おばちゃんは一番の危険因子じゃけえね
お母さんがアルパカで愛人がリャマとか。
アイゼンには耐えられそうにありません。
「し、死んだ?」
俺は倒れたジルバンテを揺さぶりながら、アドナイアスに尋ねた。
「ええ、残念ながら。先ほど、馬上から振り落とされ、岩に頭をぶつけたそうです」
どこまでも他人事だな桃色ローブ。
「と、いうわけですからタクミ殿には帝都に赴き侯爵領を継いでいただきます」
「まじっすか」
アドナイアスによれば、お葬式は俺が領地に戻ってから形だけ行うらしい。
「戦死でもない限り、盛大な葬儀など行いませんよ」
歴代の領主が眠る教会に葬られてそれでお終い。後は、ほかの貴族からの手紙なんかをやり取りするだけで終わるらしい。
「なんか切ないね」
「まあ、平和な世の中ですからな。経費節減のために儀式はできるだけ簡素になっています」
俺は豪華な衣装に着替えさせられ、豪華な馬車に乗せられた。馬車の中には俺、ジルバンテ、アドナイアス、ガルバリアスの4人が乗り込んだ。馬車の前後には500人近い護衛や召使が並び、中にはラッパを鳴らすだけの役職とかもいた。
「それだったら、お葬式にもうちょっとお金を使ってもいいんじゃないの?」
「あなたの国は葬儀にやけにこだわるのですね?」
「だって、一生に一度しかないんだよ?」
「死んだ人間は生き返りまえんよ」
これは、アドナイアスの考えか?それとも帝国の人間は全員こういう考えなんだろうか?
「帝国の人間は魂と肉体を分けて考えています、王子の肉体にタクミ殿の魂が入っていても優先すべきは王子の肉体ですからな。魂はそれを起動する媒体にすぎません」
「でも、記憶とか性格って違うじゃん」
「性格なんて変わりますし、記憶なんて忘れますからな」
考えの違いというものはそうそう相容れるものではないのかもしれない。
男が4人乗ってもかなり広い馬車の中には、食べ物、飲み物、小さな机、文具、武具がしまわれており、俺はアドナイアスから儀式や帝都での振る舞いについて聞いた。
「まあ、儀式が上手い貴族なんていませんから。一夜漬けで構いません」
「ずいぶんいい加減だなあ」
「戦争が無くなってこのかた、儀式典礼なんて、任官の儀ぐらいですからね。ほとんどの貴族が儀式を受けるのは爵位を受けるときだけです」
「よかったのか…」
「あなたが一番懸念すべきは、身バレよりもオラニエ家との婚姻です」
いや、俺一昨日まで一般庶民だったんですけど…
馬車が一旦止まり、俺たちは昼食のために湖畔にある屋敷で休憩した。
おじさん、おばさんと息子さんが切り盛りしている侯爵家の別荘で、今は亡き俺の母上と幼いイケメンガチホモサイコサドが避暑に訪れたらしい。いや俺のお母さんじゃないんだけどね。
昼食はシカの冷製肉と果物、豆のスープが出た。俺豆のスープあんまり好きじゃないわ。シカはこの辺で獲れたものらしく、おじさんは自慢げに鹿の頭を持ってきてくれた。
俺の食事が終わるとアドナイアス、ガルバリアスが人払いをし、お茶を持ってきてくれた。
「夕方には帝都につきますよ。今晩は侯爵邸でお休みください」
「まあ大丈夫ですよ、それよりバレませんかね」
俺のうんぬんよりも、俺のパンピー臭いの方がまずいと思うんだけどな。
「王子と話したことのある貴族はほとんどありませんし。あなたの身体的特徴は王子と一致します。というよりも、本物の王子ですから何をされてもばれる心配はありません」
そっか、確かに指紋とか、DNA検査とかされても本物だしな。まあこの世界でできたらの話だけど。
「そーいやさ、魂と肉体の交換ってホイホイできるもんなの?」
そんなことしたら、暗殺とかいろいろ出来ちゃうじゃん。
「普通は出来ないんです、それこそ国宝級の魔法具、お互いの魔術による契約、たくさんの法術師。それこそ、国を挙げての一大事業です。こっそりできるもんじゃありません」
「じゃあなんで俺は……」
ガルバリアスは頭を掻いた。
「タクミ殿は異邦人ですからな、加護が1つもないのでしょう」
加護ってさっきもでたな。なんなん。それ。
「加護ってなんなの?」
「そっからですか…」
あきれたように桃色の袖で顔を覆うアドナイアスにお茶を勧めながら、ガルバリアスが説明してくれた。
「例外はありますが、皇帝陛下から正式な叙勲された貴族、帝国騎士団長は加護と呼ばれる権限を有します。その加護は当主とその配下に多大なる影響を及ぼすのです」
「うん。魔法みたいな感じ?」
「ノーリスク、魔力消費なし、半永久的に発動、範囲制限なし、ということを踏まえると魔法といえるかもしれませんな」
すげえ、じゃあ俺も領主になったら加護がつけられるんだな。
「これは一部ですが主治医であり軍医長である私の持っている加護です。まあ、役職によって変わりますからな参考程度にしてくだされ」
ガルバリアスはポケットからメモを出して、俺に差し出した。
ガルシア家主治医、侯爵軍軍医長
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観察眼(Ⅹ)
血脈援助(Ⅹ)
千手救命(Ⅹ)
病毒除去(Ⅹ)
皮膚再生(Ⅹ)
筋骨再生(Ⅹ)
湧目治療(Ⅹ)
カースリジェクト(Ⅹ)
エーテル治療(Ⅴ)
高等催眠(Ⅲ)
死者蘇生(Ⅲ)
精神破壊(Ⅲ)
へー、なんか凄そうだな。まあ、魔法のある世界だしな。腕の2、3本生やすことぐらいどうってことないのだろう。それよりも俺は、最後の死者蘇生と精神破壊が一番気になるけどな…
「この数字ってどういう意味?」
「それは熟練度です。Ⅹが上限となりますが、才能によってはそれ以下が限界のものもおります」
「これが加護か…。てか、父上死んだのにまだ残ってるの?」
「今はタクミ様が領主代行となっております。帝国議会で罷免されでもしない限り、侯爵家の継承権順に領主代行が自動的になります」
いろいろあるんだな。ガルバリウスは帰ったら俺に侯爵家の役職と加護一覧を見せてくれると言ってくれた。
「まあ、腐っても帝国最強の侯爵軍ですからな。ほかの貴族と比べると可哀そうです。これが当然だと思われないように」
「これって機密?」
「半公然の秘密というやつですな。我が家は超名門ですからなんとなくはばれているとは思いますよ」
「ほかの貴族も?」
「申告義務はありませんが、人の口に戸は建てられませんからな。加護名はわからなくとも効果ぐらいはわかるでしょうな」
加護かこれあったら最強じゃね?無能でも加護もらったら即戦力じゃん。
「そうだ、俺に加護がないっていうのはわかるけど、それと魂魄交換とどういうつながりがあんの?」
「血統交換や魂魄交換など魂に関係する魔術は、加護が1つも重複していないことが条件になるのです」
「加護が同じ人になるってどのくらいの確率?」
「同じ領地で地位、役職が全く同じ人間でなければまず起こりえませんね。そうなると下っ端でしか起こりえません」
「じゃあ俺の加護って今どうなってるの?」
「領主代行としての加護、それから王子の加護がついているのでしょうな」
「王子は?」
「多分ありません」
「なしで大丈夫なん?」
「弱小貴族領のあっても変わらないような加護もありますからな。王子の力量なら問題ないでしょう」
別邸の息子さんがお茶のお代わりを持ってきた。
「閣下。軽食を作りますが何かご希望はございますか?」
「ありがとう、さっき食べたシカの冷製がおいしかったのであれのサンドイッチを作ってもらえますか?」
息子さんが泣き出した。
「ちょっと、どうかなさったの?」
息子さんの泣き声を聞きつけておばさんが出てきた。
「王子が…あのイケメンガチホモサイコサド王子が…こんなにご立派になられて…こうやってまともにお話ができるなんて」
あいつ、小さいころからイケメンガチホモサイコサドって呼ばれてたんか。
「あなた!」
いくらなんでも、大げさだよな。
「本当は王子になんて言われたの!?」
おばさんは手にもった宝石から長いつららを出して、俺に突き付けた。
「息子には指一本触れさせませんからね」
「いやいやいや!誤解ですおばさん!」
俺はおばさんの手をそっと抑えてつららを落とした。おばさん魔法使えるんか。
「まあ、いやらしい今度は熟女に目覚めたんですか!」
もうやだよ、こんなイケメン。
俺はジルバンテと馬車に乗り込み、おっちゃんとおばちゃんと息子さんがアドナイアスとなにか話しているのを馬車の中から眺めながら、しくしくしていた。
真っ暗な森の道で食べたシカの冷製サンドイッチはやけにしょっぱかった。
「間もなく帝都です」
アドナイアスは半分寝かけた俺を揺さぶった。
「眠らない街と呼ばれてからすべての通りに街灯が設置されたそうですよ」
「街灯ってガス」
「ガス?養殖用の光虫ですが」
そこはファンタジーなんだ。
「カーテンと窓開けていい?」
「誰か来たら閉めてくださいね」
カーテンを開けると、ほのかに光を放つ帝都が見えた。
「すごい、なんか火の玉とか飛んでる」
「はい?」
ジルバンテとアドナイアスは俺を押しのけて窓から身を乗り出した。
アドナイアスは桃色ローブの裾を整えて、咳払いをした。
「タクミ殿、いや今この時点からミヒャエル様とお呼びいたします」
「「「ガルシア侯爵家に栄光あれ!」」」
ジルバンテとアドナイアス、ガルバリアスは胸に手を当てて馬車の床に膝をついた。
「いまから、侯爵家のすべてはあなた様のものです」
「なんで今?」
「帝都が何者かに襲撃されています」
「へっ?」
ジルバンテは窓を開けて、馬車の前後にいる護衛に声をかけた。
「ものども、帝都で謀反である!!逆賊を一人も生きて逃がすな!」
基本的に書き溜めがあるうちは毎日夜8時の更新です。