序章
小説慣れしてないんですけど、大人な恋を想像のままに書いてみました。
毎週土曜の朝は、挽きたてのコーヒーと焼きあがりの芳ばしい香りのするトーストを、いつもの店で同じ場所に座って朝食をとるのが習慣だ。そしてその場所の窓から見える空を眺めることが楽しみだった。
そう、いつも一人で。
でも今日は違う。
隣の席に男の人が座っている。パリッとしたスーツに、チェック柄のネクタイを締めている。きっと休日出勤なのだろう。ほんとうに、休みの日までご苦労様だ。
それは数十分前のこと。
「お隣、構いませんか?」
何も考えずに、ただ空を眺めながらコーヒーを啜っているところに突然声をかけられた。
周りを見渡すと珍しくお客さんがいっぱいで、
(いつもは人の多くない時間帯のはずなのになー)
そう思いながらも、その人に席を譲った。
彼は見た感じ、年齢は私より上だと思う。そういう私は去年、栄養科の大学を卒業したばかりの23歳だ。今は食品会社の研究部で研修をしているが、本当は少し営業にも興味があった。顧客と生産の両方と交渉をし、商品の実現までに至るプロセスを踏んで商談を勝ち取るのは、さぞ気持ちいい物なのだろう。それでも今の仕事は充実していて、色々と自分の興味関心を好きなように追求出来るのは堪らなく楽しい。
話は逸れたが、隣の男性はきっと25歳から28歳くらいのような気がする。持っている鞄は黒い布生地で少しくたびれていて、中から色鮮やかな紙のような物が覗いている。デザイナーかな、と思いながら、ふと顔を見るとなかなか端正な顔をしていて、思わずどきりとした。大学在学中は男性が少なく、あまり関わることも無かったため、久々の感覚にまだ女としての感情は残っていたとほっとした。
視線を元に戻し、賑やかになってきた店内に、そろそろ出るべきかと飲みかけのコーヒーを一気に口に流し込んだ。そしてショルダーバックを肩に引っ掛け、トレイを返却してから店に出た。
店から離れて家に戻る道の途中、黒猫が目の前をさーっと横切った。それを目で追うと、黒猫は渡り切った道路の先でこちらを向いていて、お互い目があった。
(危ないぞー、気をつけなよ、猫。)
心の中で猫に向かって呟く。
黒猫は悪いことが起こる予兆と世では言うけれど、もう私も黒猫とは何度か出会ってきたのに何もなかったし、最近は全く気にならないと言えば嘘になるがさほど気にしなくなった。
そんなこともありながらも家につけば、昨日ベットの中でやりかけていた研究計画をリビングに持ってきて夢中になって取り組んだ。一人暮らしももう5年を超えて、一日の生活の流れもほとんど変わらない。なんの刺激もない毎日を繰り返すうちに、周りで徐々に結婚の相談を持ちかけてくる友達も増えてきた。
突然、パソコンの側に置いていた携帯が鳴り始める。携帯の表示には大学の時からの友達の名が示されている。
「もしもし? みっちゃん?」
電話に出た私。
「やまこ? おひさー。」
私がみっちゃんと呼ぶ相手、神原光流は、今でも連絡をとる唯一の男の友達だ。そして、相手が呼ぶやまここと、山根菜津子は私のことで、ずっと光流にはこの呼び方をされている。
「おひさー、ってかどうしたの? なんかあった?」
「やまこさ、最近どうよ? 俺さ、会社でよー、すっげ綺麗な人見つけたんだわ! これがかなりのレベルでよ。 」
「はあ……良かったねー。もしかして、みっちゃん、それだけ言うために電話して来たの? 」
「ちげーよ、近状報告だろ? ほら俺らの同期も結婚考えてるやつとか増えてきたし。 で、やまこはどうなんかなーと思ってよ。 置いてけぼりは嫌だろ?」
まさか、ここでも色恋の話が出るとは思っていなかった。確かに大学の時にみっちゃんとは恋バナもしたけれども、最近は全くお互いそんな話を持ちかけることもなく過ごしてきたのだから少し驚いた。
「別に、何もないけど…。 あ、そういや…」
「あ? 何だよ、焦らすなよ。」
「いや大したことはないけど、今日店でさ、隣になかなかのイケメンが座ったんだよねー。 うん、私より年上だと思う。 ほんと、かっこ良かったなー。 ああいう人ってモテるんだろうなー。」
「へえ、やまこもかー。 なんかお互いタイミングが被ってるのって意味ありげじゃね?」
「はあ? あるわけないよ! だって初対面だし、そもそもこっちが一方的に見ただけだし。 ないね!」
「夢がねぇなー、やまこはよ。」
「だから言いたくなかったのにー!」
こんな感じで、だらだらと取り止めのない話をして、しばらく楽しんだ。久々のみっちゃんとの会話は、とても楽で落ち着いて、少し大学の頃に戻ったような気がした。
「ま、やまこも頑張れよー。」
「みっちゃんも焦らない方がいいよ。 大抵みっちゃん、それで失敗してきてるんだから。」
「わかってるよ、お前はちょっとくらい焦ろよ? 彼氏出来そうなら連絡しよろな。 こっそりなんて無しだぜ?」
「はいはい、みっちゃんもねー。」
そう言って電話を切った。あり得ない、すぐにそう思った。彼氏なんてもう何年もいない。女の子らしいことをしてこなかったのも理由だろうが、とにかく男子と話す機会が少なかった。私自身も何を話していいかわからないし、自分に自信もない。だから好きなことを好きなように、なんとなくやってきた。だから今更焦る必要もないだろう。
そしてまた目の前のパソコンに意識を集中して、その日は夜を過ごしたのだった。
良かったら、今後もお付き合い頂ければ幸いです。
コメントとか貰えたら、是非今後に活かしていきたいです。