アインス・シュッツナイト
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宴の喧騒にまぎれてハイルは誰にも気づかれることなく生誕祭の会場から離れ、厨房まで歩いた。
「何をやってんだ? こんなとこで」
ハイルの背後から声をかけた人物はハチマキがよく似合うイケメン料理長のアインス・シュッツナイトだった。
「皆様と同じ皿の飯を食らう、などという無礼なことは私にはできません」
「おいおい、寂しいこと言うなよ。同じ家に仕える同士じゃないか」
そう言ってアインスは厨房のイスを差し出した。
ハイルは少し迷ったがイスに座った。
「そう思ってくれるのはありがたいのですが、そもそも私は奴隷でございます。皆様は優しく接してくれますが、私は人間より下の存在であるということは決して忘れてはいけません」
「ならシェーレはどうなんだ?」
「彼は違います。深い事情があって奴隷になってしまいましたが、それでも彼は優しく、何より自らを現す心があります。彼は報われ、そして救われるべき存在……いえ、人間です」
「そんで、お前は?」
「私にお話しできる身の丈話など持ち合わせてはおりませんので。申し訳ありません」
その返答に納得できないアインスは自嘲気味に笑うハイルを見た。
「まあいいや。それよりこんなとこで何してたんだ?」
「いくら同じ飯を食らうことができないと言ってもお腹は空きます。それにこれのこともありますし」
ハイルは自らの左頬を指差した。
「ああ、それな。完全に馴染んでた。けどよ、そんなこと気にする奴なんて、この屋敷のなかにはいねえぞ」
「いえ、そうとも限りません。そもそも奴隷ごときに治療を施すこと事態があまりないのですが、傷を見て腹立たしく思いさらに傷つけるなんてことは珍しくありません」
「そんなもんなのか。まあ本人がやられてきたってんならそうかもしれないが」
ハイルは黙ったままだ。
「否定しないのか?」
「肯定もしておりません」
「どっちなんだよ?」
「私にお話しできる身の丈の話など持ち合わせてはおりませんので」
ややこしくなってきた話にアインスは「あーっ」と声を上げて頭をくしゃくしゃと触った。
「わけが分からん。つまりお前は……まあ、いい! それより会場の飯の減り具合見てこい。それなりに減ってたらティア連れてこい。ちょっとだけならそのまま戻ってこい。分かったか?」
「了解いたしました」
ハイルはそんな彼の性格を嫌いではなかった。