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第三章 ユリノ帰還

 森を抜けると、木が一本も生えていない、茶色い土と石ころだけが広がる場所がある。

 そのだだっ広い空間は、月の光にまんべんなく照らし出され、まるで泉のように青白い光に満たされていた。

 以前はここも森の一画であった。それをセウラがトゥルの訓練の最中に過剰な炎によって大火事にしてしまったので、今では広場となっていた。

 ここが村では有名な、《セウラ広場》である。

 昼間ならばセウラのようなトゥーラの卵が訓練に精を出していたり、子供達が遊び場所として駆け回ったりしているが、日も暮れたこの時間には、当然誰の姿も見られない。

 ここを一直線に横切っていけば、住宅地に着く。

 シュレは、眠り込んでしまったセウラを背負って、起こさないようになるべくゆっくり広場を歩いていた。

「ん?」

 広場の半ばくらいまで歩いたところで、セウラが少し動いた。足を止める。

「起きたの?」

「え、うん……。シュレ、降りるよ」

「いいよ、そのまま眠っていて」

 未だ疲れの抜けていないその声を聞いて、自分で歩けと言えるほどシュレは残酷にはなれなかった。

「家におくってあげるからさ。ここまで来たら、同じ事だし」

「ありがとう。ごめん。ほんとは死ぬほど疲れてるんだ。シュレが来てくれなかったら、死んでたかもしれない。でも、どうして、あんな所に……」

「いつも、剣術の訓練してるんだ。僕は、トゥルがつかえないからね」

「……」

 返事は、寝息だった。また、眠ってしまったようだった。

 シュレは微笑んで再び歩きはじめた。が、ふと妙な気配を感じて、再び立ち止まった。

 森のほうへ振り向いた。

(なんだあれは……)

 目を凝らす。何かが、飛んでいた。巨大な翼が羽ばたいている。

「鳥か……?」

 そう呟きはしたが、鳥でないことはすぐにわかった。

 翼のシルエットこそあったが、それ以外の場所は、人間のそれであったのだ。

 人に翼が生えているとしか思えなかった。

 だが、天使などというロマンティックなものとはとても思えない。ひどく禍々しい、あえて言うのならば、悪魔のようなそれ。

 シュレは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 遠くて、目の動きどころか顔すらも判別は出来なかったが、それでも、見られていることだけはわかった。

 セウラを地面に下ろして、風よけのマントをその身体にかけた。

「セウラ。少し我慢してて」

 腰の剣の柄に手を当て、それがやってくるのを待ちかまえる。

 森からやって来たその鳥人は、シュレの眼前に降り立った。

 地上に立つと、闇によくなじむ漆黒の翼は、身体の中へと消えた。

「おまえは……」

 眠たげな目の奥に、鮮烈な紫色の光を宿した少女だった。

 シュレのその顔が、青ざめていく。

「リリ。わたしの名前」

 少女は顔を突き出して、シュレの顔を見上げる。

「わたしと同じ、紫色の目をしている。おまえの名前、なんて言う?」

 シュレは、答えずに後じさった。

「言ってくれないの。でもたぶん、シュレ」

「なんだと……!?」

 シュレは露骨に目をまるめた。

(なぜ、知ってる)

 リリは不気味に微笑んだ。

「おどろいてる。やっぱり、さっきのヤツの言ったとおりシュレだったんだ」

「さっきのヤツだと」

「その目、わたしと同じ」

「だまれ!」

 シュレは剣を振り上げる。リリは悲鳴を上げて飛びすさった。

「消え去れ!」

「去らない。わたしはおまえを『もらいに』来たのだから」

「去らないのなら……」

 剣を構え踏み込もうとする。が、不意にリリの視線がシュレから逸れたのに気がついて、思わず足を止めた。

 リリの視線の先を、横目で見た。

(セウラ……)

 セウラが立ち上がっていた。ぼうっとした目で二人に交互に視線を送っている。

「シュレ? その人は?」

「ふふ」

 リリは微笑と共に左手を振り上げた。

 シャー! 耳を刺すような奇声が上がった。リリの腕が、巨大な蛇の姿へと変貌したのだ。

 蛇は真っ赤な口を開き、鞭のような勢いでセウラへと首を伸ばした!

 銀色のキバが、月明かりを浴びてギラリと光る。

「うぁあ!」

 思いがけぬ不意打ちに、セウラは思わず両手で頭を抱えた。

「セウラ!」

 シュレは剣を投げ出し、セウラの前に飛び込んだ。

「うぐっ!」

 ヘビのキバは、盾となったシュレの肩口に深々と突き刺さった。

 セウラの悲鳴が木霊する。

「だいじょうぶ? セウラ……」

 シュレはセウラの無事を確認すると、安心したように微笑んだ。

「シュ、シュレ!」

 リリは眉をひそめて蛇を引っ込めた。支えをなくしたシュレの身体が、崩れ落ちる。

 セウラはすかさずその身体を抱き上げた。牙を受けた左肩から鮮血があふれ出している。

 身体はひどく痙攣していた。呼吸音もおかしい。

 それは、あきらかに出血や痛みから来る苦しみかたではなかった。

「毒……」

 セウラは顔を青くした。毒を吸い出そうと傷口に口を当てようとするが、

「だめだ」

 シュレは身体をねじってそれを拒んだ。

「そんなことしたら、口が腐る」

「で、でも! シュレが死んじゃう」

「逃げろ。きみは、逃げろ……」

「バカ! 逃げられるわけないだろ、死んじゃうよ!」

「シュレを、渡して」

 リリが近づいてきて、右手を差し出した。

「おまえ、何者だ!」

「リリ。私の名前」

「どうして、どうして……」

 セウラはシュレをいったん地面に置くと、守るようにしてその前に立った。

「どうしてシュレにこんなひどいことをした!」

「別にシュレにやったつもりはない。おまえにやったつもりだった」

「おまえ……!」

「どいてよ」

 リリの右腕が変形した。今度はサソリのはさみのような形となり、セウラにめがけて伸びる! が、

「熱っ!」

 腕がセウラの身体に触れようとしたとたん、リリは呻いて腕を引っ込めた。

 セウラの身体の周りに、真っ赤なリップルがたゆたっていた。それが炎の壁へと変質し、リリの手を焼いたのだ。

 セウラはものすごい形相で拳を振り上げた。握った拳から、炎があふれ出す。

「殺してやる!」

 炎があふれる拳を、殴りつけるようにリリに振り下ろす。

 拳を離れた火球が、一直線にほとばしった。

「うぁ!」

 それはリリの胸に直撃し、小爆発を起こした。身体は吹き飛ばされ、潰れたように地面に落ちる。

 気を失ったのか、倒れたままリリは動かなくなった。

 だが、セウラの激情は収まりはしなかった。再び拳を振り上げ、猛烈な炎を発生させる。

 いつもはどうにか制御しようとしていた力を、思い切り解放した。

 炎は上空高くにまで伸び上がり、広場を真っ赤に照らし出す。

 ほとんど炎の柱といってもいい。冗談のように巨大な炎の剣であった。

「死んじまえぇ!」

 それをリリへと、振り下ろそうとした。

「セウラ」

 その時、とがめるようにシュレの手がセウラの足をつかんだ。

「やりすぎだよ……」

「なにが!」

 血相を変えてセウラは振り返った。

「こいつはシュレを殺そうとしたんだ! 許せるわけないだろ!」

「でも、だめだ……。セウラ」

 つかれた声を精一杯振り絞って、シュレは言った。

「ユリノさんに、いつも言われてるだろ。許可なくトゥルを使っちゃだめだって」

「そんなこと言ってる場合か!」

「頼む、やめてくれ……。きみの力はすごいんだ。その力を使えば、人なんて簡単に殺せてしまう。だから、どんなに辛くても、怒りのままに力を振るっちゃいけないんだ。そんなことになれば、悲しむのは、きみなんだから……」

「だけど!」

 セウラは納得しなかった。

「でも、それじゃあシュレが! あいつのせいでシュレが!」

「あいつを殺しても、同じだよ」

「だからって許せないよ!」

 セウラの顔は、相変わらず怒りにゆがんでいた。

「安心して、ぼくは、だいじょうぶ、だから……」

 怒りをたしなめるかのように、シュレは無理に微笑みを作った。

 それが、最後の力だった。足をつかむ腕が、落ちた。

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