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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第五話 駆け抜けた道の果ては
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5-3 駆け抜けた道の果ては(3)

 途中、踊り場に出ている時に、一番後ろを歩いていたハヤトが背後に視線を送る回数が増えているのに気付いた。

 踊り場までハヤトが上ってくると、ユージは目を寄せて下の方を眺めた。

「ハヤト、何かあったか?」

「ちょっとな。さっきエレベーターが上に行ったのが、気になって」

「誰かがオレたちを追い越していったのか?」

「その可能性は高いかもしれない」

「じゃあ、気を引き締めて上に行かないとな」

 ユージは軽く握りしめた拳をハヤトに見せつける。それを見たハヤトは、視線をそっと逸らした。少し口元がへの字に曲がっている。

「オレ、何か変なこと言ったか?」

「……別に」

「別にって、怒っているじゃん! 気になるって!」

「怒ってねえよ!」

 言い返したハヤトは顔をユージに向けていた。頬が仄かに赤くなっている。

 彼は顎で進むよう促すと、渋々ユージは従って、歩き出した。

「怒ってないんだな?」

「怒ってないって。何度も聞かれるの、イライラするからやめてくれ。……まったく、少しでも見直した俺が馬鹿みたいじゃないか」

「へ?」

 ぼそっと呟かれた言葉がかすかに聞こえた。だが、はっきり聞こえなかったため、思わず問い返す。するとハヤトはぎろりと睨んできた。眼鏡をかけていない彼の眼力は、思った以上に迫力があった。視線を前に向けて、階段を上り始める。

 歩き出すとカオリがくすくすと笑っていた。二人の後輩は首を傾げて、彼女を見た。

「何ですか、カオリ先輩?」

「いえ、仲がいい二人が羨ましいなって」

「今のやりとりで、そう思うんですか?」

「ええ。些細なやりとりの中に、互いの気遣いが感じられた。私も珪素生物ばっかり追いかけていないで、日常をもっと大切にして、本音を吐き出せる友達を作っておけば良かった」

 仄かな笑みを浮かべながら、カオリは階段を上っていく。ユージは彼女の隣まで足早に近づいた。

「これからそういう人と出会えますって!」

「そうですよ、カオリ先輩。未来にはもっと出会える人がたくさんいるんですから! ただの腐れ縁よりも、いい人がいるって俺は信じています」

「さり気に酷いよな、お前」

「うるさい。俺がいないと、赤点と居残りを連発するくせに、そんな大口叩けるのか?」

「はいはい、すみませんでしたよ」

 感情をこめずに声で謝ると、ユージはささっと階段を上りきった。そしてそっとドアに耳を当てた。怪我をしている二人が上ってくる間に中の様子を感じ取る。

 ドアを開ければ、カメラ系のアンテナの制御を司る部屋がある階に出る。

 激しい振動は聞こえない。静まり返ってそうだ。

 二人が上り終えると、ゆっくりとドアを開けた。ユージが察した通り静かで、先ほどの階のような怒号は聞こえてこなかった。

 ざっと中を見渡すと、エレベーターと階段がある裏手に一つだけ部屋があるようだ。

 太陽は昇っており、朝日がユージたちの視界の中に入ってきた。手で目をかざしながら、その様子を眺める。

 ふと耳を澄ますと、裏側から足音が聞こえた。ユージは壁に背を付けながら横歩きで移動していく。

 やがて一人の人物の声を聞いて、三人は思わず立ち止まった。

「――ヒデ、やはりここにいたか」

 ユージは振り返り、カオリとハヤトと視線を合わす。誰もが驚きに満ちた表情をしていた。

「どうしてレイがここにいるんだ。盗聴器を付けていたのは、バレバレだったか?」

「倉庫の入り口や裏口、そして門の周辺に、多少なりとも仕掛けているのではないかと思った。実際にぶつは見つけられなかったがな」

「その推測だけで、仲間にも嘘をついたのか。すごい演技者だな」

「いや、こっちに来たのはただの思いつきだ。倉庫の前では、本当に国道へ向かおうと思っていた」

「なぜ、こっちに方向転換してきた?」

 レイは数瞬間を置いてから、口を開いた。


「――お前が昔、ホプリシタス・タワーの上から朝日を見たいと言っていたから」


 赤い朝日がホール全体を照らしていく。ガラス越しから、真っ黒なスーツを着たレイが立っているのが見えた。急いできたのか髪はいつもより乱れている。

「それだけか?」

 ヒデは腕を組みながら、傍にいる巨体の珪素生物に体を預けた。

「あとはもう一つ。今までもお前は殺生関係には手を付けていないと思ったからだ。珪素生物の製造や駆け引き程度ならしただろうが、殺しまではしていない。国道に向かっているのは他の仲間か、はたまたフェイクか。お前の目的は、どちらかといえばこのアンテナの破壊だろう?」

「よく言い切れるな」

「お前は優しいから、誰かの人生が狂う姿を見たくないはずさ」

「くだらない推測だな。勝手にそう思っていろ」

 ヒデは肩をすくめて、息を吐き出した。

「知っているか、レイ。このアンテナからの情報、割と簡単にハッキングできるらしいぞ」

「そうだろう。私のところでも生気に接続をする際、あまり時間は食わなかった」

「ハッキングして、誰が映像を見ていると思う?」

「暇な政治家か、物好きな街の長か……」

「他国だ」

 ばっさりと言い切ると、レイは目を大きく見開いた。ヒデは窓ガラスに歩み寄り、そっと手で触れる。

「情報が流出している。今、ここで対策をとらなくてどうする。珪素生物が暴れるよりももっと恐ろしいことが起きるぞ。他国に侵略されてもいいのか?」

「いいわけないだろう。だから侵略されないように、私たちが動いているんだ。ただ――壊すのはどうかと思う。正規の手続きを踏まないと、あとあと困るぞ。突然必要となる時が来るかもしれない。せめて電源を落とすとかにして、少しでも穏便な方法をとれ」

「もし正規の手続きを踏んだら、いつ廃止できる? これだから縦割り社会は、と言われるんだぞ」

 鋭い視線でレイを睨む。彼女は両手を腰にあてた。

「ヒデ、お前の狙いは何だ」

「この国を守りたいだけだ。他国の脅威から」

「情報の取捨分類をし、時として珪素生物を使って邪魔になるものを破壊をしながら? それだけではただの独裁者と変わらない、見損なったぞ」

「何とでも言ってくれ」

 ヒデは右手を伸ばし、レイに向けた。手には小型の銃が握られている。

「お前と一緒にいられないと言って別れた頃には、既に互いに意見は食い違っていた。今、何を言われても、止まりはしない」

「そうか、ならば無理にでも止めてやろう。犯罪者の昔の友人としてメディアに露出はしたくないからな」

 レイも黒塗りの銃を向けた。

 そして数秒後、お互いの銃口は火を噴いた。ユージは思わず前のめりになる。

 次の瞬間、レイの体がその場に崩れ落ちた。

「レイさん!」

「おい、馬鹿!」

 ハヤトの声に耳を傾けずに、ユージは走り出した。ヒデは彼らの姿を見てもまったく驚きもせず、銃口を向ける。

 ユージは決して速度を落とすことはなかった。躊躇わずに接近しているのを見て、ヒデの目はやや見開いた。

「せっかく生き抜けたというのに、愚かな少年だ」

 ヒデは銃口を下ろす。彼の隣に待機していた、二足歩行の珪素生物が割り込んできた。

 ダークグレーの硬質な皮膚を持つ生物。落ち窪んだ目から緑色の眼球を覗かしている。

 それが手を振り上げたのを見て、ユージは進む方向を逸らす。回り込むように珪素生物に向かっていく。珪素生物もすぐに体の向きを変えて、走り込んできた。

「ユージ!」

 レイの傍に寄っていたハヤトが珪素生物の頭に向かって小瓶を投げつけた。それが当たると、小規模な爆発が起こる。相手にとっては蚊が刺さった程度の威力だったのか、僅かに歩調を遅めただけだ。

 だが、ユージにとっては、その僅かな時間が有り難かった。

 右の腿についているホルスターから、銃を取り出す。黒かった銃が、日の光を浴びると、徐々に天色に変化していく。青々とした空を思い出させるような色合い。

 反転しながら、珪素生物と間隔をあけたところで立ち止まる。左手で銃を支え、姿勢を正して銃口を向けた。

 天色を背景にして向かってくる、人間たちとは違う生き物。

 その天色の中に消えるのを祈るかのように、ユージは引き金を引いた。

 静かに乾いた音が鳴る。

 それは吸い込まれるようにして、珪素生物の胸元に直撃。その場で動きを止めた。やがて何も声を発さずにその場で黒い粉になり、床に影を作った。

 僅かな時間で、珪素生物は天色の中から消えていた。

 ユージは銃口をゆっくり下ろす。途端、頭に黒いものが押しつけられた。顔色を変えずに、視線を横に移動する。

「その銃は珪素生物対策の中でももっとも使い勝手のいいものだな。ただし持つ者を選ぶと聞いていたが……、まさかお前のような子供に使われるとは」

「オレのことを撃つのか?」

「そうだな、撃つ理由はいくらでもある。目障りだ、邪魔だ、危険人物になるかもしれないなど」

 ヒデはセーフティーレバーを解除した。ユージはただじっと睨み返している。

「怖くないのか、俺が軽く指を動かすだけで、お前の命は消えるぞ」

「そんなことをして見ろ。その数瞬後にはお前も殺されるぞ。怖いぞ、オレの親友と先輩は」

 ヒデがちらりと後ろを見ると、小瓶を両手で握りしめているハヤトと、抜刀しようとしているカオリの姿がいた。二人ともヒデたちの動向をじっと伺っているが、表情は鬼気迫るものだった。

 それを見たヒデは肩をすくめて、口元に笑みを浮かべた。そしてさらに強くユージの頭に押し込んだ。

「甘いよ、後輩君」

 ヒデは躊躇いもなく引き金を引いた――が、ただかちりと音が鳴るだけだった。

 ハヤトは目を丸くして、ヒデを見上げる。踏み出していたハヤトとカオリは、不自然な格好で立ち止まっていた。

 ヒデは両手をあげて、ユージから数歩下がる。

「何を驚いている。たまたま弾が入っていなかっただけだろう。運が良かったな、後輩君」

「え……」

「レイ、勝手に茶番するなよ。俺に恨みでもあるのか?」

「……恨み? あるに決まっているだろう、この戯けが!」

 レイがむくりと起き上がる。胸元は特に異常はなく、床に倒れた衝撃か服に埃がついている程度だった。

「空砲でもそれなりの威力のものを放たれれば、瞬間的に意識を失う。まったく、私は遠慮して麻酔弾を撃ったというのに……」

「ああ、本当に強力な麻酔弾だな。すぐに対処しなかったら、俺も意識が飛んでいたよ」

 健介の左腕がだらりと垂れ下がっている。その指先から赤い血がぽつぽつと落ちていた。上着の一部の切れ目が赤黒く変色している。どうやら自分で腕を切ったらしい。

「お前の自己犠牲の精神、どうにかしろ」

「レイに言われたくない」

 ヒデがくすっと笑うと、レイも表情を緩めた。

 そしてヒデは右手で銃を床に置くと、床の上を滑らせた。それを彼女は足で受け取る。

「何のつもりだ」

「もう危害は加えない。だがこの場は去らせてもらうといった意味合いだ」

「逃げるつもりか。逃がすと思うか? 特にこの子たちが」

 ヒデが目を瞬かせて、武器を持って構えている少年少女たちを眺めた。頭をかきながら、困ったような仕草をする。

「レイもさ、どういう指導をしていているんだ」

「珪素生物に恨みを持っているんだ。その製造の一端を担っているお前に敵意を向けるのは当然だろう」

 レイは腕を組んで、右足を軽く前に出す。口元をつり上げた。

「さて、どうする?」

「――いいことを教えてやろう、珪素生物の作り方を知っているってことは、壊し方も一番よく知っているってことなんだよ」

「ヒデ?」

 彼の視線がユージたちへ向けられる。

「俺は色々と知りすぎているからか、下手したら命を狙われる立場にいるんだ。そんな危険な道をどうして歩き続けられるか知っているか、後輩君?」

「……金のためか?」

「金はいつか消えてしまう。そんなことのために命は張れないさ。大事なのは――信念だ」

 ヒデはサングラスをかけ、ある缶を床に転がした。きょとんとしていると、その缶から激しい光が溢れ出てくる。目を開けているのが困難になり、腕で目を隠した。

 しばらくして収まると、その場にヒデの姿は見当たらなかった。ユージはエレベーターがある方に駆け寄る。それは下の階に降りている最中だった。

 とっさに階段の踊り場に出ようとしたが、レイがやんわりと制した。

「やめておけ。ヒデは計算高い男だ。この程度で捕まるわけない」

「レイさん、でも……」

 彼はカオリを傷つけ、ハヤトの目を危うく潰そうとした。許せる人物ではない。

 ぎゅっと拳を握りしめていると、レイが軽く頭を叩いてきた。

「アンテナは守られた。今日はそれでいいじゃないか。本来の目的以上のことをして行動していたら、最終的には自分の首を絞めるだけになるぞ」

 レイがユージの頭を動かし、カオリとハヤトたちがいる方向に目を向ける。二人は座り込み、ぼんやりと真空色の外を眺めていた。

「二人を休ませよう。私も休みたい。君は疲れていないか?」

「疲れ……」

 呟くと同時に、ユージのお腹の音が鳴った。頬を赤らめて、その場に視線を落とす。

 肩にレイの手が乗る。幾重もの傷が付いた手だった。

「ありがとう、ユージ君。珪素生物を適切に排除してくれて」

「あれでよかったんですか。結果としてはあの人を逃がしてしまった。そしたらまた……」

「直に会って気付いたよ。ヒデは私が知っている渋井秀和だった。だからきっと大丈夫だよ」

 その言葉の根拠は何ですか。なぜ裏切られた相手に、そこまで許すことができるのですか、など聞きたいことはたくさんあった。

 だが青々とした天色の空を見ながら微笑んでいるレイの姿を見ていると、そのような疑問は吹っ飛んでしまった。


 二人の大人の間にどのような過去があったかはわからない。

 けれども、道は違えど、今も同じような信念は持ち続けているのかもしれない。


 天色に染められていた銃は黒塗りの銃に戻っている。

 ユージの非日常もようやく一段落つきそうだった。



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