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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第一話 日常の綻び
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1-2 日常の綻び(2)

 帰るのが遅くなるから、事前に家に連絡を入れておくようにと言ったカオリの指示に従って、ユージは腕時計型の携帯電話に声を吹き込んで、両親に送信しておいた。ハヤトは今日も両親の帰宅が遅いらしく、何もせずに歩き出したカオリの背中を追っていた。

 早川香織――ユージたちの一つ上の先輩で、図書委員会および剣道部に所属している高校生だ。剣道部の部長である彼女は男子でさえも歯が立たないほどの実力らしい。

 ハヤトが話しかけているが、彼女はただ一言「あとで言う」の一点張りである。何も語ろうとしないカオリに不満そうな顔を向けているが、彼女はいっさい相手にしなかった。

 街灯がつき始めた道を歩きながら、ユージは手をポケットに突っこんでハヤトを見る。

「カオリ先輩って、ああいう人なのか? 落とし物拾ってくれたって言うから、優しい感じの人かなって思ったんだけどよ」

「いや、いつもはもっと穏やかな感じの人だ。あんな雰囲気を出しているのは初めてだ」

「へえ……。なあ、さっきハヤトが言っていた『珪素生物』ってなんだ? あの化け物みたいなのはそう呼ぶのか?」

「化学が赤点のお前には教えるのが面倒だから、したくないんだが……」

「――端的に言えば、普通なら私たちと出会うはずがない生物の一種よ」

 カオリは歩き出してから初めて後ろを振り返った。視線を右横に向ける。

「ここの建物。階段を上るわ」

 人気がない通り沿いにある、古びた十階建てのビル。一番下の階はかつて小売店だったらしいが、今は看板が外されて、ドアが閉められている。

 ビルに入り、エレベーターを使って六階まで移動する。今まで乗ったエレベーターの中で最も遅く、乗る瞬間軋んだ音がするほどぼろかった。

「このエレベーター、途中で落ちるんじゃねえか?」

「そうね、点検はほとんどしていないから、いつ落ちてもおかしくないわね」

 ユージの言葉に、カオリが平然とした顔つきでさらりと返す。学校で出会った印象と随分違い、二人の少年は戸惑いを隠せなかった。

 エレベーターを降り、奥にある部屋に案内される。電灯が切れかかっている廊下の突き当たりで、カオリはインターホンを押した。中から軽くドアを押される。それを確認したカオリはドアに口を近づけて、小さな声を発した。

「カオリ、ロキア、イコラ」

 向こう側のドアから三回ノックされる。それを聞いたカオリは四回ノックし返した。それらの行程をへて、ドアはようやく開かれた。

 ドアを開けたのは、眼鏡をかけた金髪の二十代の青年。彼はカオリの後ろにいる少年たちを訝しげな表情で見ている。

「カオリ、何か用か……の前に、後ろにいる子たちは?」

「二十四時間以内に二回も襲われた子と、珪素生物に対して、何らかの知識を持っている子です。銀髪の子が襲われた子なんですが、臭いとかが染みついているみたいです。除染して欲しいので、お願いできますか?」

 カオリが笑顔で言うと、青年は渋々とドアを思いっきり開いた。

「除染なら、おばばのほうがいいんじゃないか?」

「一昨日ぎっくり腰にあって調子が悪そうだったので、こっちに来ました。それとこの機械、不調みたいなので、エルランさんに見て欲しいなと思い」

 カオリが手鏡を差し出した。エルランはそれを受け取りながら、じろじろと見た。

「異常はなさそうに見えるが……」

「そうなんですか? 彼にはこれが効かなかったので、壊れているのかなと思ったのですが。時間がある時にでも、見ておいてください。よろしくお願いします」

 カオリは軽く頭を下げてから、部屋の中に入った。ユージとハヤトもその後に続く。

 中は全体的に白を基調としており、夜にも関わらず眩しいという印象を受ける部屋だった。あとから綺麗に塗ったのか、古びたビルの中にいる感覚はなかった。

 たくさんある机の上には、十台ほどのパソコンが起動し、ブラックアウトしているパソコンも十台近くあった。数名の人がそれらを操作しているが、とてもすべてのパソコンを使いこなせているとは見えない。

 エルランは部屋の端にある、仕切りが入った場所へ向かっていく。

「今は夜勤組に切り替わっているから、人数は少ない。日勤組も何人か巡回に同行させている」

「エルランさんが作った感知器は素晴らしいですから、とても有り難いです」

「ケンたちも使いこなせれば、僕たちとしては楽なんだけどな」

「あの仕組みを理解できる人間は、なかなかいないかと。私も理解できていないですし」

「なら、今度二人っきりで使い方を教えてあげるよ!」

 エルランが目を輝かせながら、カオリのことを見てくる。それを彼女はやんわりと断っていた。

 仕切の先に行くと、一台の大きなパソコンが置かれていた。その前にある椅子にエルランは腰かける。おそらく彼の個室なのだろう。主が座ると、妙にしっくりと見えた、

 エルランは指を組みながら、少年たちを眺めた。

「さて除染だね。その後はどうするんだい、カオリ。ただの力を持たない一般人だろう」

 カオリは机の上に載せられた手鏡に視線を落とす。

「それを使うことが第一だと思いますが、もしそれが壊れていなかったとしたら、再度使うのは無意味になるかと思います。そのときは今後の対処法を教えて、帰すしかないかと」

「ほう、つまり消さないと。この馬鹿そうな男が、今回のことについて誰かに伝えない可能性はゼロではないぞ? ついうっかり喋ると思うが?」

 ユージはむっとして体を前に出そうとした。ハヤトが肩をぎゅっと握って、それを押さえる。その動作を見ていたエルランは鼻で笑った。

「ほら見ろ。典型的な直情的な子供だ。優しくしていると、あとで痛い目にあう。――強めに力をかければ、そちらさんに負荷はかかるが、効果はあると思うが?」

「そんなことしたら、廃人になるのが目に見えています。……相手の方も最近は明るい時間帯に出始めています。マスコミに見つけられ、報道される日もそう遅くはないでしょう。今、彼らに事実を言ったとしても、あまり大きな痛手ではないと思います。――最終的には局長の判断を仰ぎます」

「局長……か。わかったよ」

 ようやく納得したのか、エルランは立ち上がって、部屋の隅にある椅子を指で示した。

「そこの銀髪の少年、椅子に座れ」

「へ、変なことはしないですよね……?」

「これから生き続けたいのなら、黙って座れ」

 ユージが警戒しながら椅子に座ると、ふと全身に電撃が走った。体をびくりと奮わせていると、近寄ってきたエルランは口元をにやりとさせた。

「除染が必要なのは本当のようだな。まあ、少しの間びりっとくるかもしれないが、男なら我慢しろよ」

 エルランが薄灰色の小さな石をユージに向けて投げ、それを受け取るなり、全身に断続的に電撃が流れ出した。

「痛い痛い……!」

「たいした電気の量じゃない。ちょっと中に入っているものを放出させているだけだ」

 カオリとユージは心配そうな顔をしているが、エルランはにやついた表情で眺めていた。

(楽しんでやがる……!)

 ユージがエルランのことを睨みつけていると、ほどなくして電撃は収まった。ほっとしていると、手元が急激に熱くなる。エルランに渡された石が黒ずみ、熱を放出させていたのだ。

 あまりの熱さに手元からこぼれ落ちる。床に着く前にエルランは小型の銃でど真ん中に弾を命中させた。石は粉々になり、その場で塵となった。それを部屋にいた掃除ロボットが、慣れた手つきで吸い取っていった。

 エルランが銃をロックして、ポケットに突っ込むと、ユージに向けて顎で軽く促した。

「これで除染は終了だ。多少は体が軽くなっただろう?」

 ユージは立ち上がると、不思議と気分が高揚しているのに気づいた。少し前まで感じていた、鬱々とした気分はなくなっている。

 これが除染というものなのかと感心していると、ハヤトが顎に右手を添えていた。

「さっきの石に、珪素生物を引き寄せている何かを吸収したわけですか。自分にはやらなくていいのですか?」

 エルランは椅子に腰を下ろして、足を組んだ。

「お前には特に何も付いていない。さっき襲われたのも、そっちの銀髪のせいだろう」

「わかるんですか? 目に見えないのに?」

「科学をなめてもらっては困る」

 エルランがポケットから取り出したのは、手のひらに収まる大きさの四角いカード。赤かった部分が、急速にカードの本来の色である銀色に変化していく。

「珪素生物が近づくか、残り香が持っているものが近くに寄れば、赤色に変化する。これを利用することで、事前に準備ができるのさ。相手が相手だ、先手必勝で挑まないと、こちらがやられる」

 ハヤトはちらりとカオリのことを見る。彼女は無言のまま、制服のポケットに入っている生徒手帳の間から、エルランと同じカードを取り出した。それも似たような色をしており、あと少しで銀色のカードになるところだった。

 ハヤトはカオリに寄り、軽く見下ろした。

「珪素生物について説明をお願いできますか? 先輩の言い方からすると、またユージが襲われないと言い切れないでしょう」

「鋭いわね。さすが学年屈指の秀才。敵には回したくないと、同じ委員会に所属している者として常々思っていたわ」

 カオリは肩をすくめると、エルランに軽く礼をした。

「エルランさん、私の機械の調子見ておいてください。またあとで取りに来ます」

「もう行くのか、カオリ?」

「あとで来ますって言いましたよね?」

 不機嫌そうだったエルランの眉間がやや下がっている。思わず立ち上がろうとした彼を手で制したカオリは、ユージとハヤトの背中を押しながら小部屋から出ていった。

 大部屋に戻ると、ちょうど外から戻ってきたのか、数人の男性たちが部屋にいた女性と話し込んでいた。誰もが汗をかいており、タオルで拭っている。

 その中でひときわ背の高い赤髪の青年がカオリのことを見ると、朗らかな表情で軽く手を振った。彼を見たカオリの顔が明るくなる。

 ユージはその変化を見て、眉を若干ひそませた。

健兄けんにい、お帰り!」

「カオリもお帰り。……後ろにいるのは、誰だい?」

 健兄と呼ばれた青年は軽く首をひねる。カオリはユージとハヤトのことを見ながら簡単に説明をする。

「学校の帰り道、珪素生物と遭遇していた子たち。こちらの彼は連日遭遇して、あの機械の効果もいまひとつたったので、除染も兼ねて連れてきたの」

「へえ、記憶の消失ロスト・メモリーが効かない人間なんて初めて見た。加減して使ったの?」

「まさか、むしろ強めに使ったよ。帰りに夢遊病のように一人で歩いて帰るのを考慮した範囲で、強めにね。その影響でベッドの上に横になったら、たぶんぐっすり眠ったはずなんだけど……」

 おぼろげになっていたユージの記憶が少しずつ蘇ってくる。

 昨晩、メモリースティックをポケットに入れ、家を出て学校に向かう途中、ダークグレーの色をした硬質な肌を持つ化け物と遭遇した。殺されると思ったが、カオリに助けられたのだ。その直後、調子が悪いと言われた手鏡を見せられ、意識を失った。そして気が付けば朝になっていた。メモリースティックはそのときに道ばたに落としてしまった可能性が高い。だから、カオリは拾うことができたのだ。

 ケン兄は腕を軽く組む。

「どちらにしても彼らをどうするつもりだい。除染も必要だったとはいえ、ここまで連れてくるのは……」

「私では判断できないから、局長に判断を仰ごうと思っている」

「それが正しい判断だな。今なら時間がある、一緒に行こう」

 カオリの表情がやや緩む。そして彼女は健兄と共に歩き出した。

 だが部屋から出る前に、突如けたたましいサイレンが部屋の中に響きわたった。

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