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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第五話 駆け抜けた道の果ては
16/19

5-1 駆け抜けた道の果ては(1)

 ホプリシア街はこの国の第二首都として栄えている。第一首都は国の政治を司り、経済を大きく動かしている地帯として、とても重要な都市である。

 第二首都もそれに負けず劣らず必要な地帯で、未来に続く科学文化を広げていくために、大きく貢献している街であった。

 その街にある最高学府の中で最も優秀な学校――ホプリシア大学のとある研究室で、渋井秀和と青柳玲は出会った。二人とも生物系や化学系の内容を好み、その両端から研究をできる研究室に入ったのが、出会いのきっかけだった。

 お互い負けず嫌い。切磋琢磨に凌ぎを削りながら、目の前のことを集中して行う。

 夜遅くまで実験をすることも多々あり、自然と会話をする量が増え、徐々に深い関係までいく仲となった。

 将来に関しても似たような道を目指しており、大学院の修士課程を修了後、二人は科学推進省にキャリア組として入省した。さすがに部署は分かれ、各々の仕事を日々こなすこととなった。

 その分岐が結果として、二人の考えに大きな溝を生むことになる。

 レイは純粋に科学の推進のみに尽力を注いでいたが、ヒデは政治的な問題にも首を突っ込まされるようになった。

 そこで国が徐々に弱体化しており、他国からの干渉に耐えきれなくなっているのを知った。

 人口減少による働き手の不足。科学が進歩しているといっても、所詮一握りの人間の力によるもの。

 つまり少し突けばすぐに崩れる国だろう、と他国の一部の者達は気付き始めたのだ。

 それに気づいた国の上の者たちは、すぐに対策を練るように動き出す。

 レイたちの部署は、補助金を多数出し、有能な科学者をさらに輩出させる下地づくりを作った。他にも、科学技術を交渉の札にして、駆け引きをしたり、他の国と共存する技術形態を作ろうなどという動きをするところもあった。

 つまりほとんどの部署が穏便に事を済ませて、今の苦難を乗り切ろうと努力をしていたのだ。

 ヒデがいた部署を除いては。

 彼の部署では、他国からの脅威に対して、力を持ってねじ伏せようという意見を持っている者が多く集まっているところだった。その中で出された意見が、人工的に作りだし、動く生き物の一つ――珪素生物シリンを生み出す、というもの。

 すでにある研究所では珪素生物を作ることに成功していた。それを知ったヒデの部署では、その研究所を秘密裏に投資し、多数珪素生物を作らせるように促し始めた。

 それに勘づいた穏健派の人たちは、彼らの行いを止めようとした。それはその部署にとっては大きな足かせとなり、思うように事が進まなくなったのだ。

 やがて業を煮やした人々は、邪魔者を排除するという動きに乗り出た――。



 * * *



「秀和さんの行いに気づいた局長は、その強硬を止めるために対策する団体を作り、自ら珪素生物を討伐しようと試みた。しかし、その動きを阻止しようとする人も多く、結果として数年もの歳月がかかってしまった」

 健介はハンドルを触れながら、彼が知っていることをユージたちにすべて話してくれた。

 なぜレイが局を作ったのか――などを時系列にまとめてすらすらと話してくれる。

 ハヤトはすでに聞いていたのか、左目の上にある眼帯に左手で触れたりしていた。カオリが適切に処置をしたため、顔に血が流れることはなくなった。

「カオリの父親はレイの研究室の先輩で、母や都一緒に珪素生物を対抗する術を生み出している最中に殺された」

 後部座席にいるカオリは窓の外を静かに眺めている。

「ハヤト君の妹さんは、おそらくある人を排除するために待機しているときに遭遇し、殺されてしまったと思われる」

 ハヤトは唇をぎりっと噛みしめていた。

「――ユージ君が狙われたのは、取引現場を目撃したからだろう。その日、こちらもそのような取引があるとはわかっていた。ただどこで取り引きしているかは、情報を詰め切れず、探し出している最中に君が先に遭遇したようだ」

「その人たち、どんな取引をしていたんですか?」

「はっきりとはわからないが、ある議員さんの秘書がある研究所の職員に密書を送ったらしい。レイさん曰く、おそらく議員がお金をさらに積む代わりに、自分に珪素生物をくれるよう促したものではないかと言っている」

「そんなことをしているなんて、オレ、気付かなかったっすよ?」

「気づかなくても、二人で一緒にいるのを見たのがまずかったんだ。議員と研究所が繋がっていることを暗に示す現場を見たのがね。……その議員は秀和さんたちにとっては貴重な資金源。議員がいくつもの法を犯して金を作り、提供していることがマスコミ沙汰になれば、議員の政治生命は窮地に陥る。つまり秀和さんたち側も珪素生物を生み出すのが困難になっていくんだ。それをどうしても避けたかった――というのが、今回の事の発端だろう」

 道路の信号が赤になる。健介は車を止め、ユージたちを見渡した。

「もう一度確認する。本当に行く気か、ホプリシタス・タワーに」

 三人の少年少女は首を縦に振った。怪我をしているハヤトも躊躇いはなかった。

 カオリが姿勢を正して、健介を見据える。

「何もしないで大人しくしているのは嫌。だって今回の件は私が引き起こしたのでもあるのだから」

「カオリ先輩じゃなくて、そもそもの始まりはオレだろう。オレが面倒なもんを見なきゃ、こんなことにはならなかった」

「こいつが馬鹿な忘れ物しなければ、よかったんだろう。いつも一緒にいる俺の責任でもある」

 三者とも各々の意見を言い合っていると、健介はぷっと声を漏らして、笑っていた。信号が青になり、車が徐々に加速していく。

「君たちの想いはわかったよ。珪素生物にアンテナを壊されるのは、深沢代議士の件も含めて、自分としても避けたい」

「あの、その深沢代議士っていう人はどうして狙われているんですか?」

「話に出てきた議員が資金を提供しているのを、躍起になって暴こうとしているからだよ。徳次郎さんと親しくて、危ないからやめろと言っていたが、なかなかの頑固者で……。ユージ君が初めて襲われた日に、彼の秘書が犠牲になった」

「あの車の粉砕事件ですか」

 ハヤトが確認のために問うと、健介は頷いた。

「あの痛ましい事件は宣戦布告みたいなものだ。近いうちにお前の命も狙いに行くぞってね」

「なんか、色々と矛盾している気がするんですが」

 ユージの頭の中は徐々にこんがらがってきた。

 珪素生物を表に出さないために、ユージの口を封じようとした。だが、その前に秘書が殺され、事件として扱われた。

 これは間接的にも珪素生物を示唆することになるのではないのか。

「……珪素生物なんて、直接見なければただのサイエンスフィクション上の存在だ。誰も相手にしないさ。それよりも議員が裏で金を作り、それを他の団体に渡したという事実を知られる方が、現実的には騒がれるんだよ」

「……なんだか、変な世の中っすね。人の生き死によりも、裏金の方が優先されるなんて」

「ユージ君たちが思っている以上に、大人の世界は不条理なんだよ」

 健介は徐々に大きくなっていくタワーを見据えた。

「――ハヤト君、おおまかなタワーの構造はわかるって聞いたが、どの程度わかるんだ?」

「両親からおおよそ聞いているので、どこに何があるかは何となくわかっています。自分の両親、企業秘密以外は食事中での話の種にしているので。アンテナの司令室はだいたい検討が付いています。その部屋の中にある機械を壊すか、操作すれば、電波は止まるはずです」

「こりゃ頼もしいね。……目は見えるのかい? いつも眼鏡をかけていただろう」

 ハヤトは鼻に手を添えようとしたが、寸前でやめた。自分の手をじっと見つめる。

「実はそこまで悪い方じゃないんです。眼鏡がなくても、それなりに見えます。ユージの顔だって見える」

 後ろに振り返っているユージを見て、口元に笑みを浮かべた。

「昔、素の顔が怖いって言われたことがあって、それを機会に眼鏡で誤魔化していただけです」

 ふとユージは思い出す。小学生の時、何かの際にハヤトが怒った後のことだった。その時、妹の理彩が彼の顔を見て、泣きそうな顔をしていたのだ。目が細く、ややつり上がっているように見える顔。眉をひそめれば、怖さは一段と怖くなるだろう。

 まさかそれを引きずっているのだろうか。あのハヤトがまさか……と思ったが、理彩のことを大事に思ってきた彼の事を思い出すと、あながち否定はできなかった。

「見えるのなら、よかった。タワーの中での案内は頼むよ」

 深く追求してこなかった健介はさらに勢いよく車を走らせる。

 街の象徴でもある、ホプリシタス・タワーは目の前に迫っていた。



 夜明け前。

 空気が一段と重く、気温もぐっと下がっている。

 カオリが軽く腕をさすると、健介が上着をさりげなく肩の上に乗せた。彼の立派な筋肉がついた二の腕が露わになる。彼女は微笑みながらお礼を言うと、それを腕に通した。

 ユージはワイシャツ一枚で来ていることに後悔した。兄妹のような関係だと宣言していたが、あまり信用ならない話だった。

「……カオリ先輩って、あの顔で面倒見いいから、結構人気あるんだぞ」

「えっ」

 後ろからの言葉を聞き、思わず振り返る。ハヤトが腕を組んで肩をすくめていた。

「まあ今は珪素生物のことで頭がいっぱいだから、誰も相手にはしていないけどな」

「そうなのか……」

「まあせいぜい頑張れ。局員の若い人にも気があるらしいぞ」

 ハヤトはぽんっとユージの肩に手を乗せてから、健介の隣へと歩いていった。護身用だと言い張って、先の戦いで使っていたポールを持っていた。

 健介と何往復か言葉を投げ合った後に、ハヤトは指をタワーの上部に示した。中層にある展望台よりも、さらに上にある地帯だった。

「なあ、どうやって入るんだ? ここって確か朝から夜までしか開いていないだろう?」

「珍しく的を突いた質問をするんだな」

 ハヤトが感心ぶっていると、ユージはむっと口をとがらした。

「悪かったな、いつもたいした質問できなくてよ!」

 怒鳴り散らすと、カオリは指を口元に当てて、静かにするような仕草をした。ユージは手を頭の後ろに当てて、謝りを入れる。

 一同の視線はタワーの上部に向けられた。健介はポケットから、一枚のカードを見せた。

「これがあれば、関係者としてタワーの中に入れるから大丈夫だ。――さて、行こうか。先発部隊ともなるべく早く合流したいからな」

 盗聴される恐れがあるとして、先発部隊相手に連絡は入れていない。会えたら随時手持ちの情報を与えるということで、四人の中では意見を一致させていた。

 健介はナックルを拳にはめ、カオリは左手に刀を持ち、ハヤトはポールを肩で背負った。

 ユージは右の腿の脇にあるホルスターに手を触れる。そこには真っ黒いままの銃が静かに佇んでいた。天色ではない。

 健介やカオリが歩き出したのを見て、ユージは慌てて彼女の斜め後ろに走り寄った。

「カオリ先輩、一つ聞きたいことが」

「私に?」

 ユージはこくりと頷く。

「カオリ先輩の刀、珪素生物と対峙するときはいつも天色になりますよね。何かコツとかあるんですか?」

 黒塗りの刀の柄を見て、カオリはそっとその刀を包み込んだ。

「その力が絶対に必要なときしか色は変わらない。私だって、色が変わらない時はたくさんある。それでも対抗できるよう、生身の刀での使いこなせるよう努力しているの。力を求めれば、それについつい頼ってしまう。でも本当に必要なのは――鍛錬と己の意志の強さよ」

「意志の強さ……」

「ユージ君が持っている銃、とても性能が良くて、初心者でも比較的簡単に珪素生物を倒せると聞いたことがある。でも、波長が合う人がいなさすぎて、使った人はほぼなかったから、君が持っているのを見て正直驚いた」

「その話、レイさんから聞かされました。そんなにこれが持てることが凄いんですか?」

「その銃云々よりも、まずは武器を持っていることが凄いことなの。――鍛錬をする時間はないけど、今はその銃の機能を過信せず、強い意志を持って使えば、きっとその想いに応えてくれるはずよ」

 ユージにとっては難しい言葉だった。

 珪素生物に対して何も対抗する力がなかった少年にとって、この銃は唐突に得てしまった場違いな力である。それを得て過信するなと言われても、できるかどうかわからなかった。

 視線を下げていると、カオリの刀が視界に入った。顔を上げればすぐ目の前に、微笑んでいる黒髪黒色の瞳の少女の姿がある。

「今、悩んでいるでしょう。大丈夫よ。迷って悩んでいるのなら、その気持ちを銃が受け取って、過信なんかしていないってわかってくれるわ」

「なんだか銃は生きているような言い方っすね」


「そうかもしれないわね。物に作り手の想いが宿ると言われるのなら、持ち手からの想いも宿ると私は思っているわ」


 少女は長い髪を揺らしながら歩き出す。

 日常が終わってしまった夜も、意識が薄れゆく中、少女の髪を眺めていた覚えがあった。前回は目を閉じてしまったが、今は目を開けて彼女を追いかけることができる。

 先に進んでいたハヤトと視線を合わせると、ユージは夜明け前の道を走りだした。

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