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片腕の救世主  作者: あに
第2章 ココン編
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裏第4話 『敵の中の敵』






イオカリス帝国には特務部隊という戦闘専門部隊が存在する。

5部隊に編成されている部隊のトップは軍でもその実力は計り知れないとされている。





その部隊の中で唯一、“はぐれ者”が集まるとされる部隊……特務部隊第3部隊。

特務部隊のなかでも最少人数で構成され、全員が問題児だが、戦闘能力は一人が軍の一般部隊を軽く伸せるものをもつ……らしい。














―某帝国のとある一室―


そこは部隊長に与えられる広めの部屋、執務室。







「いっそ、俺が国を滅ぼしてしまおうか。」









夜になり、ぽつぽつと明かりのつき始めた町を窓から見下ろして呟いた。


「いやいや、たいちょ!隊長がそれ言うと洒落にならんですから!」


それを聞いた部下、ギリオン・ウェリー・ウォールスはぼこぼこの痣だらけの顔面で正座をし、膝に大量の書類を抱えたまま恐ろしいことを言った上司に言った。

その手は膝に乗っている書類、始末書兼報告書を書いたまま、止まらずに動き続けている。


彼が書いた書類を横で束ねていた新人隊員ラッセル・オルセウンも思わず書類を落としそうになり、焦った。


「そそそ、そうですよ!いきなり怖いことおっしゃらないでくださいよ!」


彼らは常に正座させられ、目の前にはソファに座って窓の外を眺めている彼らより若い、少年といった方が近い位の年の人間がいた。

彼はだるそうにソファの肘掛に肘をつき、頬杖をかいている。


「黙れ、屑共。」


ギャーギャーと言ってくる2人に睨みを利かせ、彼等の方に身体を向けるようにして座りなおした。

彼の胸元にはフェニックスの紋章と“Ⅲ”と刻まれたバッジが付けられている。


正座している2人、特にギリオンへ苛立った視線を送る。


「俺に隠れてこそこそしてる野郎どもが気に入らねぇ。シュトレインも気に入らねぇ。皇帝も、王族も貴族も気に入らねぇ。そして何より……」


そう言いながらゆっくりと右足を上げる。




ドゴンッ


「ぶへっ!?」


次の瞬間、ばらばらと書類が散りばめられ、ギリオンの茶色の頭が木造の床にめり込んだ。


「馬鹿は一番気に入らねぇ。」


彼の後頭部にはブーツ底が当てられ、、ぐりぐりと押しつけられている。

隣でそれを見ていたラッセルは涙目になりながら書類を持つ手をぶるぶると震えさせていた。


「おい、ウォールス、俺ぁ『捕縛』っつったはずだぞ?」


「ば、ばい。」


「じゃあ、ありゃなんだ?あ?」


そう言って指差した方向にはギリオンが引きずっていた袋の中身……黒こげの人間の死体が横たえてあった。

すでにぼろぼろと腕がとれ、足の部分も崩れかけている。

もう識別もできないくらいに修復も不可能なものとなっていた。


「命令一つきけねぇのか、屑!ボケ!カス!」


「ぶばっ!ぶごっ!」


遠慮なく足蹴を繰り返し、数発喰らわせた後足をどける。

ぴくぴくと痙攣し、ゆっくりと頭をあげたギリオンは頭に巨大なタンコブを作り、悲惨な状態になっていた。

散らばった書類を拾っておいたラッセルは彼の膝にそれをそっと置き直す。


「あだだ……でも、捕まえようとしたら攻撃してきたんですぜー?そしたらついー。」


「ああ?!」


「……す、すみませんでしたぁ!!(炭でもタコでもいいっていったの隊長なのに……)」


穴のあいた床に向かって全力で頭を下げる。


「しかたねぇ……証拠隠滅はしとけよ。」


「全力でやらせていただきます!」


「あの、隊長。」


土下座している先輩の横で恐る恐る手を挙げるラッセル。

何だ、という視線を送り、質問を許可する。


「どうして上層部はシュトレインに潜入者なんか……本当に戦争をするのでしょうか?」


「だろうな。」


投げやりな答えは彼の正直な気持ちだろう。


「でも、隊長はこうして潜入者を始末して……」


「黙れ。」


シュトレインに負けたイオカリスが再び戦を起こそうとしている。

そんな噂は大陸中に広がっていることだ。


先の大戦で次期皇帝候補が死んだことで一時期沈んだ国は、新たな皇帝候補を生み出し、再びあの時を再現しようとしている。

目的はただ一つ、ある土地の権利を取り戻すことでなんらかの利が国に与えられること。


その何かは上層部にしか伝えられてはいないらしい。

帝国にとってそれは重要なものであり、シュトレインに奪われたことが屈辱的だと上層部の貴族が口にしたことがあった。


「隊長はご存知なのですか?」


「あ?」


「“例の地”に何があるのか。」


彼が隊長と呼び慕う上司は“戦争”を嫌っていた。

どこから知ったのか、シュトレインに潜入者が潜伏していると情報を掴み、それらを秘密裏に消しているのも彼の命令だ。


少人数のこの部隊にとって彼の意向は絶対。


だからこそ他に秘密にできている。




沈黙が包み、ギリオンが書類に書き込む音が部屋に響いた。


「さぁな。それは爺どもしか知らねぇことだろ。」


それが気にいらねぇ。

そう言って立ち上がり、机の上にあった書類を手にとった。

すでにサインが刻まれ、一枚一枚に判が押されている。


「それに、どうせくだらねぇことだろ。国ってのはよ。」


枚数を見ながら不機嫌そうに言うと、ふと扉の方から足音が聞こえてきた。

コンコン、とノックの後「入れ」と言われ、1人の女性が入ってきた。


知的な雰囲気を持つ彼女は部屋を見渡し、正座をしている2人と書類を持っている部屋の主を見てかけている眼鏡を指で上げた。


「レイス隊長、例の件の報告書をお持ちしました。」


「(な、何もつっこまないんだ)」


「(い、いつもこんなかんじなんですか?)」


「(ルチアって、基本たいちょ以外どうでもいいから)」


ガスガスッ


「ふんぎゃっ」


「うぎゃ!」


こそこそと話していたラッセルとギリオンを踏みつけ、そのままスル―し、レイス隊長と呼んだ部屋の主であり、彼らの所属する帝国の特務部隊第3部隊隊長である、フォン・レイスに近づいた。

持っていた書類を差し出し、代わりに彼の持っていた書類をすべて受け取ると、視界に入った黒こげのそれを凝視した。


「あれは何でしょうか。」


「シュトレインにいたネズミ。」


「私が始末を?」


「いや、そこの屑にやらせる。お前はエルハードを連れて魔物の殲滅任務に行け。」


屑という代名詞にツッコミもせずにはい、と返事をしたフォンの補佐ルチア・ミゼルは書類を確認した。


「彼女はどこに?」


エルハードというのは同じ隊員であり、名をエリャーナ・ジェン・エルハードという、貴族のお嬢様だった人間だ。

次女に生まれた彼女は家を継ぐこともできず、政略結婚に反旗を翻し軍人となった。


俗にいう、“戦闘好き(バトルマニア)”と呼ばれる種に属する人間である。


「あいつなら修錬場で暴れてんだろ。さっさと連れてけ。」


「承知しました。」


ガスガスッ


「むぎゃ」


「あうっ」


踵を返した彼女は再び2人を踏みつけて部屋から出ていった。


「てめぇらもいつまで寝転がってんだ。」


うつ伏せに悶えている2人の腹を蹴り、立たせる。

背中と頭をさすりながら立ち上がると、ギリオンは死体のほうに歩き、袋に詰め直した。


「あ」


とれた腕をもって何かを思い出したギリオンが声をあげた。

あー、あー、と繰り返し、フォンのほうに顔を向ける。


「そういや、エルフの森ですんげぇことあったべよ!」


「すんげぇこと?」


袋に詰めるのを手伝おうとしていたラッセルが聞き返す。


「すんげぇの!誰かは知らねぇけど、雷の巨大魔法使ったんだ!」


こう、どごーんと!とジェスチャー付きで説明するギリオンに、驚きの声を上げる。


「ええ?!え、エルフの森で?!」


「ありゃ、俺もびっくりびっくり……」


「……」


その言葉にフォンは眉をひそめ、ソファに座った。


エルフの森。

純度の高い魔力が満ち、魔術師にとっては毒のような場所で巨大な魔法。

しかも、森にはいない、希少な雷の精霊の加護なしに雷魔法をあの森で……?


「馬鹿言ってねぇで、さっさと始末して来い。てめぇは後で隊の馬小屋掃除だ。」


「ええええ?!」


「なんだ?死刑の方がいいか?」


「よ、喜んでさせていただきます!」


「パシリもつれてけ。」


「えええ?俺もですか?!」


「武器整備追加。」


パシリというのはラッセルのあだ名……というより既に名前と化していた。

う、馬小屋……と沈んでいるラッセルの肩をポンポンとたたき、笑っているギリオン。


彼の持つ黒こげの腕とルチアから受け取った書類を見て、これからのことを考えたフォンはため息をついた。



「(めんどくせぇ。)」








本当に……滅ぼしてしまおうか。




















同日。




「では、魔物討伐の際、その死体を見つけた……と?」


「ああ。」


円卓の周囲に5人の人間が座り、フォンもそこに座っていた。

集まっている5人は帝国の特務部隊を背負うトップ5だった。


フォンの報告書は先ほどの死体の件が書かれている。

シュトレインではなくイオカリス国内で見つかったと偽造したものだ。


「それで、その死体は?」


「部下に火葬させた。魔物にやられたんだろうが、毒素が紛れてたから処理してやったよ。」


「真か?」


この中で一番の年長らしき男が腕を組んでにやりと笑っているフォンを睨んだ。


「おい、いくら死んだのがてめぇの隊の人間だからって、疑うのかよ、じじい。」


「小僧がなめた口をきくでない。」


「そのガキに負けたのはどこの耄碌爺だよ。」


挑発し、悪態をつく2人の会話にしびれを切らしたのか、フォンの隣に座っていた1人が口を開いた。


「死んだとしても遺体を持ち帰り、正確な処理を行ったレイスは正しいと思うが?」


「その死体を作ったのがレイスだと思わんのか。」


「証拠でもあんのか、爺。」


「ぐ……」


死体はすでに処理済み。

死んだ隊員は魔物の討伐という名目で国を出ていたと書類に明記されている。

つじつまは合っているのだ。


しかし、実際に彼がいたのはシュトレイン国内のエルフの森。

イオカリス国内で死ぬことなどありえないのだ。

それを知り得るのは彼に指示した人間と、彼を殺した人間。


「それとも、俺がそいつを殺す理由でもあるってのか?」


下っぱ隊員を殺す暇があるなら自分の隊員虐めてた方が楽しい、と大笑いする。


「わしを侮辱しているのか?」


「そりゃてめぇだろ。俺を疑う前に、自分の犬は自分で躾とけ。脳味噌つるつる爺。」



ガンッ!


フォンの座っていた場所に巨大な剣が叩きつけられる。

その場は粉々になり、勢いで小さなクレーターができた。


「ドバール隊長!」


年長の男、ドバール・ブォンコスは斧のように叩きつけた大剣で手ごたえを確認する。

しかし、そこにつぶれた死体はなかった。



「イオカリス帝国所属特務部隊第5部隊隊長、ドバール・ブォンコス。」


その声はドバールの背後から聞こえてきた。

振り向けば、元々彼が座っていた、今は潰された席の反対、ドバールの席にフォンは何事もなかったかのように座っている。


「あんたは楽しい楽しい戦争がしてぇらしいが、俺は平和主義だ。」


塵一つ、埃一つついていない彼は先ほどと変わらずに腕を組んだ姿勢のままだった。

大剣をおさめたドバールは睨みを利かせたまま拳を握りしめている。


「そんなに戦争してぇなら、俺が相手になってやんよ。」


不敵な笑みを浮かべた自分より若い男に挑発される。

ドバールはもとより気に入らなかった。


この男の存在が。


「特務部隊第3部隊隊長、フォン・レイス……貴様……死ぬぞ。」


睨みあう2人と、呆れてため息をついている同席していた3人は先ほどの破壊音で扉の前に人が集まってくるのを感じていた。

しかし、開けることはない。


ドバールの言葉にフォンは噴き出す。


「何馬鹿言ってんだ?人間はいずれ死ぬ。当たり前のこと言ってんじゃねぇよ、じ・じ・い。」


それと、とドバールを指さす。





「てめぇの“ご主人様”に伝えとけ。『無駄なことはするな』ってな。」







部屋の扉が開くと同時に警備をしていた隊員が入ってきて、部屋の惨状にあんぐりと口を開けた。

修理しとけ、と命令すると怯えながら返事をしてくる。


他の隊長が出ていき、軽快な足取りでフォンも立ち上がった。

ドバールは部屋の中から、出ていくフォンの背中を見て、鼻で笑った。









「いずれ、消してくれるわ。」













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