裏第6話 『新入隊員の考察』
フォン・レイスという男は凶暴である。
イオカリス帝国所属特務部隊第3部隊に配属になった新入隊員のラッセル・オルセウンが受けた第一印象がそれだった。
元々が通常の軍部隊への所属になるはずだったが、いつの間にか第3部隊隊長の目に止まり、強制的に配属されることになってしまった。
それからの彼の生活は一変したのは言うまでもない。
配属1日目、元気にあいさつしようとしたら「うるせぇ!」とストレートパンチをもらった。
配属2日目、隊長に紅茶を淹れたら、「薄い!」と見事なアッパーカットを喰らった。
配属1週間目、いきなりB級の魔物退治を命じられ、命からがら帰還したが機嫌が悪かったらしく何も言わず首を掴まれ投げられた。
配属3週間目、現在先輩のギリオンと馬小屋掃除中。
藁を新しいものと取り換え、餌をやる。
ふぅ、と息をつき後ろを向くとギリオンが座り込んで何かを眺めていた。
「ギリオンさん、ちゃんとやらないと隊長に殴られますよ。」
「俺、殴られるより蹴られる回数の方が多いから平気ー。」
「いや、そう言う問題じゃ……」
時々この人はマゾなんじゃないかと思う時がある。
ラッセルは呆れながらも忠実に隊長の言いつけを守る為、馬の糞を片づけ始める。
先日、ギリオンが同じイオカリスの軍人を殺して帰ってきた。
その人は同じ特務部隊の第5部隊、ブォンコス隊長の部下だったらしい。
レイス隊長はそのことでブォンコス隊長と言い合いになり、会議室を半壊させたとか。
会議から帰ってきたときのレイス隊長はそれはもう怖いくらいに笑顔でギリオンさんを蹴り倒していた。
「いつものことだから」と笑顔で蹴られている彼を見てさらに怖くなったのは言わないでおこう。
レイス隊長はいろんな人によく思われていないらしい。
彼がイオカリスで“最強”といわれている魔術師であることは配属される前から知っていた。
剣術も“抜刀剣術”という珍しいもので、一瞬で敵を切り殺す恐ろしい技らしい。
ラッセルは見たことがないが、ギリオンが言うに「特別な技」だと。
さらにあの性格だ。
誰にも敬語は使わない。
媚びない。
従わない。
皇帝の前でもその態度を崩すことはなかったが、そんな彼を見て皇帝は何の反応も示さなかった。
いや、それが当然だと言うように普通だったのだ。
レイス隊長は何者なんだろう?
ぼーっとしながら糞の処理を済ますラッセルは馬小屋の入口に気配を感じた。
白い馬を引いて入ってくるその人物に声を掛けられる。
「あら、ご苦労様。」
ゆったりとした足取りと綺麗な姿勢で馬を引き連れている彼女、エリャーナは笑みを浮かべながら労わりの言葉を贈った。
さすがは貴族のお嬢様、といった優雅さで近づいてくる。
「エリャーナさんも、魔物の殲滅ですよね。」
「ええ、でも弱すぎて退屈しちゃったわ。」
自分の得物である長槍の刃を指でなぞりながら艶のあるため息をつく。
よからぬ妄想を抱きそうになるその様子に、ラッセルは「そうですか」と返した。
「なかなか興奮できなくて……冷めてしまったわ。」
そう言って馬の鬣を撫で、小屋に戻す。
「そう言えばルチアさんも一緒だったんですよね。」
「ルチアは隊長さんに報告よ。」
「今たいちょー、機嫌悪いからやめといた方がいいと思うけどなー。」
いつの間にか2人の間に座るようにして移動していたギリオンが言う。
「あら、また?今度は何が原因なのかしら?」
「第5の爺だとさー。」
仮にも部隊長を爺と呼ぶギリオンは馬鹿に違いない。
こんなところを他の隊の誰かに聞かれたら一発で処分対象になってしまう。
しかし、兵は彼だけではなかったらしく。
「隊長さんを怒らせるなんて、余程のことをなさったのね。あのおじさま。」
お、おじさまって……
「ルチアさん、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫(でしょ/よ)」
2人の台詞がかぶる。
それほどの確信があるのか、と思っているとエリャーナが笑いだす。
「ルチアは隊長の拳に愛を感じているのよね。」
「あれ?殴られると興奮するんじゃなかったっけか?」
「同じことだわ。愛だからこそ、燃え上がるのではなくって?」
「暴力に愛もなにもないっしょー。」
「あら、わからないものよ。魔物も自らの子を強くするために谷から落とす、とよくいわれているし。」
「いや、死ぬでしょ。俺だったらそのまま逃亡するね。」
「私はロマンティックだと思うのだけれど?ルチアの気持ち、わかるわ。血というものは人を興奮させる魅惑の存在だもの。」
「それ、ただ出血してるのが原因だと思うけんど。」
「ルチアさん大丈夫なんですか?!!」
急激に彼女が心配になったラッセルだったが、その後顔を合わせた時、ルチアは頬を赤く染め、嬉しそうにしていた。
頭に痛々しい包帯を巻きながら。
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フォン・レイスという男は謎に包まれている。
入隊したての頃はその日その日が大変で、そんなことを考える余裕がなかったからか、最近になって気になり始めた。
隊長室にいることの多い彼はいつも窓際に椅子を置き、外を眺めている。
まるで、何かを待っているかのように遠くの方を。
その時間は話しかけてはいけないと暗黙の了解になっていた。
もし、話しかけてしまったら拳か蹴り、もしくは彼の魔法でとんでもないことになってしまう。
理由は誰も知らないらしい。
第3部隊の隊長になってからは全ての隊員を配置換えし、今の編成を1からし直したときいた。
そのためか、誰も隊長の詳しい事情を知っていないのだ。
隊長は謎に包まれている。
一度だけ彼のデスクに倒された写真立てを、彼が遠征に行っている際見てしまったことがある。
そこには魔具で記録した映像を紙に写し、その魔力が薄れ色褪せた写真が挟まれていた。
銀髪の隊長らしき少年と、見たことのない金髪の少年が並んで写っていた。
隊長は楽しそうに笑っているが、金髪の少年は隊長の手を握っているだけで無表情だった。
友達だろうか。
あんな人でも友達はいたのか、と思ってしまったのは嘘ではない。
下僕なら何人かいそうだが。
自分は隊長のこんな自然な笑顔を見たことがなかった。
「(この少年はだれだろう)」
写真立てに入れられているが、見せないように倒しているのを見て、見てはいけないものだったと改めて感じてしまった。
子供の頃の写真で、今の写真ではないということは、この人とは会えてないのだろう。
そっと元の位置に戻し、部屋を出る。
隊長はいつも一人になろうとしていた。
与えられた任務も隊員には複数行動を命じ、自分は単独行動をする。
部下が犯した失態も、怒るが、結局はきちんと尻拭いをしてくれる。
不機嫌だと周りに悟らせ、部屋に籠る。
彼は何を待っているのだろうか。
「何してる。」
声を掛けられて初めて気がついた。
背後には隊長が扉に寄りかかって立っている。
手には彼の得物と血に濡れた軍服の上着が抱えられていた。
「掃除をしようと。」
「そうか。」
いつものように理不尽な暴力は飛んでこなかった。
どこか疲労した声で上着を壁にかけ、武器をソファに放り投げた後、どかりとソファに深く座った。
そして、一言「茶」と告げた彼に急いで飲み物を淹れる。
首元のボタンを外し、血のついた手袋を脱ぎ捨てるが、舌打ちをしてそれをごみ箱に投げ入れた。
「どうぞ。」
湯気のたつ紅茶を一口飲み、何も言わずにテーブルに置く。
いつもより覇気がない。
「あの、何かありましたか?」
そう聞いた自分を隊長が睨んでくるが、何も言わず、何も動かず、眼をそらした。
少し経ってから「何でもねぇ」と返事が返る。
今日の隊長は変だ。
いつものように窓の外を見ない。
代わりに死んだようにソファに座り込み、寝てしまった。
「隊長が変なんです。」
先輩の部隊員に言えば、特別な反応は返ってこなかった。
「毎年この日はそうじゃねぇんかな?」
「今日は何かあるんですか?」
そう聞けば、ギリオンは言い辛そうに答える。
「10年前のアルカトス東南大戦の終戦日だぜー。」
シュトレインでは祝日になってるらしいけど、イオカリスは敗戦国だからな。
隣にいたエリャーナも肩をすくめ、頷いた。
「隊長は敗戦した日に変になるんですか?」
「敗戦したことが原因じゃないと思うべ?あの人、帝国嫌いだもんよ。」
そう言えばそうだ。
この前なんか、自分がこの国を滅ぼしてしまおうかとか言っていた人だから。
「もっと、違うことではないかしら。」
「例えば?」
「恋人が死んだとか。」
「隊長、10年前はガキだから。恋人なんていないっしょ。」
「じゃあ家族かしらね?」
隊長の家族……そういえば何も知らない。
先輩たちもそこまで個人的なことはわからないと言う。
「あ」
「どうしたんですか?」
「たしか、隊長、友達がいたって言ってたよーな……」
ギリオンが言うには、隊長に黙って飲み物を酒にすり替えたところ、かなり弱くすぐに酔ってしまったらしい。
その時、ここぞとばかりに質問をしたら、素直に話をしたらしい。
軍に入ったのは友達のため、だとか。
その友達とは自分が隊長室で見たあの少年のことだろうか。
「すっげぇ楽しそうに話してたから、気持ち悪くって覚えてたんだな―これが。」
「あら、楽しそう。今度隊長さん誘ってお酒飲みましょう。」
「お、いいね!マジで酔ったたいちょーは見ものだかんよ。」
などと、酒盛談義に走り始めた2人の横で考えた。
今日はきっとその友達の命日なのだろう。
戦争が終わっても隊長は忘れられずにいるのだ、と勝手に決め付けてしまおう。
これ以上気にしてしまったら止まらなくなってしまう。
でも、少しだけ隊長のことを知ることができた。
フォン・レイスという男は友達を失ったらしい。
彼は、ずっとその友達を待っているのだ。
帰ってくるはずのない、その友達を。
余談だが、その次の日紅茶をいれたらいつもの隊長に戻り、殴られた。
痛かったけれど、安心した自分に少し危険を感じたのは言うまでもない。