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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第四話 疾走する少年少女たち
15/19

4-3 疾走する少年少女たち(3)

 頭上に降ってきた段ボールを目の当たりにし、ユージの体はすぐに反応できなかった。動かなければ潰されるという状況にも関わらず、頭が真っ白になってしまう。

「カオリ!」

 健介がカオリに一本の刀を手渡す。彼女はそれを受け取ると、持っていたポールを珪素生物に向かって投げつけた。珪素生物の足下にそれが触れると、やや動きを鈍らせる。

「最期の足掻きか? くだらない」

 ヒデは言葉を吐き捨てる。カオリはにやりと口元で笑みを浮かべた。

「――貴方が馬鹿にしている、レイさんが大切にしてきた力を見せてあげる」

 勢いよく刀を抜き放つ。それは空を斬って風となり、まるで生きているかのように真っ直ぐ放たれる。その風は段ボールたちに直撃し、すべての段ボールは真っ二つに斬られた。ユージたちの両脇に激しい音をたてて落下する。

 カオリは険しい表情をしたまま、天色の刃がついている刀を握りしめた。

「すげぇ……」

 ありきたりな感想しか呟けなかった。

 初めて珪素生物と遭遇し、同時にカオリと会った時に、彼女の強さは目撃したが、それよりも今の動きの方が遙かに上だった。

 珪素生物はカオリの行動に驚くこともなく、次々と段ボールを崩していく。それを彼女は的確に斬り、斬った段ボールに足を乗せて軽やかに飛び上がった。

 目の前には人間とは相いれない化け物の姿が。

 珪素生物が爪を振りかざす前に、カオリは左肩から右腰まで一直線に斬った。非常に深く斬ったらしく、それは抵抗するまもなく動かなくなった。

 カオリは近くにあった段ボールの上に着地する。珪素生物はその間に体を徐々に崩していった。

 呆気にとられて目を大きく見開いているヒデを、カオリはじっと見下ろす。

 しばらくその状態が続くと、ヒデは両手を激しく叩き出した。

「見事だ。まさか一瞬で戦闘不能にさせるとは!」

 カオリは刀の先をヒデに突きつけた。

「褒め言葉なんかいらない。もう一体倒せば、少しは黙ってくれるのかしら」

 淡々とカオリは言葉を出す。刀を握っている手は強くなっていた。

 ヒデは腕を組んで、時計に目を落としてから、カオリと彼の背後にいる珪素生物を見た。

「そうだな、もう一体くらいならくれてやろう」

 ヒデの背後にいた珪素生物が鎖を投げつけてくる。それはユージたちの方に一直線に伸びてきた。

 ユージは唯一持っていた武器である銃を珪素生物に向けて、引き金を引いた。しかしそれは空を切るのみ。いつのまにか銃は真っ黒いままだった。

「え……」

 目を丸くしていると、横からハヤトに突き飛ばされた。

「痛っえ!」

 すぐに起きあがると、ユージがいた場所にいたハヤトが立っていた。その手に握っている鉄パイプには鎖が何重にも巻き付けられる。その状態でずるずると引きずられ始めていた。

「ハヤト君!」

 カオリが叫び、健介が駆け寄ってくる。ハヤトは舌打ちをしながら手を離そうとした瞬間、鎖が緩んだ。

 鎖は大きく波打ちながらハヤトの顔の左側面に直撃する。かけていた眼鏡が音をたてて、はね飛ばされた。

 衝撃でその場に座り込む。健介は鎖を放った珪素生物の腹部に拳を当てた。珪素生物はたまらず後ろに下がる。その隙に健介は小瓶を投げつけた。激しい爆発音と共に珪素生物は実体を消失させていく。

 ユージは我に戻ると、うずくまって左目を手で押さえているハヤトの傍に寄った。彼の指の隙間から血が一筋落ちていく。

「ハ、ハヤト……」

 軽く肩を揺らすと、手を払われた。

「やめろ、頭が揺れる」

「でも……」

「大丈夫だ、目の脇を切っただけだ」

 うっすらと青色の瞳を開けて、口元に笑みを浮かべる。それを見てつられてユージも表情を崩した。

 後ろから靴音が聞こえてくる。振り返ると表情を消したカオリが寄ってきていた。彼女の視線はヒデに向けられている。

「他に珪素生物がいるのなら、私が相手をしてあげる」

 刀の刃は天色のまま。

 声は非常に低く、感情を極力抑えている。

 ユージは視線をヒデの方に向けた。背後にいた珪素生物は一体もいなかった。

 ヒデは笑みを浮かべていたが、半歩下がっていた。

「素晴らしい。そのような力があれば、珪素生物を数十体相手にしても勝てるだろう」

「無駄口はいらない。貴方を捕まえて、レイさんの前に突き出す」

「ほう、捕まえるときたか。……果たして、できるかな?」

 ユージが座っている地面一帯に影がかかる。はっとして視線を向けると、四つ足のダークグレーの生き物が向かってきていた。カオリは反転しながら、それを天色の刀で叩き落とす。地面に叩きつけられると、それらは戦闘不能になり、黒い影のようなものになっていった。

 カオリが視線を再びヒデの方に向けようとしたが、その途中で煙幕によって視界を遮られた。白い煙がユージたちを包み込む。

 カオリは口を手で押さえながら、大声で叫んだ。

「逃げる気か!」

「逃げと受け取ってもらっても別に結構。君たちにいつまでも構っている暇などないものでね。後輩君の記憶なんて、たいしたカードにならない。また機会があれば、構ってやろう。――さようなら、レイによろしく伝えておいてくれ」

「待て!」

 煙幕の中を進もうとするカオリの手を、ハヤトが右手で握りしめた。彼女は鋭い目で振り返るが、目の辺りを押さえている彼の顔を見ると我に戻る。

 ハヤトはすぐに手を緩めた。だが、カオリがその場から離れることはなかった。しばらく三人は煙幕の中で身を寄せあっていた。

 次第に煙幕が晴れてくる。煙が消えると、ヒデと珪素生物の姿は影も形もいなくなっていた。

 健介や他の局員たちの姿も確認する。不意打ちを食らって、怪我を追った者はいなさそうだ。カオリは刀を鞘の中に静かにしまった。刀の刃は本来ある刀剣の色に戻っている。

「……視界も悪い中で、あそこで追うべきではなかったわ。ありがとう、ハヤト君、止めてくれて」

「俺も動けたら飛び出していきましたよ。ただ状況的にも非常に悪条件だったので、止めさせていただきました」

 ハヤトはおそるおそる目から手を離す。眼球のすぐ横にある皮膚が切られ、そこから血が流れていた。さらに何かぶつけられたのか、眉の下が痣になり始めていた。

 カオリはしゃがみ込み、持っていたハンカチでハヤトの目元を抑える。

「眼球自体は大丈夫よね?」

「はい。失明の心配はないと思います。今でもうっすらとですが目は開けられますから。ただ、この痣や傷が治るまでは、しっかり開けるのは難しいでしょう」

「そう……。でも安心するのは早い。おじいちゃんにあとで見てもらいましょう」

 ハヤトが頷くと、カオリは静かに立ち上がった。視線はヒデたちが消えた場所を眺めている。

「妙ね。念には念をいれるのならば、数体は残していってもいいはずよ。なのに、すべて連れて行った。……これから何か別のことでもするの?」

「もうじき夜が明けるのにか?」

 健介が片手を腰に当てて近づいてくる。手にはめたグローブは黒く戻っていた。

「わからない。とりあえずここを出よう。外で何人か待っている――」

 カオリが途中で言葉を止めた。恐々とした表情で振り返る。

「健兄、私を助けに何人来たの?」

「ここにいる八人と外で待機しているのが八人。さすがにユージ君たちと俺だけで事を納めるのは難しいと思い、乱戦も覚悟で来た」

「言い方を変える。局にいる人も含めて、何人この件に関わっている?」

「局にいる人間だと、エルランを中心とした情報部が一時付きっ切りで探してくれた。早川先生もおそらく既に局にいるだろう。レイさんも局で待機しているはずだ。あとはさっき言った突入部隊と待機部隊――」

 カオリの顔が青ざめていく。そして血相を変えて、健介に一歩寄った。

「すぐに外に出たい! 健兄たちどこかの窓を破って来たんでしょう。そこに連れて行って!」

「あ、ああ。どうしたカオリ?」

 カオリは視線を床に下げて、唇を噛んだ。

「……ユージ君を執拗に狙ったのも、私を攫ったのも、所詮目くらましだったのかもしれない」

 ユージはハヤトに肩を貸しながら立ち上がっていた。カオリの話を聞いていたユージは呆然としていた。

 そしてぽつりと呟く。

「あれらが目くらましだった……?」


 外に出ると、レイが黒塗りのバイクに寄りかかりながら腕を組んでいた。口を一文字にして、ぴくりとも動かず、目を閉じている。

 足音で気づいたのか彼女は目を開けると、安堵の表情を浮かべていた。

 カオリが近くにまで寄るなり、レイは彼女のことを抱きしめた。

「よかった、生きていて。無傷……とまではいかなかったか」

 カオリの頬が腫れているのを見て、レイは眉をひそめた。そっとその頬に手を当てる。

「すまない。あいつがこんなことをしたのは、私への一種の当てつけでもある。……せっかくの顔が台無しだ」

「気にしないで下さい。そのうち治りますよ。――それよりもレイさん、気になることが」

 カオリが表情を引き締めると、レイは腕から放して真正面から見返した。

「何だ?」

「渋井秀和が私たちに構っている暇はないと言っていました。これは同時並行で何かしているということだと思います」

 その言葉を聞くと、レイはすぐに時計型の電話を顔の前に持っていき、通話を開始した。

「――エルラン、聞こえるか?」

『はいはい、何でしょうか、局長。無事に終わったんですか?』

 電話の向こう側から軽快な声が聞こえてくる。

「カオリは無事に助け出されたよ。……気になることがあるのだが、今、局員たちはどこのエリアを巡回している? 夜明け前だから、人は少ないよな」

『局長の言うとおりですよ。ほとんど仮眠をとっている時間帯です。夜明け前に珪素生物が動くはずないじゃないですか』

「それはこちらが勝手に結論づけたものだ。通常、人間の心理として珪素生物を人には見せたくない。マスコミ沙汰になって、騒がれると動きにくいからな。だから今までは夜に暗躍するよう、ヒデたちは動かしていた。……だがもし暗躍する必要がなかったら、もしくは昼間でも人間を暗殺できる有能な珪素生物がいたら、事態は変わってくる」

 電話の向こう側で息を呑む音やざわめく音が聞こえた。エルランや局員たちにとっては、寝耳に水の内容だろう。

「至急、休んでいる局員たちを起こして、ホプリシア街にいる珪素生物を探索してくれ」

『……その必要はなさそうですよ、局長。二カ所、はっきりとした反応が出ています』

「どこだ」

 レイは前のめりになりながら、時計型の電話に顔を近づける。

 数瞬の間の後、エルランは二つの場所を掲げた。

『首都へ続いている国道とホプリシタス・タワーです。国道のは車か何かで移動しているみたいです。珪素生物を連れて国道なんて……。防犯カメラに映る可能性高いじゃないですか。最近のカメラも馬鹿にできませんよ。少しでも顔が見られれば拡大できるんですから』

 レイが手を口元に当てて考え込む。

 タワーと国道という、まったく関連性のない二つの場所。どちらも目立つ場所にある。

 近くにあった壁に寄りかかっていたハヤトは、タワーを見てから軽く目を見開いて前に踏み出した。

「レイさん、相手側はタワーのアンテナを狙っているんじゃないでしょうか。たくさんあるアンテナの中に、カメラなどの映像情報を一手に集めているものがあるって、聞いたことがあります」

「アンテナって上の方にあるよな。あんなに高い建物だぞ。いくら珪素生物がすげえって言っても、あれに登れるか!?」

 ユージが間髪入れずにハヤトの意見を否定しにいったが、彼は動揺もせず静かに答えた。

「さっきの戦闘で羽が生えた珪素生物がいた。高度は低かったが、あれを軽量化できれば、飛べるかもしれない。猫型もいるんだ、鳥くらいのサイズの珪素生物だって、いてもおかしくないだろう」

「でもよ、七百七十七メートルだぞ。飛んでいる間に見つかる可能性もあるし、落ちる可能性もあるし……」

「致命傷を負えば、珪素生物は消失する。万が一、地面に落ちて壊れなかったら、すぐに破壊すればいい。その後はただの黒い影のようなものが地面に広がるだけだからな」

 冷静に情報を取捨選択して、ハヤトは述べていく。その内容を誰もが聞いていた。電話越しにいるエルランも例外ではない。

「……じゃあさ、国道沿いにいる珪素生物は何が目的なんだ。首都でも潰しに行くのか?」

 ユージが続けざまに今度はレイを見て尋ねた。彼女は軽く前髪をかきあげる。

「首都を潰すはずがない。ヒデは国のことを第一に思っているからな。――エルラン、もう一つ聞きたい。深沢ふかざわ代議士はどこにいるかわかるか?」

『深沢ですか? さすがにそこまで把握して――』

『さっきまで病院におったよ。その時に少し話した』

 エルランからの通信に徳治郎の声が割り込んできた。

『朝一に会合があるから、夜のうちに首都に戻ると言っていた』

「それは本当ですか?」

『ああ、本当だ。あちらさんが嘘をついていなければの話じゃが』

 レイは首からかけている、趣のある懐中時計を取り出した。まもなく夜が明けようとしている時間帯である。

 彼女はざっとこの場にいる人たちを見渡した。

「人が少ないのは仕方ないな……。エルラン、これから私は国道に移動中の珪素生物を追う。予測ルートのデータを転送してくれ」

『一人で行く気ですか?』

「こっちにいる一、ニ班も連れて行く。そっちの班長にもデータを送っておいてくれ。残りの三班はタワーの警戒を、四班はここの現場の事後処理に動いてもらう」

『……了解しました。時間もないのでお気をつけて。交通事故とか、話になりませんから』

「ああ、気をつけるよ。あとの情報のとりまとめ役は任せたからな」

『きょ――』

 エルランが言葉を出す前に、レイは通話を切った。彼女は今言ったとおりの指示を出す。

「一、二班は私の後をついて、国道に向かう。おそらくヒデがそこにいるはずだ。深沢代議士に手がかかる前に確保を試みる。三班はアンテナの様子を見てきてくれ。万が一戦闘になった場合、アンテナは壊れても構わないから、無理だけはするな。あとは私たちでどうにか深沢代議士の命は守る」

「局長、自分たちは……?」

 健介がカオリとユージの肩に手を置いて尋ねた。レイはバイクに跨がり、ヘルメットに手を付ける。

「健介は三人のことを頼む。怪我もしているし、こんな時間帯に子供たちだけにはできない。ハヤト君の応急処置でもしてやってくれ」

「しかし、それでは……!」

 ヘルメットを持った状態でレイは振り返った。赤い唇が目にいく。

「では、もし元気があるのなら、三班と合流してくれ。タワーの中に人がいるだけでもいくらか牽制はかけられるだろう」

 視線がユージに移動する。

「色々とすまなかった、ユージ君。大人の汚い争いに巻き込んでしまって。――君の人生に幸あらんことを」

 メットをかぶると、レイはエンジンをならして、その場から勢いよく去っていった。その後ろに車が二台続いていく。しかしレイのバイクには追いつかず、見る見るうちに小さくなっていった。

 他の班が乗った車も各地に散らばっていき、ユージたち四人だけが残った。健介が傷だらけの三人の少年少女たちを眺める。

「車に乗ろう。ハヤト君の応急処置をしなければならないからな」

 その言葉に大人しくユージたちは従った。

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