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OUT BURST  作者: 祭坊主
5/21

フィケル

少し長めです。

 国家派遣魔導師とは、民間に依頼された国務を、自ら現地に赴き遂行する魔導師の役職を指す。それは道路開発であったり、自然事故の修復であったり、貧しい村の救済であったりした。実質国を侵略した事になった魔導師であったが、彼らの中にはどうもデスクワークというものに向いた者が少なく、そういう奴らは仕事という仕事をする機会に恵まれなかったのだ。だから、という理由づけでも良いのだが、もっともな答えとしては、何よりそこに『信頼』を求めている事を挙げるのが好ましいだろう。

「本当にここを登ってきたのか、お前は」

 アレスは、ずいずいと先導するレミを追いかけて、下山していた。

「はい。あの時はとにかく水を見つけようと必死だったから」

 昨日の疲労を忘れさせるような陽気で、明るい声に、アレスはレミの本質的な部分を見つけた。弱っていなければ、本来彼女はこういう奴なのだ。

 もう、地面を蹴って飛び立った方が早い上に安全なのでは、と思えてしまう程の岩の滝。踏めば崩れる箇所があり、その角度はおおよそ歩いて登る、などという事は許さないだろうと、アレスは思った。杖を第三の足として使用し、なんとか体を下へ下へと移動させる。

「ここは、近道なのか?」

「私が知る限りは、水脈へたどり着く一番の道だと思うのですが、昨日はどこで道を間違えたか、湖に着けなくて……ハハ」

 恥ずかしそうに照れ笑いする彼女の顔を、後ろを付くアレスは見られなかった。彼の足が、少し早くなり、追いついて、横に来ようと、無駄な努力をしてみる。

「いずれ水を導く事になるのだ。その湖を見ておきたいのだが、道が分からないとなれば仕方が無い。先ずは村へ向かうとするか」

 二人は、麓へと降り立った。

 山を挟んだこちら側は、また違う雰囲気があった。農地こそ広がってはいないが、自然が多く残り、広々とした平野はアレスに山を越えてきた達成感を与える。ただ、一つ異なる点は、春になったばかりというのに青い植物が見るからに乏しい所であった。もちろんちらほらと林や森の陰は覗いているものの、その数は両手で数えられるほどしかない。水不足というのは、広い範囲で被害をもたらしているらしかった。

アレスたちが望む方向、東は遠く海に行きつくのだろうが、その前にはばかったもう一つの山脈。要するにこの土地は二つの山脈にはさまれた、言わば盆地に似た状態にあるのだ。こうなれば成る程、海からきた雲や湿った風は山に遮られ、さらに乾燥した空気は山に囲まれてなかなか逃げない。乾燥もするわけだ。

 アレスは納得して、再び歩き始めたレミに続いた。気温は次第に上昇し、彼女はローブをアレスに返し、さらに身軽な格好で意気揚々と歩いている。

「村までは、あとどのくらいだ?」

「もう目と鼻の先です。だけど……」

 レミの声が、ほんの少し曇った。アレスは気になり声をかける。

「何か、問題でもあるのか?」

「いえ、その、大変申し上げにくいのですが、魔導師様が村に着いた事は村民に知らせたくないんです」

「事情が読めないのだが……?」

 アレスは単純な疑問を抱いて、理由を問うた。

「実は……」

 レミは、立ち止まってここに来るまでの経緯の『本当』を話した。


 フィケルという名の村は、古来、魔導師が一般的になる前から、巫女や預言者といった神職の者が多く居る土地だった。それ故寺や神社などが今でも数多く残り、厚い信仰が寄せられていると言う。そして、ここからはこの土地に限られた話ではないが、そういう神職の者達を、魔導師は差別的に『奇術師』や『魔術師』などと名付け呼んだ。力の無い偽りの魔を操り、人を無為に魅せる道化師に過ぎないと、そういう意味がその名前には込められていた。つまりは、本物の登場によって立場を無くした哀れな者なのだ。多くの魔術師が、その職を手放し、その信仰から逃げた。だが一部は、未だ自らの力を信じて疑わずに信仰を集め続けている。

 魔導師は魔術師を偽物とし、魔術師もまた魔導師を偽物とした。どちらを信じるかは、生まれた地域の教育に由来する。

 つまり、魔術師に縁の深いこの土地では、魔導師が偽物たる十分な教育がされてきたという事らしかった。村民は長老を初めとする巫女や預言者を信じ、崇め、敬う。同時に、滅多に訪れる事の無い異界の虚像として、魔導師を疑い、蔑み、忌むのだ。

「そんな所に、白昼堂々現れれば、連れてきたお前の身が危ういという訳か」

「いえ、私というよりも、魔導師様が……」

 二人は、再び歩き始めていた。

「それよりレミ、そんな土地に生まれ育ったお前が何故俺を呼ぶに至った? 行動を起こす事は愚か、考えを持つ事すら本来ならあり得ないと思うが」

 アレスが前を行くレミの背中に言葉をかけた瞬間、それを聞いたのか聞いていないのか、振り返ったレミは意味深に微笑みながら、左手で目の前に広がるのどかな村を示して言った。

「ようこそ、ここがフィケルです」

 盆地の中でも、また一段と陥落した土地だった。周りを岩に囲まれたまるで開拓された鉱山の中心に、家を設置したかのような、そんな村だった。中心にそびえる巨大な塔が、おそらく長老のような人物が居る村の重要な建物なのだろう。そしてその塔を囲むような円形の層をいくつも形成するかのように、レンガや鉄筋で作られた素朴な家屋が何十も並んでいる。アレスが立っている場所からはその村の様子が一望でき、低く、小さく、広く広がっているその風景は、彼にある種の征服欲を駆りたててならなかった。

「いやはや、驚いた。村というからにはそれなりの小ささを想像していたのだが、これだけの規模ともなれば最早市街と称してもなんら誤りの無い程だろう」

 圧感するアレスを横に、レミは小さく笑って、故郷を褒められた事に礼を言った。そしてそのまま彼を導き、村へ下りる坂へと案内していった。

 水不足の村、という報告からアレスが想像していた様子は、枯れ切って活気の無くなった貧相な風景だった。だが村は、そんな予想を一時忘れさせる程のものだった。正体が知られてしまうがために大通りこそ歩けなかったが、脇の道を歩くだけでも、その村全体の華やかさと、陽気な雰囲気を感じる事が出来た。

 暖かい赤色をした屋根の家屋の合間を、流れるようにして足元をくすぐる石のタイル。どこか広場で演奏しているのだろうか、聞こえてくる上機嫌な弦楽器の音色は、山から降りたために一層高くなった空へと舞い上がっていく。路地裏を駆ける子供たちと、大通りでやっている市場の商人の大声。うるさいとまで感じるそれら全ての風景は、アレスに先まで自分が居た山、林、岩場、水辺、農地、と言った環境を忘却させた。人工的でありながら、どこかに暖かさを隠し保つそこは、まるで自分を迎えてくれているかのようだ。――故郷にも似たその土地に包まれて、ほっと息を吐き出しながら、アレスはそう思った。

「魔導師様」

 中央通りから外れて、路地を二、三曲り、裏道をしばらく歩いた所で、レミに呼びかけられ、ようやく我に返って振り返るアレス。

「ここになります。足元にお気を付け下さい」

 案内されたのは、小さな酒蔵だった。半地下に造られたその建物の、さらに床の板を一枚開けると、そこからさらに地下への暗い道が続いていた。

「随分と、監視の目は厳しいと見えるが」

 低い天井に圧迫された狭い階段で、先行くレミに声をかけるアレス。

「ええ。この村は住民が少ないですから、情報が回るのが早い上、地上で密会などしようものなら、窓越しに隣の家から隣の家へ、女伝いにすぐ長老たちへ知られてしまいます」

 レミは、どこで回収したのか懐から小さな鍵を取り出し、目の前の木戸に差し込んだ。木と木が擦れた音と同時に、その扉の奥の部屋がアレスを歓迎した。

「ん? レミじゃないか! お前一人で水を汲みに行くと言ってまた勝手に……」

 酒蔵の延長線上を脱しきれていないのだろう、数多くの蒸留酒が並んだ棚に囲まれた空間は、地上の部屋に比べると、やや狭く感じられた。だがそこにいる五人という人数の少なさ故、それ程の圧迫感と密度とは感じられなかった。その内、一番手前の、椅子に座っていた男性がレミを見て声を発した。見るに、レミと同年代と思える顔立ちだ。驚いた様子で大きな声を出していたが、背後に立つアレスの存在気付き、言葉を止めた。

「ま、魔導師様……なのか?」

 口を開けたまま、ゆっくりとレミに確認する。部屋の中に居た残りの四人も、座っていた者は立ち上がり、壁に寄り掛かっていた女性も直立して食い入るようにアレスを見た。

「うん」

 レミが笑顔で、小さく、しかししっかりと力強くうなずく。と同時に、その五人は向き合って叫び、抱き合って喜んだ。

「静かにしないと! また気付かれちゃう!」

 レミが止めるまで彼らはお互い手を握った状態で輪を作り、ぴょんぴょんと子供のように飛び跳ねていた。ようやく動きを止めると、皆アレスに頭を深く下げた。

「こんな遠い田舎まで、わざわざお越しいただいて、本当にありがとうございます。是非今日は旅の疲れを癒してください。こんな状況故、大した歓迎が出来ない事を、申し訳なく思うばかりであります」

「いや、問題ない。話は聞いた。魔術師と魔導師との間で生じる幼稚ないさかいは、一方が滅びぬ限り永遠に付きまとう呪いのようなものだろうに。巻き込まれたお前達は、断じてそれを謝罪する側に立つべきではない。今夜一晩、横になれる場所さえあれば、明日には工事の完成を約束しよう」

 アレスは優しく笑い、だがそのフードは、しっかりと顔を覆い、極力視線を下へ向けた。

「お言葉、もったいなく頂戴します」

 未だ堅苦しい口調が壊れないのを、アレスは少々不満に感じたが、自分の立場上それは仕方が無い事なのだな、と思いながら荷物を置き、腰を据える椅子を用意してもらった。

「お姉ちゃん!」

 同様に椅子を用意してもらったレミに、駆け寄る若い娘がいる。レミよりも幼い容姿ながら、どこかに彼女の面影を覗かせる顔と、その言動がアレスに二人の関係を悟らせた。

「ルミ、ただいま」

 今まで張りつめていた疲労と緊張の糸が切れたのか、椅子に倒れるようにして座り込んだレミが、小さく笑う。

「良かった……心配してたんだよ?」

 肩に届かない程の短い髪型をしたレミと比べ、ルミと呼ばれた彼女の髪は、結って背中を左右に分かつ程の長さがあった。長さこそ違えど、そのつやに目を奪われる漆黒は、やはり同じ血を感じざるを得ない。レミの前で膝を下り、顔をうずめるようにして抱きつくルミ。レミは彼女の頭を優しく撫でた。

「ごめんね」

 アレスは、二人の空気をなるべく壊さないよう、自然に話しかけた。

「妹、か?」

「はい。五つ離れていますが」

 そうか、とだけ吐き出して、アレスは黙った。

「魔導師様、すぐで申し訳ありませんが、早いに越した事は無いと思いまして。村を含めたここ周辺の地図です。水脈や川なども書きこんでありますので、ご参考までに」

 先程の若者が、アレスに一枚の紙切れを手渡す。それを確認しながら、視線を横の若者に向ける。

「あー……えっと、お前、名は何と言う」

「トラスと申します」

「トラス、この地図を見るに、地下の水脈は上手く通っているようだが、これは古いものなのか? それとも何かの理由で、これが埋まった故の現状か?」

「埋まった、という表現では誤りを含みますが、実質それと同じです。その地図にある水脈は、完全に使えません」

 その言葉によってうつむいたのは、発言者であるトラスに限らず、その場に居た者達全員だった。

「事情を、聞かせてもらおうか」

「はい」

 トラスはおもむろに、レミの方を見た。そこには、覚悟を決めたようにうなずく強い女性の姿がある。それを確認したトラスは、視線を落して話し始めた。アレスも、ただならぬ事情を察して、その話に耳を傾ける。

「この村は、魔術師の力が強い地域の一部故、諸々の決定権は中央部にある『儒式塔』に委ねられます。市場での売買可能商品や一年間の農作計画に始まり、村民一人一人の婚姻まであそこで審議、議決される事により決定します。……と、言っても実際の所は権力を持った一部の者達、『長老会』と呼ばれる五、六人の老人共の独断ですが」

「成る程、地方独特の『伝統的な』風潮だな」

 国の権力が届きやすい都市に比べ、離れた田舎や未開発の土地では魔術師の力が残りやすい。それは、宗教というものの特徴とも呼べて、大体のそういった地域の特徴として、年老いた一部の老人や老婆に権力が偏っている事があった。彼らは、長老、という字からおよそ推測できるそのままの形をしているのだ。

「はい。そしてその地図からもお分かりになる通り、この地域は、川が近くを通っておりません。ですので水源のほとんどがその地下の水脈を頼みにしていたのですが……」

 トラスがここまで言いかけて、アレスは大体の事情を理解した。そして、フードの上から頭皮をぽりぽりと二、三度掻いた。

「厄介だな」

「……水脈は、全て長老会が掌握しております。底を尽きた、という情報はおそらく真実でしょう。問題は、新たな水源の確保なのです」


ルミの出番はこれで終わりです。

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