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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第四話 疾走する少年少女たち
13/19

4-1 疾走する少年少女たち(1)

 ユージは右腿に付けたホルスターに軽く手を触れる。今は真っ黒い色の銃として収まっているが、ユージが持っている間は爽やかな青色をした銃だった。


『その色は天色あまいろという』


 レイは銃の色を見ながら、しみじみと言った。

 天色とは、晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色のことを言っているらしい。

 別名『真空色まそらいろ』。

 ユージにとってはそう言われた方が、すぐに脳内に色を変換することができていた。

 『てんしょく』とも呼ばれるらしいが、そう呼ぶ場合には天候や空模様を指すことが多いらしい。


『この武器を初めて作り出した人の願いも込められている。事を為し終えた時、澄んだ空が目の前に広がっていることを願って』


 目的地である倉庫の近くまでは健介の運転で移動していた。

 後部座席にはハヤトが座り、その隣に布袋に入ったグローブと刀が置かれている。

 健介は銃をちらりと見ながら、淡々と説明をしてくれた。

「その武器の土台を作ったのは、カオリの両親だ。武器を作るという工学的な要素と、珪素化合物をいかに効率よく分解するかという理学的な要素が合わさってできたものだ。カオリの父親が工学分野を、母親が理学分野を担当したらしい」

「すごいっすね……」

「だから真っ先に狙われた、自分たちにとって脅威になる存在として。カオリ、今は平然と珪素生物を対応しているが、殺された直後はしばらく酷く塞ぎこんでいたらしい」

 健介の運転は先ほどよりも穏やかだったが、表情は寂しそうだった。

「珪素生物は通常太陽が出ている時間帯には現れないのに、なぜ天色にしたのか、その真意はわからない。ただ俺たちが思うには、絶望的な状況であっても、闇夜の中で諦めなければ、爽やかな空を見られるかもしれない――という想いがこもっているのではないかと思ったよ」

「そうなんですか。初めて見た時、すごくいい色だなと思いましたよ」

 色から願いが連想されるようにした、早川夫妻は心底すごいと思った。

 その血を引くカオリ。

 天色の武器を持っている彼女は、もともとその武器に込められた想いも汲み取っていたからこそ、自由自在に操れているのかもしれない。

「すまないね、ユージ君。君を囮みたいにして、危険なことに突っ込ませて」

「いいんですよ、オレがまいた種みたいなもんですから」

 カオリ救出作戦はいたって単純だった。

 言われたとおりにユージが指定の場所に行き、途中で催涙弾を投げて攪乱しているところに、健介たちが救出に出るというものである。

 成功するか否かは、ユージが隠して持っていく小型カメラと発信器がどの程度効力を発揮してくれるかによるだろう。

 肩掛け鞄と小さなポケットの中に、小型のカメラを入れ込む。発信器は服の内側につけ、念には念をいれておく。

「ユージ君、怖くないの?」

 車の助手席で進行方向をじっと見つめているユージに対して、健介は疑問の言葉をかける。ユージはもう一度腿にあるホルスターに触れた。

「怖いですけど、何となるんじゃないかって思っています。何かあったら健介さんがすぐに駆けつけてくれますし……ハヤトだって傍にいれてくるんだろう?」

「ああ。理彩の二の前にはさせない。巻き込まれたお前を易々殺させないさ」

「……オレ、本当に巻き込まれたのかな……」

「は?」

「いや、何でもない」

 ユージは首を横に振って、笑いながら受け流した。

 傍から見れば、高倉勇二は不運にも見てはいけないものを見て、事件に巻き込まれてしまった哀れな人間、というのが一般的な見解だろう。

 しかし、過去に妹を珪素生物に殺されたハヤト、そして彼と同じ委員会に所属している珪素生物対策局のカオリと出会っていれば、遠からずともいつかは珪素生物と対峙する日がきたのではないかと思っている。

 血の香りがしない、平和な日常を何気なく過ごしていた。

 だがいつ非日常に踏み込むかはわからない。

 その非日常を何度も目の当たりにした結果、今、平静を装いながら立ち向かうことができるのだ。

 やがてレイのかつての友であるヒデが言っていた倉庫が見えてきた。

「ユージ君、最後に確認する」

「はい」

「君はカオリのことを助けたく、自分を引き替えに来た、献身的な後輩を演じること。決して裏があるような行動はしないこと」

「そう言うと、なんだかかっこいいっすね」

「……君のせいでカオリは捕まったんだぞ?」

 ぎろりと横目で健介に睨まれる。

「俺たちも場所が確定次第、すぐに突入する。その間までの時間稼ぎは、基本的には逃げてやり過ごせ。場合によっては、その銃を抜いてもらってもいいが、絶対に無理だけはしないこと」

「たぶん逃げ回っていると思いますよ。この銃を使うと、ちょっと反動が大きいんで」

 隠し部屋で試し撃ちをした時、反動で尻餅をついてしまった。一発だけならそれでいいが、乱戦が予想される中では、無防備な状態になるのは避けたい。

 倉庫を取り囲んでいる門の近くにゆっくり車が停まる。

 息を吐き出してから、ユージは車から降りた。ハヤトもドアを開けて、小瓶を一つ手渡してきた。

「俺が調合したやつだ。威力はそれなりにある。何かあったら珪素生物に投げつけろ」

 ユージは嫌そうな顔で受け取った。

「物騒なものを渡すんじゃねえよ。うっかり落としたらどうするんだ」

 ハヤトはふっと表情を緩めた。

「お前、やる時はやる奴だろう。中学での大会での決勝ゴール、かっこよかったぜ」

 ハヤトはユージの背中を拳で押して、歩を進ませた。

 傘をさして、ちらりとハヤトと健介の顔を見る。ユージの緑色の瞳と、ハヤトの青色の瞳が合う。お互いに頷きあってから、ユージは倉庫に向かって歩き出した。


 中学時代、ユージとハヤトは同じサッカー部に所属していた。ユージは常に前線で競り合い、ハヤトはコート内の中盤で動きつつ、周りを指揮していた。

 ユージが好き勝手動いてもゲームが成り立っていたのは、ハヤトの気の使い方が良かったといっても過言ではない。おかげでユージはゴールを多数決めることができていた。

 この調子で引退する大会でもゴールを決めまくろうとしている中、思わぬことが起こった。ホプリシア街内での決勝トーナメントに進んでいる途中で、ハヤトが相手との接触プレーにより、怪我を負ってしまったのだ。

 指揮系統が迷走したユージたちの学校だったが、その日は序盤で点数を入れていたため、どうにか勝ち逃げすることができた。後日聞いた噂話によれば、明らかなファールを狙っての接触だったらしい。相手側にもハヤトが影の要だとわかっていたようだ。

 勝ったとはいえ、不安要素は残ったままだ。ハヤトの怪我は全治二週間で、次の試合に出場することは無理と医者から言われた。

 ハヤトは悔しそうな表情で謝っていた。自分がもう少しうまく避けていれば、怪我を負うことはなかったと。

 謝られた部室内で重い沈黙が続いた。

 不意にユージはその様子を見て、不思議に思った。

 なぜ一人の怪我だけで、ここまで暗い気分になるのだろうか。次の試合は始まっていないのに、これでは既に負けているようである。

「――ハヤト」

 一番沈痛な面もちをしていた少年に声をかける。

「お前が考えていることをすべてオレに教えろ。それでオレたちは勝つから、その後の試合を見据えていてくれ」

 その場にいた部員たちは、何を馬鹿なことを言っているのかと思っただろう。

 あまり成績は良くなく、体育だけが好成績の筋肉馬鹿の言っていることなんか――。

 ハヤトは目を丸くしていたが、ユージの瞳から垣間見える意志を組むと、頭に叩き込んでやると返事をしたのだ。

 練習の後、部室の端で、大きなタブレットを使って数時間にわたって教え込み始めた。部員たちはシューズやボールを拭いたり、自分のタブレットをいじったりしていたが、ほとんどがユージと共に部室に残っていた。下校時間が過ぎて追い出されて、ファストフード店に移動しても、部員たちは後をついてきた。初めはハヤトとユージだけが話していたが、やがて部員たち総出で意見を出し始めたのだ。

 結果、一致団結ができたからか、またはユージがフィールド上でうまく動いたからか、はたまたハヤトがフィールド外から必死に指示を出していたからかわからないが、ユージたちの中学校はさらに二回勝ち進み、優勝したチームに対して負けはしたが一点差という成績を叩き出したのだ。

(オレはただお前に嫌な思いをさせたくなかっただけなんだよ」

 頭をかきながら、ユージは倉庫に近づいていく。

 ユージも負けず嫌いだが、実はハヤトも相当負けず嫌いである。腐れ縁にもなりつつある彼に後味が残る終わり方はさせたくなかっただけだ。

 今回も前に進ませている要因の一つとしては、その想いがあるだろう。

 倉庫の前につくと、古びたドアを横に引いた。それが音をたてて開いていく。中はぽつりぽつりとランプが灯っているのみ。ユージは唾を飲み込んで、ドアを開けたまま中に踏み入れた。

 段ボールなどの箱が多数積み上がってできた通路を、ユージは慎重に進んでいく。地震などが起きて段ボールが崩れたら、一貫の終わりである。

 背後で何かが引きずられる音がした。振り返ると、ユージが意図的に開けていたドアが閉められていた。

(敵は二人以上いるってことか)

 前方だけでなく、背後も気をつけなくては。

 息を吐き出してから、ユージはさらに中に進んだ。

 徐々に頭上にあるランプの数が増えていく。やがて段ボールがなくなり、視界が開けた。

「――一応一人で来たんだ、後輩君。逃げずに来たことを、褒めてやろう」

 視線の先にいたのは、亜麻色の髪の眼鏡をかけた青年。かっちりとした黒色のスーツを着ており、どことなく雰囲気がレイと似ていた。

 その脇には、縄で両手を縛られた黒髪の少女が横たわっている。頬が腫れているのを見て、ユージは一瞬で血が上った。

「お前、カオリ先輩になんて――」

 最後まで言い切る前に、ユージは言葉を飲み込む。漆黒色の銃を彼はカオリに突きつけていたからだ。

「あまり大声を出されるのは、嬉しくない。少しは落ち着いてくれるか?」

 淡々とした物言いは、ユージの苛立ちを助長させた。カオリが小刻みに首を振っているのを見なければ、自分も銃を手に取っていただろう。

 ユージは視線を逸らし、腰に軽く手をあてた。

「……カオリ先輩を返してもらおうか。お前の狙いはオレの記憶なんだろう」

「そうだ。お前の記憶のデータが出回ると、非常に厄介だからな」

「記憶のデータなんか作れるのかよ」

「科学が発達していない第二首都の住民は、本当に発言が遅れているよ」

 生まれまで否定されたユージは、鋭い視線を青年に向けた。彼は自分の頭を軽く指で触れる。

「首都ではね、脳の中に電気を通すことで、記憶の一部を画像化できる研究が進められているんだ。君の記憶の中ではささやかなものであっても、画像化すれば明白になる。その記憶を私たちは欲しいんだよ」

「記憶の画像が手に入り次第、オレをなぶり殺すか、記憶を抹消して廃人にでもするんだな」

 レイが呟いていた言葉をそっくりそのまま繰り返す。青年は口元に笑みを浮かべていた。

「こちらとしては穏便にすませたいんだよ。だから――来てもらおうか、首都に」

 青年は右手の指でぱちんと音を鳴らした。すると彼の背後からニ体のダークグレー色の二足生物が現れる。片方の手には鎖が握られ、もう片方は鋭く長い爪が伸びていた。

 珪素生物を目にして、ユージの鼓動が跳ね上がる。

『珪素生物が出たら、まずは逃げる方向で物事を考えること』

 レイの助言をもとに、顔を動かさないよう、目だけで辺りを見渡す。この小さな広間から逃げるには、段ボールの間にある三つの通路のどれかを通るか、段ボールを崩すしかない。段ボールの中は分析機器などの重いものが入っていると聞いている。ユージの力だけで崩すのは難しい。何かバッドのようなものでもあれば、また展開は変わってくるだろうが。

 視線はある一点を見据える。カオリの後ろに続いている、小さな通路だ。あそこであれば、人よりも大きな巨体を持つ珪素生物が通るのは難しいだろう。

「こちらに従わないつもりかい?」

「カオリ先輩を解放するつもりはないのか?」

「顔を見られたし、この娘、歳の割には深い事情まで知っているらしいじゃないか。レイの怒った顔や泣き叫ぶ顔も見てみたいから、簡単には手放さないよ」

 青年はカオリの腹を蹴り上げる。彼女は呻き声を上げながら、通路の近くに転がっていった。

 ユージは顔をひきつらせて、一歩ずつ前に出ていく。

「お前、女の人になんて事を……!」

「勇ましい女は嫌いだ。レイもさ、一緒の道を進めば良かったのに……」

 ユージが近づいていくと、珪素生物が青年を後ろに下がらせて前に出てきた。

「殺しはしない。首都に君たちのことを連れて行くから。ただ五体不満足になるのは、我慢してくれよ」

 青年が腕を前に出すと、ニ体の珪素生物はユージに向かってきた。それに対して、ユージは局でもらった小瓶を投げつけ、続けざまにハヤトからもらったものを投げつけた。

 瞬間、激しい爆発音が鳴り響いた。

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