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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤンデレの幼馴染に死んでも愛されてシリーズ

ヤンデレの幼馴染に死んでも愛され続けて転生後

作者: つんどら

残酷描写、近親相姦描写その他に注意。いろいろ注意!

あと前回・前々回より長い期間を詰め込んだので地の文多いです。


ヤンデレの幼馴染シリーズの第三弾です。蛇足な感じです。

できればこちらを先にお読みください。

http://ncode.syosetu.com/n3147y/ 本編

http://ncode.syosetu.com/n3599y/ 後日談


こちらも一応、読めばより楽しめるかもしれません。

http://ncode.syosetu.com/n5253y/ 番外編






覚えている限り、前世で最後の記憶。


「……美奈」


 黒い目は少し濁っていて、多分死ぬんだなあとぼんやりと思う。

 ぼたぼたと落下してくる赤い雨。肉のような何かが顔以外のそこかしこから覗いている。

 激戦の名残りは凄まじいのに、こいつは少しも動じた様子が無い。

 抵抗する気も起きないまま、奴の唇が振ってきて、


「また来世、ね」


 舌を、噛み千切らんばかりに噛まれて、いや噛み千切られた気がする。

 

 凄まじい激痛が過ぎ去ると、口が血の味で満たされて、息が殆ど出来なくなったかと思うとまた唇が深く深く合わせられて、流れる血の全てを舐め取ろうとしているかのように舌が口腔を這い回り、1度離すと血の混じった血、というより唾液の混じった血が糸を引く。


 それはまるで、運命でも現しているかのような、赤い赤い糸だった。

 

「っ……は」


 ああこれから死ぬってのに何してんだろう。でも、でも、私はこれくらいじゃ死ねないから、殺すならもっと完膚なきまで殺してくれなきゃ困るよ、光輝。

 その言葉が通じたのか、光輝は懐から緩慢な手付きで短剣を取り出して、にこ、と笑う。

 それで私を刺すのかと思ったら、違った。

 よくよく見ればそれは炎の精霊(ヘレーニ)に貰った短剣だ。炎の力が込められた短剣の表面に赤い光の線が走っていく。その行き着く先にある赤い宝玉が、一瞬光り輝いた。


 光輝はそれを、豆腐に包丁を通すようにあっさりと脇の地面に突き刺す。

 

 途端に周囲は眩い橙に包まれる。熱気にくらくらとする頭で暫くぼうっとしていた。また、光輝の唇が降りてくる。もう離れなくてもいいとばかりの深い口付けに、ますます頭がぼんやりする。頭の奥に、唾液だか血だかが混じりあう淫靡な音がして、一瞬ここが寝室であるかのような錯覚すら覚える。

 灼熱の炎は徐々に高熱を表す色に変わっていく。ゆらぐ景色の中、光輝の瞳がゆっくりとその光を失っていくのを見つめていた。そして、私も目を閉じる。

 なんとなく、私たちに相応しい最期だと思った。


 そうして私は、精霊として大気に還った――筈でした。









 某大陸で精霊をやっていた私が死に――今度は“ミリシアナ・レーヴィン”という人間に転生して、ようやく6年が経つ。


 数千といくつだった私――“ミーナ・ハルベルン”は、ヤンデレの幼馴染の所業に憤ったこの世界の愛の神様(失笑)と戦い、見事に散った。ああああだからこんな事してたら罰が当たると……! しかし本当にとばっちりだね! というかさっきからデジャヴデジャヴ!

 曰く、そんなの恋じゃないもんっ、ボクが折角拾ってきてあげたのにまた縛り付けて、天誅なんだから! だと……あああもうだから! ボクっ子はトラウマなの! トラウマ!!

 最期は確か、私の魔力が底をついて光輝がボロボロになって、結局……うん、心中って言うのかな、あれ。舌噛み千切られたよね……舌……ひいいい、思いだしたら痛い! で、蒸し焼きか。がっつりキスしながらついでに腰と首に手が回ってて逃げられないし、なんかもうあそこまでされると諦めも付くよね、うん。


 で、ひょっこりというか今度はしっかり赤ん坊で生まれてきた。気づいたらなんか水の中で周り全く見えないわ妙に生温かいわで混乱してたらうにゅっと……なんて言うか、薄皮一枚隔てた大量の温かいスライムの中を通っているような……で、オギャー。

 転生モノは数あれど、胎の中から意識があったなんて体験は私しか居るまい。

 今世の私も黒髪に銀の目だ。親と違う色の目、特に金銀や赤や水色、翠や黒のはっきりした色というのは精霊の加護を受けていると言われる。よかった、無駄に夫婦の不和を招かなくて。


 どうやら世界は同じらしく、見知った精霊が寄ってきては『ちっさ!』とか『うわーちまっこい、何これ手どうなってんの?』とか『あ、女の子だ』とか言い残していく。見るなああああ!

 ある日ついに精霊王まで来て、『うわーちまっこくなってもうたな、かいらしなぁー、萌え』と私がうっかり教えた単語を言い放った。本っ当に威厳無い。ありえない!

 などとしているうち、気づいたら精霊のいとし子とか呼ばれててビビった。


 ……それは兎も角、だ。

 生まれた日から暫くした時に、母のもう反対側の乳に吸い付いた赤子がいる。


 はい勿論光輝でしたあああああ!

 

 どうやら同時期に生まれたから、乳母という事になったらしい。記憶は無い……のだろうと推測するけど、本能に従って乳を吸いながらもこちらをガン見してきたあたり間違いない。

 黒い髪に、今度は真っ赤な眼で。顔立ちにも面影がある。どう見てもご本人登場。

 というかうちのアルバムにあった彼の赤ん坊時代にそっくりだ。ちなみに大抵の写真に光輝が一緒に写ってるあたりがちょっと恐ろしいです。


 あと、やっぱり最初の言葉は「ミーナ」だった。お前……いや、もう良いわ。うん。

 ――どうやら私は、今世でも解放されそうになかった。



 私の父親は非常に忙しい人だ。エノン・レーヴィン子爵、また“黒宰相”と呼ばれている人で、年中転げまわるように働いている。髪も眼も黒いが、黒宰相の由来は大抵の場合目の下がクマで黒くなっているから、らしい。可哀想だけど、仕事が趣味らしいので問題なし。元公爵家次男で、何故に子爵家なんぞに婿入りしたのかは謎である。恋ではないようだ。

 母は子爵家の令嬢で、それなりに優しい人だったけど父の事は嫌っていた。3年前に若い燕と駆け落ちして行方が分かりません。父が哀れすぎて泣ける。


 そんな訳で、今世では宰相のご令嬢であり子爵令嬢でもある私だが――奴の方は更に上を行った。知った時にはちょっと「マジかよ」と口に出しそうになった。

 コウキ・ディーファス・エレゲイア。

 この国では――というか大陸では、普通ミドルネームは付かない。貴族であってもそうだ。ミドルネームが付くのは、そう、王族だけである。というか皇族か。

 エレゲイア帝国の、皇帝陛下の第一子。……つまりは、皇太子殿下である。

 一瞬でも勝ち組だ私と思って恥ずかしい。上には上が居るよね、だよねー……うん。


 エレゲイア帝国は、かつての燥帝国やデンデセア帝国やその他色々、あと榮帝国などなどが寄り固まって出来た国らしい。今では大陸全土がこの国だ。

 私たちが死んでから二千年ほど経っているようで、かつての様子とは随分変化した。大分、遠い記憶にある地球にも似たような感じになっている気がする。

 学校制度も整ったようだ。平民も貴族も入り混じり、基本は6歳から16歳まで10年学校に通う。17歳から19歳までは、成績優秀者の行く研究院。大学みたいなもんだね。


 という訳で本日、入学式でした。


「入学おめでとさん。帰るぞー」

「はい、父上」

「ありがとうございます、陛下」


 魔導車(ホバーっぽい車。私の知ってる車とは随分違う)の窓から顔を出す、肩まで伸びた黒髪の美丈夫。ノリが大変軽いが、これがうちの皇帝陛下だ。

 ちなみに皇妃様は姉御肌でヤンキー臭い。あれはツンデレだ。

 相変わらず親の前では完璧なコウキだが、多分完璧に見抜かれている。たまにニヤニヤしてるから間違いない。だから多分安泰だけど、大丈夫かこの国。


 父が城で働いてるから、私もなんだかんだで城で育って6年。いいのかと思いつつ、やはりと言ってはあれだが、コウキが離してくれないので仕方ない。

 車に乗り込む。普通助手席に乗るだろうに、普通に後ろに並んで乗る。ぎちぎちと締め付けられている手がそろそろ色とかやばいので離してほしいたたたたたた!


「で、どうだ? 友達できそうか?」

「いりません。ね、ミーナ」

「あ……は、はい」


 同意を求められても困る! あと手が死にそう!

 そういや前世でもビジネスライクな友人以外いなかったなと思い返す。情というものが愛情だけに偏りすぎて、友情に割く分など少しも無かったようである。

 悲しいことに私も友人は少なかったけどね! 前世は兎も角、前々世はガチでね!


「ま、良いけどな、それで良いんなら」

「前々問題ありません。ミーナがいれば」

「お前も大概だよなあ。俺に似たかね?」


 陛下も大層な愛妻家だ。というか軽いノリの中にちらつくヤンデレっぷりには眼を逸らさざるを得ない。がんばれ皇妃様、負けるな皇妃様。縛られたような痕の付いた足首とか全く見てません。見てませんから!


「いいえ。ミーナとは、今世だけの付き合いとも思えないので」

「そりゃ俺だって、ベラとは前世からの恋人のような気がするさ」

「確信があります。というか、意図して出来る事ではないでしょう。俺の目の色以外、被りすぎています」

「ああ……まあ、そうだな」


 “コウキ”という名は比較的ポピュラーらしい。“ミーナ”もだ。何故なら、御伽噺の英雄とその妻の名前だからである。あと“ミツキ”も次点に入るだろう。

 というか私と光輝です。

 勇者コウキ・ヤシロと精霊ミーナ・ハルベルン。どうしてそうなったのか、非業の別れを遂げた恋人が別の世界で再び出会い、攫われた精霊を助けて魔王倒してハッピーエンドという御伽噺が桃太郎並にポピュラーになっていた。更に母親に横恋慕するミツキ・ヤシロでかぐや姫レベルの知名度。あと色々武勇伝もある。……いやああああ!

 それはもう子供向けののほほんとした絵本から、大人向けの……その、ドロ沼三角関係近親相姦小説とか。ちょっ私そんなビッチじゃない! ないから! いくら何でもそれだけは無い! 夫と息子の間で揺れ動いてなああああい!! あげくの果てに「じゃあ3人で」って小説の中の私は随分アレな性格でした!


「神託まであっちゃなー。勇者と精霊の話、息子追加すると教育に悪すぎる」

「それは同感ですね。いくら何でも、母親に恋慕するというのは」


 口を付いて出ようとした言葉を飲み込む。お前らみたいな性格が遺伝したせいだよ! と。言ったら不敬罪間違い無しだ、危ない。ファインプレーだ、私の口よ。



 記憶にある小学校生活も、多分こんな感じだったと思う。

 クラス分けは平等と見せかけ、ある程度身分で分けられてもいるようだ。そりゃ平民と皇太子がまともに会話できる訳も無いからなあ。萎縮して。

 ……コウキの場合、それだけでもない気がするけど。


 さて、あの時はコウキの恐ろしさが勝ってそうでもなかったんだけど、今回は最初から難易度がハードだった。日常生活がやばい。

 まず何がやばいって、コウキがもてすぎて私にとばっちりが来る。しかも身分としては子爵令嬢でしかないから、それはもう絡まれる絡まれる。小学生のくせに。

 しかしあんなチンケな苛めにやられる私ではない。首を絞められるよりマシだ! いじめられっこ暦数千年を舐めるな!

 ……そしていじめっこ暦数千年のコウキを舐めるな!

 見事に苛め返したようで、数日もすると接触すら無くなっていた。

 いや、何したんだ本当に。青ざめた顔で逃げていくのは何故だ。何をした純粋培養のお嬢様方に!


「ミーナ、いい夢を見たんだ」

「な、何?」

「君と死ぬ夢」

「よくない! 全然よくない!」


 記憶が無いにも関わらず、相変わらず私達はこんなんだ。

 ちなみに敬語をやめたのは大分前です。2人きりの時だけと限定してはいるけど、普通に喋ってよと言われ、無理ですと言ったら首を絞められた。やっぱりかああああ!

 染み付いた上下関係というか何と言うか、わかったわかったわかったから離してえええと絶叫して許していただいた。あああ……本当に不敬罪モノだ。しょっぴかれたらどうする!

 でもやっぱり、こっちの方が馴染みがあって楽とも言える。


「そう? 最高だけど……それとも、他の人と死ぬつもり?」


 何で誰かと死ぬのが前提なんだ! という言葉を飲み込む。待て、目が赤から黒に変わってる。これはガチでやばい。何かどういう仕組みなんだか不明だけど、ヤンデレモードに入ると目が黒くなるのだ。攻撃色。もしくは、パターン黒、ヤンデレです! みたいな感じ。

 じりじりと伸びてくる手からさりげなく逃げる。6歳とはいえ、力は強い。私もだが、ある程度スペックは引き継いでいるようで……うん、すごい困るよね!

 赤ん坊の頃、うっかり陛下の指折ってたし。怖すぎる。私の首とかグシャッといきそうだ。


「いや……あーっと……」

「君が死ぬのは許せないし、俺が死んで君が残されるのも嫌だから。死ぬ時は一緒だね」

「うん……?」


 薄らと微笑んで見事なまでの俺ルールを披露。相変わらずだね本当に!



 数年経ち、6年目、つまり12歳になると制服が変わり、学科も分かれる。総合科、魔法科、国文学科、軍学科、法学科、商工学科。他の専門職に進む予定の人は、ここで他の学校に行ったり店で修業したりする。私とコウキは、研究室を借りやすいからというどうでもいい理由で魔法科に進学した。

 総合科は普通科みたいなもので、だいたい満遍なく学べる。魔法科は魔法や錬金術、また最近は科学も含む研究関係を主に学ぶ。軍学科は王国軍や騎士団(=SPみたいなもの)などへの訓練。国文学科は歴史や国の事、文学とかいろいろ。法学科は国家公務員(=城の文官)になるための勉強が出来る。商工学科は工芸や服飾や食品関連と、計算とかの商売関連。


 学校には寮があるが、研究室という形で小さな家も借りられる。敷地がバカみたいに広くて、半ば町のようになっているのだ。学園都市というやつか。そして魔法街(ソシエーラ)と呼ばれる地帯には研究室が立ち並び、その手の店も大量に並んでいる。

 そんな家々のひとつが、私とコウキの研究室だ。寮の部屋は無いので、ほぼここで暮らしている。……まあ、同棲と言っても差し支えない気がする。どうしてこうなった!

 魔法科は他の学部よりも研究色が強いので、授業は最低限出るだけでいい。1つの授業につき週に1、2回くらいだろうか。次までは自宅自習、課題の薬品や道具を作成してくること、とそんな感じである。あとレポートとかね。

 唯一週3回きっちりあるのは、魔法戦闘学。戦闘系魔法の実習授業だ。これはまあ、一応問題ない。前より魔力は少ないけど、それでも手数が遥かに多いのだ。

 ついでに、忘れかけていたけど精霊のいとし子なんて肩書きもあるので、相手が勝手にビビってくれる。どこから精霊に叩かれるかと脅えるのだろう。いや、いくら何でも1対1の戦いにちょっかいは出さないんだけどね。


「ま……参りっ、ました……」

「そう」


 そして圧倒的に強いのがコウキである。

 最初こそ皇太子だからと手加減する者も居たが、それはそれで容赦なく叩きのめすので段々本気でぶつかるようになった。それでも、コウキに敵う人は居ない。

 仕方なく、相手は魔法で、コウキは剣で戦う事にしてみたりもした。でもやっぱりコウキが勝つのだから末恐ろしい。


 ついでに成績も良い。といっても私は精霊知識で、薬や道具もずっと効率のいい方法で作れるからチートみたいなものだ。コウキは素で成績優秀だけど。

 そんな感じで、半ば同棲生活な学生生活は過ぎていった。




 前世……日本に居た頃より穏やかに見えるのは、多分、あの頃より更に四六時中一緒に居るからだろう。こちらに来てからとも違い、私が死んでも居ない事もある。

 このまま平和的な方向に成長すればいいなあと思いつつ、14歳になった。


「ミーナ、これ飲んでみて」

「……何それ?」

「媚薬」


 突きつけられた桃色の液体の入った瓶を受け取る。

 無言でテーブルに置いた。待て、待て待て待て、この色に匂い!

 ちょっ、アウトアウトアウトおおおおお!!


「……個人が作ってはいけない薬品、三つどうぞ!」

「媚薬。洗脳薬。致死毒」

「分かってるのに作るな!」


 そして飲ませてどうする気なの!? 何なの!? 襲うの!?

 方向性がますますやばい気がしてきたが気のせいだと思いたい。

 学科が学科だから、どんどん危ない薬ばかり覚えていく。そのうち盛られそうで恐ろしい。


「ああ、そうだ」


 残念そうに媚薬を廃棄薬品用のバケツに流し入れる。浄化魔法を施してあるので、何を入れても分解してくれる便利な品だ。

 何を言うのかと思えば、ずい、と顔が迫ってきて思わずのけぞる。


「な、なに?」

「結婚しよう」


 手に持っていた薬包紙が包みから抜けて全部床に落ちた。

 私はあまりの衝撃に、しばし瞬きすら忘れ、ぼんやりと床に落ちたそれらがもう使い物にならないと思い、あーあと残念に感じ、そのまま靴の先を見つめ、は、と我に帰る。


「ごめん今何て言った?」

「結婚しよう」

「うわああああ!!」


 遅れてきた衝撃によろめく。机にぶつかり、液体や気体の詰まったガラス珠が沢山入った籠が音を立てる。慌てて体制を戻し、心臓を押さえ、はー、と息を吐いた。


「び、びびびびっくりした……」

「何で?」

「そんなまともな事言われると思ってなくて」


 そう言いつつ、足から力が抜けていった。あれ、目から汗が。苦節数千年、ようやくまともな人間に……!

 コウキが腕を伸ばして私の腰を支えた時、突如研究室の扉がばあんと開く。


 え、何?


「ミリシアナ・レーヴィン! ――国家反逆罪にて連行する!」


 …………は、


「はああああ!?」


 抜けた力がますます抜けた。呆然としながらもコウキの袖口を掴む。

 国家反逆罪。寝耳に水すぎて、ぱくぱくと口を開け閉めしていると――


 不意に視界が闇に覆われ、ぶつ、と意識が途切れた。




 あーなんかこうまたデジャヴが。

 大変見覚えのある――あの時よりは少し寂れたような榮魔殿のベランダで、実習用の黒いローブと白衣姿で私は1人の青年とお茶していた。

 今回のお茶の相手は魔王陛下(そういやあの人どうなったのかな)、ではなく。


「母さんと暮らすためにちゃんと手入れしてたんだ」

「は、はあ……」

「ベッドは買い換えたんだ。父さんの体液とか付いてたらやだし」

「な、生々しい……! じゃなくて、無いからね! 流石に息子と結婚は無い!」


 相変わらず物言いがえぐい息子でした!

 ……まだ結婚してないの!? いいかげん諦めろ!


「別にいいじゃん、愛の前に血縁なんて関係ないよ」

「百歩譲って兄弟姉妹なら……ぎ、ギリギリないことも……ないけど! 親だけは無い!」

「ふーん。じゃあ兄に生まれればよかったのかな」

「いやいやいやせめて他人に生まれてよ!」

「いっそ、父さんの弟とかだったら違和感無いのになぁ」

「それは……いや、うん、勘弁して……」


 ……10代になる前に過労死してんじゃないかな? 1人でも大変だったのに追加は勘弁してください!


「……ねえ、母さん、俺ね」


 ティーカップを置く無機質な音が響く。かつて1匹残らず魔物を駆逐されたとはいえ、このあたりは穢れた地として今も人は住まない。世捨て人くらいか。

 それどころか染み付いた匂いのせいで動物も居ない。

 静寂の中で、ほとんどその声しか聞こえない。


「何回も、何回も何回も何回も、母さんと父さんが生まれ変わるのを見てきた」

「……え?」


 一瞬、理解できなくて呆ける。カップのあたりを彷徨っていた右手に、過ぎた年月を感じさせない若々しい手が伸びてきた。

 銀色の双眸が、今は混沌を煮て固めたように暗く見える。


「でも母さんってば、一回だって俺の事なんか覚えてなかったし、俺に靡いてもくれなかったよ。父さんが過保護だから、ずっとくっついてて」


 手を捉まれると、蛇に睨まれた蛙のように何も言えなくなる。

 ……っこ、こ、怖いんだけど! 満樹、恐ろしい子!

 それより、そんなに転生してたのか私たちは!?


「……前の時も……嫌いなんて言うから」


 ぎり、と手首に力が込められる。

 ……前世の私め、記憶が無いとはいえなんという事を!


「こうやってね」


 すい、ともう片方の手が首に伸びる。そう大きくないテーブルだが、私では反対側まで届きはしないだろう。向かいから届く長い腕から逃れようとすると、手を引かれる。

 大きな手は、僅かに14歳でしかない私の首を易々と絞められる。

 片手でも、絞め殺せる。


「殺そうとした」


 ひゅ、と息を呑む。湧き上がる恐怖に唇を引き結んで堪える。

 どうしてか。

 怖いのは私なのに、泣きそうな顔をしているのは満樹の方だった。


「なのに、殺したのは父さんだった。母さんも、父さんならいいやって。……訳わかんないよ。何で、どうして殺されてもいいなんて、言えるのか、わからない。理解できない」

「……そう、言われても」


 その時の記憶など無いのだから、聞かれても困るとしか言えない。

 ただ、確かに。


 ――本気で光輝が私を殺そうとしたとして。

 それを拒む光景というのも、なかなか思い浮かばない。


「難しいね」

「難しいよ」


 泣きそうな顔のまま、満樹は両手を離した。軽く咳き込む私の前で、袖で軽く目を拭う。

 難儀なものだ、恋やら愛やらは。

 心底苦労した私が言うのだから間違いない。


「続けるのも苦しいのに、諦めるのも難しいし。どうしたらいいと思う? 母さん」

「私に聞いても意味ないって……」

「じゃあ」


 満樹は椅子を引いて立ち上がる。そして、少し吹っ切れたように言った。


「振ってよ。きっぱりはっきりと」

「そもそも振る振らないの問題じゃないんだけど……うん。息子としては愛してるよ、満樹」


 私としては、非常に大盤振る舞いな言葉だ。愛してるなんて、光輝相手にも滅多なことでは口に出さない。自分の気持ちが本当にそうなのか、分からないから。

 だから、何の躊躇いもなく感情を表せる彼らが、少し羨ましくもあった。

 真っ直ぐな彼らと違って、私はぐねぐね捻じ曲がっている。

 ……いや、真っ直ぐにアレな方向に向かってるから性質が悪いんだけど。


「ありがとう」


 そして彼は、本当に嬉しそうな笑顔でそう言った。

 同時に、すぐ横に魔法陣が現れる。淡く発光したそこから――、


「ミーナ!」

「ぐぇっ」


 一直線に、コウキが飛び出す。

 きつく抱き締められて、首を絞められた先程より息が止まって呻く。コウキは満樹など気にせず――気づいてはいるのだろうけど、全く意に介さない。暫くしてからぴくりと眉を顰める気配がする。


「誰の臭い……?」


 口に出して問いながらも、答えははっきり分かっているようで、肩越しに満樹を睨みつけているのが分かる。私は未だ押しつぶされてひゅーひゅーと喉を鳴らしていた。

 ちょ、く、苦しいから!


「ちょっと、母さん死にそうなんだけど。何回殺せば気が済むの?」

「何のこと?」

「……ああ、今度はこっちが忘れてるんだっけ」


 既にあの頃と同じ、陽気な声が聞こえることに安心した。

 ってか何回殺せばって突っ込みどころ満載の台詞が聞こえた気がする。え……え、ちょっと……聞いた方がいいのこれ。すっごい気になるんだけど。


「母さんを不幸にしたら、国ごと滅ぼすからね」


 は!?


「まあ母さんの父親とかに洗脳掛けたのは俺だけど」


 ちょっとこの息子誰かどうにかしてえええええ!!

 ああ、それにしても、そろそろ締められすぎて視界が霞んできた。


「洗脳……やっぱりね。兵を洗脳したのかとも思ったけど」

「多少暗示は掛けさせてもらったけどね。まあ、今頃頭抱えてるんじゃない? まさか、それくらい解決できない訳が無いよね? あははは」


 記憶が無いからって好き放題してるし……ああもう、こいつらは本当に……もう……あああ手の掛かる!!

 そろそろぼんやりしてきた意識の向こうに、機嫌最悪のコウキの声と、楽しげな満樹の声。


 ああ、なんだ、よくあることだ。


 ぼんやりそう思った時、ついにぶつんと意識が途切れた。






 目を覚ますと、どこかのベッドで寝ていた。

 白衣とローブは脱がされて、中に着ていた白のカッターシャツとスラックスだけになっている。薬を扱うので魔法科の棟は気温が低く、スカートだとたまに寒いからだ。あと楽だから。


「う……ん? うわ」


 後ろには十中八九コウキであろう人が寝ていて、背中から抱きつかれている。そして回された腕と私の腕に、数字の8のような連なった輪が付いていた。

 さながら、手錠のような。

 ……解析してみると、どうやら元は2つの輪で、近づくと磁石のようにくっ付く。対になった2つの片方の主だけが取り外しを自由に出来る。また着脱も同じ、その他色々みたいな魔法が……ああ積んだあああああ!


「ミーナ?」

「……あ、はい」

「おはよう」


 繋がった左手の手首。ああ嫌な予感しかしない!

 私の腕輪はプラチナっぽい金属で、真ん中に1本黒いラインが入っている。コウキの方は全体が黒、赤いライン入り。接着されている場所には黒い球体があり、どうやら角度が自由に調節できるらしい。解析によれば、1メートル程までなら鎖が出る。鎖……!?

 そして腕輪は右腕にも付いていた。ひいいいいい!


「聞きたい事は色々あるけど」

「う、うん」


 一瞬だけ手じょ――腕輪が離れる。離れたかと思うと反対の手がくっ付いて、ついでに体を回されて向かい合わせになった。

 まっ、ちょ、待って待って待って何すんの!?


「結婚しよう」


 三度目だ。

 というか、ベッドで言うのはどうかと思う。


「うん」


 すんなりと声が出る。なんつーか、結婚してない今の方が違和感があるというか、結婚生活数千年にもなるし、今更異論は無い。無いのでその微妙な部分に触るのやめてください、中途半端にくすぐったくて変だ。やーめーてー!

 コウキは少し嬉しげに笑って、腕輪を離して腰を引き寄せた。ローブを着たままの胸元に顔を埋めると、少しだけ薬品くさいけどいい匂いがした。

 なんだかんだで国内トップのいいとこの坊ちゃんだからね。いい石鹸使ってるんだよね。まあ私も同じのを使ってる訳だけど。


「……で、ミーナ」


 ん?


「さっきの男は誰?」


 ……おわ!?


 コウキが少し離れて、体が横に倒されて仰向けになる。覆いかぶさったコウキの目が――うわあ黒いよ真っ黒だよ! ちょ、死亡フラグ立った! いや結構前に立ってたのかないやそんなのはどうでもいいけど誰かたっ、


「ねえ、ミーナ。本当なら、部屋に閉じ込めてどこにも出してあげたくないのに。……どこで他の男と知り合ったりしたの? ちゃんと答えないと――どうしようかな」


 助けてええええええ!!


 飲み込んだ悲鳴。飲み込まざるを得ないというか……ええ、その。

 お察しください!


 翌日、私は本気でベッドから起き上がれなくなったのであった。




 その後。

 婚約状態で学校を卒業し、私とコウキは更に研究院に進んで魔法関係の発明で一山当てたりした。で、卒業と同時に結婚式。

 今回は皇太子と宰相の娘というそれなりにそれなりの身分同士なので、国を挙げての結婚式である。黒い衣装に今度はちゃんとしたベールを付けて、一時どうなるかと思われたけどまた立派にワーカーホリックな父と腕を組んで歩き、そして真面目に結婚式。

 前回を考えると本当に真面目だ。ついでに、その、うん、結構、かっこいいんじゃなかろうか、コウキは。今更か。


 更にそれから数年皇帝としての仕事を学んだ。そして陛下が「俺、旅に出るわ」と妻を道連れに流浪の世界ツアーに出た。ついでに退位していったので、コウキが即位した。

 ……最後まで適当だなあの人。


 皇妃とか何すりゃいいんだよと思ったけど、案外暇というか、多分やるべきことはあるんだろうけど全部コウキが処理してた。人前に殆ど出してもらえません!

 例の満樹の事件を解決し、更に数々の発明をしているコウキは賢王と名高い。私もそれなりに色々してるし、あと自分でも忘れかけてた精霊のいとし子(爆笑)という肩書きもあり、更には“コウキ”と”ミーナ”という名前も手伝って支持率は高い。私のは愛称だけど。


 そんな訳で。

 色々あったし、今でも気苦労は耐えないし、夫はヤンデレだけど。


 拝啓、遠い異世界のお母さんお父さん、私は多分幸せです。

 ……多分ね!











 生まれ育った大陸とは違う地で、俺はぼんやり空を見上げて溜息を吐いた。


「……ま、ご褒美だと思うべきかな」


 目を閉じずとも、空に正確に描ける。好きで好きで好きでしょうがない、狂おしいほど愛しくて夜も眠れないような、その人の顔を。


「あは」


 息子としてでも、愛してると言われて死ぬ程嬉しかった。嬉しくて嬉しくて仕方ないのに、どうしてか、涙が零れる。

 あの人は、生まれ変わったって、記憶が無かったって、たとえどんな事になろうとも俺の事を恋人とは思ってくれないのだから。


 母は実の所、とても懐が広い人だ。

 なんでもかんでも許容して、文句を言いながらも本気で拒絶することはない。

 父がどんなに身勝手に愛を注いでも、けして壊れることもない。


「……はは、は」


 けれど、俺の愛だけは受け取ってはくれない。分かっているけど、胸が苦しかった。


 両親が転生する事は、知っていた。父が転生する前に言っていたからだ。

 なら1度くらいは奪い取れると思っていた、のに。


 兄と妹に生まれようが、王族と奴隷に生まれようが、はたまた天地に別たれていようが、必ず出会うし、必ず結ばれて、必ず一緒に死んでいく。


 俺はただ、何度も何度も置き去りにされるだけ。


 でも。


「また会いに行こうかな」


 何度置き去りにされたとしても。

 記憶が無くても、人格が違っても、見た目が違っても。


 あれは、俺の父と母なのだ。

 ――だからたまに、里帰りするくらい許してほしい。


 いつか両方が元の記憶を持って転生してくれる事を願いながら。

 今日も俺は、世界を渡り歩く。








というわけで超絶蛇足な転生後編でした。

前回・前々回よりちょっと平和。……だろうか。少なくとも首を絞められる回数は減ったと思う。


美奈の方が怖いというコメントも沢山寄せられましたが、まあ確かに……(否定できない)

彼女は大変打たれ強いです。とにかく心が広く、なんというか。何をされてもあまり揺らがない子。

精神的にはまっすぐ自立していて、どんなに寄りかかられても平気なんでしょう。大木系女子。

逆に光輝は全身全霊で寄りかかって依存する人。

全力で依存したまま根を張って離れる気もありません。宿木系男子。


光輝のヤンデレっぷりはやや下がりましたが、満樹を書けて満足です。

満樹は略奪が目標ですが、別に三角関係も良くない? と思ってます。独占したいけど、別に父親と一緒でもいいかなと思ってます。美奈としては超絶迷惑ですが。

寿命が無いので、両親が記憶を持って生まれ変わってくれる事を期待しつつフラフラしてると思われます。


後日談と番外的なものは番外集にあります。

そちらもどうぞ。

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