第4話 『いつかと茶髪』
宿に戻った雄呀たちを待っていたのは、旅の荷支度を済ませていた蓮とジェスティア、ユーナだった。
里長のヘイに結界の修復をしたこと、それが人為的に起こされたが、犯人はもうこの近くにはいないことを伝え、報酬を受け取った。
人為的行為によるものと知ったヘイはただ、頷いただけで何も言わなかった。
ただ、その犯人がイオカリスの人間の行為だと言う事だけは口を閉じておいた。
それを言ったところでどうにもならないからだ。
それは雄呀の独断だが、エルフも雄呀に近い思想を持っていることを知っている。
エルフは人間の戦いに交わることはない。
10年前の戦争もエルフが参加することはなかった。
森に被害はなかった。
大陸全てのエルフの里に被害はなかった。
彼らは自らの土地だけを守り、そこで生きる。
俺たちと同じ、無関心論を持つ。
無関心は無知よりも罪だ。
俺も、彼らも、それを理解している。
ただ自分の守りたいものを守る。
それだけが生きる上でのルールなのだ。
里の民が平和に暮らせるのなら、犯人は関係ないのだろうが、ヘイは決してそれを知ろうとはしなかった。
話が終わり長の家を出るとき、ヘイと言葉を交わした。
「ありがとうございます。」
「いや……礼はいらねぇ。」
銀貨が入った袋を手渡され、おまけとして果物をカザスに渡す。
色とりどりのそれは籠に入れられていた。
ヘイは籠を持つカザスを見たあと、雄呀に視線を移し、小さな声でつぶやいた。
「あなたは、この里をどう思う。」
唐突にそう聞かれ、眼を丸くしたあと、里を囲む木々とその中で生活している人々を思い出した。
警備は数人、誰でも自由に入れる……まるでフィニアのようだ。
平和で、自由……でも、ここは閉じた世界だった。
戦争が起きれば戦わざるを得ないフィニアと違い、外界との関係を一切断っている。
「つまらないくらい、平和な場所だよ。」
それ以上に、何も感じないと思う自分がいた。
その答えにヘイは苦笑し、
「私もそう思うのでございます。」
と、言った。
エルフは昔から生きるべき土地を見つけた時、その土地を守るべく離れることはない。
「ですがね、この森は“檻”なのでございますよ。そうでございますね……あなたにとってのこの世界と同じでございます。」
「……知ってたのか。」
ヘイはクスクスと笑い、空を指さした。
「私もエルフの長のはしくれ……その腕のことも存じておるのでございます。」
それに、あの魔法……と、言われ、蓮が言っていたことを思い出した。
『ユーガさんの魔法、すごかったですね!』
「(ま、マジで覚えてねぇ。)」
「長い間生きていれば、何が起きてもおかしくはございませぬが、あなた“達”……あなたは特別でございます。」
役目を終えた雄呀、新たに召喚された蓮。
「特別、ね……俺はそんな風に思っちゃいないぜ。」
今じゃもう死んだ人間といった方が答えに近いしな。
「いずれ、あなたにもわかる時が来るのでございます。そして、選ばなければならない。」
「選ぶ……?」
まるで占い…・・いや、未来を見ているような言い方で語る。
ヘイは俺の左手をそっと握った。
「“彼”か……“自分”か。」
意味深な言葉を残し、ヘイは別れを告げた。
「“彼”か“自分”ね。」
自分、それは雄呀のこと。
では、彼とは誰だ?
カザス?それとも蓮?
「師匠、宿に依頼書を預ければ回収人が来るそうです。」
「ん?あ、ああ。」
「何か話したのですか?」
ヘイと話していた時、カザスはウロンと共に少し離れていたため、会話は聞こえていなかったらしい。
「いやぁ、結界直ったから具合よさそうで良かったって話。」
納得はいかないと言った顔をしたが雄呀がそれ以上何も言わないと、聞かない方がいいと感じたようで、それからは宿に戻るまで他愛のない話をした。
「(気になることが増えるばっかだな……)」
カザスと話しながら、彼の顔を見上げる。
横を歩いている無表情な顔はずっと前を見ている。
雄呀の右側をいつも歩くカザス。
「(壊してよかった。)」
カザスが拾った紋章は良くない。
彼にとって絶対的な存在だったものは、今となってはただの凶器だ。
俺の右腕、俺の弟子、俺の家族……
ヘイの守るべき土地がこの森、この里ならば、俺が守らなければいけないのはカザスが生きる場所。
カザスはきっと俺を守ると言う。
ならば俺はカザスを守る為に俺自身を守らなければならない。
俺が死んだら、今のカザスはきっとあとを追うだろう。
イオカリスのカザスは死んだ。
でも、この世界に生きるカザスは、俺の弟子のカザスは生きている。
そして俺は、この世界の俺という救世主は死んだ。
地球の俺も死んだ。
俺の存在している理由は、カザスを生かすためだけ。
いつか、カザスに大切なものができたら、他に生きる目的ができたなら……俺は、解放しなければならない。
それまでは……こいつをこき使って、こいつで遊んで、こいつに尽くさせてやる。
だから、
「(イオカリスなんかに囚われさせない。)」
「そういやさ、お前って女の好みないのか?」
今までカザスと色恋話をしたことがないことを思い出し、話を振った。
ありません、と即答され、話がいのないやつだとため息をついた。
「お前もさ、いつかは所帯持ちになるんだからよ。」
「なりません。」
「はぁ?」
イケメンが独身宣言だと?!
思わず大声で驚愕し立ち止まってしまったが、カザスは気にせずに歩いていたが数歩で足を止めた。
早足で追いつき、再び歩き始める。
「俺は、師匠の右腕ですから。」
本当に、もう……
「恥ずかしいやつ。」
「?」
なんでもない、と言って大股で宿の扉を開け入った。
「あ、おかえりなさい。」
「依頼は済んだか?」
「おう。」
「おかあり。」
……ん?
下の方から聞こえた言葉に雄呀は首をかしげた。
見ると、ユーナが笑顔でそこにいた。
「い、いま、お帰りって……」
「ユーガさんたちの依頼が済むまで言葉を教えてたんです。」
結構覚えが良くて……と言い、ユーナに何かを合図する。
「ユーガ!」
「おお!ユーナがレベルアップした!」
「まだちょっと舌ったらずになったりするけど、だいたいは覚えたんで。」
頭を撫でると嬉しそうに手に頭を押し付けてきた。
ユーナは最初こそ警戒心があったが、本来は人懐っこい性格だったらしい。
一番は蓮だが、雄呀にも満面の笑みを見せるようになっている。
「あ、そうだ。」
教えるで思い出した。
「レン、手ぇ出せ。」
「?はい。」
手を出した蓮の腕輪をつけている手首に懐から出した雄呀特製腕輪をはめ、つけていた腕輪を取り外した。
取り外した腕輪は道具袋につっこみ、新しい腕輪のサイズを確かめた。
「きつくないか?」
「あ、はい……これって?」
「言ったろ?俺がふがいない後輩を鍛えてやるって。これは修行用の特製魔力制御腕輪。」
前にしていたのより、高機能で壊れにくい、というと「おお!」と目を光らせていた。
「エルフの森じゃ魔力制御の訓練できねぇし、森を抜けた後に始める。今渡すのは、お前の腕輪がお前の魔力に耐えきれなくなってきてたから。」
「これ、ユーガさんが作ったんですか?」
「俺特性。ちなみに、俺がしてるこの腕輪とは機能が違う。っつーか、俺が作るモノに同じものはない。」
コピーならいくらでもできるが、それは雄呀の制作魂に傷をつける行為だ。
何事もオリジナルが一番だと自負しているため、形は同じでも機能が違ったり、機能が同じでも形が違ったりしていなければという自分ルールを設けている。
「へぇー、すごいなぁ……」
ついでに暇つぶしで作っておいた小さな片ピアスをジェスティアに渡す。
「これも魔具か?」
「それはお前用。またエルフの森は歩くし、魔力酔い防止魔具。」
「それはありがたい。」
そう言って方耳のピアスを耳につけた。
「うわぁ、ジェティ似合ってる!」
「そ、そうだろうか……」
焦りつつ顔を真っ赤にしているジェティをべた褒めする蓮。
ユーナも羨ましそうに見ている。
まぁ、ユーナは魔力が感じられないから縁遠い物だな。
「出発は明日の明け方でいいか?」
「ああ、今日は休もうか。」
ココンを出た後はユーナを送る為、国境の都市リオ・カインに向かうことになる。
ここからだとかなり遠いが、急ぐ旅でもない。
通り道には多くの町がある為、旅荷の補充もできる。
なにより、蓮の修行に多く時間が取れることは大きい。
せめて、リオ・カインに着くまでに魔法は使えるようにしてやりたい。
雄呀は仲良く話している蓮たちを見て、笑った。
彼らと旅をし始めて、カザスといた時よりも賑やかなことに温かさを感じていた。
今は染めているが、同じ黒髪の蓮は同じ地球人だから、そっちの話も通じる。
彼の持っていた携帯電話を見て懐かしさとその見たことのない機能が付いているものを見て、時間の進み感じた。
俺が召喚された時に持っていた荷物は全て魔法で燃やされてしまったから何も残っていない。
思わず携帯電話を見た時興奮してしまったことは最近のことだった。
この世界では何の役にも立たないが、雷属性の魔力で充電ができるということを実験して分かったのは大きかった。
携帯電話に入っていたいまどきの曲を聴いて、妙な感動を覚えた。
いろいろと思い出を思い出させてくれた蓮に雄呀は感謝をしていた。
この旅は、それを返すためのものでもある。
今、ジェスティアとユーナと笑いあっている蓮を見て、弟がいたらこんな感じかな、と思った。
「お前ら、仲良いよな。」
「「え?!」」
「ぶはっ、息ぴったり。」
そのまま食事を取りながら話をしていると、宿の入口があいた。
からんからん、と音を鳴らして入ってきたのは呆れるほど見たことのある顔だった。
こちらに気づき、手を振って近づいてくる。
蓮が逃げ腰になっているのを尻目に、そいつは相席した。
「こりゃまた偶然!いやぁ、こりゃもう、あれだな、運命?」
「てめぇはストーカーか。」
無断で席に座り陽気に話しかけてきたのは、王都で出会った茶髪の男だった。
ユーナはもうどうでもいいのか、肝っ玉が座っているらしく食事をし続けている。
「違う違う、知ってる匂いがしたからこっちの方に歩いてきたら、おにいさん方が見えてさぁ。」
匂いは途中で消えちまった。
そう言いながら、テーブルに並んでいる食事に手をつけ始める。
「何ナチュラルに食ってやがる。割り勘だぞ。」
「いいじゃん、いいじゃん、俺今金ないんでよ。もぐもぐ。」
ファーストコンタクトがあんなのじゃなければこいつはいい奴に見えたのだろうが、最初が最悪だっただけに、そうは問屋がおろさなかった。
一度敵として出会ってしまったら、それからは警戒という疑心が解けにくくなる。
「君も、ギルドに?」
そこで、ジェスティアが恐る恐る話しかけた。
警戒もむなしく、口をもごもごと動かしながらにっこりと笑っている男が返事をする。
「んにゃ、俺は何でも屋。金さえもらえりゃなんでもやるぜー。」
「だ、だからユーナを?」
「ユーナってぇとこの子?あの時厳しくてさぁ、あの貴族が大金目の前にちらつかせるからつい……ああ、でももうその子は死んだことになってるから、安心せーよ。」
「え?」
奴隷が逃げたことを伝えずに、死んだと伝えたらしい男はユーナを見て言った。
「金さえもらえりゃどうでもいいからよぉ……っつーか、俺怖いにいさんたち気に入ったからさ、もったいないなーと。」
「変なやつだな。」
「そういやおにいさん達の名前知らなかったぜ。俺はトライナー。」
男、トライナーはよろしく、と気さくにあいさつした。
雄呀たちも渋々紹介をし、終始無言だったカザスの分は雄呀が受け持った。
トライナーは蓮とユーナを襲った過去などなかったかのように仲良く話していた。
いつの間にかユーナも笑っていて、子供の扱いがうまいという話になると、彼には弟がいるという話になったり、今までどんな仕事をしてきたのかなど、かなりの会話量だった。
それでいて食事も同時進行で消えていった。
主に食べていたのはトライナーと蓮だったということは二人以外全員が知っていた。