ラーゼン・マーヨビルテ
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グランツ家の住まう屋敷は街外れにあり、周囲よりも少し大きい。
大きな門をくぐったハイルは周りを見回した。
周囲より大きいと言っても見回して見える屋敷は向かいのクリーレン家の屋敷だけだ。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
2人ともに門をくぐった途端にシャルが勢いよく振り返り、ハイルの元に駆けつけた。
「私を気にかける必要はありません。それよりも次からは注意してください。私がいないときはどうしようもありませんから」
「……はい」
そう言われて落ち込んだシャルはうつ向きながら返事をした。
その姿を見たハイルは慌ててフォローに回る。
「申し訳ありません。そんなつもりでは……その……ええっと……。申し訳ありません」
ハイルは唯一、シャルと会話をするときだけ焦りをみせる。
それはハイルの人間味を感じさせる一つであった。
それともう一つの人間味を引き出す小さく可愛らしい人物が屋敷の中から現れた。
「お兄たまぁーーー!!!」
「!!?」
横から急な突進を受けたハイルは吹き飛ばされそうになったが、想定内の軽さに持ちこたえた。
ハイルのもう一つの人間味。
それは使用人長のラーゼン・マーヨビルテによって与えられる嫌悪である。
「おかえりなさいです、お兄たま。マヨはお兄たまの帰りを待ちに待って待ち焦がれておりました。……あれ? 左の頬が少し赤くなっていますよ?」
ラーゼンは前掛けのポケットから傷薬とガーゼとテープを取り出し、器用に素早くハイルの左頬に張りつけた。
「これでヨシッ」
「私よりも女子……」
横ではシャルが両膝をついて衝撃を受けている。
ハイルは嫌悪と言ってもラーゼンのこの措置に嫌悪を抱いているわけではなく、ラーゼンがこんな容姿をしていながら男であるということに嫌悪を抱いていた。
「身に余る幸せでございます。ですが、このようなものは今後なさらなくても結構です。私などにこのような手当ては必要ありません」
マヨはそう言って左頬に手をかけるハイルを急いで止めた。
「ダメダメダメ。マヨが折角したのに。剥がしちゃダメ。治るものも治らないよ!」
「ですが、この様な姿で主人様の前に立つのはあまりに無礼かと」
「じゃあマヨがご主人様に言っておいてあげるっ」
ラーゼンはそう言い残して颯爽と去って行った。
「シェラーク様はあんな感じが趣味なのですね!? なら私もこれからは積極的に女子します! これからはハイル……いえそれは恥ずかしい……ハイル様と呼ばせて頂きます!」
ガバッと立ち上がったシャルも意味不明なことを言い残して去って行った。
「そういうことでは……ないのですが」