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第七章 セウラ、その力

第七章 セウラ、その力


 時間は、少し遡る――

 リリが去ってしまった後の西の丘。

 リリの攻撃の衝撃からなんとか立ち直ったユリノに縄を解かれたフリルデは、身体の痛みも忘れて弟を抱き上げた。

 そこに至って、はじめてフリルデは先ほどの激情がちょっとやり過ぎだったことに気がついた。

 ティルの怪我は、ほんのかすり傷だった。出血もすでに止まっている。

 おそらく縛られた状態で放り出されたときに、すりむいたのだろう。

「……」

「あらぁ」

 声もなく弟の寝顔を見ていると、ユリノの間の抜けた声が響いてきた。

 フリルデは顔だけで振り返った。その表情が、一瞬固まる。

 村が、明るかった。

 丘から見下ろす村の一角が、激しい光に包まれている。

「たぶんルルナのトゥルだろうね。がんばってるなぁ、ルルナ」

 ユリノは感慨深げに呟いている。

(ルルナ……)

 光の原因がルルナであることは、フリルデにもすぐにわかった。ルルナ得意の光と風のトゥルを操り、おそらくリリと戦っているのだ。

(セウラのバカが……)

 フリルデは顔をしかめた。

 戦いの嫌いなルルナに戦わせて、いったいどこでなにをしてるのだか。

(まさか、やられちゃったんじゃないでしょうね……)

 ユリノが振り返った。

「フリルデ、わたしはそろそろ行かせてもらうわね。しばらくティルくんとここで休んでて。後で迎えに来るから」

「え、あ、わたしも――」

 行く。そう思ってフリルデはティルを抱えて立ち上がろうとした。

 その瞬間、目が眩んだ。ティルごと倒れそうになるのをユリノに支えられる。

「だいじょうぶ?」

「すみません」

 フリルデは強がるようにユリノから遠ざかった。いったんティルを地面に下ろして、乱れた息を整える。

「そんな身体で、無理しないで」

「だいじょうぶです」

 口では強がったが、実際、疲れ果てていた。

 朝から、セウラ対策のために森に半日かけて結界を張ったのだ。

 それだけでも重労働だったが、その後にセウラとの『決闘』がありハスナとの戦いがあった。

 今でも《虚空の叫声》により受けた傷はほとんど治っていない。体中、息をするたびずきずき痛む。

「行かせてください」

 それでもフリルデは、強がった。

「わたしも、まだ戦えます」

「やっぱりだめ」

 ユリノは首を振った。

「ちょっとの無理ならよろこんでしてもらうけどね。今のあなたはハッキリ言ってぼろぼろ。気がついてないのかも知れないけど、全身血まみれだよ。中途半端に眠って回復したつもりでいるのなら、それは甘い考えだわ。少しは自分の身体の気も使いなさい」

「大丈夫ですよ! 戦えま――」

 言いかけたとき、ユリノの平手が飛んだ。

 頬を押さえて絶句するフリルデに、ユリノはグッと顔を近づけて、言った。

「だめって言ってるでしょ」

 その目。常ににこやかだったその細い目から、微笑みが消えていた。

「一体、なにをそんなに焦っているの、フリルデ」

「……」

 フリルデは目をそらした。

「逃げないで」

 ユリノは胸ぐらをつかんで無理矢理に視線を目の前に持って来させる。

「そんなに、いや? セウラに負けるのが」

 ユリノの口からその言葉が漏れたとたん、フリルデの全身に猛烈な震えが走った。

 蒼白になるその顔に、ユリノはなおも言葉を重ねる。

「いつか追い越される。追い越されたら絶体にかなわない。そう思ってるんじゃないの? フリルデ」

「やめてよ先輩!」

 フリルデは悲鳴を上げ、ユリノの腕を手で弾いた。その勢いでひざから崩れ、しりもちをつく。

「やめないわ」

 ユリノは腰を落とし、震えるフリルデの肩に手を当てて、続けた。

「そんなに、あの子のことが怖いの?」

「……」

 怖い。図星だった。

 セウラの才能。いっしょに育ったのだから、気がつかないわけがなかった。

 確かに、不器用だ。なにをやろうとしても、すぐに過剰な炎を出す。

 基礎中の基礎である炎のトゥル以外はまるでつかえない。

 バカの一つ覚え。あんなことでは、実践ではとても使い物にならない。無駄に被害を出すだけ。

(だけど……)

 不器用なだけなのだ。

 彼女の操るトゥルの威力は、想像を絶した。

 フリルデには、どうやってもあのような強力な炎は出せない。物理的に無理とすら思う。

 一つの空間に存在するリップルには、限界がある。

 どんなに卓越したトゥーラであろうとも、リップルの限界を超えてトゥルを使うことなど不可能なのだ。

 にもかかわらず、彼女は平気でその限界を超える。

 それこそ広場を軽く作ってしまうほどに、リップルを過剰に操ることが出来る。

 使いこなせていないだけなのだ。

 いつになるかは分からないが、いずれは使いこなせるようになるだろう。

 そしてセウラは自分を追い越す。ルルナも追い越す。先輩も、師匠すらもだ。

 だれも、かなわなくなる。

 それが気に入らなかった。自分がどんなに努力しても、セウラの生まれ持った才能には歯が立たない。

(だから……)

 今のうちに潰そう。そう思い立った。

 ユリノの目が届かない今日しかなかった。半日かけて森に結界を張り、セウラをおびき寄せて『決闘』を仕掛けた。

 今のうちにやっつけて上下関係をハッキリしてしまえば、もう、あいつは一生自分の下だ。

 勝てばいい。手段なんてかまわない。

 あらかじめ結界を張って『決闘』を仕掛けることが卑怯だなんて、言われなくてもわかっていた。

 しかし、どうしようもなかった。

 負ければ一生セウラには勝てない。絶体勝たなければならなかったのだ。負けるわけにはいかなかったのだ。

 だが、結果は負けたようなものだった。

 半日かけて作り上げた完璧な結界のなかで、セウラは炎を作り出した。

 そんな化け物に、どうやって勝てるというのか。シュレが来なければ、セウラに焼き殺されていたかも知れないのだ。

「なんで勝てないんだよ。私のなにがいけないって言うんだ……」

 呻いた。地面を思い切りつかみ、両目を結んで、フリルデは呻いた。

「わたしはずっと一番になるために修行してきたんだ。それなのに、ルルナにも、セウラにも勝てないって、それじゃあわたし、バカみたいじゃない……」

 涙が、こぼれた。

「フリルデ……」

 ユリノは、うつむくフリルデの頭をそっと抱きしめた。

「あなたがセウラに劣等感を持っていることは、わかっていたわ。でも、決して悪いことではないと思ってた。あなたはセウラに負けないように努力していたから。お互い磨きあって、立派なトゥーラになってくれると、信じてた」

「……」

「でも、知らなかった。あなたが、そこまで思いつめてたなんて。ごめんね。もっと早く、聞いてあげるべきだったね」

 ユリノはフリルデの頭から身体を離した。フリルデの両肩をつかみ、真剣な眼差しで、その双眼をしっかりと見つめる。

「このことは、出来るだけ黙っていようと思ってた。でも、あなたがこれを聞くことで、また思い直して一歩踏み出してくれると信じてるから。セウラのことを、今までと同じように見てくれると信じてるから。教えてあげる」

「先輩……?」

 フリルデは、恐れるように口を開いた。

「一体、なにを」

「セウラのこと。あの子は、特別なの――」

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