身は炭素生物たちには感じることができない、特殊な臭いが付いている。近くにいた珪素生物の嗅覚は麻痺させることはできるが、同時に遠くにいる珪素生物にとっては、引き寄せられる臭いでもある。もし逃げずにその場に留まっていたら、追っ手が来ると考えていろ」

 ユージはがっくりとうなだれた。

 逃げることを前提とした行動は、抜本的な解決にはならない。無事に逃げ切れても、ユージを再度襲ってくる可能性がある。それではただ単に恐怖を先延ばしにしただけだ。

 眉を下げて、瓶を軽く握りしめていると、レイはやや明るめの声を発した。

「――その後のことは安心して欲しい。私たちがすぐに駆けつけて、君を襲った珪素生物を対峙するから」

 ユージが顔を上げると、レイはにっこりと笑っていた。彼女は小瓶の中身を指す。

「実は中にある黒い物質は、壊れればこちらに位置情報が入ってくるようになっている。小瓶が割れるほどの威力であれば、その物質も壊れるだろう。もし壊れたら、いち早く現場に向かって、珪素生物を対峙するよ。それが――」

 レイは腕を組んで、机の上に乗っている役付きが書かれた名札を見据えた。


「国から秘密裏にホプリシア街に派遣された、珪素生物対策局の役割だ」


 机の上には達筆な字で、『珪素生物対策局長』と書かれていた。

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