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天色道の疾走  作者: 桐谷瑞香
第三話 踏み出す一歩の重さ
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3-4 踏み出す一歩の重さ(4)

 珪素生物シリン対策局の六階に上がると、局員たちは慌ただしく走ったり、モニター画面とにらめっこしている人たちでいっぱいだった。

 レイがもっとも大きなモニターと相手をしている、金髪の局員のもとに歩いていく。靴音で気づいたのか、エルランはすぐに振り返る。いつになく真剣な表情だった。

「局長、どうでしたか現場は」

「公園だったが、人気が少ない場所に連れ込まれたようだった」

「手がかりは?」

「一応、これをDNA鑑定に回しておいてくれ」

 レイは健介から預かった、煙草の吸い殻が入ったビニール袋をエルランに渡した。彼はそれを見て、舌打ちをしてから、傍にいた女性に鑑定するよう指示を出す。

「相手側から連絡は来たか?」

「まだ来ていません。だから必死になって、足取りを辿っているんですよ」

 エルランの視線がモニターに移る。ホプリシア街の一部の衛星地図、カオリがさらわれた公園周辺のものだった。

「車で連れて行かれるのは、公園の入り口にあった防犯カメラでわかったんですが、それ以降はカメラが設置している場所をなるべく避けて通っているのか、点でしかわからなくて」

「点でも充分だろう。地図でその位置を表してくれ」

 エルランがこくりと頷き、キーを押した。すると赤い点が十個ほど浮かび上がる。場所は転々としており、これからどこに向かったか予測するのは難しそうだ。

 だがレイは腕を組んで、口元に笑みを浮かべていた。

「本当に隠す気はないようだな。私が見れば、おおよそ判断できる場所ばかりだ。本気でカメラから避けるつもりなら、他にもやりようがある」

「局長、この情報からわかるんですか?」

「――カオリが連れて行かれた場所は、おそらくホプリシタス・タワーの西側にある、それなりに大きい倉庫だろう。首都から派遣された、研究所も近くにある場所の近くだ」

「倉庫でいいんですか? 適当な空き室ってことはないんですか?」

「時間があるなら両方調べてくれ。優先するのは倉庫。あちらは珪素生物をカオリの傍に置いているはずだ。何体いるかはわからないが、それなりに広くないと珪素生物は動きにくいからな」

「わかりました。すぐに探し出します」

 エルランがモニターの前にあるキーボードに触れて、目も止まらぬ早さで叩き出す。レイはその様子を見て、踵を返した。

 その瞬間、レイが持っていたカオリの電話が音を鳴らし出す。

 部屋にいた誰もがその音に反応し、視線をレイに向けた。

 レイは口元に人差し指をのせて、周りに静かにするようアピールすると、着信を受けた。

「……もしもし」

『その声は玲か。早いな、動くのが』

 淡々とした男性の声だった。レイとは知り合いらしい。

「若い娘が夜中に消えたんだ。慌てない方がおかしいだろう。これから警察に連絡しようと思っていたところだ」

『はは、また冗談を。警察なんて連絡したら、この女の命はないってわかっているのに、よく言うよ』

 ユージがむっとして前のめりになろうとしたが、ハヤトが肩を握ってそれを止めてくれた。険しい表情で首を横に振る。

「探り合うのは面倒だ。単刀直入に言おう、カオリを返せ。お前がしているのは誘拐という立派な犯罪行為だぞ」

『誘拐? その娘は自ら捕まったぞ。まあ動きやすくするために、ちと眠ってはもらったが』

「……何だと?」

 レイは眉をひそめる。電話越しで男がほくそ笑んでいるのが容易に想像できた。

『いい先輩だよ。後輩君の代わりに自分を捕まえてくれって。彼女はその後輩君から、彼が見たことを教えてもらったと言った。後輩君の記憶は霞んでいて曖昧だが、自分ならはっきり言い切ることができると』

「は……?」

 ユージは思わず間の抜けた声を漏らす。

 レイとカオリには誰が会っていたようだった、としか伝えていない。おぼろげな記憶をそのまま伝えたのだ、カオリがきちんとした情報を持っているとは思えない。

 健介は俯き、両手を握りしめて口を小さく動かした。「カオリ……」と呟いているようだ。

「カオリがそんなことを言ったのか。しかし私たちとしては、たとえ彼女がそう言ったとしても、大人しくしているわけにはいかないよ。私たちにとっては家族みたいなものだからね」

『家族ねぇ。珪素生物や俺たちを、場違いにも憎んでいる集まりが?』

 今度はハヤトが身を乗り出そうとしたが、ユージが手を使ってそれを制した。他の人たちも音を立てて、椅子から立ち上がったりしている。

『おや、そこにいる人たちの怒りに触れてしまったかな? すまないね、ついつい思ったことを言ってしまうもので』

「……ヒデ、話を逸らすな。お前が連絡をしてきたのは、カオリの意見では納得できないからだろう。何を要求する?」

『わかっているのに聞くなよ。初めから俺が執拗に狙っていたのは、後輩君だ。そいつをこちらが要求する場所に来させろ』

「そう易々とその要求を呑むか?」

『なら、この女を殺そう。謎の撲殺死体として、道路に放り投げておくかな。――おいおい、怖い顔するなよ、美人が台無しだぞ。素直に要求に応じてくれれば、殺すと何かと面倒だから、後輩君の記憶を抹消したら返すさ』

 レイのこめかみが浮き上がっていた。きつく握っていた手を彼女は意識して開く。

「記憶の抹消か。珍しく穏便に事を為そうとするんだな」

『俺は昔から物事は穏便に済ませたい、という考えを持っているのは知っているだろう。……ただ記憶の抹消は難しいからな、手元が狂ったら許してくれよ』

 電話越しから笑い声がする。レイは無言のまま、その笑い声を聞いていた。

 笑い声がやむと、ヒデは声を潜めた。

『ホプリシタス・タワーの西に五つ並んだ倉庫がある。そこに夜明け前の午前四時半に、後輩君一人を寄越せ』

「五つ並んだというが、そのうちのどの倉庫だ?」

『それくらい頭を一ひねりすれば、お前ならわかるだろう。じゃあな、一緒に誰か来てもいいが、女もそいつらも命の保証はないからな』

 一方的にヒデからの通話は切れた。光っていたカオリの電話は息を潜めたように暗くなる。

 レイがぎゅっと手を握りしめた後に、エルランに視線を向けた。彼は既に五つ並んでいる倉庫の場所を探し出し、モニターに映し出していた。

「五つ並んでいるのは、ここしかないですね。他にもいくつか並んでいますが、五つはここだけ」

「倉庫の中身は?」

「あるメーカーの科学機器関係の倉庫ですね。詳細な中身は調べないとわからないですが、ぱっと見た限りでは実験に使う小さな機材から、微粒子関係を測定する装置まであるみたいですよ。なんでこんなところを選ぶんだ……。暴れたら、下手したら数千万円単位の分析機器がおじゃんだろう……」

「科学機器……」

 腕を組んだレイはぽつりと呟き、思考を巡らした後に口を開いた。

「光関係が絡んでいる分析機器が置いてある、倉庫を探してくれ。分光光度計とか、光散乱によって測定しているものとか」

「光?」

「ヒデは私よりも恐ろしく頭が切れて、念には念を入れる男なんだよ。――少し席を外す。エルラン、それまでの間に調べて置いてくれ」

「わかりましたよ」

 エルランが片手を振って了承する姿を見たレイは、ユージに外に行くよう促した。ハヤトがすっと横に寄るのを見ると、レイは溜息を吐きながら頷いた。

「健介、私の部屋の奥にいる。カオリの電話はお前に渡しておくから、何かあったら、私の電話に連絡してくれ」

 レイは健介の手のひらにカオリの腕時計型の電話をのせた。彼は優しくそれを受け取った。

 ユージとハヤトはレイに促さるがままエレベーターで十階に上り、レイの部屋に入った。そしてさらに進み、奥にある小さなドアノブに触れた。

 レイの瞳がユージの緑色の瞳を射抜いてくる。

「君が本当に望むなら、ここにあるものが使えるはずだ。もし無理だったら、あとは成り行きでどうにかしよう」

 ドアを開けると、冷気が流れ出てくる。あまりの寒さに、思わず腕に手を触れてさすっていた。

 レイは寒そうな素振りも見せず、部屋の中に入っていった。

 そこではガラスケースの中に、武器と呼ばれる物が綺麗に並べられていた。

 簡単に人を傷つけられそうな鋭利なナイフ、小型のボウガン、長い釘のような物、柄の長い槍、グローブ、鞘に入っている短い剣、刀など、日常ではまず見ないものがたくさん置かれていた。

「ここは珪素生物に対抗するために、私たちが科学の粋を結集して作ったものだ。珪素生物の動きを止めるには、二つの方法がある」

 レイの視線がハヤトに向けられる。

「一つはハヤト君のように、薬品を駆使して、珪素生物の内部構造を溶かす方法だ。薬品さえあれば、誰でもできるものでもある。だが薬品の中には劇物にも指定されているものも多々あり、持ち運ぶには細心の注意を払う必要がある。それに私たち、炭素生物にもその薬品は危険なものでもある。強力につなぎ合わされた共有結合を、珪素も炭素も関係なく破壊するからな」

 ユージはちらりとハヤトを見ると、彼は首を縦に振った。ハヤトの知識に感嘆しつつも、同時に彼に助けられたとき、一歩間違えれば自分もハヤトも死ぬ可能性があったということを察してしまう。眉間にしわを寄せて見返すと、彼は軽く頭に手を添えた。

「あの時は必死だったんだ。牽制しない限り、お前は死んでいただろう」

「お前に殺されていたら、オレ、化けて出ていたからな……」

「すまんな、これからはもう少し気をつける」

 意外とすんなり自分の非を認め、素直に謝られる。きょとんとしている中、壁に背中を付けたレイが話を続けてきた。

「そしてもう一つは、武器を使って珪素生物と接触する方法だ。ここにある武器は珪素生物に触れることで、珪素の共有結合を崩す電気を流すよう、細工してある。ただしうまく使わないと電流が逆流し、死ぬまではいかないが、こちらの動きが鈍くなる。まあ、そんな状態で珪素生物を前にしたら、どちらにしても死が待っているだろう」

「そんなすげえ物が……」

「基本的には鍛えられ、一定の水準以上になった者にしか、これらは渡していない。頭脳を優先しているエルランたちの部隊は、持っていたとしても手軽な飛び道具くらいだな。健介がいる部はだいたいの人が扱える。遠距離系の道具が中心だが、カオリの日本刀や健介のグローブのように近距離系もいるな。接近するため危険性は増すが、その分確実に攻撃をいれられる」

「カオリ先輩、局の中でもすごいんですね……」

「カオリはすごいぞ。あの子は竹刀だけでなく、刀の動かし方まで熟知している。――ただし武器がなければ、ただの少女だがな」

 冷たいガラスケースに触れていたユージの手が止まる。

 カオリが消えた現場には、彼女が大切に抱えていた竹刀が残されていた。

 つまり、今彼女は丸腰ということ――。

「高倉勇二、もしお前に素質と覚悟があれば、ここにある何かの武器と共鳴できるはずだ。そしたらそれを持って、倉庫に行け。それが今できる誰にも迷惑をかけずに、自分で状況を打開できる方法だ」

 ユージはごくりと唾を飲み込む。そして硬い表情でこくりと頷いた。

 ガラスケースの中をじっくりと見ながら、部屋の中を歩き出した。

「熱を発する可能性もあるから、極力部屋の温度は下げてある。結合を切り離すには、熱エネルギーがなによりも重要だからな」

 レイの傍にいたハヤトは、彼女のことをちらりと見上げる。

「自分にもここにあるものは使えるんですか?」

「武器が君を認めれば使える。ただ直感的に言ってしまえば、君は持てないだろうし、持たない方がいい」

「どういう意味ですか?」

 ハヤトの目が細くなる。レイはハヤトの頭に軽く手を乗せた。

「頭がいいのに、どうして武器に頼る? 君は前線に出るよりも、頭を働かせて、珪素生物を根本的になくすような行動をして欲しい」

「根本的になくす?」

「最後まで言っていないが、君はすでに薄々わかっているのだろう。私たちが何を相手にしているのか」

 ユージは歩き回り、奥にある一つのガラスケースに目を落とした。

 純粋な青よりもさらに色鮮やかな色合いをしたものだ。

 一目見て惚れるほど、綺麗だった。

「珪素生物は人間によって作られた。その人間たちを止めなければ、今後も珪素生物は生まれ続け、君のような人間が多く出ることになる」

「そうですね。ですが、その人間たちを止めるのは容易ではないでしょう」

 ユージがガラスケースにかかっている鍵に触れると、自然と開いた。

「以前、レイさんはここの局を国の外機関と言っていましたが、表向きの機関ではありませんね。今の国の体制、五年前の新聞や情報などを調べてみましたが、どこにも局の名前は出てきませんでした。それはつまり――」

 ハヤトが眼鏡を手で軽く押し上げた。


「珪素生物対策局は、警視庁の極秘の外部組織。対象としているのは、珪素生物と珪素生物を生み出している国か首都の職員――それと議員」


 レイは静かに微笑んでいた。

 返答せずとも、それは答えだと物語っていた。

 ユージはガラスケースを開け、中にあったものを両手で大切に持ち上げる。それはユージでも充分持てる一丁の銃だった。黒塗りではなく、青みがかかっている。

「ユージ、まさかそれが持てるのか?」

 ハヤトの言葉には驚かなかったレイが、ユージの姿を見て、目を丸くしている。ユージはその状態のまま、レイたちに体を向けた。

「はい。なんか綺麗だなって思ったら、鍵があいて……」

「君たち二人には本当に驚かされるな。――鍵は厳重にかかっているから、簡単には開かないぞ」

「なんで開いたんですか?」

「波長が合う者には、自動的に開くよう設定してあっただけだ。……その銃は今まで誰も持てなかった。コンパクトに作った関係で癖が強くてな」

「どうしてオレは持てているんですか?」

「さあ、その詳細な理由までは私はわからない」

 レイはユージの傍まで歩き、奥にある何重にもなっている円を指で示した。

「持てるのと使いこなせるかは別だ。とりあえずあの中心部に向かって、撃ってみろ」

 ユージはすっと銃口を向け、円を見据えた。

 そして――。


 その後ユージとハヤトたちはその場から去った。

 円の中心部には大きな銃弾が撃ち込まれた状態で。

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