私は異端で奇特なる運の持ち主
既に賑やかな市場のようなところを歩いていた。何故か端を歩いていたが、至るところで様々なものを販売しているのを見て、私は目移りしながら危なげにふらふらと歩いていた。転びそうになる度にフユが助けてくれたけど。
そして、ふと思ったことがある。
「……あれ、」
「うん?どうしたの?」
「いや、そう言えば、どうして名前を忘れちゃったのかなって思って」
私は何故名前を忘れたのだろう。皆、名前を何故忘れるのだろう。
フユは口の端をくいっとあげて、返事を返した。
「未練を残さないためだよ」
「え、」
「名前はね。古来から呪術にも使われる程大事なものなんだよ。名前には力がある。力のある名前を忘れることで、現世の未練も忘れ去るんだよ」
ゆっくりと歩きながら、ゆっくりとした口調で話すフユ。
……でも、待って。『未練を残さないため』?それは、おかしい気がする。
「でも、さっきは強い未練とたくさんの良心があれば、生まれ変わることが出来るって、」
「言い忘れたけど」
私の言葉を遮って、フユは話し続けた。
フユはこちらなんて見ずに、淡々と話した。
「『生まれ変わる』のはねぇ、異端なんだよ」
「え」
「さっきも言ったけど、名前は皆忘れる。現世に未練を残したとしても、忘れ去るために。…けど、たまーに、名前を忘れてもね、未練が強過ぎて、もしくは思い出が詰まり過ぎて忘れることが無い者たちがいるんだよ。そんな彼らが、生まれ変わる権利を有する」
もう一度言うけれど、これは本当に稀なんだ。だからこそ、『異端』なんだよ。
フユはそう繰り返して、ゆっくりと振り返った。口元を微笑ませたフユが、言葉を紡ぐ。
「ここに来た時、言ったでしょ?キミは変わってるね、他とは違うって。…キミは『未練』がある。生まれ変わるという権利が与えられる。それを含めて、ボクは言ったんだよ。…ま、権利って言っても、良心の具合によるけどね」
フユの微笑みが、何故か歪んで見えた。なんでだろう?…フユは、生まれ変わることに反対なのかな。…そうなのかもしれないな。
私は、やっぱり生まれ変わりたいけれど。
フユはまた前を向いて歩き始めた。私はちょっと重くなった空気をどうにかしたくて、違う話にしようとした。
「どこに向かっているの?」
「んー、日本でいう、閻魔様の所だよ」
フユは普通に答える。さっきの空気が散る。私はほっとしたけど、フユの言葉の意味を理解して固まった。
「え?!閻魔様…?!!」
「そー。ハデス様とも言うかなー」
「で、でもさ…?!ほら、閻魔様って、ハデス様?とはなんか、イメージって言うのかな、着ているものとか、いろいろ違くない?」
するとフユは「あー」と頷いてから答えをくれた。
「ハデス様には姿が無いからね。いや、あるんだけど、仕事の時は相手の想像する姿で現れるからさ」
なるほど、なら私の場合、昔話とかで出てくる黒髪黒ヒゲのぎょろ目なとてつもなく大きい中国風なオジサンなわけだね。
…フユ、ちょっと漏らすかもしれないよ…。
「…冗談だよ。ハデス様の趣味でたまに変わるんだよ」
フユでも冗談なんて言うんだね!とってもびっくりしたけどね!
私は後ろからフユを睨みつけた。
「あ、あの建物だよ」
「あれ……?」
「そう」
私が睨んでいる間に着いたらしく、フユはある建物を指さした。
その建物は門の白い柱に似ていた。というか、素材は同じかもしれない。
「ハデス様ー、新しい子連れてきましたよー」
「えっ何その紹介」
キャバクラのような……と思いつつ、フユについてどんどんと奥に進んでゆく。
ついた場所はやはり白かった。そして、どこか見覚えがあり、直ぐに分かった。
…あ、これ、裁判所だ。教科書でよく見たな。
「死神、相変わらずだな」
「いやだなぁハデス様、それ嫌味ですか?」
「!」
話し声がして驚いた。…裁判長が座るところに、その人はいた。
フユを上回るほどの『白』。オールバックにした髪は白と言うよりむしろ透明に近く、肌は透けるように白い。下の青い血管がよく分かった。目は刃物のように鋭く、乳白色をしていた。しかし着ているものは高そうな黒いスーツだった。
二人が話すまで気付かなかったけれど、いると分かった瞬間から、凄い存在感がある。
私は萎縮してしまって、肩をすくませて縮こまってしまった。ぎりぎり立っていたのは目の前にフユがいたからだ。
そんな状態な私に、何故かフユは話を振ってきた。
「ほら、ちょっと、ナツおいで」
……今ハデス様ぴくって眉動かしたから名前呼ばないでお願い呼ばないでえええええええええええ!!!!!!
私の心の叫び虚しく、フユは名前を連呼した。
もちろん、私を前に押しやりながら。
「この子が未練ある子ですよー。ナツって呼んでます。ナツは…えーっと?第11世界の子ですねー」
「……ほう、未練が…」
「家は11番地でいいんですよね?」
「あぁ。………ナツ、と言ったか?娘」
ハデス様が私に話しかけてきた。私はきっと青い顔をしていたけど、きちんと目を見て返事をした。
「はっはいっ」
「…お前は奇特なる運の持ち主だ。良心を積め。望むモノに生まれ変わることが出来るかもしれんからな」
「はいっ」
「………ふむ、前科もなし。死神、連れて行ってよし」
ハデス様は私にそう話し掛けると、フユに合図を出し、私は緊張でカチコチになりながらもフユに連れられてその建物を出た。
「良かったねーナツ」
「は、は…?!緊張しまくったよ?!」
何がよかったのかわからないよ!!私はフユを困惑げに見つめると、フユは面白そうに笑って言った。
「ハデス様がナツに応援したからだよ」
……確かに、応援ぽかったかもしれないが。どちらにしろ私にとってそれ程重要じゃないかな。
良心を積めるか、まだわからないもんね。
私はちょっとだけ笑って、その話を終わりにした。
「さて、じゃ、次はキミの家だね」