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片腕の救世主  作者: あに
第3章 生贄の町編
31/32

第3話 『犬猿の仲』








「はぁっ、はぁっ!ここで、いいだろうっ。」


陽が沈もうとしている、橙の光から逃れるように建物の陰に身を寄せる黒い影。

顔を覆っていた布をはぎ、肩に担いでいた仲間を地面に下ろす。

完全に気絶している仲間の頬を軽く叩いた。


「おい、起きろ。」


「ぅ……く。」


「よし、動けるな?」


ゆっくりと起き上がりながら頷いて意識がはっきりとしていることを確認すると、再び顔を隠した。


「すまない……」


「かまわん、確認は取れた。さっさと王都に帰るぞ。」


懐から丁寧に折られた紙を取り出し、開く。

そこにはインクで描かれた人相書きが書かれていた。

1人はジェスティア、もう1人は蓮のものだ。


「しかし、救世主殿はいなかったではないか。あの男は一体……」


「いずれにせよアウリア殿下の近衛騎士であるルンブルクが殿下より離れ、このような地にいることは何かしら関係があるととっていいだろう。」


「殿下が救世主殿の逃亡の手引を、という報告は真であったか。」





「へ~ぇ、面白そうなお話ね。その"救世主"について……もっと聞きたいわぁ。」





彼らの頭上から降りてきた声に2人はハッとし顔を上げる。

夕日に照らされ、その姿ははっきりと現われていた。


「誰だ?!」


「誰?そうね、しいて言うのならば愛する者を追う愛の狩人かしら。」


露出度の高い黒い服を着て、見降ろしている女は悩ましげな表情をした。


「ふざけるな!」


「よせ!今は時間が惜しい。」


遊ばれていると思われた男を宥め、女から逃げようとするとその場から女はいなくなっていた。

仲間の手を引いてまわれ右をするとそこに女の顔面がアップで現れた。


「なっ?!」


「ねーぇ?"救世主"ってなぁに?偉い人間?」


「ちぃっ!」


懐から小太刀を抜き、女に向って突き出すがいとも簡単に避けられてしまう。


「なぁにぃ?ちょっと聞いているだけじゃなぁーい。」


「何者だ……貴様。」


「さっきも言ったじゃないのぉ……狩人だって。」


男たちが最期に見たのは妖しく笑った女だった。









―――――――――――――――――









メイド服を着た少女は見ていた。

笑い合う家族の表情。

自分のいない空間がとても恨めしく、悲しく、憎らしい。


あそこに帰れないと自覚している。


それでも泣けない自分がいる。


なぜこんなことになったのか、誰を責めればいいのか。




あの人ならこんな自分を助けてくれると思った。




「会いにいかないのか?」




横からかけられた声に少女は驚くこともなく頷く。

外套をかぶった姿でも近くから見れば顔はわかった。

建物の屋上から下の様子を見ていた少女の横に立つ。


「俺はユーガ。」


「私……私は?私は……わからない。」


少女の眼は虚ろなままただ一点を見つめていた。


「名前が捕らわれているんだな。」


「名前?名前……私は……知ってる。」


でも、わからない……と呟いた。


「彼らはお前の家族だ。それは知ってるんだろ?」


「うん。でも……会えない。」


カザスのような無表情だが、どこか違う。

少女の感情はどこか苦しげだった。


「名前を奪ったのはあの屋敷の人間か?」


「屋敷……違う。"あれ"はもっと怖い。」


「……」


「ぁ……」


屋敷の方角を見上げ、雄呀に背を向ける。


「行くのか?」


その言葉に少女は振り向き、小さくお辞儀をした。


「一つだけ忠告しとく。」


「?」


「名前を奪われても、心だけは持ち続けろ……いいな?」


表情を変えない少女に雄呀は強い口調で伝える。

返事も何もせず、少女はその場から姿を消した。


「まったく……なんでこう、次から次へと。」


その場に座り込み、ため息をつく。

もう姿を隠そうとしている太陽を見て、そろそろ宿に戻る時間になっていることを確かめる。

シグニスの魔力を探査魔法で探ると、まだ宿に戻ってはいないようで、オルニスの屋敷前にいることがわかった。


「嫌な予感的中か。」


小さく呟き、魔法陣を描く。

最後に少女が眺めていたものを一瞥し、眼を細めた。









――――――――――――――――――――









「どうします?なんか、こういうシチュエーションで忍び込むと、たいていは何かしらの事件に巻き込まれると思うんですけど……」


<『しちゅえーしょん』という言葉はよくわからぬが、この中に小娘はおるだろうな>


「なんか結界?みたいなものを感じるんですけど……」


<なんだ小僧、ようやく魔力に慣れてきたのか?>


「はぁ……ユーガさんに教えてもらったからでしょうか。」


<ふむ、さすが我が主>


「……」


先ほどからコソコソと屋敷の塀の陰に隠れて話しているのはシグニスとしゃがみ込んでいる蓮だった。

ユーナの匂いを追ってきたのはいいのだが、オルニスの屋敷の中へと続いていたため、どうやって入るかを相談していたのだ。

住人の話では祭りが近くなると誰も中に入ることはできないらしい。


「陽も落ちちゃったし、ユーナ大丈夫かな……」


<主殿がおられれば、かような結界破っていただけるのだがな>


シグニスは蓮と我関せずのカザスをそれぞれ見て鼻を鳴らす。


<たいして役に立たん魔力だけは立派な小童と、魔力のひとかけらもない木偶の坊だけとは……>


「貴様が師匠の召喚獣でなければ切り刻んでやったものを……命拾いしたな、馬鹿犬。」



・・・・・・・



か、カザスさんが二言以上しゃべったぁあああああ!



などと心の中で絶叫している蓮など知らず、シグニスは耳をぴくっと動かした。


<なんだと?主殿の金魚のフンの分際で!>


「申し訳ない、訂正しよう糞犬。」


<き、貴様……いい度胸だ、その腐った息の根止めてくれようぞ>


まるでハブとマングースのような……いや、犬猿の仲と言った方がいいか。

今にも戦争でも起こしそうな険悪なムードを漂わせ睨みあっている2人の間に挟まれる蓮。


<というか貴様!主殿の前では猫をかぶっておったな?!>


「俺は師匠の右腕だ。話す必要などない。だが、犬のくせに師匠に褒められている貴様は気に食わない。」


<何度言えばわかる?我は狼……気高き白狼であるぞ!>


「調子に乗るなよ犬。」


<それはこちらの台詞ぞ、糞餓鬼>



「(どっちもどっちだ)」



ああいえばこういう……カザスとシグニスは睨みあいをやめることはない。

無表情でどこか怒気が漂っているカザスと、牙をむき出しにして今にも噛みつきそうなシグニス。

せめてもの救いはシグニスがユーガの魔法によって小さくなっていることだ。

シグニスは自分で大きくなれるかどうかはわからないが、これだけ怒っていても元の大きさに戻らないということはユーガによって戻してもらわなければいけないのだろう。


「か、カザスさん、シグニスさん、落ち付いて……とにかく、ユーナを早く見つけないと……」


<貴様など主殿のただの財布であろう!>


「ペットよりマシだ。」


「2人ともぉー!」


まるで子供の喧嘩のようになってきたそれに、半泣き状態になってきた蓮は間に割り込む勇気もなくしゃがみ込む。


「(暗くなってユーガさんとジェティも宿で待ってるだろうな……ユーナももしかしたら酷い目にあってるかもしれない)」


しかし、まだ自分の魔力を完全に制御できているわけでもない蓮には、結界魔法を解くことなんで絶対に無理だ。


「こんなとき、ユーガさんがいればなぁ。」


「呼んだか?」


「はい………………………………………うぎゃああああ!」


ぽつりとつぶやいた言葉に思わぬ返事が返ってきて目の前に現れた雄呀の顔に驚き尻もちをついた。

雄呀が現れたことでシグニスとカザスは言い合いを中断しており、にやにやと蓮を見下ろしている彼を見ている。


「ほんと、お前ビビりだな。」


「ゆ、ゆゆゆゆユーガさん!?なんでここに?!」


「ちょっと用事があってな……その帰りだ。」


外套は被ったままで蓮に手を差し出す。

その手をとり、立ちあがるとズボンに着いた土を叩きとる。


「師匠。」


<主殿>


「お前ら、喧嘩はしてねぇよな?」


にっこりとそう尋ねた雄呀にカザスとシグニスは一度目を合わせ、頷く。


う、


「(嘘だぁあああああ!)」


「本当かぁ?」


心の中で絶叫している蓮に視線を向け、怪しむように訊いてくる雄呀に視線をさまよわせる。

ふと目が合ったシグニスとカザスはギロリと無言の圧力をかけてきた。


こ、ここで吐いたら……殺られる!!!


美形のカザスに無表情、無言で凄まじいほどの眼力を加えられて見られている上、シグニスのちらつく牙と据わった眼が追い詰める。


「は、はい。もう、怖いくらい大人しかったです。」


「そうか、ならいいんだ。」


ああ、神様、圧力という言葉に弱い僕をお許しください!


「で?ユーナはこの中か?」


<はい、結界が張られており、入ることはできないかと>


「シュバルツでもいけそうだけど、それだと中の術者にバレる可能性があるか。」


「シュバルツ……って、カザスさんの剣ですよね?どんな力があるんですか?」


カザスの背負っている大剣のシュバルツは雄呀が作った魔剣だ。

蓮はそのことは知っていたが、魔剣というものが実際にどういうものかはあまり詳しくは知らなかった。


「ゲームとかだと火が出たり、雷纏ってたりとか……」


「んー、説明してやりたいけど、とりあえず宿に戻るぞ。」


「え?でもユーナは?!」


この屋敷にいることは分かっているのだ。

あとは侵入して助け出すだけだと言うのに……


「シグニス、ユーナの血の匂いはしてないだろ?」


<はい……それに、この屋敷から血の匂いはしません。それ以外の禍々しい気は感じますが>


「オルニスってやつがユーナを攫ったなら何かしら理由があるはずだ。それに祭の日が近いなら、それに便乗して忍び込んだ方がいい。」


「でも……」


「それだけじゃない。もし、屋敷に侵入して襲われたりしたら、お前……またジェスティアに守ってもらうだけか?魔力制御も完璧にできてない上に、暴走なんてされたらたまらない。」


雄呀の強い口調に蓮は反論できなかった。

格闘には少し自信があった……けれど、王都でのトライナーとの戦闘で感じたあの感覚、あれは絶対いけないものだ。

雄呀に感じさせてもらった自分の魔力。

それを制御できなければまた……いや、今度は誰かを巻き込んでしまうかもしれない。


「……わかってます。」


俯きそうになった蓮に向けて雄呀が指を二本立てて告げる。


「2日後の祭までにお前に戦い方を教えてやる。」


「はい!」


「ユーナなら大丈夫だ。」


宥めるように頭をポンポンと叩き、シグニスの前にしゃがむ。


「ありがとう、シグニス。」


<いえ、お役に立てたのであれば>


一例をして姿を消したシグニスを苦笑いを浮かべて見送る。


「師匠、何かありましたか?」


外套を外さないままの雄呀の顔を見ていたカザスがそっと頬に手をやる。

赤くなっているそれを見てカザスは眉を顰めた。


「ああ、これ?ちょっとした事故でな。」


「……」


「んじゃ、宿戻るぞ。腹減ったー!」


「そう言えばジェティは?」


「お留守ばーん。」







「って……ジェティ?なんか、怒ってる?」


「怒ってなどいない!」


宿に戻ると、部屋で1人ぽつんとベッドに座って難しい顔をしていたジェスティアが出迎えた。


「私は、決して!決して!1人で残されたことなど怒ってはいない!騎士は心を広く持つものだからな!」


「だ、だよね?」


ユーナのことについて説明した後もジェスティアはしかめっ面で、食事をするときも無言だった。

ただでさえ食事中に口を開くのは蓮と雄呀、そしてジェスティアだけだというのに。

しかし、蓮は他のことを考えていた。


「(ユーナはちゃんとご飯を食べているのだろうか)」


「……もぐもぐ、おねえさーん!一番いい酒持ってきてー。」


いつものように食を進めている雄呀をちらりとみると、眼が合った。

蓮の不安そうな顔に、仕方がないといった表情を浮かべる。


雄呀がふと思い出すのはメイド服の少女だった。

あれはきっと敵側の人間だ。

でも、完全にそうだとは言いきれないのが彼女である。


「ユーナは強い子だよ。それにご飯もちゃんともらってるだろうよ。」


「ユーガさん……」


「俺を信じろ。」


「……はい。」


料理の乗った皿を蓮に差し出し、それを受け取る。

雄呀の分はカザスが取り分けていた。


「そういや、魔剣がどうのって言ってたな。」


「あ、はい。」


話題を変えようと雄呀が思い出したかのように話しだす。

食事中は横に立てかけてあるシュバルツに目を向ける。


「魔剣っていうのは一種の魔法みたいなもんだな。」


「でも、カザスさんは……その、魔力が。」


「そう。カザスは笑えるくらい魔力がスッカラカンだ。でも、そうじゃなくちゃ魔剣は使えないんだ。」


そう言って雄呀は宙に魔法陣を描いた。

それは小さく光りを放っていて、攻撃的な空気はない。


「カザス。」


「はい。」


シュバルツを持ちあげたカザスがそっとその魔法陣に刃をつきたてる。

剣先が触れたと思った瞬間、その部分が砕け散るように消えた。


「これって……」


「魔法の無効化か?」


黙っていたジェスティアもいつの間にかそれに釘付けだった。

珍しいことに目がないのか、怒っていたのも忘れているようだ。


「正解。シュバルツは魔法を打ち消す能力を持つ魔剣だ。」


カザスに目配せをし、された当人は少し悩んだ後蓮にシュバルツの柄を向けた。

やってみろ、ということだろうか、と雄呀を見ると目の前に小さな魔法陣が現れた。

戸惑いながらシュバルツを受け取り、思ったよりも軽いそれを両手で持ち、つきたてる。

しかし、魔法陣が消えることはなかった。


「え?」


消えろ、と念じても消えることはない。


「魔剣は魔力を持たない人間にしか操れない。魔剣っていうほどだから、魔術師が使うと思われがちだけど、それは違くてな。もともと、魔力を持たない人間の為にあるんだ。」


「でも、どうして……」


「魔剣の魔力はかなり純粋で……たとえばそうだな。エルフの森、覚えてるか?」


「あ、はい。」


ココンの里があるあの、雄呀にとっては鬼門の場所のことだ。

魔力が少しでもあると魔力酔いを起こしてしまう程の純粋な魔力が漂う森。


「あそこ並の魔力が一本の魔剣に凝縮されてるみたいなもんだ。魔力がある人間がそれを使おうとすれば、自分の魔力と魔剣の魔力が反発しあって、力が正常に発動することはない。」


それほど魔剣の魔力が強力なのだ。


「そうだったのか。」


「ジェティも知らなかったの?」


「あ、ああ。」


騎士であり、剣に詳しそうなジェスティアでも知らないことは多い。


「魔剣は一般の市には出回らないかなり希少価値の高いものだからね。」


「俺はこの世界に来たすぐ後に一回魔剣を見たことがあって、それを参考にシュバルツを作った。普通の人間が作ろうとしても、魔力が足りなさすぎて、魔力注入だけでも100年はかかりそうだな。」


それでも最弱の魔剣になるだろうけれど。


そう言って酒の入ったグラスを傾ける。


「それを作ってしまったユーガは……どれだけ魔力があるというんだ?」


「はははー!今頃俺の凄さを思い知ったか!でも、これでも前よりは少なくなったんだぞ。……お、これうまいな……おねえさーん!おっかわりー!」


まだ飲むのか、と呆れつつ蓮が視線をずらすと、グラスを振り回して催促する雄呀に視線をやるカザスがいた。

その目はいつも以上に空っぽで、持っていたフォークを思わず落としてしまった。

皿の上に落としたためセーフだったことに安堵し、サラダを口に含む。

その時、カザスの視線に気づいた雄呀は苦笑いを浮かべ、運ばれてきたグラスを差し出していた。


「ん?カザスも飲むかぁ?お前ももう20なんだから……つっても、この世界じゃ16で成人だったっけ?んん?じゃあレン!お前も酒飲めんじゃねぇか!」


「え?!いりませんよ!」


「ああん?俺の酒が飲めねぇのか?」


「酔ってないのにからまないでくださいよ!」


どんなに飲んでも酔うことはないと聞いたことがある蓮は雄呀に肩を組まれ、押し付けられるグラスを押し返す。

横からジェスティアが助けてくれるのを期待して視線をやったが、すでに姿がなかった。


「ジェスティアなら部屋に戻ったぞー?ありゃまだ拗ねてるな」


酒に口をつけながらそう耳元で言われ、固まる蓮。

肩に組まれている手でグラスを持っている為、雄呀が酒を飲む動作をするたびに締め付けられる苦しさと、アルコールの匂いが襲った。

これ、度数幾つだろう……と思いながらも手で口元を覆う。


「なんか、匂いだけでも酔いそう……」


「そうかぁ?お前も大人になればわかるさ……ってことでぇ、飲め!そして大人の階段を上れ!」


「ぎゃー!無理ですって!ってかユーガさん、オヤジっぽいですよ!」


「んだとぉ!?俺はまだ26だ!」


頭突きをするようにぐりぐりと額を蓮の頭に擦りつける。

地味に痛い攻撃に蓮は泣きそうになった。


「師匠。」


すっと横から手が入り、雄呀の持っているグラスを掠め取る。


「俺が飲みます。」


「え、えっと、カザスさん……」


ジロリと視線で「行け」と言われているように思えた蓮は、いつの間にか外れていた雄呀の腕を見て立ち上がる。


「じゃ、じゃあ、僕はジェティの様子見てきますね!」


「おー、謝って来ーい。日本人らしく土下座でも何でもして許してもらえー。女は怒ると怖いからなー。」


逃げるように立ち去る蓮に面白おかしく投げかける言葉はかなりジョークとは言えないものだった。

笑いながら降っていた手を下し、フォークで肉を突き刺す。


「あいつ、将来尻に敷かれるな、絶対。」


カタン、と隣で音がして見るとカザスが空のグラスをテーブルに置いていた。


「の、飲んだのか?」


「……はい。」


「じょ、冗談だったんだけど。」


顔色一つ変えないカザスを見て雄呀は刺していた肉をぽとりと皿に落とした。

16歳で成人といっても、カザスは20歳になった今でも酒に一口も口をつけたことがない。

雄呀が酒をすすめてもやんわりと断り、水だけをちびちびと飲む。

決して口にすることのなかった酒をカザスが飲んだ……


「美味いか?」


「いいえ……俺の味覚には合わないようです。」


「そ……そうか。……ん?」


無表情のカザスに苦笑いを浮かべ、頼んでおいたおかわりの酒を飲もうとすると、そこにグラスはなかった。

テーブルの上を見渡し、お姉さんに頼もうとするとカザスの方からガタン、と音がした。

どうしたのかと見てみると、テーブルに顔を沈めている弟子がいた。

その手には雄呀が頼んだ筈の酒のグラスが空となって握られていた。


「カザスくーん?」


「……」


返事はない。


「あらら、お前下戸だったのね。」


小さく呼吸が聞こえ、寝ているのだと気づく。

テーブルに突っ伏したまま動かないカザスを見ておかしくなって笑いながら残った料理を処理していく。

ほとんどは蓮が食べていたため、残飯処理みたいなものになっている。

子供の食べ残しを食べている気分だった。


「あ、お姉さん。お酒、おかわりね。」


丁度後ろを通った宿の店員にそう言って、肉を頬張る。

カザスの方を心配そうに見ていたが、大丈夫大丈夫、と言うと笑顔でお待ちくださいと返事が来た。


「無理して飲むからだっつの。」


綺麗に整っているはずの金髪が突っ伏しているせいでぼさぼさになっている。

右側に座っているカザスに手を伸ばし、頭に手を置く。


意外とふわふわしていて手触りのよい髪に地球にいたころの近所の大型犬を思い出す。

無意識に顔がに焼けるのを感じ、ガシガシと乱暴にかき混ぜた。


「ガキだなぁ……」


「……が」


「?」




「せんせーが……あいつにばかり構う。」




「はぁ?」


舌足らずで突っ伏したままそう呟くカザス。

手をどけて頬杖をついて黙り込む雄呀に、言葉を連ねる。


「せんせーは僕のせんせーなのに……」


『僕』……

小さい頃のこいつの一人称だった。

いつの間にか雄呀の真似をして『俺』を使うようになったのだが。


蓮に構っていたのが不満だったらしい。


「(完全に酔ってるな……)おい、水飲め水。」


放置状態だった水の入ったコップをカザスの前に置き、肩を叩く。


「せんせーの隣にとなりにいていいのは、僕なのに……」


「ほら、起きろって。」


「なのに……」


席から立ち上がってカザスの右側につき、体を起こさせる。

虚ろな目のカザスは目の前に置かれた水を持ち、一気に飲み干す。


「そろそろ部屋戻るか?ん?」


「あの犬……あの犬……あの犬……犬……」


ぶつぶつと何かを呟くがかなり小さい為雄呀には聞こえない。

とりあえず立ち上がらせようとカザスの腕をつかもうとしたときだった。


「おい、カザ




ゴツン!!




スーーーー!???」


いきなりテーブルに勢いよく頭突きをかましたカザスに目を丸くした。

だ、大丈夫か?と若干引き気味に声をかけると、ゆらりと上半身を起こす。


「……師匠。」


雄呀の方を向いたカザスの額は赤くなり、眼はいつもの鋭い瞳に戻っていた。

ゆっくりと周りを見渡し、自分の持っている空のコップを見て、再び雄呀を見た。


「何か、ありましたか?」




「い、いや……なにも。」




何事もなかったかのように聞いてくるのに、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「……」


無言で額をさする姿に笑いつつ、元の席に座ってグラスを傾ける。






カザスには酒はすすめないようにしよう、と心に決めた雄呀だった。







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