表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片腕の救世主  作者: あに
第2章 ココン編
25/32

第6話 『力の始まり』






「むむむぅー……」


「へたくそ。」


「ぜぇーはぁーぜぇーはぁー、こ、これ、難しく、ない、っすか?」


「へたくそ。」


走る馬車の中、手綱を持つジェスティアと話し相手になっているユーナ以外の3人が箱の中に入っていた。

カザスはじっと眠るように眼を閉じて座り、その横にダルそうに寝転がり、右手で肘をつき頭を乗せている雄呀がいた。

時々欠伸をしながら目の前で四苦八苦している蓮の相手をしていた。





シグニスが馬車を引いてすぐ、雄呀は蓮の魔力制御の訓練を始めた。


最初に教えたのは魔力についての基本的なことだった。

魔法陣を使用した魔法、詠唱を使用した魔法。

魔力の属性は火、風、水、地、光、闇とその属性を融合させた派生魔法があることなど、簡単なものを教えた。


「ちなみに俺は全属性。」


そう言って雄呀は掌を出し、六つの光の球を浮かべた。

赤が火、風が緑、水が青、地が茶、光が白、闇が黒、といったように色がある。


「あれ?でも、前にユーガさんが使ってたのって黄色い陣が出てたような……」


「黄色は光と風を融合した雷の属性……ってかマジで覚えてねぇし。」


「あはは、あの時は目が据わってたから。」


蓮は雄呀の雷の魔法を思い出すと、背筋がぞくっとした。

あんなものを自分が喰らってしまったとしたら、死んでもおかしくはない。


「まずは魔力を制御できるようにならねぇとな。」




……と、魔力を実体化させることから始めたものの、なかなかうまくいかないのが現状だった。


「ただ力めばいいってもんじゃねぇ。感じろ。」


「感じる?」


起き上がった雄呀はどこから取り出したのか、トリの実を齧り言った。


「お前、あの守銭奴と殺り合っただろ?」


「はぁ。」


蓮とユーナを襲ったトライナー。

勝敗は決しなかったが、あのまま続けていればきっと自分は負けていた、と蓮は自覚している。


「その時、自分から力が湧きでる感覚がしなかったか?」


「あ……たしかに。いつもより身体が軽かったような。」


自分の体ではないような軽さで、翼が生えたようだった。

それと同時にその力が自分を侵していく感覚を覚えた。


死ぬ。


そう思った瞬間、何かが自分を包んでいくような……


「それはお前の感情に反応した魔力だ。」


「あれが?」


自分の掌を見つめて握り、息を飲む。


「どう感じた?」


「すごく、強くて……なんか、自分が消えるような。」


自分の世界に入りつつある蓮を見て、雄呀は頭をガシガシとかいた。

何度か感じた蓮の魔力はどれも不安定だが、どれもが雄呀の感覚を刺激するものだった。

攻撃的で、反発的な普段の蓮からは考えられないようなもの。


それを自覚しているのかいないのか……


「(あぶねぇな。)」


ただでさえこんな世界にきて身体が慣れていない状態なのに、これで魔力に“取り込まれ”でもしたら、最悪だ。

早く制御だけでも教えないと、こいつの存在が危ない。


「“死”を感じた瞬間に意識で来たんだな?」


「はい……なんか、こう……中の方から。」


手っ取り早いのは魔物の巣窟に放り出して強制的に魔力の制御を身につけさせることだが、これは紙一重の賭けになってしまう。

このヘタレのことだ。

逃げて帰ってくるだろう。


「しょうがねぇ。」


そう言って雄呀は左手で蓮の左手を握った。

突然の行動に慌てる蓮をスルーし、黙ってろ、と一喝した。


「俺が手伝って、お前に自分の魔力を“感じ”させてやる。」


「そんなことできるんですか?」


「本来なら、魔力の循環のこともあって両手が好ましいが、生憎ねぇんでな。」


我慢しろよ、と言われ頷く。

手を握られ、かなり心臓がどきどきしているが、急に強い力で握られ思わず痛いと言ってしまった。


「手汗が気持ち悪いんだよ!」


「自然と出ちゃうんですよ!」


「てめぇは初めて女子の手握る中学生か!俺だって好きで男の手ぇ握ってんじゃねぇんだ!握るなら、可愛い女の子がいいんだよ、このタンコブ!」


「今日はタンコブ作ってませんよ!」


手を握りながらああだこうだと言いあいになりつつあったが、それは雄呀がカザスに命令した後に終わった。

蓮の頭には巨大なタンコブがぽつんとあり、黙りこくった彼を尻目に目を閉じる。


「お前も目ぇ閉じろ。その方が感覚が広くなる。」


落ち着いた声で言われ、蓮はそっと目を閉じる。

握られている手は少し冷たく、自分の手が熱すぎるのではないかと思うほどだった。

しばらくして、体温が雄呀にうつっていくのを感じた。


自分の中の何か……きっとそれは魔力と呼ばれるものだ―が、動いた。


「(これが、僕の魔力。)」


だんだん左手に集中していくそれはどんどん中から溢れていく。

それを感じていると、握っていた手が小さく震えているのが伝わってきた。

眼を開けてもいいのかわからず、開けようか開けまいか迷っていると、前から「そのままだ」と言われた。

じっとそれを感じ、流れていくのを感じる。

心臓、足、脳、眼……あらゆるところに魔力を感じる。


「これが……」



蓮が自分の魔力を自覚している前で、雄呀は今までにない感覚に耐えていた。

握った手から自分の魔力を流し、蓮の中の魔力を刺激する。

そうすることによって、“攻撃されている”と錯覚させ、防衛反応としての魔力を発動させていた。


そのため、蓮の魔力は雄呀を攻撃する。

今、雄呀の手には蓮の魔力がじりじりと痛みを与えている状態だった。


「(やっぱっ、こいつの魔力はやばい)」


魔力の総量、制御は雄呀程ではない。

しかし、魔力の質は別だった。


「(こんな攻撃性の魔力……っ)」


触れている蓮の手から自分を襲う魔力を押さえつけるが、痛みはおさまらない。


「(魔力の属性なんて関係ない……(こいつ)は例外もんだぜっ)はぁ」


思わずため息をついてしまったが、蓮には聞こえなかったらしい。

しかし、隣にいたカザスには聞こえていたらしく、次の瞬間蓮の手を払い、雄呀と引き離した。

急なことに蓮は目を開いた。


「あれ?」


目の前には雄呀の手に布を巻いているカザスと、天井を見てなすがままになっている雄呀がいた。


「手、どうしたんですか?」


そう聞くと、カザスがちらりと見てきたが、何も言わなかった。


「気にすんな。それより、魔力……感じただろ?」


「はい!凄くわかりました。」


嬉しそうに手をグーパーグーパーと確かめるように見る。

その様子を少し表情を崩した雄呀が見ていた。


「師匠。」


「大丈夫だよ、こんなもんはすぐ治る。」


「……あとで消毒を。」


「はいはい。」


雄呀は治癒魔法が使える……しかし、使わない。

カザスは雄呀が自分で治癒魔法を使わないことを知っている。


自分の傷を自分で治すことをなぜか禁じているのだ。

カザスが怪我をすれば迷わず治すくせに、自分には絶対に使わない。

大きい傷も、小さな傷も関係なく、自分の自己治癒能力に任せている。


そうなれば自然と、怪我をすればカザスが手当てをすることになっている。


布の巻かれた手を見れば、僅かだが痙攣を起こしていた。

それをぎゅっと握れば、痛みはあるが、痙攣を無理やりおさめることはできた。


「じゃあ、もう一回やってみろ。」


雄呀がそう言えば、蓮はすぐに目を閉じて集中し始めた。

馬車の中はごとごとという音だけになり、しばらくして蓮の手を覆うように光が灯った。

それは黄色く、時折バチバチと音を立てる。


「はぁ……こ、これ!」


バッと雄呀の方を向くと呆れたような表情をしていた。


「なんでいきなり雷属性なんだよ。」


「なんか、ユーガさんの魔法しか思いつかなくて。」


「まぁどうでもいいけどよ。」


手を覆っている魔力を指す。


「それを指先に集中させてみろ。」


「はい!」


蓮は再び集中し始めるが、魔力はゆらゆらとコントロールが悪い。


「うーん。」


「さっき集中する感じを覚えただろ。それを思い出せ。」


「ぐぬぅー。」


力む度に魔力が蒸発していくように消えてしまう。

雄呀は再び寝転がり、その様子をしばらく傍観することにした。


蓮を見ながらうつらうつらと船をこき始めてくると、カザスが横から外套を丸め、頭の下に敷いた。

力の抜けた頭は重いが、そんなことも気にしていないカザスは軽々と持ち上げていた。

枕となったそれに頭が乗ると、本格的に目が閉じる。



そう言えば、俺が魔法を使えるようになったのはいつからだっったっけか……



何度も死にそうになって、気づかないうちにいつの間にか使えるようになっていた。

魔力が何なのかさえもわからずに、ただ、必死になっていた。


そうか……


もう、そんな気持ちになることもないのか。


眼を薄らと開け、布の巻かれた手を見る。

久しぶりに“痛い”と心から感じた。

さっきの痛みは、蓮の魔力…・・あいつが抱える問題の大きさに比例している。


「(いつか、レンも……)」


目の前で力を得ようとしている自分と同じ境遇の地球人。

救世主なんてものに選ばれてしまった犠牲者。


それでも、こいつはまだ“大丈夫”なんだ。


「師匠。」


ぼーっとしていた雄呀にカザスが声をかけると、寝がえりを打って丸くなる。


「寝る。しばらくお前が見てろ。」


「はい。」


おやすみなさい、と小さくカザスが囁くのが聞こえた。













―――――――――――――――――――










ガキンッ


『はぁ、はぁ……』


地面に刺した剣は血を吸い、ナマクラ同然となっている。

足もとに落ちていた抜き身の剣を拾い、引き摺るようにして歩く。

額から血が流れ、頬を伝う。

歩くたびに踏みつける死体が、敵か味方かわからない。


これは、誰だ?


襲ってきたやつを殺して、剣を向けてくる奴を殺して、周りにいた人間を殺して……

全部を殺して……


全部?


俺は何と戦ってるんだ……?


なんで、敵がいるんだ?



そうだ…・・



『俺は、生きる。』


自分で意識を向ければ血は止まり、痛みはなくなる。


『俺は……生きる。』


足もとで何かが動いている。

たしか、一番最初に切りかかってきた人間と同じ服を着ている。

剣を握りしめ、足元に突き刺せば、痙攣を起こした後に動かなくなった。


握っていた手を放す。



遠くで叫び声が聞こえる。

雄叫び、と言った方が正しいのだろうか。


『どうでもいい。』


背後で剣の抜かれる音が聞こえる。

何十人もの人の気配に振り向いた。


奴等は武器を持たない自分に剣を向け、「殺せ」と叫んでいる。


血に濡れた手で宙に手を掲げる。

魔法陣は一瞬で現れ、中心から剣の柄が生まれる。

それを握り、陣から引き抜けば、鋭く長い剣が光った。


そうか、こんな魔法もあったのか。


これでまだ、戦える。



『まだ、俺は生きてる。』




まだ…………殺せる。






――――――――――――――――――――――











バッ!!


眼を覚ませば、そこにはカザスがいた。

丸まって寝ていたはずが、急に起き上がったことで右側にバランスを崩しそうになる。

それをカザスが支えてきた。


「どうかしましたか?」


雄呀から手を放し水筒を手渡してくるのに、自分らしからず動揺しながら応じる。


「あ、いや……なんでもない。」


そう言って受け取ろうと手を出すと、そこには赤黒い液体がついていた。

ぽたぽたと馬車の床に落ち、服を濡らす。



『殺せる』



思わずカザスの手を弾いて水筒を落としてしまった。


目を丸くしたカザスは雄呀の焦った様子を見て水筒をすぐに拾い上げて再び差し出してきた。


「大丈夫です。」


カザスが優しく言う。

その言葉に再び手を見ると、そこには白い布が巻かれていた。

それ以外はなにもついていない。

赤黒いものはいつの間にか消えていた。


「そう、か……そうだよな。」


夢だ。


ずっと前に見なくなった夢……いや、現実だった夢。

“俺”が“俺”じゃなくなった時の。


「師匠、水を。」


「わりぃ。」


水を一口飲み、周りを見ると蓮やユーナ、ジェスティアが眠っている。

気がつけば周りは暗くなり、シグニスがこちらをちらちら見ながら番をしている。


「夜明けに出発します。」


「結構寝ちまったか。」


「何か食べますか?」


荷物を漁るカザスに頷くと、保存用の食料を差し出された。

それを受け取り馬車から下りてシグニスが伏せている場所に寄りかかる。


シグニスが耳をぴくりと動かし、頭を上げる。

座り込んだ雄呀の脇に鼻を押し付け、鳴らした。


空には星が瞬いている。

包みを開けていると声が掛けられる。


<魔力が揺れておられます。>


「なんか、夢見悪くてよ。」


決して美味しいとは言えない食料を食べながら、シグニスの鼻頭をなでる。

喉をならして頭も押し付けてくるシグニスは本当に犬のようだ。


「らしくねぇよな。」


<人間とはそのような生き物であります。>


「そっか……俺はまだ、人間だったか。」



こんな俺でも……まだ。




<主殿>


「本当、面倒くさい奴だよな俺。」


自嘲し、包みをくしゃくしゃにして掌に乗せて燃やした。

炭も残らぬほどになくなったそれを握り締める。


<貴方をそうさせたのは、この世界でございましょう>


シグニスが鼻をスンとならした。










狂ったこの世界で、誰もが狂わずにはいられない。

いつか……




「(お前は、間違えるなよ)」





心地よい毛並みと規則正しい呼吸の動きにそっと目を閉じた。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ