アキナ・クリーレン
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ハイルはアインスの命令通り、会場へ向かっていた。
その途中ーーー。
「ふははは。宝が欲しいのなら、我を捕まえてみよー」
怖い顔をひきつらせて、無理やり笑顔を作っているのはクリーレン家の使用人長であるガルトレイ・シモーネだ。
演技臭さを漂わせるガルトレイの心境は、恥ずかしさ、よりも困惑の方がまさっていた。
端からその姿を見ていると、ある種の罰にも見えてくる。
「行くぞチビッ子探検隊」
それに相対するのはグランツ家に仕えるスレンダーな使用人のティアラナ・メルジーナである。
こちらは案外乗り気だ。
「おぉー」「おぉー」
そしてティアラナに続くグランツ家の奴隷シェーレとクリーレン家の次男アキナ・クリーレン。
どうやらこの茶番劇はアキナのために行われているらしい。
「俺チビじゃねーし」
「いぇーい」
「ノッてんじゃねーよ」
「あれー? 恥ずかしいのかなー?」
「うっせー」
何やら外が騒がしかったので窓の方へ視線をやると、数人の使用人とクリーレン家の次男アキナ・クリーレンが元気よく走り回っていた。
大きい図体にも関わらず機敏な動きを見せるガルトレイ。
それを追いかけるシェーレとアキナ。
その二人を眺めてニヤニヤしているティアラナ。
そんな四人の傍らで言い合い、というか一方的にいい詰められているクリーレン家の使用人。
興味を持ったハイルはアインスに悪いとは思いながらも少し見ていくことにした。
すると勢いよくシェーレが転んだ。
それに巻き込まれてアキナも転ぶ。
「ももも、申し訳ございませんです」
シェーレは立ち上がってすぐに頭を下げた。
そんなシェーレの反応にアキナは「はははっ」と笑いながら立ち上がった。
「頭を上げろよ。俺は大丈夫だ」
確かに本人からしたらただ転けただけの些細なことだろう。
だが、奴隷からしたら主人を転ばせた上に傷をつけてしまった。
それが重罪であることはシェーレもイヤというほど知っていた。
「ありゃりゃー? アキナっち大丈夫? ほっぺに傷きてるよ」
横で言い合っていたクリーレン家の使用人がアキナに言い寄った。
「申し訳ございませんです」
シェーレはさらに深く頭を下げた。
「コトルはイジワルだ。シェーレ、気にするな。こんな傷はほってても治る!」
「さっすがアキナっちー」
「へへへ」
驚くことにクリーレン家の使用人たちも心配した様子はない。
「でも……」
「俺はガルトレイを追っていたら転けた。悪いのはガルトレイだ!」
「私ですか!?」
過ぎるこじつけにも関わらず、ガルトレイは少し笑っていた。
「それでも心配なら家のなかで遊ぼう。なっ?」
アキナの言葉の数々に立ち尽くしていたシェーレは目一杯の笑顔で返した。
「ありがとうございますです」
「おうっ!」
一部始終を見ていたハイルは驚きを隠せずにいた。
ここにいた人々は互いのことを知っていて互いに信頼し合っている。
ハイル自身、信用や信頼とは無縁の世界で生きてきたので、明確にそうだとは言えないが、第三者の目線では彼らはとても分かり合っているように見えた。
羨望。
忘れたはずの感情が胸の奥でウズき出す。
ハイルはそれを叩いて止めた。
何を今さら。
優しさに甘えている証拠だ。
そうやって何度突き落とされてきた。
いい加減、学習しろ。
何度も何度も何度も胸を叩く。
そうやって自分に言い聞かせる。
奴隷であることを忘れるな。
心臓が止まるのではないかと思われたその時、外で遊んでいた集団が屋敷に入ってきた。
ハイルは手を止めた。
そして何事もなかったかのようにアキナのもとへ向かった。
ハイルと目を合わせたアキナはニッと笑って彼の左頬を指差した。
「俺の方が強い」
それはシェーレを安心させるために放たれた言葉であった。
そしてそのことをハイルも理解していた。
「はい。そうでございます」
ハイルはいつも通り片膝をついて左手を膝の上に置いた。
その表情は至っていつもの作り笑顔であった。