肩ドン☆当たり屋
俺は当たり屋歴6年のベテラン当たり屋だ。
稼いだ額は1000万にのぼる。
当たった人数は99人。
今日は記念すべき100人目だ。
仲間内でついた二つ名は当たり屋弁慶。
ほらほら今日もやってきたぞ、絶好のかもが!
俺はよくそいつを観察した。
上品な格好をした二十歳くらいの女だ。
ふふっ、おどおどしている。これはうまくいきそうだ。
俺の6年にもわたる当たり屋生活で培った勘がそういった。
フン!かわいいがしかし!残念だったなぁ!俺に目をつけられたのが運のつきだ。あばよ!
俺は一歩前に出た。
ドン☆
俺と女の肩が触れる。
「いってええええええっ!」
俺は叫びながら倒れた。
「折れてる!絶対折れてる!」
チラッと女の方をみる。
女は相変わらずおどおどしている。少し涙目になっていた。
泣いても無駄だ。これでもうお前の家の金はもう俺のものだ!
「……これは……もう……慰謝料………」
痛がっているふりをしながらさりげなく呟くと、女がこっちに話しかけてきた。
「何円……ですか……?」
「骨折代金だから…60万くらいだ…」
その言葉を聞いた途端、女は泣き出した。
もう落ちそうだな。フィニッシュをかけるか。
そう思いながら俺は最後の言葉を放った。
「払えないなら……裁判に……」
「!!??」
女はうろたえた。
終わった!
俺は確信した。あいにくここらには俺の息がかかった医者が数人いる。
さあ!これで記念すべき100人目だ!ククク、フハハハハハハッ!
「ふぇっ……ぐすっ……」
女は涙を流しはじめた。
だから言っただろう!泣いても無駄だとな!ほうら、さっさと払うと言え!
俺が女の払いますの一言を待っていると、女は口を開いた。
「今日……母親の内蔵移植手術のお金を払う日なんです……。やっと……前払金が……ぐすっ……できたと思ったのに……、こんなことになるなんて……ぐすっ……」
はっ!命乞いか?俺にそんな手が通じると思うなよ!
「でも…俺の肩も折れてるから…」
女は言葉に詰まった。
残念だったな!貴様はもう俺の掌の中にいるんだよ!
ん?いやまてよ?
ひょっとすると、母親の所に行って金を要求した方がもっともらえるのではないか?
ククク…ッ!名案だ!60万どころか100万くらいは引き出してやろう!
「もし今払えないなら…俺を母親のところに連れていけ…。そこで母親と話をつけよう…」
「母のところにくるんですか!?そんな!母は病気なんですよ!?」
「なら、今お前は金を払えるのか…?」
「くっ…!」
女は少し俯き、そして顔を上げると言った。
「わかりました。では母のところに案内します」
病院はボロかった。
そこらじゅうにヒビがはいっていて、蜘蛛の巣が天井にいくつもある。
患者はあまりいないようだ。俺たちが女の母親の病室につくまで、誰一人として患者に会わなかった。
病室の前につくと、俺は自分の肩を押さえて痛がる演技をしつつ女に聞いた。
「おい…本当にここであってるのか?全然…人がいないみたいだが…」
「大丈夫です。ここは確かにボロいですが、腕のいい医者がいます」
「そうか…」
「では入りますよ」
「わかった…」
コンコン。
女が高宮と名札が張ってあるドアをノックすると、中から怒鳴り声がした。
「娘さん!今入ってこないでください!」
一瞬女は驚くと、勢いよくドアを開けた。
「お母さん!」
中では医者や看護婦たちが忙しく動きまわっていた。
女は母親に駆け寄ろうとする。
「おい!娘さんを押さえておいてくれ!」
「お母さん!」
看護婦が女を外に押し返す。
看護婦がドアより外にでると、彼女はドアを閉めた。
「すみません高宮さん。発作が起こってしまって落ち着くまでは面会できません。一段落ついたら知らせに来ます」
そう言って看護婦はドアの中に入っていった。
女は長椅子に座ると顔を伏せて泣き始めた。
肩のことを強調しようか迷ったが、俺も黙って座ることにした。
1時間半くらいそうしていると、唐突に女が口を開いた。
「お母さんは今まで女手一つで私を育ててくれました」
「父親…は?」
俺が未だに肩を押さえて聞くと、女が答えた。
「お父さんは、私が5歳の時に女の人を作って出ていきました。親戚もみんな数年前に他界しました」
「ほう…」
「だからもう私にはお母さんしかいないんです……。お母さんが死んだら私はどうしたら……!」
「…………腎臓移植はどれくらいするんだ…?」
「全て合わせて…1100万だそうです…」
「そうか…」
俺はそれ以上何も言うべき言葉が見つからず、黙っていた。
女もそれきり何も言わず、また顔を伏せて泣き始めた。
さらに30分くらいたった頃だろうか。
ドアが開いた。
中から医者が出てきた。
女は医者に飛び付くと問い詰めた。
「お母さんは!お母さんはどうなったんですか!」
「娘さん、落ち着いてください。大丈夫です。意識も回復しました」
「はぁ……よかった……」
「しかし早急に腎臓を移植する必要があります」
「………」
「会っていかれますか?」
「はい…」
女は病室に入っていった。つられて俺も病室に入る。
「お母さん……」
女がベットの脇にしゃかみこむと、女の母親はうっすらと目を開けて彼女の頬を撫でた。
「ねぇ……葵……?私のことはもういいわ……。それより……あなたはあなたのことをしなさい……」
「いやだよ!お母さんは今まで私を育ててくれたじゃない!なら今度は私がお母さんの世話をする番よ!」
「お母さんはね……あなたが幸せになってくれることが……一番の幸せなの……」
「そんなの……そんなのだめだよお母さん!私は別に幸せにならなくたっていい!でもお母さんは今まで私のために苦労してくれたじゃない!夜一人で泣いてたことも私知ってるんだから!だから……私……私……!」
女は堪えられなくなったのか、ベットに顔を埋めてまた泣き出した。
ふと、俺の存在に気づいたのか女の母親が話しかけてきた。
「あら……?そちらの方は……?」
その言葉に女がはっとして顔をあげる。
「お母さん実は━━━━」
「あれー?今、肩が痛くなくなったなー。これもしかしたらなおったかもしれないなー」
「え?」
女がきょとんとした。
「いえ実はですね?私は娘さんに言われてあなたの手術料を払いにきたんですよ。ということで、はいこれ」
俺はクレジットカードを女に渡した。
「あまり私がここにいるのもあれですから、あとは親子二人でこれからのことについてでも話し合ってください。では」
そう言い残して俺は病室を出た。
記念すべき100人目に今ある財産全てを渡すとは、とんだバカ話である。
だがこういうのもいいじゃないか。
たまにはいいこともするのも悪くはない。
俺は善行をしたという快感に浸りながら、病院を後にしたのだった。
私は当たり屋の男が出ていくのを確認してから、みんなに合図した。
「フッ……フフフッ!アハハハハハ!なにあいつ!まんまと騙されてやんの!アハハハハハ!」
私は可笑しくなって床をバンバン叩く。
私がお母さんと呼んだ彼女も堪えきれなくなったらしく、ベットの上でバカ笑いをしていた。
医者や看護婦の格好をした仲間も、今や笑い声をあげている。
「あいつバカだろ!ハハハハハハッ!可笑しすぎて笑いが止まらねえ!駄目だっ!苦しいっ!ふふっ…ハハハハハッ!クレジットカードありがとうよっ!アハハハハハッ!」
「最後のあのいい人ぶりっ!あれは伝説だわっ!「あとは親子二人でこれからのことについてでも話し合ってください」だってーっ!アハハハハハッ!」
「大体、こんなボロい建物が病院のわけねえだろっ!アハハハハハッ!」
みんなひーひー言っている。
その日は一晩中、建物の中では笑い声が止まなかった。