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片腕の救世主  作者: あに
第3章 生贄の町編
29/32

第1話 『守られた町』






「これのどこが『村』だよ。」




馬車から下りた雄呀は思わず呟いた。





一行が馬車を使うことで予定より早く到着したそこは、話に聞いた“小さな村”とはかけ離れた場所だった。

なぜか木造の小さいがきちんとした門が建てられ、見張り台には番がいる。

村……というよりはすでに“町”と言った方が外見的な意味で正解だろう。


馬車をひくシグニスを見て門番らしき人物が驚いていたが、騎士の格好をしたジェスティアが手綱を握っていることに気づき、ほっと息をついた。

馬車を預かり所に置き、シグニスを帰せばひと段落と言ったところだ。


荷物は全て魔法の掛けられた収納袋にしまわれているため手ぶらに近い。

町は小さいが、行商も入っており“平和”という言葉が似合いそうなほどで……人口も結構な数がいそうだ。



「(地図には名前も載ってないような場所だったはず……)」


「ユーガさん、どうしたんですか?」


なにか引っかかりを覚えながらもそれがわからない雄呀はうーんと唸っていた。


「何でもない。とりあえず宿を探すか。」


「宿なら突き当りにあるそうですよ。」


着いたばかりなのによく知ってるな、と蓮が何かを口に含んでいるのに気付く。

もぐもぐと動いているその口をじっと見る。


「何食ってんだよ。」


「先程、あそこの店主にいただいたんだ。宿の場所も教えてもらったよ。」


なかなか飲み込めないでいる蓮に代わってジェスティアが答えた。

かくいう彼女も、その手には美味しそうなものを持っている。

ジェスティアが視線でさしたのは小さな屋台が連なっている一部にある店だった。


よく見るとそういった店が目立つようだ。


「2日後に祭りがあるらしい。」


その準備でにぎわっているのだ、と言われ納得した。

隣にずっといたカザスも何かを差し出されていたが受け取るそぶりは見せなかった。


町の人間は外から来た人間を歓迎しているらしく、「旅人さん、旅人さん」といって寄ってくる。

さすがに雄呀は遠慮願いたいため、カザスに隠れるようにして立った。


「お祭りかぁ、この世界のお祭りってどんなのだろう。」


「町の風習によって異なるが……私もよく知らないんだ。」


困ったようにすまないと言う。

その様子を見ていた雄呀はため息をつき町を見回した。


「2日後か……」


蓮はこの世界に来てからたくさんのことを経験しなければならない。

ジェスティアも王都では見えなかったものを見るいい機会だ。

祭りに想像を膨らませる2人に向き直る。


「祭り見てくか?」


『いいの<か>?!』


「嫌なのか?」


そう尋ねると嬉しそうに笑う2人。


「(なんか、保護者になった気分だ)」


なんて考えていることも知らずに、ユーナをまじえて屋台を見はじめる。

しょうがない、とジェスティアの肩を叩き、宿のことは任せろと伝えた。

彼らはまだ未成年……ハメを外しても罰は当たらないだろう。


一番しっかりしていそうな彼女に小さな袋を渡す。

中からはチャリチャリと音がしている。


「日没までには宿に来いよ。俺たちも出かけてたら先に飯食っててもいいし。」


中身は夕飯代と小遣いだ。

ギルドの賞金では満足に遊べはしないだろうから、ほんの少しの心遣いとして渡す。

俺の財布(カザス)は渡さないけどな!と心の中で思う雄呀はにっこりと笑った。





蓮達と別れてから宿をとるまでそう時間はかからなかった。

祭りだからといって旅人がこんな小さな町に集まるはずもなく、本当に偶然立ち寄る人間しかいないらしい。

まだ日が高いため、店の人間に伝言を頼み出掛けることにした。


やはり、ここでもカザスは目立つらしく、女性の目が集まるのを感じた。

その隣を歩く雄呀は対照的に、魔法でしかたなく染めた茶髪の頭にフードを被ったままだった。

フードを被るのは顔を広めない為でもあった。

救世主なんてのをやっていた時には多くの人間に顔がバレれるようなことをしていた。

いつどこの誰が自分を知っているかわからない。

用心に越したことはない……が、


「理不尽だ。」


やはりイケメンと並んでいると自分が掠れるのを感じる。

そんなことを言ってしまえば、カザスは隣を歩かなくなるだろう。


「何か?」


「なーんでもなーい。」


そう言ってフードの下ではてなマークを飛ばしているカザスににやける。


それ以上何も聞いてこないカザスに話しかけようとすると、横から何かが飛んできた。

右側にいたカザスはすぐにその身を挺して俺に飛んできた“それ”を受け止めた。



カザスが抱えていたのは“人間”で、所々汚れ傷ができているまだユーナくらいの子供だった。



脇の下を抱えるようにして持たれていた子供は閉じていた目をあけると、自分の状況に気が付き「はなせ!」と叫んだ。

すると、カザスは一度雄呀を見てからすぐにその手を放した。


「ぃっ!?」


優しくもないその放し方に子供は落下して尻もちをついた。

子供でも女性でも容赦はしないカザス。

腰辺りをおさえて痛みに耐えている様子を見ていると、飛んできた方向から1人の男性が出てきた。

白い服を着ている、それはこの世界での医者が着る白衣的は服だ。

彼はまるで汚い物を見るかのように子供を見た。


「いいか、金がなければ薬は売れないんだよ!わかったか?!」


それだけ言って医者らしき男性はバタンと扉を閉めて消えた。

その様子に子供は拳を握りしめ、「インチキ医者!」と大声で怒鳴った。


子供は興奮していた気持が沈んでいったのか、肩から力が抜けへたり込む。

しかし、雄呀たちの視線に気づき、ハッとした様子で目つきを鋭くした。


「なんだよ、何見てんだよ!」


「ぶっ飛んできたのはお前だろ。」


呆れた表情で、こちらを睨む子供に言うがそっぽを向かれる。


「うるさい!」


そう言うと、子供は雄呀に近づく。

何をするのかと見ていると、急に足を振りかざした。



ガスッ



「ぅ痛ぁっ!!!!?」



雄呀の泣き所を予想以上に強い力で蹴りあげた。

かなりの激痛にしゃがみ込み、蹴られた部分を抑える。


「こ、この餓鬼……」


「ばーか!」


あっかんべー、と舌を出した子供は背を向けその場から逃げようとする。


が、それを右腕が許すはずもなく……


子供の首をガシッと掴み、持ちあげるカザス。

その表情には僅かに怒りが含まれていた。

足の浮いた子供は苦しそうに自分を掴む手をたたくが、びくともしない。


「師匠、殺しますか?」


無表情に近い、それでいて威圧感のあるカザスがさも普通の会話のようにそう言った。

それを痛みが引いてきて、立ちあがりながらも手で制す。


「やめとけ、ただの餓鬼だよ。」


納得した感じではなかったが、すぐに手を放した。

再び地面に尻もちをつくことになったのは言うまでもない。

カザスの迫力に負け、大人しくなった子供の前に雄呀はしゃがみこむ。


「お前、名前は?」


「……………」


無視か?そうか、無視かしかたない……


「なんて許すと思ってるのか?ああ?この糞餓鬼がぁー!」


「いてぇいてぇ!!」


子供の鼻をつまみ、ギュッとつねる。

これは地味に痛いのだ。


「どうだ?言うか?言わねぇのかぁ?」


「言う言う言う言う!」


涙目になりながらも訴える子供に満足し、放してやる。

子供は素直じゃないとな。


「で、名前は?」


にっこりと今度は指をちらつかせながらきいた。


「あ、アトル……」


この少年はアトルというらしい。

投げ飛ばされたのは薬を譲ってほしいと頼んだら、金を出せと言われ、それがなかったから放り出されたらしい。

もともと金がなかったアトルは医者なら助けてくれると思ったのだ、と。



「誰か病気なのか?」


近くに会った噴水の縁に座り、カザスが買ってきた飲み物を飲みながらアトルに訊ねた。

カザスはこの子供が(俺を蹴った行為で)気に入らないらしく、俺の右隣に陣取りながらも警戒している。

そのことを幸せにも気づかないアトルは顔を俯かせながら答えた。


「父ちゃん……前は元気だったんだ。」


「どんな病気なんだ?」


「病気じゃないんだよ!」


顔をあげたアトルは悔しそうに表情をゆがめた後、ゆっくりと正面に向き直った。

その視線は町の奥に立つ、一際大きな屋敷に向けられていた。


「あいつらのせいなんだ。」


「あいつら?」


「3年前に来たあの屋敷を建てた奴等。妹も……カトラもあいつらに連れて行かれたんだ。」








――――――――――――――――――






「―――でね、その方が来てから魔物に襲われることもなくなったし、いいことだらけよ。」


「へぇー。」


屋台の気前のいいおばさんの作ったパイもどきを食べながら、町についての話を聞いていた蓮たち。

町の奥に建っているかなり目立った大きな屋敷について聞いたら、なぜか村が発展していった経過から始まったのだ。


「もともと小さな村で、魔物に襲われても抵抗する術はなかったもんだから。」


「結界か何かを張っているのかと思ったのだが。」


大きな町には魔物が襲ってこないように結界がはってある場所が多い。

しかし、探査魔法が使える雄呀は結界がはってあるなどとは一言も言ってはいなかった。


「それは、オルニス様が魔除けの儀式をしてくださっているからなんだよ。」


「魔除けの儀式?」


「そうよ、そのおかげで安心して生活できるのよ。」


おばさんは「これ、おまけ」と言って、美味しい焼き菓子をジェスティアに渡した。


「その儀式というのは何をしているのだろうか?」


「さぁ?でも、助かってることには変わらないんだから、どうでもいいわよ、そんなの。」


そう言い、他の客が来たことで話が終わった。


雄呀たちと別れてから屋台めぐりをしながら町についての情報収集をしていたが、誰もが皆オルニスという屋敷の主を崇拝していることがわかった。

彼が来てから魔物が襲ってこなくなり、村が大きく発展していったという。


「変だ。」


「え?何が?」


整った顔をしかめっ面にし、ジェスティアが顎に手を当てる。


「魔除けなどというのはただの気休めにしかならない。実際にきくのはやはり物理的な結界のようなものだけなんだ。」


「でも、結界はないんだよね?ユーガさんも何も言ってなかったし。」


「そうなんだ。」


雄呀の探査魔法は優れている。

しかし、それにも引っかかることはなかったということは本当に結界は張られていないのだろう。


「そのオルニスという人間が何かをしているのだろうな。」


「魔除けの儀式は名前だけってこと?」


「だろうけど……害が出ているというわけでもないらしいし、気にする必要はないみたいだ。」


安心させるように柔らかい笑みを浮かべる。

そんなジェスティアに笑い返し、よし次に行こうとユーナの手を握ろうと振り返る。


が、




「あれ?」




つかもうとした手は空気しかつかめず、そこにユーナの姿はなかった。


「あれ?さっきまでいたのに?!」


「わ、私もさっきまでいたと思ったんだが!」


慌てて姿を探すが、どこにもおらず、二人は顔を合わせた。


『ど、どうしよう』









―――――――――――――――――――――







そこはけっしてきれいとは言えない場所だった。

比較的きれいに整備された町と違い、裏通りに位置している小さな家に雄呀とカザスは案内された。

といっても、カザスは雄呀についてきただけで、終始仏頂面だ。

そんなカザスに怯えながらも、少年アトルは椅子を引っ張り出してすすめた。


足の高さがちぐはぐだったそれにアトルに気づかれないよう創世魔法で修復をして座る。

カザスは当たり前のように立ったままだ。


「親父さんは?」


「隣の部屋……寝てる。」


何もないから、と言って隣の部屋のドアを開ける。

声をかけているようだが、返事はなくすぐに扉を閉めて戻ってきた。


「で、そのオルニスってやつが原因なのか?」


「……町の奴等には秘密にしてくれよ、じゃないと、追い出されるんだ。」


まぁ、こんな場所に隠れるようにして住んでいるのにも何かしら理由はあるのだろう。


「あいつらは時々、魔除けの儀式っていうのをやってる。それが魔物を追い払ってくれるんだって。」



でも、その儀式の日になると屋敷から使いの人間がきて、屋敷に奉仕するために人が連れていかれる。

皆は感謝して喜んで自分の子供でも誰でも差し出している。

なにも疑問に思わずに、恩返しができる、と言って。


「でも、妹のカトラはまだ小さかった。奉仕に出すなんてとんでもない、って父ちゃんが抗議したんだ。」


屋敷に抗議しに行った日、妹は屋敷に連れて行かれ、父親はだんだんとやつれていった。

何があったかも言えないようなくらい衰弱していくけれど、町の人間はオルニス様に逆らったって言って誰も助けてはくれない。

妹もどうしているかわからない、母親も他界し、父親しか頼れる人間がいない。


「だから薬でどうにかしようとしたのか?」


「だって!俺にはそれしかできないから!」


ぼろぼろのズボンを握りしめる。


「カトラがいなくなって、父ちゃんまでいなくなったら、俺……おれっ。」


「男が泣くんじゃねぇ。」


ギュッと目を瞑り、こぼれそうになる滴をその言葉で拭きとる。

「泣いてない」と強がり、ズズッと鼻を鳴らす。


「最初はあの医者に、見せたんだ。あったお金全部払って……でもそいつからもらった薬は全然効かなかった。」


あいつはヤブ医者だ。

どういう診察をしたのかはわからないが、金を払ってしまってはもう何もできない。

有り金全部を使ってしまったと言うのだから、生活も苦しいのだろう。


1人でどうにかしようとしているアトルを見て、雄呀はため息を吐いた。


―面倒だけれど、こういうやつを見ると放っておけなくなるんだよな……


今度は何をやらかすかわからないアトル。

次は投げ飛ばされるだけではすまないかもしれない。

ユーナもそうだが、この世界はいつでも子供が辛いことをさせられる。


雄呀だって元々はこういう人間を助けたくて救世主なんてものをやっていた。

しかし、助けられるのなんて極僅かだ。

その現実を知っているからこそ、アトルのような子どもを見つけてしまうと逃げられなくなる。


それは後悔から来ているのかもしれない。



気づけば立ち上がって、隣の部屋のドアを開けていた。


そこには床に敷かれた布団に眠っているやせ気味のアトルの父親がいた。


「お、おい!」


止めようとするアトルをカザスが肩を掴んで止める。

雄呀はしゃがみ込み、彼の額に手をそっと添えた。


「(この人に魔力は感じないのに……これは呪いか。)」


「何、やってんの?」


しゃがんだまま動かない雄呀に、アトルは話しかけるが反応はない。

額から心臓の上に手を移動すると、指がぴくっと動く。


「(強制的に魔力を吸い取る呪いだけど、“ただの”人間には大きすぎる……代わりに生命力そのものをとられてるな。)」


魔力と生命力は別物だ。

生きているものには必ずある生命力とは違い、魔力は全員にあるわけではない。


アトルの父親にかけられているのは対象者の魔力を吸収し、術者に取り込まれるというものだ。

でも、彼には魔力はなく代わりに生命力を吸い取ってしまっている。


「術式は……」


呪術をかけられた対象者には何かしら印がつけられているはずだ。

そこを中心に呪いは発動している。


雄呀は布団をめくり、服越しに手を移動させながら印を探していく。


「ちょっ、あんもがっ!?」


「黙れ。」


騒ごうとしたアトルの口をカザスがふさぐ。

探査魔法を使用している雄呀の邪魔をしないように拘束し、その目は雄呀をじっと見ている。


ふと、雄呀の手が腹の中心部分で止まると、横たわっている身体をうつぶせにし、服をめくった。


「あった。」


背には黒いミミズのような紋様が浮いている。

それは生きているかのようにときおり動いていた。


「こいつが喰ってたのか。」


このミミズのような印が魔力を喰い、吸収しているのだろう。

雄呀はその印に手を当て、陣を発動させた。


解呪の魔法は光属性の魔法。

白い魔法陣を小さく描き、呪いを解除していく。


後ろで見ているアトルには何をしているのか見えないが、カザスは目を細めていた。


黒い印が動きを止め、魔法陣に吸収されていくようにうっすらと消えていく。


印が完全に消え、青ざめていた顔色に血色が戻っていく。

生命力を回復させるために治癒術をくわえていたのだ。


「(これはサービスっと)」


陣を書き換え、術が終わると立ち上がる。

それを見てカザスはアトルを放すと、彼は父親に駆け寄った。


「何したんだよ!」


「お前、恩人に向かってだなぁ……っ」





ゾクッ





ふと視線を感じ、雄呀は窓の外を見る。

カザスもそちらを見ていたが、そこには何もいない。


―たしかに何かが見ていた気が……


「ぅ……」


「父ちゃん!」


アトルの呼び声に振り返ると、父親が目を覚ましていた。

まだぼーっとしているが、アトルの姿をとらえると眼を見開く。


「あ、アト、ル?」


「父ちゃん!父ちゃん、大丈夫か?!」


自分の名を呼ぶ父親に抱きつき、必死にその身体を心配する。

父親はゆっくりと上半身を起き上がらせた。


「わ、私は……」


「あんた、呪いをかけられてたんだ。」


知らない声に上を向き、初めて雄呀を認識した。

カザスはその後ろに立っており、どちらも存在感のある2人だ。

雄呀はフードを被ったままだったが、アトルが警戒していないのを見て、緊張をといた。


「あなたたちは?」


「俺はユーガ、こいつはカザス。まぁ、ただの旅人だよ。」


未だに窓の外に目をやるカザスに代わり、雄呀が名乗る。


「魔術師に呪術をかけられたんだろ。」


「そうだ……私は、カトラをっ」


「父ちゃん!駄目だってば!」


ハッとした彼は立ち上がろうとするが、すぐに倒れそうになる。

アトルが支えるが、子供では支えきれずにすぐに布団に逆戻りした。


「生命力なんてすぐ戻るわけじゃねぇからな、しばらくは満足に動けねぇよ。」


「しかし、娘が!」


それでも立ち上がろうとする彼をアトルが抑えようとする。

元気になったとはいえない身体で無理をしようしているの止めるのにアトルは必死だった。


「父ちゃん、お願いだからっ」


「黙れよ。」


マントの下から雄呀の瞳が光る。

その視線に睨まれ、立ちあがろうとしていたのを中断せざるをえなくなった。


「あんた、こいつがどんだけ心配したか分かってんのか?」


父親の肩を支えているアトルはびくっと肩を震わせる。

雄呀の声は低い。


「こいつに、『悪かった』とか、『ありがとう』とか言えねぇのかって言ってんだ。」


「な、」


「餓鬼1人安心させられねぇ奴が、誰かを助けられると思ってんのか?」


「父ちゃん……」


横で心配そうに瞳を揺らす息子に、彼は悲しそうな表情を浮かべる。


自分が倒れてからアトルはどうやって生きてきた?

妻が死んでから自分が娘と息子を育て、カトラがいなくなり、アトルだけになった。


「アトル……」


眼がさめてからちゃんと見なかった。

ぼろぼろになった服に、痩せてしまった身体。

歯をくいしばって涙をこらえている小さな、まだ小さな息子。


「アトル……アトル……」


小さな頭を抱き込み、名前を呼び続ける。


「ごめんなぁ……お前がいるのになぁ。」


「父ちゃんっ」


泣くのを我慢し、アトルは父親に抱きついた。

泣かないのは、雄呀に言われたからだ。


「あんたが言いたいこともわかるが、少しは落ち着いて物事を考えろよ。」


「はい……すみません。」


頭を下げる父親と、アトルを見てカザスに振り向き眼で合図する。

カザスが扉をあけ、雄呀とともに出た。





親子二人にした部屋を後にし、雄呀はフードをとる。


「カザス。」


「はい、間違いありません。」


小さく頷いたカザスに眉を顰める。


「探査魔法にかかったが、すぐ消えた。」


「魔術師でしょうか。」


「それも、結構できるやつだ。」


そう言って先ほどの椅子に座り、足を組んだ。


さっきの窓から感じた視線……それは勘違いではない。


視線を感じた瞬間に発動した探査魔法に引っかかったのだ。

一瞬の発動のため、相手も気づかれているとはわかるまい。


「監視、でしょうか。」


「ああ……アトルの父親をな。」


何のために、なんてことはわからないが、あの呪術が関わっているのは間違いないだろう。

屋敷に行った彼が呪術を施されたのなら、オルニスという人間が魔術師なのか、それとも雇っているのか。


「魔除けの儀式っていうのも怪しくなってきたもんだ。」


町に入った時から嫌な臭いがぷんぷんしてたが……


「なんて面倒なことに……」


「俺が片づけてきましょうか。」


物騒なことを言いながらシュバルツを抜こうとしているカザスを止める。


「それも良いけど、根本的な解決にはならねぇだろ。」


カザスだったらすぐに屋敷ごと殲滅できるだろうが、屋敷が潰れることで町の秩序が崩れることになれば、魔物が襲ってくるかもしれない。

そうしたら俺たちが悪者だ。


「そんなに俺はボランティア精神に富んでるわけじゃねぇ。父親が元気になれば普通の生活は送れるだろ。」


アトルには父親必要だ。

しかし、妹まで助ける義理はどこにもない。


「冷たいと思うか?」


静かに手を下ろしたカザスは小さく首を横に振った。


「師匠がそう決めたのなら、俺はそれが正しいと思います。」


「そうか。」





その後、宿に戻った俺たちを待っていたのはユーナがいなくなったと泣きついてきた蓮たちだった。











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