第四章 リリとハスナ
漆黒の翼を羽ばたかせて丘へと向かおうとしていたリリは、変形した自分の手に握られている少年に目を向けた。
気を失って、ぐったりとしている。
(強く握りすぎた。脆い)
困ったように眉をひそめながら、森の上空の一画を通り抜けた時だった。
眼下の一画が、妙に白い色をしていることに気がついた。月の光がそこだけ強く反射しているので、かなり目立った。
「……」
気になって降りてみると、たちまちリリの身体があわだつ。
「なに、これ」
そこだけ、別世界のように寒い。
あたりの木々には、皆、白い霜が降り、場所によっては氷にすっかり覆われてしまっている木もあった。
風が冷やされ、身体にあたると何かに刺されたかのような、痛みが走る。
(……ハスナ?)
寒さの中心に、首の所まで凍らされたハスナの姿があった。
意識はあるが、身動きできずに声も出せない様子だった。リリを見ると、微かに呻きながら、目を瞬かせる。
「いま、たすける」
リリは思い切り空気を吸い込んだ。そして口をすぼめて、息を吐く。
口から炎が吹き出し、一瞬、氷柱を包み込んだ。その熱により、たちまち氷は溶けて消える。
氷の支えをなくして崩れ落ちそうになるハスナの身体を、リリが支える。
「だいじょうぶ?」
「うう、そうでもありませんね。寒いです」
かじかんだ顔を、ぎこちなく笑わせる。その顔色は悪く、息も荒い。
「ほんとうに危ないところでした。顔を凍らされる直前にあの娘が気を失ったのでなんとか助かりました。もう少し遅かったら、今頃は氷の中で窒息死でしたよ」
全身から水滴が滴っていく。ハスナはひどく寒そうに、自分の身体を両手で抱いた。
「ん?」
ハスナはリリの黒く汚れた顔を見ると、少し目を鋭くした。
「怪我をしていますね。だいじょうぶですか?」
「だいじょうぶ」
リリは傷を見られるのを恥ずかしがるように、顔を背けた。
「心配しないで。だいじょうぶ。セウラとかいうやつに、ちょっとやられただけ」
「そうですか……。きみを怪我させるとはね。わたしも、この娘に殺されかけたわけですし」
苦笑に満ちた目を、意識を失っているフリルデに落とした。
「この村のトゥーラは、ただ者ではないですね。力は未熟なのですが。なんというか、心が強い」
「うん」
「ここからも見えましたよ。ものすごい火柱が上がっていましたね。あなたと戦った相手ですか?」
「うん。たぶん」
リリはそのことについては深くは触れず、サソリの手で握っているティルを見せた。
「これを人質にした。あとで、シュレが一人で来るはず」
「シュレ? この娘の言っていた男のことですか?」
「うん。たぶん、あれで間違いないと思う」
「そうですか。なら、人質は多い方がいいですね」
ハスナは背中のバックからロープを取り出すと、倒れたまま気を失っているフリルデを後ろ手に縛る。
「生きてるの?」
「死んではいないはずです。ずいぶんと衰弱してはいますが」
「わかった」
リリはティルを握っていない方の手も、サソリのはさみ状の手へと変化させる。
そして、フリルデを抱き上げたハスナの身体をつかみ、飛び上がった。