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第一章 ユナリス村のトゥーラ

 ヴォワ! 村のはずれの森の中から、すさまじい炎の柱が上がった。

 その火柱は一瞬空高くにまで伸び上がり、夜の村を束の間、炎の色で照らし出した。

 森の中にある一本の木が、ものすごい勢いで燃え上がっていたのだ。

 火の粉がいまにもほかの木に燃え移りそうな勢いで、散っている。

「あ、あああ〜」

 その、火を付けた張本人が、燃え上がる木を目の前にして、あわわ、あわわとあわてていた。

 癖の強い短髪の赤毛が風に揺れ、大きな瞳は、眼前の炎にも負けないほどに赤い色に輝いている。

 半袖のチュニックを腰のベルトでしっかりと結び、動きやすそうなキュロットズボンを履いた、見るからに活発そうな娘であった。

 彼女の名は、セウラという。

 このユナリス村や周辺の村々には、リップルを自在に操る事の出来る者達が住まっている。

リップルは人の心に敏感に反応する物質であり、訓練することによって、念じたことを具現化させることもできるのだ。

 人はそれを利用し、リップルを炎や氷を初めとした様々な姿へと変質させたり、操ったりする技術を作り出した。

 そうやってリップルを操る技術のことはトゥルと呼ばれている。

 そして、そのトゥルを使う者達のことは、トゥーラと名付けられていた。

 セウラはトゥーラの卵であり、今はまさに修行の真っ最中だった。

「ルルナ、どうしよう〜」

 セウラは背後で控えている小柄な娘に振り返った。

「がんばって〜!」

 ルルナと呼ばれたのは、全身をゆったりとしたトーガに身を包んだ、小柄な娘だった。

小さい顔の上に、ちょこんとのった鼻。口の周りには、かわいらしいえくぼ。

 背中の辺りにまで、目の覚めるような美しい金髪が流れている。

 見るからにおっとりした穏やかそうな娘は、目の前の豪快な炎にもまったく緊張する様子もなく、暢気にセウラの様子を眺めている。

「せぇちゃんなら、消せるよ。ゆっくりやればだいじょうぶだから。まだユリノ先輩も帰って来てないから安心して」

 ユリノとは、師匠亡き後、彼女たちの師匠代わりになっている姉弟子のことである。

 彼女は、自分の目の届かないところではトゥルを使ってはいけないと、セウラに堅く言いつけている。

 ルルナ達にはそのような言いつけはされていない。

 なぜセウラだけ使ってはだめなのかといえば、トゥルの扱いが極めて下手だからだ。

 炎の加減に失敗して、森の一画を大火事にしてしまったこともある。

 その時は、師匠や村人達の尽力によりなんとか炎を食い止めることが出来たが、それ以来、絶体に師匠やユリノの目の届かないところでトゥルは使うなと、念を押されているのだ。

 ちなみに、その燃えた森の一画は草木一本生えない荒れ地と化してしまったので、村人が仕方なしに開拓して、今では広場になっている。

 広場の名称は、《セウラ広場》。

 無論、正式名称ではなく、誰かが勝手に名付けたものだ。

 セウラは絶体に認めようとはしていないが、村ではすでに定着してしまっている。

 それはともかく、セウラはトゥルの扱いが下手な上に、自習も出来ないとあって、ルルナたちに比べるとすっかり落ちこぼれてしまっていた。

 それをなんとか挽回するために、ユリノの留守を見計らってこっそり練習をしていたのだが、その結果がこれであった。

「ええと、ええと!?」

 セウラは大あわてで気持ちを集中させようとするが、そうすればするほど、気が散ってなにも出来なくなる。

「精神集中だよ、精神集中」

「うう、ううう……」

 半ば泣きそうになりながら手を振りかざし、念を込めると、炎の周りに薄い氷の膜が張った。

「やっ……!」

 バンザイをしかけた。が、たちまち氷は溶けて消え、炎はあたりまえのように元の勢いに戻ってしまう。

「ルルナぁ〜」

 セウラはガクンと肩を落とし、恨めしそうに振り返った。

「がんばって〜」

 それに対して、ルルナはたのしそうに手を振っている。

「せぇちゃんなら出来るよ」

 その友人の力を信じ切ったような満面の笑みが、セウラには悪魔のように見えた。

「う〜」

 半ばあきらめ顔でセウラは炎の方へ顔を戻す。

「あ、そうだ」

 ルルナはひらめいたようにパチンと両手を合わせた。

「せぇちゃん、目、つむってみて」

「目?」

「うん。そうして、おなかの力を抜いて、おおきく鼻から息を吸ってみて。そうして、ゆっくり吐いてみるの。それを、十回くらい繰り返してみて」

「え……、うん」

 訳がわかっていなかったが、セウラは言われたとおりやってみた。

 目をつむって、息を吸い、ゆっくり吐く。

 最初の二、三回目こそ、それどころじゃないといらついていたが、繰り返すうちに、だいぶ心も落ち着いてくる。

 一通り終えて、再び開かれたセウラの目には、先ほどまでには見られなかった、落ち着きの色が現れていた。

「なんか、いい感じ」

 心機一転。セウラは思い切り息を吸い込み、気合いを入れた。

「ようし!」

 燃えさかる木に向かって、手を振り上げた。

 たちまち、真っ白い氷が炎を取り囲んだ。ビシビシ! と、激しい氷結音が響きわたる。

 炎は消えるどころか凍り付き、一瞬の後には木の形をした氷柱がそこに鎮座していた。

「すごっ!」

 その予想以上のできばえに、セウラは両手をあげて飛びはねた。

「ルルナ、すごいよ! わたしこんなにすごいこと出来たんだ! ルルナのおかげだぁ! もうこれで、フリルデになんて――」

「呼んだ?」

 驚喜に水を差すような冷めた声が、そばにある木の背後から、響いてきた。

「あらあら、セウラってすごいのねぇ。これを自分で凍らせたの。フーン」

「フリルデ……」

 フリルデ、そう呼ばれた娘は、隠れていたのだろう、木の背後から突然姿を現した。

 灰色のワンピースの上に、薄手のケープを羽織っており、細い腕には乳白色のブレスレットが光っている。 

 つり上がり気味の目と、整った鼻梁、頬からアゴにかけてのラインは鋭い。

 ハッとするほど肌は白く透き通り、蒼く濡れた唇は薄い。

 背丈はセウラよりもほんの少し高いが、すらりと伸びる肢体はセウラのそれよりも細い。

 長い灰色の髪は途中で一つに結ばれ、腰のあたりで尻尾のように揺れている。

 氷の剣を思わせるような、鋭い雰囲気を漂わせた娘だった。

「ふぅちゃん……」

 ルルナは少し遠慮した様子で、フリルデに呟いた。

「だからその言い方いい加減にやめてよ。みっともない」

 フリルデは威嚇するようにルルナに目を向ける。

「フリルデって呼んでって何度も言ってるでしょ」

「でも……」

 小さい頃からずっとそう呼んでたんだし。そのほうがかわいいし……。

 ルルナは小さくなってぶつぶつ言い訳していたが、フリルデは気にする様子もなくセウラのほうに向き直る。

「で、特訓の成果があれなわけ」

「……」

 セウラは顔を真っ赤にして、言葉もなく目をそらした。

「さすがセウラね」

「なにしに来たんだよ!」

 さすがにセウラも気がついていた。

 木を凍らせたのはセウラではなく、いつの間にか近くに潜んでいた、フリルデであるということを。

 彼女は今でこそ嘲笑で済ませているが、あとでセウラがいなくなったあとに腹を抱えて笑うのだろう。

 そう思うと、恥ずかしいやら恨めしいやらで、本気で目の前の修行仲間をぶん殴りたくなってくる。

「人の特訓台無しにしやがって!」

「しやがって。下品な言葉ね。お似合いだけど」

「ルルナ、帰ろう。今日は疲れた」

 不機嫌に大股になってセウラは立ち去ろうとするが、フリルデに腕をつかまれる。

「待ってよ。用事があるからわざわざ来たのよ?」

「わたしに用事?」

 セウラは面倒くさそうに振り返る。

「なんのようだよ」

 フリルデは質問にすぐには答えずに、ルルナのほうを見た。

「ルルナ。先に帰ってて。お願い」

「え?」

「二人っきりの、大事な用事なの」

 言葉ではお願いと言っているが、どこか脅迫じみた力がその言葉にはこもっている。

 ルルナは何と返事をしていいのか迷った様子で、目を泳がせていたが、

「お願い」

 と、もう一度念を押されると、「え、うん」と気圧されたように頷いてしまった。

「ちょ、ちょっとルルナ!」

 セウラとってはたまらない。

 こんな森の中でフリルデと二人っきりになったら、何をされることか。

 助けを求めるようにルルナに手を伸ばそうとするが、フリルデはつかんだままの腕を放そうとしない。

「セウラ、あなたはこっち」

「ルルナぁ〜」

 そのままセウラは、森の奥へと引っ張り込まれていった。

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