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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第四話 疾走する少年少女たち
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4-2 疾走する少年少女たち(2)

 激しい爆発音がしている間、ユージは無我夢中でカオリのもとへ走った。彼女の手が自由になっていることに目を丸くしつつも、その手をとって、二人で小さな通路に逃げ込む。

 そのまましばらく走り続けていくと、途中で分かれ道にさしかかった。ユージが立ち止まると、カオリはその背中にぶつかってきた。

「どっちに進めば……」

 焦りの言葉は、同時に呼吸音を速くしていく。ぎゅっと手を握りしめていると、後ろから声を投げかけられた。

「ユージ君、ちょっといい?」

 カオリの存在を思い出すと、彼女の手をぱっと離した。とっさのこととはいえ思い切った行動をしてしまった。別の意味で鼓動が速くなる。

 彼女は段ボールでできた壁に手をそえて、鋭い目で通ってきた道を見据えていた。

「……どうして来たの?」

 視線を合わせず尋ねてくる。ユージはその言葉を聞いて、気まずそうな顔をした。彼女は自ら捕まったのだ、ユージのために。それなのにユージがここに来てしまっては、すべてが水の泡だ。

 黙り込んでいると、カオリがちらりと顔を向けた。そして静かに笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 柔らかな微笑だった。

 不思議と鼓動が落ちてくる。頭の中が混乱状態だったが、少しずつ治まってきた。

 彼女は再び視線を来た方向に戻す。

「とにかくここから脱出することを考えましょう。……ユージ君はこっちの道は通っていないのよね」

「そうなんです。だからどっちに行けばいいか、わからなくて……」

 カオリは先に続いている二つの道を交互に見た。ユージたちが来た方向から足音が聞こえてくる。

 彼女は視線を斜め上に向けた状態で呟いた。

「どっちに行っても、たいして変わらないでしょうけど……。確率的に高いのはこっちでしょうね」

 そう言うと、カオリは右斜め前に続く道を示す。ユージの体が向いたのを確認すると、彼女は早歩きでその道に踏み入れた。

 少し進んだところで、彼女は前方に注意しながら駆け出す。途中、カオリは自分の背の半分くらい長さのポールを一本手に取った。

 しばらく段ボールの壁の間を走っていると、再び前が開けた。

 そこに広がった光景を見て、ユージは息を呑む。カオリは左腕でユージを制し、ポールを右手で握りしめて前に突き出した。

 鋭い爪を持っている珪素生物が、分かれ道の真ん中に立っていたのだ。

「どうやって移動したんだ?」

 あの珪素生物に羽など生えていない。回り込まれたのだろうか。

「同じような珪素生物を寄越しただけよ。深く考え込まないで。――強行突破する。健兄かエルランさんから、私あてに何か預かっていない?」

「あ、そういえばこれを……」

 胸ポケットから巾着を取り出して、カオリの左手に乗せた。警戒は解かずに、彼女はその中身を確認する。四本の小瓶が入っていた。二つは青色の液体、もう残りは黄色の液体だ。

「用心深いところを考えると、健兄からね」

 カオリは一本の黄色の小瓶以外をポケットに入れてから、黄色の小瓶に入っている液体をポールにかけた。うっすらと蒸気が発生する。

「ユージ君、次は右に行く。合図をしたら、そっちに向かって」

「は、はい!」

 ユージの返事を聞くなり、カオリは珪素生物に向かって飛び出した。両手でポールを持ち、真正面から珪素生物に挑んでいく。

 獲物が来た珪素生物は嬉しそうに前に出るが、その寸前でカオリは足を止めた。珪素生物の爪が半歩前で空を切る。

 爪を戻そうとしたところで、カオリは左横から珪素生物の頬にポールを叩きつけた。珪素生物動きが鈍くなる。

 続いて青色の液体が入った小瓶を投げつけた。

「行くよ!」

 それが合図と言わんばかりに、ユージは走り出す。小瓶が珪素生物に当たると爆発した。爆風と爆音がユージたちに襲いかかるが、素早く段ボールで作られた道に逃げ込んだ。

 カオリが息を荒げた状態でユージの後ろにつく。

「これで見つかったも同然よ。至る所から珪素生物が来る。でもあの人にさえ会わなければどうにかなるはずよ……。珪素生物が襲ってきたら、私が牽制をかける。その間に窓がある方に向かって走って」

 カオリが軽く背中を押す。ユージはそれに従って前に駆けだした。カオリもすぐ後ろについてくる。

「出入り口って、こっちでしたっけ?」

「わからない。ただ窓に沿って走った方が、助かる可能性は高い。……一人で来たんじゃないんでしょう」

 ユージは軽く頷く。カオリは表情を緩めて、長い黒髪を軽く後ろへ払った。

「早く行こう」

 段ボールで作り出された道は、理路整然としており、くねくねと曲がることはなかった。分かれ道に来て、ニ択か三択の道を選ぶ。それを何度か繰り返した。

 ユージはカオリの背中をひたすら追っていた。ほとんど逡巡することなく進む姿は、同じ高校生徒とは思えなかった。

「カオリ先輩」

「何?」

 分かれ道から一本道に再び入ったところで、ユージはふと尋ねていた。

「どうしてそんなに凄いんですか?」

「凄い?」

「珪素生物にも果敢に挑んで。怖くないんですか?」

 純粋な疑問だった。一歩間違えれば命を落とす現場に何度も出向いている。怪我をして、痛い思いをする危険性もあった。

 ユージだったら避けられることなら、避けたい。健介やレイなど、頼れる大人はたくさんいる。カオリが率先して行く必要なんてないはずだ。

 カオリは速度を落として、分かれ道を凝視しつつ口を開いた。

「怖いよ。やめようかとも思った。でもね、それ以上に――」

 一拍おいて、カオリは言った。


「帰らない人を待つ、夜の方が怖い」


 段ボールに触れていた彼女の手が小さく握りしめられる。

「あの日もずっと待っていた。寝ないで待っていた。でも戻ってくる気配がなかった。探しに行こうかと思ったけど、おじいちゃんに止められた。危ないからって。そして朝――私が帰りを待っていた人たちは、冷たくなった状態で戻ってきた」

 カオリの声は震えていた。

「力があれば、きっとおじいちゃんは私を外に出してくれた。でも、あの時の私はなかった……。今、私にとって局の人たちは、家族みたいなものなの。絶望の淵に浸っていた私を助け出してくれた大切な人たちなの。だから危険な道を歩んでいるその人たちの帰りを待つくらいなら、刀を持って、自ら探しに行って加勢するわ」

 下がっていた視線が真正面に向けられている。


 カオリにとっては忘れられない、酷く傷つき、落ち込んだ出来事。

 同時に自分を強くするきっかけとなった、大きな転換点。

 それらを通じて、今の早川香織という少女がいるのだ。


(本当に強い人だ。皆が慕っているのもよくわかる。この人みたく、オレも強くなれるのかな?)

 カオリは再び疾走する。窓の方へ向かっていると、ふと頭上で何かが動いたような気がした。微かに機動音も聞こえる。時々カオリがポールで段ボールを崩しているが、それとはまったく違った音だ。異質な音がユージの耳の中に入ってくる。気に留めつつ、その場を疾走した。

 次の分かれ道にさしかかると、突如上から床上クレーンの先端が降ってきた。異常をいち早く察していたユージは、前に出ていたカオリの手を引っ張った。彼女はつんのめるようにして、その場でたたらを踏む。

 その間に激しい音と共に、クレーンの先端部分は床に穴を開け、衝撃で砂埃を発生させた。

 カオリは肩で呼吸しながら、青ざめた表情で穴があいた現場を眺めている。

「頭上にも気をつける必要があるってこと……?」

「その通り。二次元的な視野では、三次元にはかなわないよ?」

 煙が晴れてくると、別のクレーンに手をかけていた先ほどの青年と、鎖を握りしめた珪素生物が現れた。

 カオリはポールに力を入れて握りしめる。ちらりとポールを見ると、眉をひそめた。先ほどまでやや明るかったポールが、今ではやや黒ずんでいる。

「効力が切れたみたいだ。そう長続きしないよ、所詮第二首都で作った代物なんか」

 ヒデが口元をつり上げながら、ポケットから小瓶を取り出し、カオリたちの前に投げた。少しくすんだ黄色の液体だ。

「それをポールに付けて、この珪素生物に殴りかかるといい。一瞬で制御不能な状態になる。それがお望みなんだろ?」

「……私はあくまでも動きを鈍らせたいだけ。制御不能になられて、暴れられたら困る」

「はは、よくわかっている」

「首都の科学は、良くも悪くも進みすぎている。周囲を考慮していないがためにって聞いている」

「レイからの受け売りだな」

 ヒデは眼鏡の中心部を指で触れて、軽く眼鏡の位置を直した。

「時には強引な力も必要だ。見せしめだと思われるくらいのことはしないと、首都の堅物さんたちは気づかない」

「その言い方だと、本当の狙いは私たちではなく、首都の人間?」

「……無駄に回る頭、後悔するがいい」

 背後から爪を生やした珪素生物が、前方から鎖を持った珪素生物が寄ってくる。カオリは舌打ちをして、手早く黄色い液体をポールにかけた。その隙に前にいた珪素生物が鎖を回し、カオリに投げつけてくる。

 彼女が避けるのが間に合わないと判断した、ユージはとっさに黒塗りの拳銃を取り出す。それを両手で握りしめて、その珪素生物に向かって一発放った。

 放った瞬間、銃の色は天色となる。

 引き金を引くので精一杯だったため、軌道は逸れていたが、まるで吸い込まれるように、珪素生物に命中した。

 頭の中心に直撃。その珪素生物は動きを止めた。

 ユージの合間をぬって、カオリが背後にいた珪素生物の手を激しく叩く。爪が何本か折れた。

 カオリは先端を珪素生物の喉元すれすれに振り抜く。喉元は切れ、黒い液体が染み出てきた。呻き声をあげている中、カオリはその左胸に深く突き刺す。珪素生物は完全に動きを止め、その場で粉になり、黒い影だけがその場に残った。カオリは肩で息をしながら、その影をじっと見ていた。

 ユージが撃った相手も同様の現象が起きている。

 ほっとしたのも束の間、場違いな拍手がその場に鳴り響く。

「お見事。まさかこんな子供にあっさりとやられるとは。レイもなかなかいい教えをしているみたいだ」

 青年は指でぱちんと音を鳴らした。

 後ろから羽を生やした四体の珪素生物が前進し、降りてくる。

 ユージは顔をひきつらす。カオリも驚愕のあまり、声が出せなかった。

「ここは敵の巣だ。そう簡単に終わってもらっては困る。せっかくだから君たちの動きをデータとして取らしてもらおう」

「腐っても研究者の端くれってことね」

「褒め言葉として受け取っておく」

 彼がまっすぐ腕を上げている。それをゆっくり下ろそうとした。

 その時、通ってきた道の一部が、激しい音をたてて崩れ落ちた。

 その穴から、どこかで拾ってきた鉄パイプを握りしめたハヤト、拳にナックルをはめた健介、そして体格のいい局員たちが何人か顔を出した。

 きょろきょろと通路を眺めていたハヤトはユージを見つけると、表情を緩めつつも、すぐに険しい表情に切り替わった。

「お前な、ちょろちょろ動くな! こういうところは電波が悪いんだよ!」

「わ、わりい」

 ハヤトが渇を入れている間に、健介が傍に寄ってくる。青年の姿を確認すると、目を細めて彼をすっと見据えた。

渋井秀和しぶいひでかずだな」

「そう尋ねられて、この状況で頷けるか? お前もレイの犬なんだろう」

 健介の重心がやや前に移動した。

「局長のお知り合いの秀和さんで間違いなさそうだ。――この場は引いてくれないだろうか。後日改めて協議を願い出たい。その時にこの少年の処遇については考えないか?」

「ほう、俺たちを罰するとか、そういう動きには出ないのか」

「局長はこう言っていた。『ヒデが直情的な行動に出るはずがない。何か深い裏があるはずだ』と」

 代弁した言葉を聞くと、ヒデは顔に手を当てて笑い始めた。

 広い倉庫内に笑い声が響く。

「レイ、何を言っているんだ! ここまで酷いことをさんざんしている自分にまだ許しを与えようというのか!」

 ヒデは笑い声を抑え、ポケットからボタンスイッチを取り出す。そして醒めた目で、あたりを見渡した。

「間違って倉庫に入ってきた団体さんが、不意に物を崩してしまって、下敷きになったっていうシナリオはいいと思わないかい」

「貴様……!」

「なぜ倉庫を指定したのかは、考えてくれればわかったことだろう。それにも気付かずに、のこのこ来た君たちは、その程度の人だってことだよ。……じゃあね」

 ボタンを押すと、背後にいた珪素生物たちに下から光が当てられる。その色は真っ白ではなく、やや赤みがかかっていた。光を浴びていた珪素生物の二の腕が膨らむ。

「なんか成長している……?」

 ユージが腰を引き気味にしながら呟く。ハヤトが目を細めて、珪素生物たちを睨み付けた。

「あの光、珪素生物の共有結合でも強化しているんじゃないか?」

「つまり……?」

「より堅くなったってことだ」

 光を浴び終えた一体の珪素生物が降りてくる。そして両手で握り拳を作り、手近にあった段ボールを意図も簡単に崩した。

 重そうな音をして転がってきた段ボールは、ユージたちに向かって真っ逆様に落ちてきた。

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